The princess who dreams



天蓬元帥、一世一代のプロポーズから数日。
両家の挨拶やら結納やらで多忙らしい上官二人は、3日ばかり執務室へ出勤していなかった。
本来の天界らしい長閑な時間を噛み締めていた部下達だったが。

それもつかの間に過ぎなかった。

何せ上官が毎度軍部、と言うよりは天界へ騒動を巻き起こす筆頭困ったちゃんの二人。
今回のプロポーズ騒動も既に天界中へ波紋を広げていた。
美男次女が多い天界中を探しても文武両道に長け、二人程麗しく艶やかな男前はそう居ない。
しかも実力で軍部高官にのし上がった実力者。
お年頃のお嬢様方には正に垂涎のお買い得物件であり、落胆して涙に暮れる美姫も両手じゃ利かない。
酸いも甘いも知り尽くした秘めやかな色事に経験豊富な美女達は結構冷静。
むしろ自分達よりも劣る女性に持って行かれるぐらいなら、双璧を成す美丈夫同士がくっつけば、須弥山よりも遙かに高いプライドは面目を保たれる。
ちなみに女性を魅了するフェロモンは男性にも有効で、密かに泣き崩れる男性も少なくないとか。
天界中へ衝撃を与えた天蓬と捲簾の結婚は、大騒動まで発展することはなかったが、着実に物凄い勢いで広まっていた。
そんな渦中の張本人達と言えば。

「おはよーございますー…
うわぁっ!?

いつも通りの朝。
出勤してきた部下が執務室へ入った途端に絶叫して飛び上がる。

どういう訳か執務室の空気が不気味だ。

先に来ていた同僚達は一様に窓際で寄り添い、戦々恐々と一点を窺っている。
その視線の先に居るのは。

「た…大将??」

捲簾がグッタリと机へ突っ伏して唸っていた。
具合が悪いのかと部下は慌てて駆け寄るが。
「大将どうしたんです…って
酒クサッ!?
捲簾から漂う凄まじい酒臭に、部下は驚いて鼻を抓んだ。
一体どれだけ飲めばここまで臭うのか。
どうりで同僚達は全開に開けた窓際へ避難していた訳だ。
それよりも自他共に認める酒豪である捲簾が酒に飲まれるなんて珍しい。
「大将?二日酔いですか?」
「おー…二日酔いっつーか、もぉ穴っちゅー穴から酒が吹き出そー」
「何だってそんなに飲んだんです。とりあえず水持ってきましょうか?」
「頼む…」
机に突っ伏したままヒラヒラと掌を振る上官へ呆れたように溜息を零し、部下は部屋備え付けの簡易キッチンへ向かった。
冷蔵庫に入れてあるサーバーからグラスへ水を注ぐが、そのままサーバーごと捲簾の元へ持って行く。
「大将、水ですよ〜」
部下が声掛けるのと同時に捲簾の手がグラスを掴んで、勢いよく一気にグラスを開けた。
「おかわり」
「はいはい」
空になったグラスへ水を足すと、捲簾はこれも一気に飲み干す。
漸く一息吐いて落ち着いたのか、グラスを置くとまた机へ倒れ込んだ。
仕事にならなそうな雰囲気の上司に肩を竦めると、部下は手近な椅子を引いて座る。
「医局で二日酔いの薬貰ってきた方が良くないですか?もうすぐ元帥もいらっしゃいますし、そんな状態だとまたお小言貰っちゃいますよ?」
「あ〜…アイツは朝イチで天主塔に結婚の報告行ってるから…ぅっぷ」
「元帥が天主塔、ですか?」
「おー…」

元帥、天帝からお祝い金巻き上げる気だ…。

それどころか朝っぱらから出向くぐらいだ。
きっと天主塔に居る上級神を片っ端からカモにする気充分っぽい。
窓際で集まっている部下達が顔を見合わせ唖然とした。
「元帥さぁー…結婚に掛かる費用、全部調達するつもりなんじゃねーの?」
「間違いなく確実に。じゃなきゃあの元帥が朝イチで天主塔に乗り込む訳ねーよ」
「気合い入りまくりっ!だよなぁ〜」
「いいんじゃねーの?普段の迷惑料って感じで」
「元帥のことだから有り金全部搾り取りそー…」
部下達は勝手に想像してウンウンと頷き合う。
しかし強ち予想が外れていないところが『この上官にしてこの部下ありき』だ。
「えっと…それでは元帥は午後から出てくるんですか?」
部下が恐る恐る問い掛けると、捲簾は怠そうに机から顔を上げる。
「んー?どうだろ?昼にはこっち顔出すと思うけど。今日は午後イチで全軍合同の会議があるからな〜」

元帥は軍上層部からも一斉に根刮ぎ巻き上げる気だっ!!

