そして、10年後。
人類は月の開発を平和利用に限定し、その第1号の試みが始まっていた。
「静かの海」に到着した月面着陸船のドアが開くと、そこには1台のロボット
がシートに深々と座りこんでいて、今正に電源が入れられたところだった。
「 ・ ・ ・ うぅ、ひでぇ二日酔いだ、、、」 ロボットがつぶやいた。
「何か変な夢ばっか見てたなあ。えーと、ゆうべは誰と飲んでいたんだ?
遠山と、、、吉田と、、、。」
「ジョージ、何を言っているんだ。」 頭の中にやけに明るい声が響いた。
ロボットはゆっくりと頭を上げて目の前の光景をながめた。
「おい、誰だよ。どこにいるんだ? ・ ・ ・ てか、ここどこだよ。」
「お目覚めだね、ジョージ。静かの海へようこそ。」
「あのさー、何言ってんのかさっぱりわかんないよ。どこのキャバレーだよ、
その静かの海って。何で俺がここにいるんだよ。」
「突然驚かせて申し訳ない。ジョージ、君は月の平和利用プロジェクト第1号
として、月に送り込まれた名誉あるロボットだ。君の仕事は、地球にいる
お客様からの指示を受けて、月面に落書きをするんだ。空気のない月面
では、君の書いた落書きは、数百万年もの間その形をとどめる。
まさに永遠のメモリーだ。すばらしいだろ?」
「 ・ ・ ・ 月? ・ ・ ・ 落書き? 誰かと勘違いしてない?俺はジョージなんて
いうロボットじゃない。俺はマンボウっていうんだ、人間だよ。」
しばらくの沈黙の後、トーンの落ちた声が聞こえてきた。
「最初からお話ししましょう。マンボウさん。
・ ・ ・ あなたは死んだんです。」
マンボウさんと呼ばれたロボットは、右手をゆっくりと目の前に持ち上げると
銀色に光る合金製の手を見つめた。
海で死んだマンボウさんの脳は摘出されひそかに保存されていた。そして
特殊な加工をした上で、落書きロボット「ジョージ」に組み込まれたのだった。
最初はかたくなに否定していたマンボウさんも、目の前に広がる月面と、
月に一人取り残された絶望的な状況に、ようやく重い腰を上げ、使った
ことのない合金製の身体を動かし始めた ・ ・ ・ 。
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マンボウさんは、死んだ。
日本列島を歩いて縦断する旅の途中に
立ち寄った海水浴場で、女子高生を乗せ
たまま沖に流されたボートを、一人泳いで
救助に向かい、無事海岸まで引き戻した
まではよかったが、急激な運動に耐えら
れず、マンボウさんの心臓は鼓動を止め、
二度と動くことはなかった。
マンボウ月へ行く