破廉恥 another Attraction Garden(抜粋)

ランチ時で賑わう店内のテーブル席で。
捲簾は驚愕で瞳を大きく見開いた。
「今…何って…言った?」
聞き返す声が僅かに震えてしまう。
動揺を隠そうと、捲簾は箸を口元へと運んだ。
ところが。
「僕、今週末の土曜日が誕生日なんですぅ〜♪」

ぽとっ。

捲簾の箸から鶏の唐揚げが皿へと落ちた。
皿を転がる唐揚げを視線で追いつつ、捲簾が恐る恐る問い返す。
「誕生日…だって?」
「はいっ♪」
はしゃいで頷く天蓬の返事に、捲簾は一瞬緊張した。
少しの間、穴が空く程唐揚げを睨み付けていたが、意を決して顔を上げる。
「そっかぁ〜♪じゃぁ、お祝いしねーとな」
捲簾がニッコリと微笑んだ。
「捲簾、お祝いしてくれるんですか?」
「当然だろっ!」
迷うことなく相槌を打つ捲簾に、天蓬は嬉しそうだ。
「天蓬の好きなモン作ってお祝いしてやるよ。何が食いたい?」
捲簾は誕生日のご馳走リクエストを聞きながら、食事を再開する。
スープのれんげを持ったまま、天蓬は首を傾げて考え込んだ。
「捲簾の料理は何でも美味しいですけど。そうですねぇ〜僕ビーフストロガノフが食べたいなぁ。前にご馳走になったときスッゴイ美味しかったんで、また食べたいですっ!」
「ビーフストロガノフね、いいよ。んじゃ他にもパスタとかサラダ作って〜」
頭の中に料理のイメージを思い浮かべて、捲簾がメニューを考え始める。
「で、ケーキも欲しいんだろ?」
「えっ?捲簾、ケーキも作ってくれるんですか?」
「そんな凝ったのは作れねーけど。誕生日にケーキがないと、何となく寂しいだろ?」
「けんれ〜ん…」
天蓬は感動の余り、うるうると瞳を潤ませた。
現金に喜ぶ天蓬の様子に、捲簾はぷっと小さく噴き出す。
「苺と生クリームのでいいだろ?」
天蓬が懸命に何度も頷いた。

よし。
天蓬は目先のご馳走に意識が向いてるな。
後は当日プレゼントも用意して、余計なことを思い出さねーようにすれば。

満面の笑顔を浮かべながら天蓬と話していても、捲簾の心臓は緊張でバクバクと派手に鼓動を刻んで今にも破裂しそうだった。
「ちゃーんとプレゼントも用意するからな。楽しみにしてろよ〜」
「え?そんな…いいですよぉ。僕は捲簾がお祝いしてくれるだけで嬉しいですから」
意外と殊勝な態度で天蓬は畏まる。
捲簾は一瞬目を丸くするが、照れくさそうに頬を赤らめた。
「そうじゃなくって…俺だって…そのっ…折角お前の誕生日なんだからプレゼントしてビックリさせてーのっ!」
「捲簾…っ」
驚きでまじまじと見つめてくる天蓬に、捲簾は急に恥ずかしくなって視線を逸らす。
天蓬の笑みがますます鮮やかに深くなった。
そんな風に愛おしそうに見つめられると、何だか落ち着かなくって。
気分を変えようと捲簾が冷めてしまったお茶を一気に煽った。
クスクスと笑いを零して、天蓬が空になった捲簾の湯飲みにお茶を足す。
「…何いつまでも笑ってんだよ」
「だって…あんまり捲簾が可愛いコト言ってくれるから」
「男前の俺サマに向かって可愛いはねーだろぉ〜」
「はいはい。捲簾は可愛くて格好いいです♪」
何を言っても嬉しそうに返す天蓬に、捲簾は小さく溜息吐いた。
どうにも状況的に勝てそうもないので、それ以上は言い返さず食事に箸を付ける。
「ところで、捲簾。誕生日の約束…モチロン覚えてますよね?」

ぽとっ。

捲簾の箸からまたもや鶏の唐揚げが皿へと落ちた。
コロンと転がる唐揚げを見下ろしながら、捲簾の手元が僅かに震える。
暑くもないのに、背中からドッと脂汗が噴き出してきた。

不味い。
不味いったらまーずーいーっっ!

何食わぬ顔で唐揚げを拾い上げようとするが、箸先がぶれてしまってなかなか掴めない。
「捲簾、約束してくれましたよねぇ…僕の誕生日には、捲簾のアソコの毛をつるっつるんに剃らせてくれるって〜」

ぐさっ!

勢い余って、箸が唐揚げを思いっきり突き刺してしまう。
「えーっと…何のコトを――――」
「捲簾のことですから、もちろん忘れてませんよね♪」
「………。」

そう、忘れたくっても忘れられなかった。
出来ることなら、とっとと忘却の彼方に放り投げたい。
約束そのものを粉々に砕いて火を点けて灰になるまで燃やし尽くして、初めっから無かったことにしたかった。
今更悔やんでも仕方ないけど。
どうしてイイなんて言いやがった!数ヶ月前の俺ーっ!
戻ってお前こそが責任取りやがれ!
所詮は自業自得、どうにもならない。

「あのさ…天蓬?」
「はい?何ですか?」
汚れの微塵もない清廉な笑顔で、天蓬が見つめてくる。
こんな純真無垢な綺麗な顔してるクセに。
どうして外見を裏切るようなコトばかりしたがるのか。

つくづくこんな天蓬に心底惚れきってる自分は趣味が悪いと思う。