White day's princess



「さてと…準備オッケー!よいしょっと!!」
捲簾は掛け声を掛けると、大きな風呂敷包みを重そうに背負った。

パンパンに膨らんだウサギ模様の風呂敷包み。
勿論中身は徹夜して作った愛を込めまくったクッキーだ。

あまりの重さに少しよろめくが、体勢を整え直して息を吐く。
「天蓬驚くかな〜?てへっvvv」
天蓬じゃなくても、これだけ大量のクッキーを見れば誰でもビックリするという根本的な考えが捲簾には無い。

恋する乙女心は脇目も触れず、どこまでも真っ直ぐだった。

時間も丁度良い。
捲簾はクッキーの詰まった風呂敷包みを背負い直すと、上機嫌で仕事へ出かけていった。

丁度同じ頃。

捲簾意中のダーリンも、珍しく自主的に仕事へ出向いていた。
いつもは捲簾に叩き起こされるか、もしくは生き埋めになっているところを発見されるかのどちらかだというのに、天蓬は鼻歌交じりに執務棟へ歩いている。
トレードマークになっている便所ゲタの軽快な音に気付いた部下達が、一様に挨拶しようと振り返るが。

「………。」

誰もが慌てて視線を戻し、何も見なかったかのように小走りで逃げていった。
部下達から避けられている異様な状況にも天蓬は全く気付かない、というより気にしない。
「捲簾はもう仕事行ってますかね〜♪」
頭の中には可愛い意中のハニーしか無いようだ。
天蓬はパフッと掌で口元を覆って、含み笑いを垂れ流しながら回廊をスキップする。
「早く捲簾に渡したいです〜♪喜んでくれればいいんですけど」
よいしょっと重そうな唐草模様の風呂敷包みを背負い直すと、堂々と回廊のど真ん中を歩いていった。

上の階からは捲簾が。
渡り廊下を抜けて右からは天蓬が。
バッタリと執務棟の玄関前で出会した。

「………っ!?」
「………っ??」

暫し無言でお互いの姿を呆然と疑視する、が。
「おはようございます〜捲簾vvv」
「あ…天蓬…おはよ」
とりあえず挨拶は基本とばかりに互いにニッコリ微笑み、何事も無かったかのように並んで執務室へ向かう。
お互い盗み見るようにチラチラ横目で相手を確認するが、言葉も交わさずモクモクと歩いていった。
とりあえず執務室に着いたので、捲簾がドアノブへ手を掛ける。
「はよーっす!」
いつも通り元気に声を掛けてくる自軍の大将に、仕事の準備をしていた書記官達がにこやかに振り返った。

しかし。

入口に立つ上司達を見遣った瞬間、室内はシーンと凍り付いたように静まり返る。
部下達が唖然と瞠目する中、天蓬と捲簾は自分の席へ向かい、机の上に背負ってきた風呂敷包みをドサッと置いた。
硬直していた部下の一人が我に返って、机に並んだ大きな風呂敷包みをキョロキョロ眺める。
「あのー…お二方。この荷物は一体なんですか?」

片やピンク地にウサギ模様の風呂敷包み。
もう片方は唐草模様の定番風呂敷包み。

それらは何が入っているのか、パンパンに膨らんでズッシリとした重量感が見た目にも分かる程。
同僚の一言に、その場にいた部下全員が金縛りから解放され、興味津々に風呂敷包みを注目する。
部下の疑問にまず口を開いたのは天蓬だ。

