St.Valentine's princess



「さて。そう言うことですので、後はお願いしますね?」
唐突に掛けられた天蓬の声に、壁際に潜んでいた一行が驚いて跳び上がった。
恐る恐る部下達が壁から顔を出すと、天蓬が満面の笑みを浮かべている。
「僕たちはこれから大切なっ!抜き差しならない急用がありますので、ココの片付けと…あぁ、この書類の方司令官閣下へ提出しておいて下さいね♪」
否と言わせない凄味を全身から発しつつ笑顔で書類を差し出されれば、部下達は頷くしか術はない。
天蓬に抱き締められたままでいた捲簾が真っ赤な顔で我に返った。
部下達に見られているという羞恥心からか、天蓬の腕の中でもぞもぞと身動ぐ。
「あのっ…天蓬…腕」
恥ずかしそうに身体を離そうとするが、天蓬はますます捲簾を強く抱き締めた。
それどころか困ったように俯く捲簾を、濃艶な笑顔でウットリ見つめる。

チュッ。

唇へ落とされる甘やかな熱に、捲簾は驚いて目を見開いた。
「捲簾は気にしなくてもいいんですよ?」
愛おしそうな眼差しで見つめてくる天蓬を見遣って、捲簾がコクンと小首を傾げる。

チッチッチッチ…

不意打ちでキスされたと気付くまでに約1分。
「こんな所で何すんだよおおおぉぉっっ!!!」
ポンッと火が着いたように全身を紅潮させた捲簾が、天蓬の背中をポカポカ叩いた。
天蓬は笑いながら暴れる捲簾を抱き竦める。
「あんまりにも捲簾が可愛かったモノですから…イヤですか?」

ポカ…

寂しそうな表情で見つめてくる天蓬に、捲簾の手が止まった。
ソワソワ視線を漂わせてから俯いて、天蓬の背中へ腕を回す。
「ヤじゃねーよ?ヤじゃねーけど…みんなが居る前じゃ恥ずかしーだろっ!」
照れ臭そうに喚くと、熱った頬を天蓬の肩口へ擦り付けた。
天蓬は捲簾を抱き寄せ、耳元へ唇を寄せる。

「本当に?イヤじゃない?」
「うん」
「僕のこと…好き?」
「………当たり前だろっ!」
「僕も捲簾を愛してますよvvv」
「………………………俺もvvv」

周囲に甘ったるいパステルピンクのオーラを漂わせ、二人は自分達だけの世界に浸りきっていた。
当然現実など全く視界に入っていない。
捲簾は乙女チックに酔いしれ。
天蓬は確信犯で無視して。

「捲簾vvv」
「天蓬vvv」

部下達は何も見ていない振りをして、モクモクと山積みになったヴァレンタインチョコを袋へ撤収している。
フワフワ飛んでくる真っピンクのハートをビシバシ手で払い除けながらどうにか片付けると、一斉に顔を見合わせ溜息を零した。
「元帥…大将」
未だに抱き合ってイチャイチャと身悶えている上司達へ、部下達が重苦しい雰囲気で声を掛ける。
「…何ですか?」
邪魔するんじゃありませんよ、この野郎♪と凄味を滲ませた笑顔で振り返る天蓬に、部下達は思いっきり顔を強張らせた。
しかし部下達も怯んでばかりはいられない。
手に手を取ってお互い『逃げっこナシだぞっ!』と心で誓い合い、集団の勢いで視線を泳がせたまま天蓬へ顔を向けた。
「お言いつけ通り、撤収作業完了しました」
「あぁ…ご苦労様でした。業務へ戻って構いませんよ?」
「勿論そう致しますが、元帥と大将はその…」
「僕たちのことは気にしなくていいです」

気にするに決まってるでしょうがっ!

部下達は突っ込みたいのを堪えてグッと言葉を飲み込んだ。
別に二人が業務をサボろうが、この状況では願ったり叶ったり。
執務室に居ない方が心の平安は保たれる。
そう広くはない執務室で、これ見よがしに上司同士イチャイチャされる方が精神衛生上堪らない。
幸い急務もないし、それならそれで全然構わないが。
とりあえず構わなければならない状況が残されていた。
チラリ、と。
部下達は一斉に同じ方向へ視線を向けた。
天蓬も釣られて視線を向ける。
その先にあるのは執務棟の玄関口。
相変わらず外の喧噪は凄まじく、扉は叩かれギシギシと悲鳴をあげている。
強行突破で破壊されるのも時間の問題だ。
『どうにかしてくださいっ!』と部下達が、当事者の上司を縋る眼差しで見つめる。
ただでさえ昨日からの女性達のプチ暴動騒ぎで、総司令官の敖潤はご機嫌斜めだった。
それが昨日の今日で玄関が壊されたなんて事態に陥れば、全く非がないにも係わらず自分達はどんな処分にされるのか。
じっと玄関口での騒ぎを観察していた天蓬は、わざとらしく溜息を吐いて見せた。
お花畑に飛んでいた捲簾は、我に返ってきょとんと天蓬へ視線を向ける。
「分かりました。大きめの紙とペンを持ってきて下さい」
「は?はいっ!」
一人の部下が大急ぎで紙とペンを取ってきて天蓬へと差し出した。
「何書くんだ?」
状況を飲み込めない捲簾は、突然しゃがみ込んで何かを書き始める天蓬の後から覗き込む。

