クムイウタ B(抜粋)

ひたすら国道を海岸沿いに走ると、漸く目的地の海洋博公園に到着する。
宿泊していたコテージからは一時間弱掛かった。
子供の夏休み期間だが平日のためか、思ったよりはまだ混んでいない。
駐車場もまばらに空きが目立った。
時間はまだ九時前で、開館してからそんなに時間は経っていない。
捲簾と八戒がバッグを片手に車を降りた。
「水族館も混んでなきゃいーけどなぁ」
「もう開館してますけど。いわゆるネズミさんのテーマパークと違って、開館と同時に駆け込むお客さんはいないと思いますよ」
八戒が小さく笑うと、それもそうだなと悟浄も笑い返す。
「でもイルカのショーなんかはちょい早めに行かないとイイ席取れねーかもよ?」
少し大きめのバッグを肩に掛けて、捲簾がパンフレットを差し出した。
公園内と水族館の案内が載っているパンフレットを受け取って開くと、八戒と悟浄が一緒に覗き込む。
「ショーの時間を調べないと…えっと…確か水族館の外なんだよな?」
「ええ。どの順番で見るか決めてからじゃないと。とりあえず午前と午後に分けるしかないみたいですけど」
「出入りは出来るんだろ?」
「大丈夫、再入場は出来ますからね」
八戒はイルカショーの時間を確認して、パンフレットを閉じた。
とりあえず駐車場から水族館へ向かって歩く。
「外のイルカとかウミガメ館は全部近くに集まってますから、移動に時間は掛からないですね」
「俺、早くジンベエザメ見てぇなー。すっげデッカイんだろ?」
「おっきいですよ〜。僕はマンタが見たいです」
「アクリル水槽もデカイんだよなぁ。良く見れるぞ?てんぽう」
『うにゃ♪』
肩から掛けた捲簾のバッグの中から嬉しそうな返事が聞こえた。
マチの部分がメッシュになっていて、中から外は見えるが、外から中が見えないようになっている。
「でも、コーフンして鳴くなよ?バレたら追い出されっから」
『にゃうっ!』
心配するなとでも言うのか、バッグの中からポフポフ叩いて合図が返ってきた。
「てんぽうマジで大丈夫かぁ?ジンベエザメ見て跳んだりすんなよ?」
「大丈夫ですよね?てんぽうクン」
『にゃっ!』
すかさず返ってくる鳴き声に、三人は顔を見合わせて苦笑する。
和やかに談笑しながら歩いていると、目の前に大きなジンベエザメのオブジェが見えてきた。
「おおっ!すっげぇ〜っ!なな?八戒ぃ〜っ!あの前で写真撮ろーぜ」
「え?でも…」
八戒がチラリと横に居る捲簾を見てから、視線をバッグへ落とす。
バッグの中から小さく唸り声が聞こえていた。
どうやら猫も一緒に記念写真を撮りたいらしい、が。
「…てんぽう我慢しろ。ここでお前出して写真撮ったりしたらバレるだろ?」
『にゃ…』
「あ…そっか」
悟浄も気付いて、バツ悪そうに髪を掻き上げた。

元々水族館は猫が行きたかった場所。

それも大きな水槽を悠然と泳ぐジンベエザメが見たかったらしい。
当然オブジェの前で思い出の写真だって撮りたいだろう。
でも、そうすれば間違いなく係員に見咎められ、水族館に入ることは出来なくなる。
何となく気まずい空気の漂う中、悟浄は何やら腕を組んで考え込んだ。

ピコーン☆

悟浄の脳裏に何かが閃いたらしい。
「だったらさ!帰りに撮ればいーんじゃね?帰りにサッと撮ってバッと帰りゃ大丈夫だろ?」
「おや?悟浄にしてはナイスアイデアですねぇ〜」
「しては、とは何だっ!」
「成る程な…見るモン見た後なら知ったこっちゃねーと?」
「いや…そこまでは言わねーけど」
捲簾はウンウン頷いてバッグの横をポンと叩いた。
「てんぽう。帰りに俺と一緒に写真撮ってもらおーな?」
『うにゃぁ〜ん♪』
ご機嫌な返事を聞いて満足気に微笑むと、捲簾が先に入口へ歩き出す。
「早く行こうぜ。中のが涼しいしな」
「そうですね。あ、僕がまとめてチケット買ってきますよ」
「うーん…なぁ、色んなプログラムあるらしいけど、どーする?」
悟浄が歩きながらパンフレットの内容を読んで、難しい顔でお伺いを立ててきた。

どうやら色々な趣向を凝らしたツアープログラムがあるらしい。

目玉のジンベエザメも係員の解説を聞きながら水槽の上から見学できたり。
少し心を惹かれるが、しかし。
「うーん…てんぽうクンも居ることだし。出来るだけ係の人と接触するのは避けた方が良くないですか?」
「やっぱり?」
「何か…悪ぃな」
捲簾が申し訳なさそうに小さく頭を下げると、八戒と悟浄は同時に手を振った。
「気にすることねーのっ!それにさ、どーせなら自分達のペースでゆっくり見学出来る方がいーだろ?」
「そうですよ。それにショーの時間もありますから、それ以外はのんびり回りましょうよ、ね?」
「…さんきゅ」
小さく礼を言う捲簾にニッコリ微笑んで、八戒がチケットを買いに入口へ足早に向かう、が。

ギギギ…。
ギギギギギギギィ〜。

何やら捲簾の下げるバッグの中から妙な音が聞こえてきた。
捲簾と悟浄が不思議そうに顔を見合わせる。
バッグの中を引っ掻くような音はしつこく続いた。
捲簾は気がついて瞠目すると、深々と溜息を零す。

ギギ…ギギギギギギギィ〜。

「………てんぽう。お土産にジンベエザメのぬいぐるみ買ってやるから」

ギギギ…ピタッ☆

突然音が鳴りやんだ。
悟浄の頬が僅かに引き攣る。
「てっ…てんぽう。そんなにジンベエザメ上から見たかったのかよ」
「悟浄、コイツの我が儘なんだから気にするな」
何となく罪悪感に駆られて眉間に皺を寄せる悟浄の肩を、捲簾は慰めるように叩いた。
とりあえず捲簾にお土産を買って貰えることで納得したらしく、バッグの中身はまた大人しくなる。
気まずくなった悟浄が入口の方へ視線を向けると、チケットを買ったらしい八戒が手を振っていた。
「捲簾。八戒が呼んでる」
「そっか。そんじゃ行きますかね」
捲簾は軽くバッグを叩いて中の猫へ合図をする。
通りがてらジンベエザメのオブジェを見上げて、悟浄は嬉しそうに瞳を輝かせた。