ハレルヤハリケーン(抜粋)


「うるせーな。何騒いでやがる」

隣のドアが勢いよく開いて、金蝉が不機嫌そうな顔を出した。
「金蝉居たのか!悪い、毛布持ってきてくれ!コイツの身体が冷えちまう!これから救急車呼ぶから!」
「あ?何で救急車なんか呼ぶんだよ?」
「何でって…見りゃぁ分かんだろっ!コイツ倒れてて」
「あぁ…電源落ちたんだろうよ」
「は?電源…って?」
「寝てんだよ、コイツは」
面倒臭そうに指差す金蝉に絶句して、捲簾は改めて倒れてる生徒をマジマジと眺める。

言われてみれば確かに。

苦しげな雰囲気は全く見られず、規則正しい呼吸が聞こえていた。
どうやら心配なさそうだと気付いて、ホッと胸を撫で下ろす、が。
それにしたって。

「何でコイツはこんな所で寝てるんだ?」
「だから言っただろう。電源が落ちたんだよ。コイツは昔から自己管理なんて一切出来ねーヤツだからな。自分が気付く前に身体が降参するんだよ」
「何ソレ…」

捲簾は身動ぎもせず豪快に廊下で寝転ける生徒に心底呆れ返った。
前髪をガシガシ掻き上げると、倒れている生徒の背中を軽く叩く。
「おーい?起きろー?寝るなら寝るで、部屋ん中にしろー?」
「そんなんじゃ起きねーよ」
金蝉が溜息混じりに部屋から出て、倒れている生徒の頭の方へ回り込んだ。
どうするのかと見守る捲簾の前で、金蝉が足を振り上げる。

ゲシッ☆

「邪魔だ。起きやがれ天蓬」
躊躇せず頭を踏みつけると、低い声で恫喝した。
さすがに吃驚した捲簾が、何度も文句を言いながら頭を踏みつける金蝉を止めようとすると。

「………痛いですよ、金蝉」

俯せに倒れ込んでいる生徒が金蝉の足をガッチリ掴み締めた。
そのまま持ち上げると払い除ける。
「はぁ〜…折角気持ち良く寝てたんですけどねぇ」
倒れている生徒は暢気にぼやくと、モソモソと起き上がった。
正座に座り直して伸び上がりながら大欠伸を漏らす。
生徒の顔を見た捲簾は息を飲んだ。

驚くほど端正に整った美麗な面差し。
女性のような繊細さは一切無いが、瞳の輝きはやけに艶やかで年不相応な色気があった。
きっと見つめられるだけでゾクリと肌が粟立つ。

未だ眠たげに目を擦っていた生徒が、漸く目の前の捲簾に気付いた。
「えっと…コチラはどなたでしょうか?」
ちょこんと首を傾げる生徒に、金蝉は呆れた視線を向ける。
「ここの寮監の教師だ」
「あっ!そうだったんですかっ!これは失礼しました。僕、今日からこちらでお世話になります天蓬と言います。宜しくお願いします」
礼儀正しく深々と頭を下げる天蓬に、金蝉が額を押さえた。

廊下で一体何をやってるんだ。

挨拶したのに返事が返ってこないのを不思議に思い、天蓬はゆっくり顔を上げる。
見上げた先には教師にしておくには勿体ないほど、色香過剰な美丈夫が立っていた。
何故かじっと自分を見下ろしたまま身動ぎもしない。
「あのー…?」
恐る恐る声を掛けると、教師は我に返って僅かに視線を逸らした。
その頬が僅かに赤らんでいる。
「悪ぃ。ちょっと吃驚してな」
「はぁ…?」
「廊下で寝てるヤツが居れば驚くのは当たり前だ」
金蝉がすかさず突っ込めば、天蓬も成る程そういうことかと頷く。
「いやぁ〜…残務処理に結構手こずっちゃって。かれこれ三日ばかり寝てなかったものですから」
言いながら大欠伸を漏らす天蓬に、捲簾は苦笑を浮かべた。
「これ、お前の荷物は運んできたから。整理は後にしてとりあえず夜まで寝てろよ。金蝉、部屋のベッドに布団入れてあるんだろ?」
「あぁ。面倒臭ぇから、テメェはとりあえず寝ておけ」
「でも…いいんですか?」
天蓬が捲簾を見つめ返すと、捲簾は口端を綻ばせる。
「どうせ学校は休みだ。寮の連中も明日にならないと全員揃わねーしな。挨拶はそれからで充分だろ。夕飯と風呂は六時から各自が自由に取ることになってる。今日の所は金蝉に誘って貰えよ」
「あー?何で俺が…」
「寮監命令、な」
「………チッ!」
「あははは!金蝉すみませんねぇ〜」
「これっぽっちも悪いなんて思ってねーだろ、お前」
厭そうに金蝉が睨むと、天蓬がわざとらしく瞠目する。
「そんなことないですよ?ここでの友人は金蝉だけですから、とっても頼りにしてます」
「嘘くせぇ…」
「もう…金蝉は相変わらず照れ屋さんですねぇ」
「誰が照れてるんだっ!」
天蓬の気味悪い猫撫で声に、金蝉はゾワゾワと鳥肌を立てて憤慨した。
仲がいいんだか悪いんだか分からない諍いに捲簾は肩を竦め、尚も罵声を続けようとする金蝉の言葉を遮る。
「はいはい。積もる話は後にしろよ。天蓬の頭、グラグラ揺れてるぞ〜」
「ったく…オラッ!天蓬立て!」
またしてもそのまま寝そうになっている天蓬の腕を掴むと、無理矢理起ち上がらせた。
乱暴に天蓬の部屋になるドアを開けると、引っ張り込んで布団の敷かれたベッドへ突き飛ばす。
「こんぜーん。この荷物も部屋に入れておいてくれや」
捲簾は部屋の中へ声を掛けると、クルリと踵を返して廊下を戻っていった。
何気ない風を装い階段付近まで歩き、天蓬の部屋の死角に入った途端、一気に全力疾走で駆け下りる。
その勢いで寮の玄関を飛び出し、庭を突っ切り、門を出て、歩道を走り抜けて校門へ駆け込み、校庭を縦断して辿り着いた校舎の窓を思いっきり開け放った。

「八戒いいぃぃいいっ!マジでヤベェよ!俺もお前みたいな犯罪者一歩手前になったらどーすんだよっ!」
「うわぁっ!」
「………何人聞きの悪いこと叫んでるんですか?」

捲簾が絶叫した医務室では。
悟浄をベッドへ押し倒して挑み掛かかろうとしている八戒が忌々しげに顔を顰めた。