Kick ! the Life 2(抜粋)


八戒の家から戻ってきた天蓬と捲簾は、揃ってリビングへ。
天蓬がしおらしくソファへ座ると、捲簾が小さく首を傾げた。
「まぁ、とりあえずコーヒーでもいれるか」
「そ…そーですね」
どんな話があるのか分からないが、わざわざ引き留めるぐらいだから腰を落ち着けてからの方が良いだろう。
勝手にダイニングキッチンへ行くと、捲簾はコーヒーを取り出しコーヒーメーカーをセットする。
ミネラルウォーターを注いで暫くすると、良い匂いが漂ってきた。
そっと背後のリビングを窺うと、天蓬は煙草をふかしてソワソワ落ち着きがなく身体を揺らしている。
一体何の話があると言うのか。
何となくさっきから厭な予感がしている。

厭な予感…厭なこと…まさかっ!

「天蓬っ!まさか時給下げるとか言うんじゃねーだろうなっ!」
「………はい?何のことですか?」
「あれ?違うのか?」

真っ先に脳裏を過ぎった最悪のコトが金勘定なのがさすが守銭奴捲簾。
『やっぱり一般的な市場価格と比べて高すぎると思うんですよね〜』なーんて言われるんじゃないかと、捲簾は緊張でバクバクと鼓動を昂ぶらせたのだが、天蓬の反応を見る限りどうやら杞憂らしい。
勘違いと分かってホッと胸を撫で下ろした。
しかし捲簾には金銭に関わること以外で厭なことなど、これっぽっちも思い当たらない。
とりあえずコーヒーが落ちたので二人分のカップへ注ぐと、天蓬が待つリビングへ持っていった。
遠慮もなく天蓬の隣へドッカリ腰を下ろすと、持ってきたカップを差し出す。
「ほれ、飲めよ」
「はぁ…頂きます」
捲簾からカップを受け取った天蓬は、コーヒーへ口を付けた。
芳しい匂いが少しだけ気分を落ち着ける。
チラリと隣を盗み見ると、すっかり寛いだ状態で捲簾もコーヒーを啜っていた。

い…今チャンスですよねっ!

天蓬は心の中で強く拳を握り締める。
テーブルにカップが置かれる音に捲簾が何気なく顔を横へ向けた。
そこには頬を紅潮させて妙に緊張している天蓬が。

「捲簾…お話があるんです」
「おー、何だよ?」
「僕…僕…っ!」
「うわっ!」

感極まった天蓬が突然捲簾へ飛び込んできた。
ガッチリ身体を抱き竦めると、首元へグイグイ頭を押し付けてくる。
あまりにも突然すぎて避けることも出来ずに呆然としていたが、我に返ると持っていたカップをテーブルへ避難させた。
「あ…っぶねーんだよっ!火傷したらどーすんだっ!」
「ぁだっ!」
ギューギューしがみ付いてくる天蓬の脳天へ思いっきり手刀を落とす。
それでも天蓬は捲簾から離れようとはしなかった。
訳が分からず捲簾は大袈裟に溜息を零すと、両手で天蓬の顔を掴んで無理矢理上向かせる。

「いだだだっ!」
「お前なぁ…いきなり抱きついてきただけじゃ意味が分かんねーよ」
「くっ首が!グキッって…」
「あ?悪ぃ悪ぃ」

捲簾が手を離した途端、顔が首筋へ擦り付けられた。
犬が甘えてじゃれるような仕草がくすぐったくて捲簾は首を竦める。
「も〜…何なんだよお前は〜くすぐってぇ!」
とりあえずここまで密着接近しても厭がられないことを確認した天蓬は、震えそうになる声を叱咤して燻っている恋心を吐き出した。

「僕…捲簾のことが…好きなんですっ!」
「おう、それで?」
「………あれ?」

何だか予想していたのと違う反応に天蓬は戸惑う。
もっと派手にビックリするとか、哀しいけど厭がるとか、もしくは驚愕を通り越して声にもならないとか。
何か普通にサラッと肯定されてしまったような。

「あの…捲簾?僕は貴方のことが好きだって言ってるんですよ?」
「お前俺のことバカにしてんのか?お前が何言ったのか分からないとでも?」
「いえっ!そんなつもりは…じゃなくって!僕が言っている意味を理解してるんですか?」
「だから〜、天蓬が俺のこと好きなんだろ?」
「は…そうなんですけど」

捲簾の態度はやっぱり何か奇妙だ。
いくら弟達のことがあるとは言え、男の自分に同性の天蓬から告白されているのに、何でそんなに平然としているのかがさっぱり分からない。
一般的な大多数の男なら激しく動揺するのが普通だろう。
あまりにも予想外の反応を示す捲簾に、天蓬の方が困惑して視線を泳がせた。

「お前ずううぅぅ〜っと散々言ってきたじゃん。改まって言われなくても知ってるっつーの」

ケロッと返された捲簾の言葉に、極度の緊張で張り詰めていた天蓬の理性がぷっつりブチ切れる。
「そんなっ!そんな風に何でもないような感じで言わないで下さいよっ!僕が捲簾を好きだって本当の意味が分かってるんですかっ!」
「あ?もしかして俺にムラムラしちゃってんの?」
「そーですよっ!僕はずっと捲簾と一緒にいて欲情しっぱなしなんですっ!好きな人が側にいて身体が反応しない方がおかしいでしょうっ!」
「まぁ、正常な男としては当然の生理現象だよな、うん」
「あーっ!もうもうっ!やっぱり分かってませんねっ!」
すっかり逆ギレしている天蓬が頭をかきむしって喚き散らした。
それでも捲簾はきょとんと不思議そうに天蓬を見つめるだけ。
すっかり目の据わった天蓬が、強い力で捲簾の肩をガッチリ掴んだ。

「僕はっ!捲簾が好きだからっ!貴方を抱きたいっ!服を全部剥ぎ取って、その引き締まった身体にむしゃぶりついて、貴方から吐き出される快楽の全てを残さず啜り飲みたいんですっ!」

これ以上分かりようがないぐらいキッパリハッキリと淫猥な願望を怒鳴りつけた天蓬に、捲簾は驚愕して目を見開いた。
しかし、それは天蓬の昏い情欲を見せつけられたことに関して驚いたわけではなく。
パチパチと数度瞬きをした後、腕を組んで何事か思案し始める。
「お前ってそういうヤツなんだ〜、へぇ。まぁ別にそれはいいんだけど」
「あの…捲簾?」
これまた予想外の言動に、天蓬の勢いが削がれてしまった。