おなじ星/あなたへの月出逢い編(抜粋)


捲簾はただ何も言えずに天蓬を見つめ返す。
一体どうすればいいのか。
ふざけるなと、俺にはそんな気は無いと切り捨ててしまえれば楽なのに。天蓬を傷つける言葉が出てこない。

「何度も何度もこんな想い馬鹿らしいって、自分に言い聞かせました。でも打ち払っても打ち払っても捲簾のことがココから離れないんです」
天蓬が握り締めた捲簾の手を自分の胸へ引き寄せた。触れた部分から天蓬の鼓動が伝わってくる。
その温度が熱くて、切なくて。
捲簾は辛そうに顔を顰めた。
「貴方にどうにかして欲しいとは言いません。でも僕を否定だけはしないで下さい…それだけでいいんです」
泣きそうな声音で天蓬が懇願する。
「お前は…それで満足なのか?」
捲簾の声に天蓬が視線を上げた。真っ直ぐ見つめてくる真摯な瞳に、天蓬が息を飲む。
「正直…俺はどうしたらいいか分からない。仕事上の右腕としてお前を今は失いたくない。だからといってお前の気持ちに応えることも出来ない。俺は人を好きになる感情を差別する気は無い。偽善かもしれねぇけど、俺自身のことになると同性に対して肉欲は湧かない。お前が俺を好きだっていうのはそういうことなんだろ?」
誤魔化すことなくストレートに訊かれて、天蓬が泣き笑いの表情で首を振った。
「僕はそこまで考えていません…」
「嘘、だろ?」
「違うっ!本当に僕は側に居られるだけでっ!」
「じゃぁ、お前は俺のことなんか好きじゃないんだよ。だったらすぐにでも忘れるんだな。悩むだけ無駄だ」
「けん…れん?」
いつになく厳しい口調に天蓬が驚愕する。
「ただ側にいればいいなんて所詮詭弁だろ?本当に真剣に誰かを愛するって感情は綺麗でもなんでもない。何もかも全てを独占して所有して食らい付いて、相手の何もかも全てに欲情するっていうのが根本的だと思う。まぁ、オスの本能だけじゃ愛にはならねーけどさ。実際イイ女がいれば勃つし。で?本音でお前はどーなんだ?」
「え?どうって…」
「俺見て勃つの?ヤリてぇとかって思う?」
あからさまな言葉で煽られ、天蓬の頬が一気に紅潮した。
どうやら訊くまでもなかったらしい。
「うぅ〜ん…そっか。お前俺でも勃つんだ。そりゃ困ったな」
大して困った様子もなく肯定して、捲簾は首を捻った。
捲簾の反応に天蓬は戸惑うばかりで、そわそわ落ち着かない。ただじっと捲簾の言葉を待つしかなかった。
「お前さ…俺に抱かれたぁ〜い、とか思っちゃってる?」
「そんな訳ないでしょうっ!」
即答できっぱり否定され、捲簾が鼻白む。
「あ、そう。俺みたいなゴッツイ野郎を抱きたいとか思っちゃってるの。変わってんなぁ〜」
「え?どうしてですか?」
「…真顔で訊くなよ」
捲簾は掌で赤らむ顔を隠した。
「あの…僕のこと気持ち悪いって思います?」
「あ?変だとは思うけど。つーかマニア?」
「誰がマニアですか。別にゴツイ男なら誰でも良い訳じゃないですよ。と言うより僕だって願い下げです」
「俺だから、なんだ?ふーん…」
双眸を眇めて口元だけで微笑むと、天蓬が小さく喉を鳴らす。
「捲簾だと何かこう…」
「はいはい。お触り視姦厳禁」
「えー?ちょっとぐらいいいじゃないですかぁ」
「お前さっきの殊勝な態度とエライ違いだな」
「何か吹っ切れちゃいました」
「キレ過ぎ」
「だって嬉しいんです。捲簾は僕の気持ちを否定はしないでしょう?」
「受け容れてもねーけど」
「今は…それだけで充分です」
捲簾が天蓬の穏やかな笑顔に眺めて姿勢を正した。相手が真剣なら、自分も本心を見せなきゃいけない。
「俺はこの先もずっとお前が望むようには愛せない…」
「それは…分かってます」
「かも?」
「………はい?」
天蓬が目を丸くして瞬きする。
捲簾は大きく息を吐いて、背凭れに身体を預けた。
「先のことなんか俺にだって分からねーよ。もしかしたらお前のことそういう意味で好きになるかも知れないし、ならないかも知れない」
「それって…少しは望みがあるって…思っても良いんですか?」
天蓬の声が震えて掠れる。
少し思案してから、捲簾がニッと口端を上げた。
「さぁ?言ったろ?俺にだって分からねーって」
「じゃぁ僕はどうしたらいいんですか?捲簾が僕を好きになってくれるなら、どんなことだってしますっ!」
「そんなの…成るようにしかならねーって」
捲簾は身を乗り出して意気込む天蓬の頭をポンポン叩く。
「だけど僕はっ!」
「だーかーらっ!とりあえずお前は今まで通り俺の側に居ろ。以上」
「それじゃ何にも変わらないじゃないですかぁ〜」
不満気に頬を膨らませて、天蓬がムスッと拗ねた。
上目遣いに睨んでくる天蓬に笑いが込み上げてくる。仕方なさそうに肩を竦めると、捲簾は天蓬の襟元を掴んで引き寄せた。
「え…っ?」

熱く濡れた感触が唇を掠める。

「ん。これぐらいは別に平気だな」
引き寄せた時と同じぐらい強引に、捲簾が天蓬の身体を突き放した。漸く捲簾にキスされたと頭が理解して、天蓬の顔が真っ赤に紅潮する。
「お?天蓬真っ赤だぞ?可愛いヤツ〜あっはっはっ!」
「ぼ…僕のことからかってんですかっ!」
「いや?マジだけど。だからチュウしても大丈夫かなーって試してみた訳…ヤだった?」
「イヤじゃ…ないですけど」
「じゃぁ、イイじゃん」
「そういう問題じゃっ!」
言い募ろうとした天蓬の耳に、廊下から誰かの声が聞こえてきた。どうやら昼の休憩時間が終わって、外へ食事に出ていた社員達が戻ってきたようだ。
言葉を飲み込んで椅子に座ると、捲簾が苦笑する。
「さてと。仕事仕事〜っと。天蓬さっきの図面、三時までに上げてくれよー」
さっさと弁当箱を片付けて、捲簾が自分の席へ戻っていく。取り残された天蓬は、ガックリ肩を落として頭を掻いた。
「こんなの…生殺しじゃないですか…っ」
天蓬の吐き捨てた言葉を聞いて、捲簾は小さく呟く。

「俺だって何であんなことしたのか…分かんねーよ」

咄嗟に天蓬を引き寄せ、キスしてしまった。
自分の中の衝動が理解できない。困惑しているのは捲簾も同じだった。