The Glory Day


ある日のこと。
剛胆で大胆不敵。
天界随一の美丈夫と色んな意味で名声の高い、西方軍白竜王配下捲簾大将は。

「………おっし!」

今現在自分の持っている全ての勇気を総動員して、ある固い決意をした。
日々下界で悪鬼妖怪、ありとあらゆる妖獣巨獣と闘いを繰り広げる百戦錬磨の軍人が、それはもう極限まで勇気を振り絞るのだ。
困難に直面して捲簾がどれだけ煩悶したかは想像に難くない、が。

その困難が問題だった。

とにかく、決めたからには今度こそ何が何でも実行する!
今までは単なる想像の中だけの夢物語に過ぎなかったが、今は違う。
何故か捲簾はいつもの軍服姿ではなく、シンプルでラフな私服姿。
右手には財布。
左手には何やら書類を握り締め、窓の外を睨み据えた。
その瞳に漲る強い意志の光。

降下場所は、下界の駐留基地からも近い大きな繁華街。
目的ターゲットはその繁華街の中心部より少し外れにある。

『手芸センターコットンハウス』

捲簾の左手には、その手芸店のお買い得バーゲン広告が握り締められていた。
豊富な品揃えで下界でも人気の生地店で、捲簾も密かに通っている。
お買い物10%オフになる常連お客様会員カードも持っていた。

そう、誰もが憧れる武技の達人。
闘神に匹敵すると誉れ高い匂い立つ様な男振りで、女性のみならず男までも悩殺する捲簾大将の趣味は。

繊細で可愛らしいファブリックや服を自作する…お裁縫だった。






公休日の捲簾は、いつものようにコッソリコソコソではなく、堂々と下界への降下ゲートへと向かっていた。
ちょっと暇つぶしに…という時に下界へ遊びに行く時は、当然わざわざ降下許可証など取らずに抜けだしている。
しかし今回は珍しく前もって許可を申請した。
理由は扱く明快。
買い物が目当てなので、持ち帰る荷物が多いからだ。
許可証無く下界へ降りて大荷物を抱えて帰ってきては、さすがに人目に付きやすくあっさり上官にバレてしまうのは明白。

それではマズイ。

他の誰に見つかってもどうていうことないが、捲簾の上官で目下ラブラブお付き合い中の天蓬元帥にだけは内緒で出かけたかった、が。
世の中そう言う時に限って見つかってしまう。

「あれ?捲簾お出かけですか〜?」

ギクン。
捲簾の足取りが一瞬固まった。
背後からかけられた穏やかな愛しい人の声に、捲簾はドキドキと鼓動を昂ぶらせる。
徐々に近付いてくる軽快な便所ゲタの音。
捲簾は慌てて持っていたお買い得バーゲン広告を、ジーンズのポケットへ押し込んで隠した。

もーっ!何で今日に限って!
いつもは部屋に籠もって本読んでんだろっ!

内心で叫びつつ、捲簾は何食わぬ顔で振り返った。
「おぅ!天蓬っ!」
スチャッ☆と片手を上げると、両手一杯に本を抱えた天蓬がニッコリ微笑む。

にゃろう…俺がいねぇ間に資料室からまたあんなに本もってきやがってっ!
天蓬の破壊的魔窟を脳裏に浮かべて、頬を思いっきり引き攣らせた。
近々部屋に自縛する魔女の呪い返しをしなくてはっ!と捲簾が一人決意を固めるのにも当事者である天蓬は全く気付かず、嬉しそうに捲簾を上から下までじっくり眺めて目を細める。
「軍服姿の捲簾も凛とした美しさがありますけど…こうした私服姿も愛らしくって素敵ですねぇ」

あ…ああああああ愛らしいっ!

天蓬の賛辞にポッと捲簾の頬が薔薇色に染まった。
ヤダーッ!もうもうっ!と脳内お花畑で白衣姿の黒ウサをベシベシと叩いて身悶える。
はにかんで照れまくる捲簾を満足げに見つめながら、天蓬は小さく首を傾げた。

そんな可愛い格好をして、まるっと食べ尽くしたい程愛しい恋人は一体ドコへ出かけるのか?
捲簾に関してはアリンコが通る隙間さえ許せない狭量な天蓬は、僅かに嫉妬心を湧き上がらせる。
「お一人で出かけるんですか?ドコへ?」
「へ?あぁ…下界へ買い物に行こうと思ってさ」
「…下界?」
「あっ!ちゃーんと許可証持ってるからなっ!」
不審気に目を眇める天蓬へ、捲簾が慌てて持っていた許可証を突き出す。
差し出された書類をマジマジと眺め、天蓬はますます首を捻った。
「珍しいコトがあるもんですねぇ…いつもならそんな手間取らずに勝手に降りちゃうじゃないですか?」
「う…今日は違うのっ!荷物多いし、帰ってきたらバレるじゃねーか」
「そんなにお買い物するんですか?」
「そうっ!すっげー買いたいモンいっぱいあるのに全然出かけられなかったから、今日は心おきなく買って買って買いまくるんだっ!」
力一杯胸を張って散財宣言する捲簾を天蓬はきょとんと見つめた。

