クムイウタ @(抜粋)


「てんぽ〜迎えに来たぞ〜」
店のドアを軽快に開けて、猫の飼い主捲簾がやってきた。
パートさんの挨拶へ手を挙げると、視線を巡らせ愛猫の姿を探す、が。

「…お前ら何やってんの?」

何故か八戒と悟浄、それと猫が顔を付き合わせ睨み合っている。
「だからっ!コレは俺とてんぽうが当てたんだから、俺らで行くのが当然だろっ!」
「にゃにゃっ!」
「そんなのダメに決まってるでしょうっ!二人だけなんて何をしでかすか分かったモンじゃありませんからねっ!第一チケットは僕がお金出してビール買ったから引けたんじゃないですかっ!だったら僕と悟浄で出かけるのが妥当でしょう?」
「うにゃっ!」
「バッカ!これは俺とてんぽうが一緒に回して当てたのっ!八戒は全然関係ねーじゃん!」
「誰のおかげで福引き引けたと思ってるんですかっ!」
「おーい…お前ら何揉めてんだよ?」
「あ、捲簾!」
「捲簾さんっ!」
「にゃぁ〜っっ!」
猫は一目散に捲簾へ抱きつくと、グリグリ小さな額を擦り付けた。
軽々猫の身体を抱えた捲簾は、レジの前へ視線を落とす。
「あ?何このパンフ…沖縄?」
「てんぽうがっ!俺とてんぽうが商店街の福引き当てたんだよっ!」
「その抽選券は僕がお買い物頼んだから貰えたんですよっ!」
「にゃにゃにゃっ!」
「はいはい、いっぺんに言うなって。要するに?福引きで沖縄旅行を当てた訳な?」
「そうっ!」
「ふーん。どれどれ?へぇ…三泊四日か。そんでもって宿泊は海岸近くの豪華コテージね」
捲簾がパンフを取り上げパラパラ捲った。

コテージの目の前にはプライベートビーチがあり、食事も注文すれば運んで貰える。
システムキッチンも完備されているので、沖縄ならではの食材を使って自炊も可能だ。
部屋にはオーシャンビューのジャグジーバスもある。
隣接する建物にはエステやプールもあり、テレビなどで紹介される南国のリゾートホテルそのものだ。
敷地面積もかなり広い。

「で?何を揉めてる訳よ?」
「俺とてんぽうが当てたから二人で行くつったら八戒が文句言いやがって」
「ダメに決まってるでしょう?第一捲簾さんに了承も得ないで勝手に決めてどーするんですか」
「えーっと…要するに。コレってペアで御招待なのか?」
「おうっ!」
「にゃっ!」
「…だから誰が行くかで大騒ぎしてんのか」
欲丸出しの下らない言い争いに、捲簾が額を押さえた。

まぁ、旅行が当たって舞い上がっているのも分からないでもないが。

「てんぽう?そんなに行きたきゃ俺が連れてってやるから、コレは悟浄と八戒に譲ってやれよ」
「ぅにゃぁっ!」
捲簾に宥められた猫はショックで口を開き、わなわなと震える。
抱かれていた腕から飛び降りると、レジの端でガックリ項垂れた。
「にゃー…うにゃー…」
「て…てんぽう?」
か細い声で鳴いて抗議する猫に、捲簾が顔を引き攣らせる。
大人げなく文句を言ってしまった八戒も、バツ悪そうに頭を掻いた。
「てんぽぉ…」
悟浄はどうしたらいいか分からず、ただオロオロするばかり。
「お前…そんなに悟浄と遊びに行きたかったのか」
捲簾が呟くと、鳴き声がピタリと止まった。
肩越しに寂しげな視線を向けると、大きく肩を落としながら前足で置いてあったボールペンを拗ねて転がす。

「…分かりました。悟浄、ちょっと留守番お願いします」

そう言うと八戒は店を出て行ってしまった。
突然の行動に悟浄は返事も返せず唖然と見送る。
「どうしたんだ?八戒…いきなり出て行って」
「さぁ…俺も分かんねぇ」
捲簾と悟浄が八戒の不可解な行動に首を捻ってる間も、猫はふて腐れて今度はパンフレットに猫パンチを始めた。
「てんぽぉ…いつまで拗ねてんだよ。みんなで遊びに行きてーなら、今度連れてってやるから譲ってやれって。あ、そうだっ!確か旧軽井沢に金蝉が別荘持ってるから避暑に出かけるってのはどーだ?」
「にゃうぅ…」
「何っ!あの仏頂面のセンセー、別荘なんか持ってんの?すっげ…儲かってんな〜」
「金蝉の、つーか社長…いやいやアイツのオバサンのだけどな」
「軽井沢なんてハイソなトコ、行ったこともねーよ」
「ほら、な?悟浄も行ってみたいって」
「にゃうううぅぅ…」
猫をどうにか宥め賺せて諦めさせようと頑張っていると。

「ただいまです」

どこかで買い物したらしい八戒がポリ袋を持って戻ってきた。
つかつか悟浄の元へ歩み寄ると、物凄い形相で机を叩く。
「うわっ!なになにっ!」
「ビックリさせんなよっ!」
「うにゃっ!」
「………コレなら文句ないでしょう?」

八戒は不敵な笑みを浮かべて、机の上からゆっくり掌を退けた。
そこにあったのは。

「あれ?コレ…」
「当ててきましたよ、沖縄旅行」
「えええぇぇーーーっ!」

勝負運の神サマに愛されているオトコ八戒は、商店街の福引きで沖縄旅行を当ててきた。