全力少年 A(抜粋)
「今か後かってだけで、行く末は同じなんだよ」 「それってどういうことですか?」 「どうせ天蓬とケン兄はくっついちゃうんだろうなぁ〜ってコト」 「つまり…天ちゃんがもう少し成長するというか大人になるまで待ってから、そのっ!僕達みたいなお付き合いをしちゃうってことなんですか?」 「天蓬はあの通りだろ?今だろうが何年先だろうがケン兄の年なんかぜーんぜん気にもしねーじゃん。仮にケン兄の方が天蓬より年下だったとしても、今と同じコトしてると思うぜ?」 「それは………僕もそう思います」 双子の兄弟だからこそ。 兄の天蓬がどれだけ捲簾に執着して恋慕を寄せているか誰よりも知っている。 きっと悟浄の言うとおり、天蓬は捲簾という存在そのものを愛しているんだろう。 それは分かるけど。 「そうは言ってもさぁ…大人なケン兄はそうもいかねーじゃん?ましてや叔父さんから大事な息子二人を預かってる手前、いくらなんでもさすがに手ぇ出せねーだろ?実際すっげ我慢してると思うぜ?毎日毎晩溺愛してる天蓬が確信犯で甘えて懐いて挙げ句に煽ってくるんだから」 「…ちょっと確認したいんですけどね?捲簾は今現在天ちゃんのことを…その…そう言う意味で好きというか…えーっと…」 八戒は顔を強張らせて恐々悟浄へ確認してみる。 尊敬している従兄弟が自分の双子の兄へ眷恋を抱いているのか。 「ん?ケン兄が天蓬見て勃つかって?」 「ちょっ!まぁ、ぶっちゃけそういうことですけどっ!」 「勃つんじゃね?ま、大分揺さ振り掛かってはいるけど、とりあえずはまだ愛玩だけで止まってるみてーよ?子犬や子猫と一緒。無意識にリミッターかけてる感じかな。今んトコは天蓬にムラムラと盛ったりはしてねぇだろ」 「天ちゃんに…」 どこか違和感を感じて、八戒は悟浄の言葉を頭の中で繰り返した。 天ちゃんは捲簾が好きで、捲簾も天ちゃんが好き。 それで、捲簾は大人だから我慢してるってことですよね? ん?我慢? パシッと八戒の頭で何かが弾けた。 「悟浄…天ちゃんと捲簾はもしかして…っ!」 「お?気がついちゃった?」 悟浄の瞳が嬉しそうにキラキラ輝く。 「天蓬もケン兄もさ〜お互いにヤリてぇって思ってるわけよ。天蓬は感づいてるかもしんねーけど、ケン兄はまるっきり気付いてないね、コレが」 「それじゃぁ…いつまでも平行線じゃないですか」 「だから、ケン兄は意外と常識的だって言ったろ?年上の方が抱くモンだって信じて思い込んでるんだから。天蓬の昨夜言ってたじゃん。俺らのことも俺が八戒を抱いてるんだと思ってるって。『八戒はまだ学生なんだから、学校生活に支障を来すような無茶な真似は絶対すんな!』とか言うから、あれー?って思ってたんだけどさ。ま、ケン兄がそんな感じだから、あの二人はあんだけベタベタしてる割にソレ以上の関係には進まないの〜♪」 「はぁ…」 漸く真相が判明して、八戒は脱力の余りテーブルへ突っ伏した。 何だか本当に馬鹿らしい。 人の恋路に口を挟むもんじゃないな。と、しみじみ思う。 兄と捲簾がお付き合いすること自体には、今更自分のことを棚上げにしてまで反対する気は無い。 寧ろ推奨。 自分と双子の兄ではあるが、あの歩く非常識な天蓬を御せるのは信頼を寄せる捲簾しかいなかった。 兄の幸せのため…自分達の心の平穏のためにも、何が何でも上手くいって欲しい。 「ゆくゆくはどうにかなるんでしょうけど…それまで昨夜みたいに天ちゃんに八つ当たりされたんじゃ堪らないですよねぇ」 天蓬の機嫌が悪かったり捲簾に邪険にされる度いちいち寝室を襲撃されては、疚しいことは何もないが不意打ちは心臓に良くない。 