基本的に捲簾は人より経済観念がシッカリしている。
というか、天蓬と逆に無駄遣いが嫌いだった。
同じモノが売っていれば、当然安い方を選ぶ。
何か買うにしてもそれが本当に必要なモノか、考えて考えて考え尽くしてそれでも欲しいなら買うぐらい財布の紐は堅かった。
その代わりどうしても欲しいモノにかけるお金は、思い切っていっそ清々しい程豪快に遣う。
捲簾の部屋にある調度品などは一見シンプルそのものだが、質は格段に極上だった。

そんな結婚したら確実にシッカリ奥さんになるだろう捲簾が、珍しく買い物をしまくると言う。
まぁ、最近小規模の討伐任務が立て続けにあって休みがなかったからそんなもんか。と天蓬は納得した。
ストレス解消に思いっきり買い物をするのは定番だ。
自分の収集癖も考え、天蓬は小さく頷く。
「折角のお休みですから、楽しんできて下さいね」
「おうっ!」
「だからと言って羽目を外しすぎないように」
「…分かってるって」
ムッと頬を膨らませて拗ねる捲簾に、天蓬が苦笑いを浮かべた。
「気をつけていってらっしゃい」
ふて腐れてゲートへ向かう捲簾の背中へ、天蓬は笑顔で声を掛ける。
一度だけ捲簾が振り返ると。

「ベーッ!」

思いっきり舌を出しながらゲートを潜り、掻き消えるように下界へ降りていった。






「ったく…俺ってそんな信用ねーのかよっ!」
目的の街へ辿り着いてからも、捲簾はブチブチ拗ねたまま歩いていた。

テクテクテクテク。

「ま、しょーがねーけど…」
何せ今までが今まで。
天蓬と赤い糸で結ばれた運命の出逢いをするまで。というか出逢った理由さえ、元々羽目を外しすぎた結果だ。
それを反省する気は全然無いが、愛する恋人から突っ込まれるとさすがにバツが悪い。
ムッツリ頬を膨らませて歩いていると、目的の店に辿り着いた。
店先のワゴンにも、店内にも、山のように積まれた色取り取り可愛らしい布地の束。
しかも。
あちこちに貼られている真っ赤な紙。
半額やら80%オフの文字が躍っている。
「うっ…わぁー」
捲簾の瞳がキラキラ輝いた。
握り締めた財布に気合いが漲る。
「おーっし!買うぞ〜っっ!」
捲簾は討伐任務の時以上に嬉々として敵地(?)へ突進していった。






軍舎の夜半頃。

静かな空気を震わすようにカタカタと微かな音が零れている。
音の発信源はずずずいーっと回廊の先、捲簾の部屋からだ。
止まったりまた聞こえたり、音は不規則に聞こえている。
「ふふふ〜ん♪」
上機嫌な鼻歌も音に混ざっていた。
暗い執務室の隣、捲簾が私室として使っている部屋から灯りが漏れている。

カタカタカタカタ…

「オッケェ〜♪出来上がりーっと」
パチンとハサミで糸を切って、傍らへ無造作に布を放り投げた。
同じ様な布がカタマリとなって捲簾の周りを囲むように積まれている。
しかし、それはどれもこれも全て同じ形をしていた。
「さてと。もういっちょ…今度はコレか。うっ!スッゲェ可愛いーっっ!」
ニコニコ相貌を崩して頬を染めると捲簾は新たな布を丁寧に広げ、長年愛用のミシンのスイッチを押す。
軽快なミシン音は夜更けを過ぎ、陽が昇る明け方まで止むことなく続いていた。

明けて翌朝。

モクモクと本日の執務に就いていた部下達の耳が一斉に外へと傾けられる。

「…何だかえらく上機嫌だな?」
「だな。何かあったんだろうか元帥」
「思いっきり浮かれきってる感じだぞ?」
「じゃぁ、きっと大将と何かイイコトあったんじゃねーの?」
「何かって…何だよ?」
「………。」
「………。」
部下達は口を噤んでダラダラ厭な汗を噴き出した。
脳裏に浮かんだのは一体何なのか?
「そっ…想像がつかねーっ!」
「お…俺もっ!」
「だからっ!あの二人…どっちがどっち何だ?」
「さぁ?お前聞けよ」
「んなの出来る訳ねーだろっ!元帥に何されるか…っ!」
叫んだ部下は涙目になって遠くを見つめた。
かつて左遷されそうになった極寒シベリアの白クマ『ミーシャ』とフォークダンスを踊っている血塗れになった自分が浮かび上がり、ゾクゾクと背筋を凍らせる。
そんな同僚の姿を手を合わせて憐れんでいると、軽快な便所ゲタスキップの音が確実に近付いてきた。