四方軍関係あろうと無かろうと『お祝い』の一言で会議に出席する全員から搾取するつもりなのがイヤでも分かってしまう。
分かっていても上官の厚顔無恥さ加減に、部下達はサーッと顔色を変えた。
「何かさぁ…合同の討伐任務で邪魔されたり?」
「資材補充になかなか認可下りなかったり?」
「引き継ぎ任務で情報出し惜しみされたり?」
「それどころか誤情報渡されたり?」
部下達は口を噤んで頭を抱える。
平和ボケも甚だしい上級神は、馬鹿らしい些細な嫌がらせを嬉々としてしそうな輩ばかりだった。
日常で嫌味を言われるぐらいなら兎も角、任務で実害を被るとなれば話は別。
「その辺りは元帥に責任もってどうにかして頂こうっ!」
部下達は視線を合わせると力強く頷いた。

「まぁ、直接元帥に嫌がらせできるような度胸のある連中が居ると思えないけど」
「……………言うな。コワイから」

天蓬の腹黒い全開笑顔を想像して、部下達は縮こまってプルプル震える。
勝手に恐ろしい想像をして騒いでいる同僚を無視して、部下の一人が捲簾へ問い掛けた。
「とりあえず薬を飲んで少しでも酒を抜いた方が宜しいのでは?戻られた元帥がそんな体調の大将を見たら心配されますよ?」
「あー…でも天蓬知ってるし」
「そうなんですか?」
「大体俺がこんな状態になったのは天蓬のせいだしさ」
「え?じゃぁ、元帥と飲まれてたんですか?」
「正確には天蓬の親族縁者ご一同様だけど」
「元帥の…」
部下は視線を泳がせて言葉を濁らせた。
やはり結婚ともなれば当人同士だけでは済まない事情がある。
色々両家のつき合いとか、関係とか。
自分も経験あるだけに上官へ同情した。
ところが。

「もぉ〜さぁ〜っ!天蓬んちの両親も親戚もみーんな
天蓬ソックリ同じ顔でっっ!!あんな綺麗な顔が何十人もいーっぱい居るんだぞっ!?すっげぇドキドキしちゃって話すどころじゃなくってさ。ついつい注がれるまま酒飲むしかなくって〜vvv」

あの元帥が何十人も?
こっ…こここここ怖すぎるっ!?

部下達は顔面蒼白で頬を強張らせた。
「あのっ…元帥の親戚の方々って、そーんなにソックリなんですか?」
「うん、同じ。そんでもって
性格も似てるんだよなぁ」

物凄くイヤ過ぎるっ!!!

天蓬一人でさえ手に余る傍若無人が何十人も存在するなんて、天界の驚異としか思えない。
部下達の頭は想像することを拒絶した。
「でもでもっ!やっぱ俺の天蓬が一番綺麗で素敵だけどなvvv」
昂奮で頬を染めてキャーキャーはしゃぐ上官へ、部下達は生暖かい視線を向ける。

それにしても。
元帥の本性を知ってなお大将の面食いは全てを超越するのかと、いっそ感心するしかない。

顔を引き攣らせた笑顔の部下達に気付かず、捲簾は軍服のポケットをゴソゴソ探った。
薔薇の花がちりばめられた可愛らしいピルケールを取り出すと、蓋をパカッと開けて2〜3粒取り出す。
「水おかわり〜」
「大将…何ですか?ソレ??」
何かのサプリメントらしい粒を口へ放り込む捲簾へ、部下が首を傾げた。
「あぁ、コレ?体臭が薔薇の匂いになるサプリなんだってよ〜」
「体臭が…ですか?」
「おうっ!城下の太夫連中の間で今すっげー流行ってんの。俺もついでに取り寄せて貰っちゃったvvv」
夜の美女達の間で大人気のサプリメントらしい。
捲簾はポッと頬を染めて机で指をグルグル回す。
「やっぱさ…愛するダンナ様に抱き締められた時、イイ匂いって思われたいじゃーんっっ!!」
「元帥が…大将を…」
「あ、エッチな意味の抱くじゃねーぞっ!キュッて優しく抱き締められた時だからなっ!そんな…そんな天蓬にエッチな誘惑するつもりなんか…ヤダーッ!バカバカッッ!!」
真っ赤な顔で机に突っ伏した捲簾は、恥ずかしそうに身体を捩りながら机をバンバン叩いた。