もう本当に鬱陶しいからさっさと纏まって欲しいと、八戒はちょっと投げやり気味に思った。 そこら辺は悟浄も八戒と同じで。 「んー…俺らがそんなに心配することも無いような気がする。結局ケン兄は天蓬に甘いからさ。あの天蓬に本気の本気で切羽詰まって迫られたら、うんって言っちゃうと思うんだよなぁ」 「ホントに天ちゃんのこと甘やかしてますもんね。不思議ですけど…捲簾は天ちゃんのドコを好きになったんでしょうか?」 双子の弟の自分が言うのも何だが、本当に天蓬は顔と頭の中身だけ超絶一級品で、それ以外は人としてはどーよ?というぐらい欠陥だらけの破綻者だ。 とにかく自分の身の回りのことは何一つ出来なかった。 最低限生きていくための本能すら働かない。 子供の頃から八戒や捲簾に何でも任せっぱなしで、自発的にやろうともしなかった。 食事は用意されなきゃ食べない。 風呂には叩き込まなければいつまでたっても入らない。 服だって毎日毎日着替えを用意して見張ってないと何日も同じ服のまま平気で居る。 病的なほどの読書家だが、本に没頭する余りきちんと睡眠を取ることまで忘れた挙げ句、身体が生命の危機を感じてスイッチが切れる。 妙な収集癖があり、部屋をガラクタで溢れさせ、何度部屋の扉が弾け飛んだことか。 その度に業者を呼ぶのもお金が掛かるので、八戒は日曜大工まで得意になってしまった。 そんな人としてかなりマズイ部類に入る兄のどこがいいのか。 天蓬の外見しか見ていない他人ならあっさり騙されても仕方ないが、捲簾は乳幼児の頃からその成長過程を見ている。 当然破壊的なだらしなさや悪辣な本性だって見抜いていた。 生きてきた経験値で見抜けない同世代ならまだしも、捲簾は大人だし社会で様々な人種と付き合いもある。 しかも捲簾は自他共に認める色香漂う男前で、周囲が放っておかない。 本人曰く大人の美人な女性なら来る物拒まず。 いつだって捲簾からは甘い移り香が匂っていた。 背が高く体躯も引き締まって手 脚も長い。 ファッションモデルばりにスタイルが良く、すれ違う誰もが見惚れて振り返る美丈夫は、一見完璧すぎて近寄りがたい雰囲気があるが、不意に見せる笑顔が人懐っこくて愛嬌があり、老若男女分け隔て無く接する気さくな性格のため、公私とも捲簾は友人が多かった。 しかし軽快な言動の割に何事にも有言実行タイプで周囲からの信頼も厚く、色々な意味で抜群にモテ狂っていた。 大人としても男としても最上級な捲簾が、何を間違って兄なんかを? 何も知らない他人が羨む天蓬の明晰な頭脳や秀麗な顔立ちだって、それこそ乳幼児の頃から見知っている捲簾にとって好きになる決め手とは考えられない。 産まれたときから今まで十三年間一緒に過ごしてきて、きっと天蓬のことを良くも悪くも一番理解している弟の八戒にさえ、捲簾が兄を好きになるその理由が全くこれっぽっちも思い浮かばなかった。 難しい顔をして黙り込む八戒に、悟浄は可笑しそうに小さく喉を鳴らす。 「多分…俺のカン、何だけどな?天蓬じゃなくてケン兄の方がインプリンティングされたんだと思うんだよなぁ」 「インプリンティングって、あの…鳥の雛が初めて見たモノを親だと思って慕うことですよね?」 「そう、ソレ。八戒と違ってさ〜天蓬って赤ん坊の時から危なっかしい感じだったから。か弱いとか儚げとかとは逆の意味だけど。ケン兄ってそういうのにキューンってクルというか『コイツがちゃんと大人になるまでは、ずっと俺が面倒看なきゃ!』とか使命感持っちゃったみたいな?」 「そ…そーだったんですか?」 さすがの八戒にも乳幼児の頃の記憶はない。 |