カラッコ☆
カラッコ☆
カラッコ☆
カラッカコココココカコンッ☆

「うっわぁー…元帥タップダンスまでしてるっ!」
「マジで何があったんだろ?」

部下達は仕事そっちのけで視線を合わせ、ゴクリと息を飲む。
覚悟を決めて待ち構えていると、バンッと勢いよく執務室の扉が押し開かれた。
「おはよ〜ございます〜♪」

しーん…。

天蓬のハイテンションを余所に、室内の空気が異様な静寂に固まる。
そんな部下達を気にもせず、天蓬はニヘニヘ頬を緩ませたまま自分の席へ着いた。
本日分の決裁書類を手にとって暫く目で追うが、途端にだらしなく笑顔を零しながら机へ突っ伏し身悶え出す。
部下達は唖然とした表情で自分達の上官を眺めていたが、一人が意を決して声を掛けた。
「あのー…元帥?」
「はい?何ですか?」
「えっと…その…格好は…?」
微妙に視線を外している部下に突っ込まれ、天蓬は待ってましたとばかりに瞳を輝かせる。
その場で立ち上がると、クルリとターンを決めて見せびらかし始めた。
「コレッ!素敵でしょ〜?捲簾が作ってくれたんですっ!」
「大将が…ですか?」
「そうですっ!僕の愛する捲簾がてんこ盛りの愛を込めまくって作ってくれた、お手製のおニュー白衣なんですよっ!」
「……………白衣?」
部下達は一斉に天蓬の来ている白衣を眺める。

白衣と言えば、名前の通り無地で真っ白なモノのはず。
しかし天蓬の来ている『白衣』は確かに白地に間違いないが、どう見ても無地ではなかった。
白衣にプリントされているのは口元がバッテンのキュートなウサギ。
それらがこれでもかっ!と全身総柄で描かれている。

要するに。
天蓬は仕事にウサギ柄の白衣を着て現れたのだ。

「さすが僕の捲簾…白衣まで作れてしまう素敵なお針子さんなんて。料理もお掃除も洗濯も得意で夢見る理想のお嫁さんです。しかもコレだけじゃないんですよっ!」
「ほ…他にも何かあるんですか?」
力の入った天蓬の勢いに押されて、部下がついつい聞き返してしまった。
同僚達の非難の籠もった肘鉄があちこちから飛んでくる。
「捲簾はいーっぱい色んな白衣をプレゼントしてくれたんですぅ〜♪もうお洒落し放題です〜♪♪」

白衣なのに色々って?

突っ込みたいのは山々だが、そこはあえてグッと言葉を飲み込んだ。
これから暫くは天蓬の白衣ファッションショーが執務室で連日繰り広げられるだろうコトは筆致。
天蓬がご機嫌なら仕事も捗るし、格好にだけ目を瞑れば自分達に実害は無い。
部下達は諦めの境地でそっと視線を合わせると小さく頷いた。

その頃本日も公休中の捲簾と言えば。

「ふふふー♪天蓬喜んでくれてよかったっ!」
てへっ!と照れながら頭を掻くと、目の前に大きな型紙を広げる。
それはそれは本当に大きな型紙だった。
一体どれだけの大きな生地を裁断するのか。

実は。

捲簾が下界へ大量の生地を買い出しに出かけた本来の目的は、天蓬のために白衣を作ることではなかった。
白衣はあくまでも副産物。
あまりにも可愛らしい生地を目の当たりにして衝動買いした結果だ。
今回お買い得広告を握り締めて生地屋へ乗り込んだ本当の目的は、高価なシルク生地を買うことだった。

真っ白で美しい光沢のシルク生地、それと繊細なレース生地。

買い込んだ錦上添花な生地を眺めて、捲簾はウットリと惚けた。
純白の穢れない生地は処女の証、と言えば。
「やっぱりウェディングドレスはお手製だよなっ!」
近い将来訪れるはずの幸せいっぱいな自分の姿を想像する。
お手製の豪奢なドレスを身に纏って、愛する旦那様に優しく抱き上げて貰いたい。
当然その未来の旦那様は天蓬で。
頬を紅潮させた捲簾がホワワ〜ンと夢見る瞳を潤ませた。

『素敵です…いつもの捲簾も愛らしいですけど、今日の貴方は輝くばかりに綺麗です』
『天蓬ぉー…』
『幸せになりましょうね?』
『おうっ!』

ウエディングチャペルの鳴り響く中、白ウサ黒ウサがバスケット一杯の花弁を振りまいて、愛し合う二人をお祝いする。
「なんちゃってえええぇぇーーーっっ!ヤダッ!気が早いっつーのっ!もうもうっっ!」
美しいシルク生地を握り締め、捲簾はゴロゴロともんどり打って恥じらいまくった。
散々悶え倒して息も絶え絶え起き上がると、決意も新たにハサミを構える。
「待ってろよーっ!天蓬っ!」
天蓬が仕事している筈の軍施設棟へ向かって絶叫した捲簾は、噛み殺しきれない含み笑いを漏らしながらせっせと自作ウエディングドレス作りに没頭した。



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