桃色脳内お花畑では白ウサが照れ隠しに白衣の黒ウサへ強烈なボディーアタックをカマしている。
吹っ飛んだ黒ウサは晴天の空でキラリ輝くお星様になった。
…そのうち戻ってくるだろう。

妄想で身悶える捲簾を眺めて部下達は深々と溜息を零した。
「酒と薔薇のミックスってどんな匂い?」
「想像出来るかよ」
「何か別の意味で強烈そー…」
部下達が声を顰めて話していると、突然捲簾が勢いよく立ち上がった。
何事かと部下達がビクッと跳ね上がる。
「あっ!やっべぇ!そろそろ時間だ!!」
「は?何のですか??」
捲簾は軍服の裾を翻すと扉へ向かった。
「俺、これからブライダルエステの予約だから〜♪」
「ブライダルエステ?」
「天蓬の為にぴっかぴかにナイスバディー磨いてくるっ!」
じゃーな〜、と捲簾は二日酔いなど感じさせない軽やかな足取りで出かけてしまう。
取り残された部下達は。

「大将…ちょっとぐらい
マリッジブルーになってくんねーかなぁ」
「朝から疲れた…」

それぞれの机へ着くと、疲労感で一斉に机へと倒れ込んだ。






「皆さんご苦労様です〜♪」

夕方の定時前。
唐草模様の大風呂敷を背負った天蓬が上機嫌で執務室にやってきた。
やけに重そうな風呂敷。
一体天帝や上級神からどれだけ巻き上げてきたのか。
今にも便所ゲタタップダンスでも踊り出しそうな勢いの天蓬を観察するに、間違いなくその場で持っていた有り金全てを奪い取ってきたに違いない。
「ご…ご苦労様です」
「元帥、随分と大きな荷物をお持ちですね…会議は如何でしたか?」
「それはもうっ!
とーっても有意義な会議でした…フフフフフ」
天蓬は含み笑いを零して大風呂敷を机に下ろすと、煙草を銜えて一服し始めた。
「いやぁ〜、一仕事終えた後の煙草は格別に美味しいです♪」
「そうですか…」
「あ、そうそう。今日明日にでも何件かこちらへ荷物が届けられると思いますので。丁寧にお礼をして受け取っておいて下さいね」
「荷物、ですか?」
部下達が瞠目して顔を見合わせると、天蓬は口端を上げて不敵な笑みを浮かべる。
何だかとっても厭な予感が。
「全くねぇ〜。上級神のクセに会議へ手ぶらでくるなんて言語道断です。とは言え身包み剥いだところで一銭にもなりませんし、成金趣味の装飾品なんて案外売れないモンなんですよ。ましてや見苦しいジジィ共の裸なんて見たくもありません」

元帥…お祝い金なければ身包み剥ぐ勢いで脅したんだ。

天蓬の言い草に部下達は呆れ返った。
素っ裸にされそうになった上級神達が早急にお祝いの品々を届けてくるらしい。
口座の振込先を教えた方が良かっただろうか?と真剣に思案する上官に部下の一人が咳払いした。
「何ですか?永膳」
「明日の元帥と大将のご予定は?」
「あぁ…捲簾は明日も僕の為にっ!午前中はブライダルエステ、午後は僕と一緒に新居の見学に行きます」

仕事する気は更々無いんだな。と部下達は確認する。

「もう3日後ですからねぇ…早いモンです。そこでっ!僕達が新婚旅行の間ですが、貴方たちに重要な任務を与えます」
「は?重要な任務…ですか?」
「我が西方軍第一小隊数々の歴戦と比べても、重要且つ慎重な任務です」

いつになく真剣な眼差しで部下達を見渡す天蓬に、部下達は何事かと息を飲んだ。




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