Riddle(抜粋)


天界で行き倒れを発見なんて、もう二度と無いと思ったが。

「…コイツは一体どんな生活をしてるんだ?」

午前中の訓練が終わり、弁当を持って執務室へ戻ろうと回廊を歩いていた捲簾は、またしても庭先に倒れている白衣姿を見つけてしまい、深々と溜息を零した。
以前同様豪快な腹の虫が大音量で響き渡っている。

今度は書庫から離れている、軍棟のど真ん中。
何でこんな場所で医療棟の者がウロついているのか。

倒れ込んでいる男の側には本の替わりに籠が転がっていた。
塀を跳び越え近づいた捲簾は、籠の中を覗き込む。
何だか分からないが草やキノコが入っていた。
「軍の施設へ入り込んで暢気に野草摘みかよ…ったく」
捲簾は突っ伏している男の傍らで座り込むと、持っていた弁当の包みを解く。
今日はおむすびだけじゃなく、手の込んだおかずも詰めてあるお重の蓋を、男の鼻先でパカリと開けた。
途端に男の身体が美味しそうな匂いに釣られてピクリと動く。
「う…うぅ〜ん…たまご…焼きの匂い…が…っ」
「まーたメシ食わねぇでブッ倒れたのかよ」
「その声…はっ!」
「ホレ、食えよ」
顔を歪ませ唸っている男の口へ、捲簾は自慢のだし巻き卵を差し出した。
バクッと箸ごと食い付いてがっつく男に、捲簾が仕方なさそうに肩を竦める。
「おいっ…し!」
モグモグと租借して卵焼きを飲み込むと、『てん』は倒れ込んだままお代わりを要求してパカリと口を大きく開いた。
餌を要求するひな鳥のような仕草に、捲簾が苦笑を浮かべる。
「行儀悪ぃな〜。ちゃんと食わせてやるから起きろー?」
「まだちょっと…身体に力が…っですね?」
「ったく…しょーがねぇな。ホレ」
捲簾は白衣の首根っこを掴んでストンとその場へ座らせた。
きちんと座った手に弁当箱と箸を持たせてやる。
「え?あの…このお弁当、捲簾がこれから食べようとしてたんじゃ」
「いーよ、食って。今日は時間が無い訳じゃねーし、食堂も開いてるしな」
「そんなっ!捲簾のお弁当を横取りして食堂行かせるなんて出来ませんっ!」
既に箸を付けておいて何だが、一応は良心が痛むらしく、ごく当たり前に申し出を辞退しようとしたが。
「この蓮根の挟み揚げ…俺の自信作なんだよな〜」

ボタボタボタボタッ!

「ヨダレ…」
「はっ!すすすすすみませんっっ!」
自分とそう変わらないイイ歳した大人がお弁当のおかずごときに涎を垂らすなんて、呆れるのを通り越して笑いが込み上げてきた。
白衣の袖で恥ずかしそうに口端を拭う『てん』から箸を取り上げ、弁当箱から摘んだ蓮根の挟み揚げを差し出してやる。
「ほい、あーん」
ニヤニヤからかうように笑う捲簾を一瞬だけ睨むが、美味しそうなおかずの魅力には勝てず、照れ隠しに眉間へ皺を寄せたままバクッと食い付いた。
「旨い?」
頬を染めて頷く『てん』に、捲簾も満足げに微笑む。
もう一度箸を手渡すと、今度は遠慮無くお弁当を頬張った。
「えーっと…てん?」
「天、です」
そう答えた男は空を指差す。
「ですから、天ちゃーんって呼んで下さってもいいのに」
「俺がイヤだ」
捲簾が顔を顰めると、天は『可愛くていーじゃないですか』と苦笑した。
お弁当を貪る男の傍らに転がったままの籠をふと思い出し、捲簾は拾い上げる。
「この前が情報収集で、今度は材料調達して実験?」
籠の中身を指差すと、天は僅かに瞠目した。
「僕が借りていた本のことなんて…よく覚えてましたねぇ」
「…アレだけインパクト強烈だとな」

当然本のことではなく、目の前の男のことだ。

しかし当事者は自分のことを指しているとは全く気付かない。
単純に感心している様子を呆れて眺め、捲簾は額を押さえた。
「捲簾?」
「この前はさ、書庫から本持ってきた途中だからあの辺で倒れてたのは分かるんだけど。今日は何で東方軍の敷地なんかで行き倒れてんだよ?」
「別に東方軍の敷地を選んで倒れた訳じゃないんですけど。どうしても精製に必要な薬草を探してあっちこっち探し回ってたら…その…気が遠くなって」
「とりあえずちゃんと寝て食ってんの?」
「それが…つい文献など紐解いてると時間を忘れてしまって」
「ブッ倒れる限界まで寝食忘れんじゃねーっての!医療棟には同僚居るんだろ?声掛けて貰えばいーじゃん」
「えっとですね?僕、本を読み始めると音とか声とか、近くでどんな大音響を鳴らされても全く気がつかないんですよねぇ〜あっはっはっ!」

…どんな集中力だよ、そりゃ。

あまりにも馬鹿げた理由に開いた口が塞がらない。
捲簾が脱力していると、目の前に空になったお重が差し出された。
「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「いーえー、どういたしまして」
「これであと三日は持ち堪えられそうです〜」
「持ち堪えるじゃなくってちゃんと食え!」
とんでもない発言をサラリとかます天の頭を捲簾が即答で殴りつける。
「いだっ!」
「いーか?軍の仕事に従事している俺らは身体が資本なんだ。その大切な身体を作るのも動かすのも日々のきちんとした食事あってこそなんだぞ?お前だって医者の不養生じゃ身体任せる方も洒落になんねーよ」
「でも…僕料理って全く駄目なんです」
「それこそ軍の食堂行くとか、じゃなかったら城下降りてメシ食うとかっ!」
「えー?何か面倒クサ…」
「食えよな?」
正座している男を問答無用で睨み付けると、年甲斐もなく天はプックリ頬を膨らませて拗ねた。
「美味しいご飯じゃなければ、食べても食べなくても一緒です」
プイッと視線を逸らして子供じみた反論をする男に、捲簾がいい加減キレる。

「あーっ!もう分かったっ!俺がこっちに待機中の時は弁当作ってやるからっっ!」
「………はい?」