「あぁ、コレですか?当然ホワイトデーのお返しに決まってるでしょう?」

ドコが当然なのか分からないが、このパンパンに膨らんだ風呂敷包みの中にはホワイトデーのお返しがぎっちり詰まっているらしい。
天蓬の言葉に捲簾が真っ先に反応した。
大きな大きな風呂敷包みをじっと見つめて、ほんのり頬を染める。
言われるまでもなく捲簾へのお返しだ。
ヴァレンタインデーの騒動を知っている部下達は、周囲に立ちこめ始めるパステルピンクの空気に慌てて視線を逸らした。
「天蓬ぉー…」
「捲簾にはヴァレンタインデーに夢見るように美味しい愛の籠もったチョコレートケーキを頂いちゃいましたからね。僕としても当然その気持ちにお応えしたいと思いまして…受け取って頂けますか?」
色気も素っ気もない唐草模様の風呂敷包みだが、その中には今にもはち切れて飛び出さんばかりに天蓬の愛が詰まっている。
捲簾は嬉しそうにコクコクと何度も頷いた。
その風呂敷包みに並んだ、これまた同じぐらい大きな捲簾の風呂敷包み。
「捲簾の方は…その荷物は何なんですか?」
不思議そうに風呂敷包みを眺める天蓬に、捲簾はあっ!と小さく声を上げた。
「コレッ!俺もそのっ…ヴァレンタインデーにプレゼント貰ったから、お返し上げたいなぁーって思ってさ」
「え?僕にですか?」
天蓬が驚いて瞠目すると、照れ臭そうに捲簾が笑う。
「買ったモンじゃねーし、手作りだから大したコトねーけど」
「素晴らしいですっ!!!」
捲簾のお手製と聞いて、天蓬は興奮気味に感嘆した。
愛する可愛いヒトからの手作りプレゼントと聞いて、喜ばないオトコはいないだろう。

「…受け取ってくれる?」
「勿論ですっ!とっても嬉しいですvvv」
「天蓬ぉvvv」
「捲簾ってばvvv」

ますますイチゴミルクのような甘ったるい空気がぐーるぐーると室内で漂い始めると、部下達は込み上げてくる胸焼けと闘いながら、無理矢理仕事の準備に全神経を傾けた。
そうしていないと高血糖で今にも倒れそうなる。
そんな部下達の涙ぐましい努力をよそに、甘い時を満喫している上司二人はその場でプレゼント交換を始めた。
「おっきいプレゼントですねvvv」
天蓬はウキウキ上機嫌で、捲簾からもらったプレゼントの風呂敷包みを解く。
そっと結び目を解くと、物凄い良い匂いが包みから溢れ出してきた。

甘く、香ばしい天蓬も大好きなお菓子の匂い。

中から顕われたモノを見てしまった部下達は、驚愕して目を見開いたまま硬直する。
天蓬だけが胸元で両手を組んでキラキラと瞳を輝かせた。
「凄いですぅ〜っ!捲簾特製のクッキーがっ!こぉ〜んなに沢山vvv」
ウサギさん模様の風呂敷包みから顕われたのは、大人が膝を抱えて入れる程大きなビニール袋に入っている膨大なクッキーの数々。
想像を絶するその量に、部下達は一斉に目眩を起こした。
袋から漂う甘い匂いも半端じゃない。
本気で胸焼けを起こして、慌てて口元を押さえながら窓を全開にする部下もいた。

しかもクッキーの1枚1枚は全て可愛らしいハート型。

「捲簾の愛がいっぱいですねvvv」
天蓬は捲簾の真意をちゃんと分かっていた。
嬉しそうに頬を染めて、捲簾が微笑みを浮かべる。
「捲簾のクッキーはとっても美味しいから、これだけあればいつでも食べたくなった時に食べれますね〜」
「何だよ?そんなにクッキー食べたかったら言ってくれればよかったのに」
「そんな…捲簾だってお仕事と訓練が忙しいのに、僕だけ我が儘なんか言えませんよ」
「いいのっ!天蓬なら…天蓬の為ならそれぐらいの我が儘いつだって聞いてやるぞ?」
「僕ってこんなステキで可愛らしい捲簾に愛されて…幸せいーっぱいですvvv」
「俺だって…幸せだぞ?」
「もぅっ!捲簾vvv」
「てんぽー…vvv」

イチゴミルク+クッキ−の甘ったるさに蜂蜜がドバドバと投入された何とも言えない空気に、部下達が危うく窒息し掛ける。
真っ青な顔で窓へ駆け寄る部下達には気づきもせず、捲簾は差し出された唐草模様の風呂敷包みにそっと触れた。
「俺も開けてみていい?」
「勿論です。喜んで貰えると嬉しいんですけど〜」
ヘラッとだらしなく相好を崩す天蓬へニッコリ微笑んで、捲簾は風呂敷包みの結び目へ指を掛ける。

一体天蓬は何を贈ってくれるのか。

捲簾の胸が期待でドキドキと高まってきた。
少し緊張しながら一方の結び目を解くと。

ザラザラザラザラーーーッッ!!!

