Glamourous Life #tactics(抜粋)


べしっ!

「イタッ!いきなり何するんですかっ!」
「何するんですかじゃねーだろっ!何でお前がココに座ってんの?」
「変わって貰ったからですよ?」
「変わってって…んな勝手に席替えなんかしてもいいのかよっ!」
「僕はいいんですよ。ちゃんと担任の先生には許可貰いましたから」
「許可って…オイッ!」
自分勝手を平然と押し通す八戒に、さすがの悟浄も唖然とする。
まさかこんな厚顔無恥な行動に出るとは、予想外も良いところだ。
「大体、誰も文句言わなかったのかよ?」
簡単に自分の要求が通るなら、誰だって我が儘を言うだろう。
それでは集団生活で規律は意味が無くなり、偏見や差別だって罷り通りかねない。
第一八戒はこの学校の生徒会長だ。
品行方正で生徒のお手本になるべきはずの八戒自身が身勝手では、他に示しが付かない。
悟浄は至極常識的にそう思うのだが。

「誰が?この僕に?堂々と文句を言えるんですか?」
「は?」

穏やかな声音だったが、有無を言わせない不穏な空気が教室の空気を一瞬で凍らせた。
賑やかだった教室が水を打ったように静かになる。
悟浄が先日まで隣だった同級生へ目を向けると、慌てたように視線を逸らした。

…一体八戒のヤツ何やらかしたんだ?

悟浄の背中に冷たい汗が流れ落ちる。
この異様な雰囲気だけで、八戒の脅威が窺い知れた。
これ以上余計なコトを突っ込めば、とんでもない状況に陥るかも知れない。
本能的に悟浄は察知して、深々と溜息を零した。
「と、言う訳なので。今日から宜しくお願いしますね?悟浄」
「あ…あぁ」
些か顔を引き攣らせながら悟浄が頷くと、八戒は満足そうに微笑む。
悟浄は肩に掛けていたデイバッグを机に置いて椅子を引いた。
「…あれ?悟浄、ポケットから何か出てますよ?」
いきなり尻を触られて、悟浄は跳び上がる程驚く。
「おいコラッ!何でケツ触るんだよっ!」
「え?違いますって。ホラ、何かチェーンがぶら下がってるから。どうせ悟浄の可愛いお尻を触るなら、僕が服越しなんかで満足するはずな―――」
「わああああぁぁぁっっ!」
余計なコト言いそうになる八戒の口を、悟浄が慌てて塞いだ。
大声を上げてハッ!と我に返ると、教室中の視線が興味津々で自分達に向けられている。
悟浄はぎこちなく掌を下ろして、涼しげに微笑む八戒を睨んだ。
「コレ…何でチェーンがぶら下がってるんですか?」
制服の尻ポケットからぶら下がってるチェーンを、八戒が指で引っかける。
憮然とした表情で悟浄は背後を振り返った。
「何って…キーチェーンじゃん」
「え?キーチェーンって…鍵をベルトの所からぶら下げてるんですか?」
「普通そうだろーが」
「でも鍵って無くしたら大変だから、首からかけませんか?」
「俺は小学生の鍵っ子かよ…今はコレが主流だっての」
悟浄が呆れると、八戒は不思議そうに首を傾げる。
「へぇ…そうなんですか。僕はキーホルダーにつけてますけど?」
「いちいち鞄から出すの面倒じゃん。これならすぐ出せるし」
そう言うと悟浄はチェーンを引っ張って、付いてる鍵を八戒へ見せた。
チェーンには色んな鍵が付いている。
「随分と鍵があるんですね。何でこんなにあるんですか?」
「んー?鍵って纏めるとこれぐらいあるだろ?コレは家の鍵だろ?そんでコレがバイト先のロッカーで、こっちは兄貴の家の合い鍵で、こっちはバイクのスペアで〜」
「悟浄は多い方ですよ。僕なんか家の鍵と、生徒会室の鍵ぐらいですから」
「そっか?お前の方が少ないぐらいだって」
「やっぱり、普通はこんなに持ってないですよ〜。それにこんなにいっぱい付けてると重そうだし」
苦笑いしながら、八戒は悟浄の鍵をジャラジャラ振って見せた。
「まぁ、ガサ張るけどな。でもこのほうが無くさないし」
八戒から鍵を返して貰って、悟浄はまた尻ポケットへ戻す。
雑談していると丁度予鈴が鳴り響いた。
欠伸を噛み殺して悟浄が席へ着くと、今度は八戒が立ち上がる。
「あ?どうしたん?授業始まるだろ?」
「ちょっと生徒会の用事を思い出しまして。一時間目は欠席します」
八戒が肩を竦めて理由を言えば、生徒会って結構面倒なんだな。と悟浄が同情した。
「もし先生に聞かれたら伝えて貰えますか?」
「おー。ま、生徒会の用事なら文句も言わねーだろ?」
悟浄は背凭れに寄り掛かり、傍らに立つ八戒を見上げて頷く。
ふいに顔へ影が落ちた。
耳元を八戒の前髪が擽る。
「…僕が居なくて寂しいでしょうけど、我慢して下さいね?」
囁かれながら耳朶をペロッと舐められ、驚いた悟浄が椅子から派手に転げ落ちる。
「はっかいいいぃぃっ!」
「それじゃ、お願いしますね〜」
真っ赤な顔をで喚き散らす悟浄に笑顔で応え、八戒は上機嫌で教室を出て行った。
扉を閉めると、廊下には八戒しか居ない。
各教室のざわめきが聞こえるだけだ。
八戒は気にすることもなく廊下を悠然と歩いて階段まで来ると、唐突に立ち止まって握っていた掌を眺める。

「ふ…ふふふふふーv」

不気味な含み笑いが廊下で響いた。
八戒がパッと掌を開くと、そこには一個の鍵が入っている。
「悟浄の家の鍵ゲットぉ〜」
それは先程までキーチェーンに付けられていた悟浄の自宅の鍵だった。