打つも果てるも火花のいのち・序(抜粋)
「見つけたーっ!」 木々の間から黒い影が飛び込んできた。 「捲簾…っ!」 「早く降りろ!妖獣がこっちに向かって来てる!」 捲簾は滴る汗を拭うこともせずに、生徒達の顔を確認して天蓬の姿を見つけると、安堵で小さく息を吐き出す。 「急いでっ!俺らはココで妖獣を捕縛する!巻き添え喰いたくなかったらさっさと下へ駆け抜けろ!」 「一人足を痛めてるんですっ!」 「チッ…間に合わねぇぞ」 気が付くと地鳴りと怒号がすぐそこまで近づいていた。 「仕方ねぇ!動けるヤツはとにかく下へ降りろ!その足引きずってるヤツは左の斜面の下に身体を伏せて隠れてろ!いいな!」 「僕が連れて行きます!」 「頼む!ソイツ避難させたら天蓬も急いで降りろよっ!」 「捲簾、来たぞっ!」 「りょーかいっ!」 天蓬が負傷した同級生を肩に乗せて慎重に斜面を降りる。 高い草むらで隠れる木の根元へ同僚を下ろし、身体を伏せるよう指示した。 「いいですか?じっとしてるんですよ?動かなければ妖獣は気付きませんから」 天蓬の言葉に同級生が神妙に頷く。 「天蓬…早く逃げろ…っ」 「僕は大丈夫です。万が一何か遭った時の為にココに残ります」 「でも教官がっ!」 「しっ!大丈夫ですよ。無茶なことはしませんから」 天蓬は同級生を安心させるようニッコリ笑った。 膝を付いて身体を低くしながら、銃を手に待ち構える捲簾達を仰ぎ見る。 「たーいちょ!逃げてきてる連中の待避はどーするよ?」 「一斉に左右へ散らせる。ヤツの視界は狭いから、左右へ逃げれば目標を見失う」 「なーるほどね。んじゃサクッと眠ってもらいましょうかっ!」 視界の先に逃げまどう生徒達の姿が見えてきた。 その後方を凶暴化した中型妖獣が枝を薙ぎ倒して迫っている。 「お前らっ!左右へ散れ!どっちだっていい一気に左右へ駆け抜けろーっ!」 捲簾の声に逃げてきた生徒達が慌てて左右に別れて走った。 ドンッ!ドンッ! 狙いを定めた麻酔銃が妖獣の肩と太腿へ銃弾を撃ち込む。 銃弾の麻酔が回るまで二〜三分かかる。 痛みで暴れる妖獣の攻撃を避け、捲簾と隊長は狭い斜面を跳んだ。 続けざまに逆側の肩と脛を狙って銃を構える。 その時。 「うわぁっ!」 右の方から叫び声が聞こえた。 妖獣の声に反応して群れの一部が集まってきたらしい。 混乱した生徒の一部が、こちらへ逆走して戻ってしまう。 「バカッ!戻るなっ!」 「待機所の方へ降りるんだっ!」 捲簾と隊長の怒声も生徒達には聞こえない。 目の前まで戻ってしまった生徒が、太い木の根に足を取られ勢いよく転がった。 まだ麻酔の効いていない妖獣がその生徒に気付く。 「捲簾マズイッ!」 隊長の声と同時に捲簾がその生徒を腕の中へ抱え込むと、振り上げられた妖獣の爪から身を挺して守った。 瞬間、何が起こったのか分からなかった。 「捲簾ーーーッ!」 隊長の絶叫と生徒の悲鳴、それと。 目の前に散らばる真っ赤な鮮血。 まるで時間が止まってしまったようだ。 捲簾の目の前を小さな身体が弧を描き、ゆっくりと地面へ落ちていく。 同時に起こる激しい銃弾の音。 全身に麻酔の回った妖獣が、地響きを立ててその場へと崩れた。 「隊長っ!捲簾っ!」 妖獣の後方に最終地点から駆けつけた隊員達が銃を片手に声を上げる。 隊員達は右方から集まってきた妖獣達へ突進し、次々と麻酔銃を撃ち込んで応戦し始めた。 「間に合った…か」 大きく肩で息を吐いた捲簾は、抱え込んだ生徒を確認した。 恐怖に耐えきれず失神している。 「しょーがねーなぁ…」 情けない姿に苦笑しながら、捲簾が気絶している生徒の身体をその場へ横たえた。 何かがおかしい。 とても大切なことがあったはず。 「捲簾っ!こっちだ!早く止血を手伝えっ!」 隊長の慌てた声に、捲簾はぎこちなく視線を巡らせた。 まるで人形のように天蓬が血塗れで倒れている。 捲簾の瞳が驚愕で大きく見開かれた。 生徒を庇った時、本当なら自分の背中が妖獣の爪に抉られていたはず。 あの時視界を覆った鮮血は天蓬のものだったのか。 天蓬が…自分を庇って。 頬へ手をやると、掌が浴びた天蓬の血で真っ赤に染まる。 全身の震えが止まらない。 「天蓬おおぉぉっ!」 慌てて崩れ落ちる天蓬の元へ駆け込み、小柄な身体を腕の中へと抱き上げた。 |