キュッ…キュキュキューッ。

「…コレでヨシっと」
満足げに頷いた天蓬は、書き記した紙を部下へ手渡した。
「コレを玄関へ貼って下さい」
渡された紙を部下達が集まって眺める。

『今年のヴァレンタイン受付は終了しました。天蓬元帥&捲簾大将』

書かれていた文章に、部下達が唖然とした。
「それじゃ、後は頼みましたよ〜」
天蓬は暢気にヒラヒラ手を振って、捲簾を伴い軍舎の方へ戻ってしまう。
取り残された部下達は、互いに顔を見合わせ。

「…余計騒ぎが拡大しねーか?コレ」
「まぁ…終了したんだから仕方ねーだろ」
「俺、来年がすっげぇ恐い」

破天荒な上司のおかげで、部下達の気苦労は年中無休で絶えなかった。






そんなことお構いなしのラブラブ全開中の上司は。
ピッタリ寄り添いながら、軍舎へ続く回廊をのんびり歩いていた。
ちょっとしたデート気分だ。
脳内お花畑で蝶と一緒に舞っている捲簾は、頬を染めながら天蓬と腕を組んでいる。
幸せ飽和状態の捲簾は、回廊で飛び去って壁際へ貼り付く部下達とすれ違っても全然気付かない。

天蓬からのプレゼントって何かなー?うふふふーvvv

嬉しさが堪えきれずに顔を綻ばせ、天蓬の腕へ腕を絡ませにピッタリ擦り寄った。
パステルピンク色のオーラを垂れ流ししながら部屋に辿り着き、天蓬が捲簾をソファへと座らせる。
「チョット待ってて下さいね?あっ!先にお茶でも用意させますから」
「それなら俺がやるよ」
天蓬が寝室へプレゼントを取りに行ってる間に、捲簾は簡易キッチンで鼻歌交じりにお湯を沸かし始めた。
以前捲簾が買い置きしておいたハーブティーのお茶缶を取って、ポットへ適量落とす。
香しいバラの匂いに、ウットリしていると。

パサッ。

何かが上から被せられた。
「えっ?」
驚いて振り返ると、天蓬がニッコリ微笑んで立っている。
「え?ええっ!?何っ!?」
捲簾は戸惑いながら自分の姿を確認した。
その姿を眺めて捲簾が目を見開く。
「コレ…っ!」
「やっぱり…凄く似合ってますねぇvvv」
天蓬が嬉しそうにうんうん頷いた。
捲簾はそっと被せられた布地を手に取る。

肩口と裾のフリルが可愛い真っ白なエプロン。
捲簾の憧れる『不思議の国のアリス』が着ているような、純真そのものなエプロンドレスだった。
憧れるあまり、脳内お花畑の捲簾は軍服の上にいつも着用している。
「天蓬ぉーvvv」
捲簾の瞳が喜びでキラキラと輝き、涙さえ浮かんできた。
まさか天蓬がプレゼントしてくれるとは。
そっと袖口で涙を拭って、捲簾が笑顔を浮かべる。
「いつもは黒のウサちゃんエプロンを使っているでしょう?でも僕はこういう可愛らしいエプロンの方が絶対捲簾に似合うと思っていたんですよ」
「…ホント?」
「ええ。丈も丁度良かったみたいですね。オーダーした甲斐がありました♪」
「えーっ!わざわざオーダーしたのかっ!コレッ!?」
捲簾は真ん丸く目を見開いて仰天した。
確かに言われてみれば。
標準よりも背も高く、肩幅だって軍神らしく逞しい捲簾に、女性のサイズで売っているエプロンだとどうしたって小さい。
だけど今天蓬からかけられたこのエプロンは、大柄な捲簾のサイズにも丁度良かった。
裾の長さといい、腰の切り替え位置も正にジャストフィット。
オーダーメイドだと言われれば成る程と頷ける。
「色んな種類があったんですけどね?やっぱり捲簾には清楚な純白のエプロンが似合うかと思いまして。フリルも華美にならない程度に可愛らしくしてもらいました。本当によく似合ってますよ」

