Glamourous Life # Surrender(抜粋)


「とうとう僕も男を決める時が来ましたっ!」
「……………あ?」
八戒に鬼気迫る表情で身を乗り出され、三蔵は無意識に椅子ごと退いた。

桜の花も風と共に散り逝き、爽やかで高く澄み切った青空を臨めたのもつかの間。
季節は梅雨。
その雨続きの中、久しぶりに晴れ上がった午後の一時。

大学内に併設されているオープンカフェでコーヒーを飲みつつ、何で俺はこんな所に居るんだ?と、三蔵が内心で舌打ちする。
現在、三蔵は叔母である観音の事業を継ぐ跡取りとして、アメリカの大学でMBA(経営学修士号)を取得するため留学中だった。
こうしてたまに帰国してみれば、敢えて連絡していないにも拘わらず、どこから嗅ぎつけるのか毎回八戒に呼び出され、三蔵からしてみれば聞きたくもない惚気や愚痴などを散々聞かされる。
どれだけ邪険にしようが話を適当に流そうが終いにはキレて怒鳴り散らしても、八戒は三蔵が居ない間に何があったかを降参するまで話し続けた。

今回も八戒には内緒でコッソリ帰国したのだが、着いたその日に連絡が入り、こうして呼び出されている。
律儀に出てくる三蔵も大概お人好しだ。

そして、件の言葉。

一体何を決めるのかと三蔵は不審気に眉を顰めた。
脈絡もなく言われたことを理解できるはずがない。
自分から即すこともせず黙っていると、八戒がアイスコーヒーを一気飲みした。

ダンッ!

勢いよくテーブルへグラスを叩き付けるのに何事かと三蔵は僅かに瞠目する。
どうやら相当気負っていたらしい八戒は、深呼吸と共に全身から力を抜いた。
すると、側の椅子に置いてあったデイバッグをゴソゴソ漁り出す。
「コレ…なんですけどね?」
そう言って三蔵の目の前に出されたのは、新築マンションの案内パンフレット。
しかも三蔵はそのパンフレットに見覚えがあった。
「何だ…ババァんトコのマンションがどうかしたのか?」
さして興味もなく、三蔵がパンフレットを八戒へ投げ返す。

それは観音が経営する会社の不動産部門で扱っている、もうすぐ完成予定の分譲新築マンションだった。
所謂高層タイプのマンションではなく、外観と機能性を重視したデザイナーズマンションで、近々売り出される。
三蔵はそのマンションの最上階一室を帰国後の住居として譲り受ける予定だ。
一体マンションがどうしたというのか。
「この最上階の2LDKタイプのお部屋、購入しようかと思いまして」
「あぁ?何だと!」
いきなり自分の隣室を買うと言い出した八戒に三蔵は目を剥いた。
第一八戒は亡くなった親から譲り受けたマンションがある。
そのマンションさえ、仕事で締め切りが近づいて缶詰状態になる時以外帰っていない。
悟浄の住んでいる狭い1DKのアパートに殆ど住み着いてるのだ。
生活に支障を来すと言うなら、悟浄共々八戒のマンションへ引っ越せばいいだけの話。
今更高い金を払って新しくマンションを買う理由が三蔵には思い浮かばない。
「今のマンションはどーすんだ?」
「売りますよ。もう不動産屋へお願いして、何件か買い手希望のお話も来てるんです」
「何でそんな面倒臭ぇ真似…」
「えー?だって〜やっぱり新婚生活は新しい新居で始めたいじゃないですかv」
「…………………………何だって?」
三蔵は耳にした衝撃的な言葉に、ついつい聞き返してしまった。

誰が?誰と?新婚生活?

頭が真っ白になって呆然としている三蔵を眺め、八戒は待ってましたとばかりにキラキラ瞳を輝かせる。
しまったーっ!と思った時には既に遅く。
ポッと頬を染めた八戒が、テーブルにモジモジのの字を描いて不気味にはにかんだ。
三蔵の背筋がゾワッと怖気上がる。

気色悪ぃっ!

厭な予感に顔中引き攣らせたまま、三蔵はカタカタ震える指先でコーヒーカップを上げた。
速攻この場から逃げ出したい、それだけが頭をグルグル駆けめぐる。
しかし実行したら最後、八戒にどんな悪辣な報復攻撃を受けるか。
三蔵は震える手を内心で叱咤し、とりあえず気持ちを落ち着けようとカップに口を付けた、が。

「僕…悟浄にプロポーズしちゃいますっ!」
「ぐっ!…ゲホァッ!」

身構える前に不意打ちを食らって、三蔵が派手に咽せ返った。
よりによって想定できる一番当たって欲しくない最凶最悪の状況に三蔵は金縛りに遭う。
「三蔵。鼻からコーヒー垂れてますよ?」
八戒が律儀に差し出してきたおしぼりを三蔵が睨みながら引ったくった。
鼻から噴き出したコーヒーをムキになって拭うと、そのままおしぼりを投げつける。
「うわっ!何ですかもぉ〜」
「何ですかじゃねーっ!おま…お前っ…正気か?」
「当たり前じゃないですか。悟浄とお付き合いし始めて今年で五年目。もう結構長いじゃないですか?そろそろ悟浄だって結婚を意識するお年頃だと思うんですよねぇ」

…それはオンナの場合だろ。

「いちおう僕はまだ学生ですけど、幸い生活に困らない程度の収入はありますから問題ないですし。世間のご家庭を持つ旦那様ぐらいはちゃんと養って上げられると」

…テメェに養って貰うなんて、アイツは猛反発するだろうよ。

「やはり結婚って人生の中で大きな転機でしょう?最初は悟浄だって不安で戸惑うでしょうけど、そこは僕の海の様に広ぉ〜い愛の中で包んで上げたいなーって」

…テメェの愛は奇天烈怪奇なバミューダートライアングルだ。

「悟浄もお兄さんと一緒に興信所を作るっていう夢がもうすぐ叶えられそうなので、ココは一つ安心して悟浄がお仕事できるよう、しっかりと僕が家庭を守ろうと思うんです」

…お前の方が専業主夫なのかよっ!