Kick ! the Life 1(抜粋)


『ごじょおおぉぉーっ!テメェ!公園しかねぇぞっ!』

兄の物凄い絶叫に悟浄は慌てて携帯から耳を話した。
横にいる八戒にも聞こえたようで、きょとんと目を瞬かせる。
『さっきからチャリで走っても走ってもお前が言ってた住所には公園しかねーじゃねーかっ!お前今何処に居るんだよっ!』
きっと捲簾はこの家の周囲をずっとグルグル自転車で回ってるのだろう。
まぁ、兄が見つけられないのも無理はない。
多分自分も一人で来たら同じコトをしていたはず。

「あのな?ケン兄。バイト先の家は今ケン兄がグルグル回ってる公園の中なの」
『はぁ?何で公園の中に家があるんだよっ!』
「そうじゃなくって。ケン兄が公園だと思ってるのは庭なの」
『庭ぁ?こんなデッケェのが庭…マジで庭かっ!そんな大富豪なダチなのかっ!』

やはり血を分けた兄弟、反応も一緒だった。

横で聞いている八戒はクスクス笑う。
悟浄は額を抑えて八戒を軽く睨むと、携帯へ話しかけた。
「とにかく。門があるからそこでチャイム押して。そしたら八戒が門開けてくれるから」
『八戒?ソイツが悟浄のダチか?』
「そ〜よ〜。でも雇い主は八戒の兄ちゃんらしいけどね」
『そっか、分かった…あ?アレか?何かバカでっけぇ門があるぞっ!』
「そんじゃチャイム押してみ?」

ピンポーン☆

「お兄さん、無事に到着したようですね?」
八戒は笑いを噛み殺しながら立ち上がって、集中セキュリティーで門のロックを解除した。
『おお〜、門が開いた!』
携帯の向こうから捲簾が感嘆の声を上げる。
「入ったら道なりに真っ直ぐ来れば家あるから」
『分かったっ!すぐ行く!』
捲簾は了承すると通話を切った。
悟浄は携帯をポケットへ戻す。
「兄貴すぐ来ると思うから」
「それじゃお茶の用意をしますね。揃ったらお仕事の内容も説明します」
「八戒の兄ちゃんは?来ねーの?」
自分達以外の気配を探して悟浄は不思議そうに首を巡らせた。
雇い主本人も紹介して貰えると思っていたが。

「兄には昨夜話そうと思ったんですけど…生憎行方不明でして」
「はっ?行方不明ってっ!」
「あ、何処に行ったか分からないっていう意味じゃなくってですね?部屋の何処に居るのか分からない、というか〜」
「へ?何ソレ?部屋に居るのが分かってて何で行方不明?」

視線を泳がせて口籠もる八戒へ、悟浄が胡乱な視線を向けるが。
八戒は曖昧な笑みを浮かべるだけでそれ以上は誤魔化すようにはぐらかす。
ますます不審に思って眉を顰めると。

「ごめんくださーいっ!」

ガラリと引き戸を開けて威勢の良い声が聞こえてきた。
「あ、ケン兄!」
「お兄さん着いたんですねっ!」
八戒は誤魔化すように立ち上がるとそそくさ玄関へ向かう。

「なーんか隠してんな?」

悟浄が腕を組んで唸っていると、八戒に連れられて捲簾がやってきた。
やっぱり物珍しそうに部屋の中をキョロキョロ見渡している。
「どうぞ。そちらへ座って下さい。今コーヒー持ってきますから」
「お構いなく〜って、おい悟浄!お前のダチってメチャクチャ金持ちじゃねーか!敷地といいこの家といい、すっげ金掛かってんぞ?」
八戒がキッチンへ向かったのを見遣ってから、捲簾は悟浄へ小声で耳打ちした。
「俺も庭見てビックリしたけどさ。でもこの家は普通じゃねーけど、金持ちの豪邸でもねーじゃん」
外観から見ても部屋数は多くない。
今居るこのリビングダイニング以外には一〜二部屋あるぐらいだろう。
2LDKと考えれば、一般的中流家庭と差ほど変わらないはず。
どころが。

「お前なぁ…まぁ知らなくても無理はねーか。あのな?悟浄。こういう日本家屋ってのは、すっげぇメンテに金が掛かるモンなの。屋根の茅葺きだって新しく葺き替えるのに数千万掛かるんだぞ?」
「す…数千万っ!って…どれぐらい?」
あまりに聞き慣れない額なので、悟浄には今ひとつピンと来ない。
そんな弟をちょっと不憫に思いながら、捲簾は顎に指をかけ思案した。
「そうだなぁ…牛丼の並を一日三食七十年は食える…ぐらいだ」
「七十年っ!んじゃ死ぬまで牛丼食い放題かっ!すっげぇーっっ!」
「………悟浄」

兄ちゃんはいくら貧乏でも牛丼だけ死ぬまで食うのはイヤだぞ?

無邪気すぎる弟のはしゃぎっぷりに捲簾は目頭が熱くなった。
「牛丼がどうかしましたか?」
「いやいや、何でもねー」
コーヒーとシフォンケーキを差し出された捲簾は、慌てて悟浄の肩を小突く。
二人の向かい側へ八戒が座るのを見計らって、捲簾は礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして。悟浄の兄で捲簾です。この度は弟共々バイトを紹介してくれてありがとうございます」
「そんなっ!頭を上げて下さい。寧ろ悟浄へお願いしたのは僕の方なんですから」
「…とまぁ、いちおう兄貴としては礼儀を尽くさねーとさ?宜しくな?」
片目を瞑って笑みを浮かべる捲簾に、八戒は一瞬ポカンと呆ける。
「ケン兄っ!八戒ビックリしてるじゃんっ!」
「それで?バイトの詳しい説明をして欲しいんだけど」
捲簾はコーヒーを飲みながら八戒へ話を即した。
「え?あぁっ!そうでしたね。悟浄の方から話はお聞きになってるかと思いますが、ぶっちゃけて言えば兄の部屋を掃除して頂きたいんです」
「掃除?本の整理だって聞いたんだけど…」
「本を整理することが掃除と言いますか。とにかく兄の『魔窟』をどうにか片付けて欲しいんですっ!」
「は?」
「魔窟ぅ〜?」
捲簾と悟浄は揃って声を裏返す。

何をどうしたら部屋が魔窟になるのか。

「こればっかりは見て貰わないと分からないと思いますので。これから兄の部屋へご案内します」
「あ…あぁ」
何となく胸騒ぎというか厭な予感がして捲簾は僅かに眉を顰めた。
一体自分達は何処へ連れて行かれるのか。
コーヒーを飲み終えた捲簾と悟浄を連れて、八戒は兄が居るという別棟へ向かった。