「うわわっ!なになにっ!?」
突然何かが風呂敷の中から溢れ出てきた。
驚いて捲簾は咄嗟に手を引っ込めて後ずさる。
「そんな危ないモンじゃないですよ〜あははは」
暢気に笑う天蓬に言われて、コワゴワ机の上に溢れかえったモノを眺めた。

お菓子のようにプニッとカラフルな小さなモノがいっぱい。

赤・青・黄・緑・橙・桃…色取り取りの柔らかそうなモノを良く見れば、それは可愛らしいウサギの形をしていた。
その一粒を指で抓んで、漸く捲簾はソレが何か思いつく。
「可愛いでしょう?ソレ。ぜーんぶバスオイルなんですよ〜」
それはお風呂好きな捲簾も良く使うバスオイルだった。
色も涼しげで可愛らしいので、捲簾も好んで買っている。
香りや色など揃えたバスオイルをグラスに入れて、バスタブ周りに飾ったりもしていた。
机に山積みされたバスオイル両手で掬ってみる。
ざっと見て1000近くありそうだ。
その全てが色んなポーズをしたウサギの形になっていた。

かっ…可愛いぃ〜っっ!と、脳内お花畑で捲簾は、花のようにちりばめられた小さくてカラフルなウサちゃん達に囲まれウットリと惚ける。
ウサラーな捲簾には堪らないプレゼントだ。
「さんきゅ、天蓬vvv」
「どういたしまして。ぜひお風呂で使って下さいね」
興味津々でバスオイルを眺める捲簾を、天蓬は妖しい瞳で見つめる。

こんな美味しそうな匂いを身に纏う捲簾をいつかご馳走して下さいねvvv

プレゼントを贈る真の目的は、やっぱりソコだった。

しかも、それだけではなかった。

上司達がイチャつくのも今更だ、甘ったるい吐きそうな空気だって慣れたくなくてもそのうち慣れるだろう。

だけどっ!

感動で瞳を潤ませた捲簾が、天蓬を見つめて小さく首を傾げた。
「じゃぁ…もしかして…天蓬が今日そんな格好してるのも?」
「はいっ!ウサちゃんが好きな捲簾にもっと喜んで欲しくって、こんな格好してみたんですけど…どうですか?」
「すっげ似合ってるぞっ!!」
頬を赤らめて大絶賛する捲簾に、部下達は心の中で『えええぇぇーーーっっ!?嘘だろおおおぉぉっっ!!』と叫喚する。

なぜなら、天蓬は。

「白ウサ天蓬可愛いーーーっっvvv」
捲簾はモコモコしている天蓬の身体をきゅっと抱き締めた。
途端に天蓬の顔がだらしなく崩れる。
「うわっ!すっげフワフワ〜気持ちイイッvvv」
上機嫌で頬ずりしてくる捲簾に、天蓬は小さく拳を握り締めた。

朝からすれ違う誰もが視線を逸らした理由。

天界の至宝、類い希なる頭脳と秀麗な美貌を誇るあの天蓬元帥が。
どういう訳か白ウサ着ぐるみ姿で風呂敷包みを背負って歩いている。

その異様な光景に誰もが『何も見ていない』と、瞬時に記憶を封じ込んだ。
しかし張本人、天蓬は自分の姿を満更でもないと思っている。
このフワフワ感に、ぽてっとした安定感。
そして何より可愛らしいウサギは心をホンワカと和ませる効果がある。
それなら。
極度の恥ずかしがり屋さんで、なかなか触れることもままならない愛しい愛しい捲簾だって警戒しないはず、だと。
天蓬の思惑は見事に当たった。

「可愛いー…vvv」

すっかり触り心地を気に入ってしまった捲簾は、ウサちゃん着ぐるみの天蓬を抱き締め、飽くことなくスリスリ懐いている。
「デッカイぬいぐるみみてぇ…抱いて寝たら気持ち良さそー」
捲簾はウットリ頬擦りを繰り返して何気なく呟いた。

元帥…鼻血垂れてます。
大変なんだな…元帥も。

捲簾に抱き締められたまま身動ぎせず静かに鼻血を流す天蓬を眺め、部下達はちょっとだけ同情してしまった。



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