全力少年 @(抜粋)


「えーっと…パンは昨夜焼いたクロワッサンと…天ちゃんはチーズバケットも食べたがるかな?あとベーコンと卵焼いて、サラダはシーザーサラダと。スープはコーンスープにしましょうか」
八戒は愛用のエプロンをつけながら、朝食のメニューと手順を考えた。
パンと食器をテーブルへ手早く並べ、冷蔵庫から必要な材料を取り出す。
慣れた手つきでベーコンを手早く焼いて、目玉焼きを作ろうと卵を三つフライパンへ落とし、出来上がる間にサラダを作ろうとした、が。

むに。

キッチンへ向いている八戒の尻にいつもの厭な感触が押しつけられる。
包丁を握っている右手にググッと力が籠もった。

「はぁ〜っかいぃ〜おっはよーん♪今日も可愛いケツしてるよなぁ〜」

双丘を揉みながら顔を擦り付けられる不快感に、八戒の背筋がゾワゾワ粟立った。
輝かしい学生生活で唯一の誤算、諸悪の根元である悟浄が嬉しそうに八戒の臀部へ頬擦りしている。

「いーないーなぁ〜♪すっげムラムラするぅ〜っ♪なな?八戒っ!ちょっとだけっ!ちょびーっとだけ噛んで舐めてもいー…」
「悟浄…朝っぱらから妙な真似すると手元が狂いますよ?」

頬を引き攣らせた八戒が肩越しに振り返り、持っていた包丁の切っ先を悟浄の目の前へ突きつけた。
背後から卵の焼ける香ばしい匂いがしてきて、八戒は舌打ちしながらも火を止める。
慌てて後ずさった悟浄は、テーブルの影に隠れて唇を尖らせた。
「思いっきり狙ってるじゃねーかよっ!八戒てばヒドイッ!俺の切なぁ〜い男心察してくれてもいーじゃんっ!」
「酷いのはソッチでしょう。全く…いい加減毎朝毎朝懲りもせずにセクハラするの止めて下さいよ」
「セクハラじゃねーもんっ!俺の愛情表現だもんっ!」
「………鬱陶しい」
呆れ返って溜息混じりに吐き捨てる八戒に、悟浄はガーンと顔色を変えてその場へ泣き崩れた。
これ見よがしに憐憫を漂わせ、エグエグ嗚咽を漏らす。
「こんなにずっとずっと心の底から八戒を愛してる俺の気持ちを鬱陶しいなんて…鬱陶しいなーんーてーっっ!」
「そういう態度が鬱陶しいんですよっ!」
しつこい悟浄に八戒がキレて包丁をまな板へダンッと叩きつけた。
床へ懐いていた悟浄が上目遣いに睨んでくる。

しーん…。

「テメッ…あんまつれないと泣くぞ?」
「勝手にどうぞ?」
「何でヤなんだよ?ちょっとした愛満ち溢れるスキンシップじゃん」
「そういうのを世間ではセクハラと言うんですが?」
「だったら世の中の恋人同士はみんなセクハラプレイをしてんのかっ!」
「何時っ!誰が恋人同士になったんですかっ!」
「え?八戒が産まれたときから俺が決めたんだもーん♪」
「…生憎と男とイチャイチャするような悪趣味じゃないんで」
「俺は大丈夫っ!寧ろ推奨っ!ドーンと来ぉーいっっ!」
「僕がイヤなんですって!」
両手を広げてジリジリ迫ってくる悟浄を八戒は掌でシッシと追い払った。

「えー?何でー?気持ち悦いのは一緒だってば♪俺すっごーく上手いよ?」
「謹んでご辞退させて頂きますっ!男なんかに欲情滾らせて触られるなんて…うわわっ!気色悪いっ!」
八戒が顔面蒼白になりながら鳥肌の立った腕を擦っていると、悟浄はきょとんと目を丸くして小首を傾げた。

「いや、そうじゃなくって。俺の方が八戒に色々触られてぇんだけどー?」
「……………は?」

ポッと頬を赤らめる悟浄を八戒は珍獣を見るようにマジマジと疑視する。
悟浄は床へ指を立てて、恥ずかしそうにネチネチのの字を描いた。
またしても八戒の全身が薄気味悪さに逆毛立つ。
「だってだってぇ〜八戒の童貞は俺が貰うって決めてるしーっ!」
「勝手に決めないで下さいっ!」
「え?まさか八戒…もう犯っちゃったとかっ!クソッ!俺の八戒つまみ食いしやがってっ!誰だよっ!どこの女だよっ!は…まさかっ!ケン兄かっ!」
八戒は無言のまま悟浄めがけて片手鍋を振り下ろした。
「うわっ!危ねーだろっ!」
「チッ!」
寸でで避けた悟浄に向かって八戒が忌々しげに舌打ちする。
鍋をコンロへ戻すと、据わりきった双眸で悟浄を睨み付けた。
「よくもまぁ、そんな恩知らずなコト言えますねぇ?捲簾も悟浄なんかと一緒にされたら憤慨しますよ」
「あれ?八戒知らねーの?ケン兄は俺なんか足下にも及ばないほどエロエロでグチョグチョでバッコンバッコンなんだぞーっ!」
「…きちんとした日本語を話して下さい。何ですかソレは」
呆れかえって溜息を零す八戒に、悟浄はフフンと鼻を鳴らす。
「俺よりもお姉ちゃんと遊びまくりで質悪ぃのっ!それに比べたら俺なんかガキの頃から八戒一筋っ!純愛よ純愛っっ!」
「…俺よりも?よりも?ですか。ふーん」
正直に『自分も捲簾には負けるけど遊んでます』と暴露した悟浄の揚げ足を取って殊更大袈裟に侮蔑した。
ハッと顔色を変えた悟浄は慌てて両手を振り回しながら否定する。
「違っ!違うって…えーっと…昔…そうっ!昔はってことで今は違うからっ!」
「さっき子供の頃から僕一筋って言いませんでしたっけ?」
どんどん自分から墓穴を掘って行く悟浄に八戒は呆れかえった。
寧ろ自分に妙な真似しでかすぐらいなら、どんどん遊んじゃってくださいと切実に思う。
時計を見れば大分時間が経っていた。
挙動不審にキョロキョロ視線を泳がせる悟浄を放置して、朝食の準備を再開しようとした時。

「テメエエエェェエエッ!ブッ飛ばああぁーっすっっ!」
「ぎゃあああぁぁあああっっ!」

朝の爽やかな空気を震わせる物凄い怒鳴り声と断末魔の叫びが。
「おお?今日もきっかり六時ジャスト。アイツって正確な目覚まし時計だよなぁ。天蓬ってば懲りずにまーだケン兄の寝込み襲ってんの?」
「………。」
これも毎朝の日課となっている大騒動に、八戒は朝っぱらから疲労を感じて額を抑えた。