Glamourous Life # Restraint(抜粋)


「あ、お帰りなさい悟浄」

いつも通り八戒はバイトから帰った悟浄を、早朝なのに起きて出迎えてくれる。
今は夏休み中だから比較的楽だとはいえ、学校へ通ってる時からいつでも笑顔で出迎えていた。
「…うん。ただいま」
力無く呟くと、悟浄は八戒の横をすり抜ける。
何だか様子がおかしい悟浄に、八戒が表情を曇らせた。
部屋に座り込んでぼんやりしている悟浄の側に、八戒も慌てて腰を下ろす。
「どうかしたんですか?具合でも悪いとか…」
八戒が悟浄の額に掌を当てると、唐突に腕を取られた。
驚いて目を瞬かせる八戒を、悟浄が真剣な眼差しで見つめてくる。
「…悟浄?」
「俺さぁー…知らねぇんだわ。お前のこと全然」
「え?一体どうし…」
「いいから聞けよ」
強い口調で言葉を遮られ、八戒は口を噤んだ。
「俺なんかの所に転がり込んでんのに、親はどー言ってんの?とか、やたら家財道具増やしやがって金どーしてんだよ?とか、その割りに学校へ親が文句言いに来てる様子もねーし…お前って何なの?一体何考えて俺のトコ居座ってんだよっ!」
悟浄は頭の中でゴチャゴチャに考えていたことを感情のままに吐き出すと、バツ悪そうに髪を掻き上げ俯いてしまう。

何か…すっげ格好悪ぃーの。

自己嫌悪に陥って口元を歪める悟浄に、八戒が手首を掴む悟浄の掌に唇を落とした。
驚いて顔を上げると、目の前には満面の笑顔。
「悟浄、僕のこと知らないのがそんなに寂しかったの?」
図星を突かれて、悟浄の頬に朱が昇った。
簡単に心を見透かされてしまうのが何だか悔しいような嬉しいような。
ムスッと上目遣いで睨んでいると、ますます八戒の笑顔が綻んだ。
「僕のことちゃんと知りたい?」
「あぁ…知りたいね」
「どうして?」
「………。」

あーっ!もうっ!分かってるクセに意地悪ぃったらコンチクショー!

嬉しそうに窺ってくる八戒からプイッと顔を逸らして、悟浄が小声で悪態を吐く。
「どーせお前のことだから、俺のコトなんて全部調べてるんだろ?」
「当然です。悟浄のスリーサイズから食べ物の好き嫌い、初恋の相手は幼稚園のひまわり組の先生だったとか。あと小学校一年生の時、運動会のリレー競争で女の子に格好いいトコを見せたくて一位でゴールしたのは良かったけど、勢い余ってひっくり返った挙げ句トイレを我慢してたのかその場でお漏らしして泣いちゃったとか…むぐっ!」
「だああああぁぁっっ!んなコトまで調べやがったのかーーーっ!」
悟浄が真っ赤な顔で絶叫しながら、慌てて八戒の口を掌で塞いだ。
それでも言い足りないのか、八戒はモゴモゴまだ話を続けている。
「分かったからっ!もう言うなっ!いいかっ!」
必死の形相で言い聞かせると、漸く八戒は口を噤んだ。
じっと胡乱な視線で悟浄が見つめると、八戒がニッコリ目だけで微笑む。
ポンポンと掌を外すよう即され、悟浄は恐る恐る拘束を解いた。
羞恥で誤魔化すよう背を向けた悟浄を、八戒が優しく抱き締める。
「勿論それだけじゃないですよ?悟浄がどれだけ一生懸命生きてきたかも知ってます」
「八戒…っ」
「そうやって生きてきた悟浄が好きなんです」
驚いて振り返れば、八戒はいつもの笑顔を浮かべていた。

そんな風に言って貰ったことなんか初めてだ。
境遇を人ごとのように可哀想とか憐れむんじゃなくって。
自分の全てを知って尚、受け容れて一緒に居てくれて、こんなに優しくされたことなんか一度も無かった。
何もかも八戒が初めてで。

戸惑うように瞳を揺らす悟浄をしっかり抱き締め、八戒がニッコリ微笑んだ。
「でも、まぁ…最初は一目惚れなんですけどね」
「…ばぁか」
悟浄が照れ臭そうに背後の八戒へ肘打ちすると、ますます笑いながら抱き竦められる。
ふて腐れて腕の中で暴れると、肩口に八戒が懐いてきた。
「朝ご飯食べて、一眠りしたら…出かけましょうか?」
「え?ドコに?」
「僕のこと知りたいんでしょう?」
「そう…だけど」
「一緒に出かければ分かりますよ」
八戒が何を教えてくれるのか分からないが、悟浄にとって多分知りたいことが出かければ分かるのだろう。

八戒は今まで一度だって悟浄に嘘をついたことがない。

「…分かった」
何でもいいから八戒のことが知りたい。
何となく、とかじゃなくって。
雰囲気に流されたとか飲まれたとか、そういうことじゃないって。
八戒のことが分かって、ちゃんと向き合ってから自分の気持ちを伝えたい。
…とは思っているけども。

うわっ!俺ってば何気に乙女かよっ!

自分の想いにひたすら赤面しつつ、悟浄は用意された暖かい食事に手を合わせた。