クムイウタ A(抜粋)

「ったくよぉ。すっげ心配したんだぞ?」
「にゃ〜」

本日もビーチは雲一つ無い快晴。
朝食を済ませたご一行は、荷物を持って砂浜まで遊びに来た。
レンタルしてきたパラソルやビーチシートを設置している捲簾と八戒を余所に、悟浄と猫は並んで穏やかな海を眺めている。

…勿論腰には、クワガタ浮き輪。

その滑稽な姿はビーチで浮きまくっているが、さほど人が多くないので悟浄は気付いていない。
当然気付いている捲簾と八戒、そしてカッコイイと思っている猫もそのことには触れずに黙っていた。

「捲簾さん、飲み物これで足りますかね?」
「とりあえずは大丈夫じゃね?無くなったらソコの店で買えばいいし」
「なーんか本当に南国のリゾートって感じですよねぇ。アッチにはカウンターバーまであるらしいですよ?ジャズバンドの生演奏とかもやってるそうです」
「みてーな。トロピカルカクテル飲んでる人見て、てんぽうがすっげ欲しがってさぁ…諦めさせるのに苦労した」
「猫ちゃんにはさすがにお酒は無理ですよ〜」
「マタタビカクテルなんてねぇもんな〜」
テキパキ手を休めることなく談笑しながら準備をしている二人の前では、猫と悟浄がいい加減なラジオ体操を始めている。

「にゃっ!にゃっ!」
「えー?違うだろぉ〜、腕振った後はこぉっ!こぉっ!こぉーでっ!背中反ってこぉーっっ!!」
「うにゃうにゃっ!」
「ちっげーよ!ジャンプはまだ後だって!」
「…以外とラジオ体操って、順番覚えてないモンですよね」
「曲があれば何となく思い出すんだろうけどな…」

体操の順番で揉めている一人と一匹を眺めながら、捲簾と八戒はクスクス笑みを漏らした。

「こんなもんですかね?悟浄こっちいらっしゃい。日焼け止め塗ってあげますから」
「今日は結構日射し強いから、塗って丁度イイ具合に焼けるよなぁ」
捲簾はうんうん頷くと、バッグから日焼け止めのローションを取り出す。
「にゃっ!うにゃっ!」
「あ?お前は毛皮着てんだから、いらねぇだろ?」
猫が塗って欲しいと、捲簾にスリスリ強請り寄ってきた。
皆が塗るのに自分だけ仲間外れはイヤらしい。
「うーん…肉球は歩いてたら砂で落ちちゃいますしねぇ」
悟浄の背中へ日焼け止めを塗りながら八戒が苦笑いした。
背中越しに振り向いてじーっと猫を眺めていた悟浄が、ポンと手を叩く。
「鼻は?人間でも鼻って凹凸あっから結構日焼けすんじゃん?鼻の頭だけでも塗ってやったら?」
「うにゃ♪」
「八戒…猫でも鼻の頭日焼けして、皮とか剥けたりすんのかね?」
「さぁ?さすがに僕にも分からないですよ。第一海水浴が大好きな猫ちゃんだって、てんぽうクンぐらいしか知りませんし」
「まさか金蝉に電話して訊く訳にもいかねぇか。『あぁ?ふざけてんのか?』って、怒鳴って切られるな」
キラキラと期待で塗られるのを待っている猫を、捲簾は思案しつつ見下ろす、が。

「ま、いっか」
「うにゃん♪」

捲簾は指先に少しだけ日焼け止めを垂らすと、猫の鼻先へちょこんと塗ってやった。
それで満足したらしい猫はご満悦で尻尾をプンプン振りたくる。
「はい、悟浄もコレでいいですよ。暫く経ったらまた塗りましょうね。こういうのは大体3時間ぐらいしか効果ありませんから」
「えぇ〜?そうなの?」
胡散臭そうに八戒からローションを引ったくれば、注意書きにもちゃんと記載されていた。
一度塗れば一日ぐらい効果があると思っていた悟浄は、面倒臭そうに顔を顰める。
「でもちゃんと塗らないと、痛くなりますからね?酷いときは低温火傷になったり、水膨れが出来たりするんですよ?長時間紫外線に当たるのはお肌に悪いんです。だからきちんと日焼け止めを…」
「はいはーい。分っかりました!でも俺ぜってぇ忘れるだろうから、言ってくれよ?」
「にゃにゃっ!」
「はいはい。ちゃんとてんぽうも呼んでやるって」
猫も前足で鼻を撫でながら、コクリと頷いた。
「さてと…僕はゆっくり日光浴でもしようかな」
「俺も〜。ビール飲んでのーんびりしよっと」
「あ、俺も俺も!今日こそは身体焼いてこんがりセクシーバディに…っで?」
突然ピンッ!と右足が引っ張られ、悟浄が振り返る。
視線の先には、ご機嫌でクワガタ浮き輪を付けた猫が尻尾を振っていた。
そっと視線を足下へ向ければ。

「あ?この紐…何だぁ?」

いつの間にか悟浄の足首に細いリードが括り付けられ、視線で辿っていくとソレは猫のハーネスと繋がっていた。

と、言うことは。
つまり。

猫が意気揚々海に向かって腰を上げ振っている。
まさに獲物へ飛びかかる前のファイティングポーズ。
背中をグッと反らせて、後ろ足に力を漲らせたかと思った瞬間。

「うわっ!うわわわわわーっっ!」

突如海へ猛ダッシュする猫に引っ張られ、悟浄はバランスを崩した。
転びそうになるのを左足で堪えたが、どんどん右足が引っ張られるので有無を言わさず猫と一緒に海へ向かってしまう。
「ちょっ…待て待てっ!俺は今日こそ身体を焼こうって…うわああぁぁっ!」

ザッパーン。

「あ、悟浄が大波の中へ消えました」
「お?浮いてきた。何か喚いてるなぁ」
「やー、本当に仲良しさんです。楽しそうでイイですよね♪」
「ホントホント。さってと…俺らはのんびり日光浴でもすっか」
「そうですね。あ、捲簾さん。僕の分のビールも取っていただけます?」
「ほいよ〜」

浮き輪を着けながらも器用に波へ飲まれる悟浄をザパザパ沖へ引っ張って行く猫を眺めつつ、捲簾と八戒は危機感の欠片もなくビーチシートへ横たわって、のほほーんと見守った。