天蓬が自分のためだけに似合うようにとオーダーしてくれた、世界でたった一つのエプロン。

「天蓬ぉー…」
捲簾は感動でウルウルと瞳を潤ませた。
「気に入って貰えました?」
コクコクと捲簾は涙を拭いながら何度も頷く。
捲簾の喜んでいる様子を天蓬も満足そうに見つめて双眸を和らげた。
嬉しそうに頬を赤らめ、捲簾が自分のエプロン姿を回って眺めていると、天蓬が小さく笑って後のリボンを結ぶ。
「天蓬サンキュッ!このエプロン着けて、い〜っぱい旨いメシ作ってやるからなっ!」
「それは嬉しいですねぇ〜♪期待してますから」
「おぅっ!任せろよっ!」
「あ…それとですね?実はまだそのエプロンにはオプションがあるんです」
「は?オプション??」
沸かしたお湯をティーポットへ注いでいた捲簾が、不思議そうに目を瞬かせた。
エプロンのオプションなんか聞いたことがない。
何だそりゃ?と捲簾がいぶかしげに天蓬を見つめていると、いきなり手を取られた。
「はい、コレです」
掌へ渡されたモノを眺めて、捲簾は目を丸くする。
「コレって…エプロン…だよな?」
「はい。捲簾が今着けているモノとお揃いですvvv」
お揃いと言われた捲簾が、自分のエプロンと掌のモノを交互に見比べた。
確かに、色も生地もデザインも全く同じだ。
ただ違うのはそのサイズ。
捲簾の掌に収まるソレは、捲簾の身に着けてるエプロンの縮小版だった。
幼児用にしか見えないエプロンをまじまじと眺め、捲簾は眉間に皺を寄せる。
こんな小っちゃいエプロンを一体自分にどうしろと言うのか。
天蓬がオプションだと言った意味が分からず、ひたすら首を捻っていると。
「あぁ、勿論捲簾用じゃないですよ?」
「…替え用ったって着れねーよ」
呆れて突っ込むと、天蓬がクスクスと笑いを零す。
天蓬は捲簾の掌から小さなエプロンを摘んで広げる。
「この大きさがポイントなんですけどね?」
「大きさぁ〜?」
だから幼児用にしか見えないと、捲簾は首を傾げるが。

「これはね?捲簾の大事な白ウサちゃん用なんですよ」
「えっ!白ウサちゃんのっ!?」

捲簾は広げられたエプロンを改めて見つめる。
確かにサイズは捲簾愛用の白ウサぬいぐるみにピッタリ合いそうだ。
「どうせなら白ウサちゃんとお揃いで可愛いかなーと思いまして」
「白ウサちゃんとお揃い?」
「ええ。白ウサちゃんと一緒に着けたらすっごく可愛いですよ?」
天蓬がニッコリ微笑むと、途端に捲簾の顔が真っ赤に紅潮する。
脳内お花畑で花とチョウチョが舞い踊る中、お揃いのエプロンを身に着けた捲簾と白ウサちゃんが『うふふふ〜vvv』と手を繋いでクルクル回った。
「はい。部屋に帰ったら是非白ウサちゃんに着せて下さいね?」
天蓬から小さなエプロンを手渡され、捲簾は大事そうに胸に抱く。
「天蓬愛してるううぅぅーっっvvv」
「おっと…っ!」
感極まった捲簾が、天蓬へと飛びついた。
全身でしがみ付かれた天蓬は、捲簾を落とさないよう気合いで踏ん張る。
「もぉもぉっ!すっげ嬉しいいいぃぃ〜〜〜っっvvv」
天蓬の身体を羽交い締めにして、グリグリと頬を擦り寄せた。
熱烈な捲簾からの愛情表現に、天蓬の頬もニヘッと崩壊する。
極度の恥ずかしがり屋な捲簾が初めて自分からひたむきな愛を示してくれた。

エプロン1枚でこれだけ喜んでくれるなら、もっともっと捲簾が感激するようなモノを贈ったらっ!
最終的野望の『天蓬…俺のこと…好きにしていいぞvvv』ってベッドの上で可憐にお強請りされちゃう日もそう遠くはないかも知れないっ!

ギュウギュウしがみ付いてくる捲簾を宥めながら、天蓬は勝手な妄想にニヤニヤと含み笑いを浮かべる。
「捲簾ってば…僕も愛してますよ。ほら落ち着いて、ね?お茶も冷めてしまいますよ?」
「お茶…あっ!いっけね!忘れてたっ!!」
捲簾はティーポットにお湯を入れっぱなしにしてたことを思い出し、名残惜しそうに天蓬から身体を離した。
つい湧き上がる激情に任せて抱きついてしまったのを、捲簾が頬を染めてはにかむ。
「ちょ…ソファで待ってろよ?すぐお茶持って行くから」
「はい。あぁ、そうそう。上の棚に頂き物のクッキーやガレットの焼き菓子がありますからお茶請けにして下さい」
「分かった〜」
いそいそと上機嫌でキッチンへ戻る捲簾の後ろ姿を、天蓬はウットリ妖しい眼差しで魅入った。
舐めるような視線で捲簾を眺め、ホゥっと熱い溜息を零す。

「…早く捲簾の可愛い裸エプロン姿が見たいですねぇvvv」

エプロンを贈った天蓬の真意に捲簾は全く気付くこともなかった。



END

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