| 基本的に私は動物が好きだ。 思い出せば小学生の頃、飼育委員会に入ってうさぎやあひる、亀やインコの世話をしていたこともある。
実家の愛犬ジョン1世(一応今は世代交代により、ジョン2世がいるが、犬小屋の表札が”ジョン”だったので、とりあえず同じ名前にした訳だ)は、本当に変な犬だったが、私は彼の写真を未だにパスケースに入れて持ち歩いている。
本当にジョン1世は変な犬だった。
はっきりいって、家族の誰からも嫌われていた。
どのように変かというと、まず、その図体のでかさである。
やつはコリーと秋田犬のあいの子で、体のでかさと模様はコリー、そして顔立ちは秋田犬という恐ろしい風貌をしていた。
これが逆であったら、もっと愛される犬だったに違いない。
我が家は恥ずかしながら母屋に風呂場がない。
母屋とほんの6,7m離れた場所へ、庭石を踏みながら着替えを持って入浴に向かうという有様である。
私が高校1年の時、彼はその庭石のすぐ横に設えた犬小屋に入居することになったのである。
まだ、彼が子どもの頃は良かった。本当に人なつこくて小さく愛らしい、家族のアイドルだった。
時には愛のキューピッドをしてくれたことさえある彼のことを、私や父はとても可愛がっていた。
念入りにブラッシングをし、暇さえあれば彼を散歩に連れ出していた。
いつからだろう、それが苦痛に変わってきたのは・・・
彼はとにかく人なつこかった。
夏の暑い日も、雪の積もった朝も、入浴へ向かう私の足音をききつけ、じっと遠くから母屋の私を見つめていた。
そして、離れに続くサッシ戸を開けて、サンダルをつっかけると、彼は舌を出し、一面の純朴な笑顔を見せながら、ちぎれんばかりにその豊かな尻尾をぶんぶん振っているのだ。
そして、私が一歩歩き出すと飛びかかってくるのである。(--;
彼なりの愛情表現であることは否めない。しかし、彼は飛びかかってくると、身長165センチもある私の顔にまで舌が届くほどでかいのである。
だから、家族、特に母はそんなジョン1世を恐れていた。
彼に飛びかかられると怖いといって、いつもビクビクしながら洗濯かごでガードしながら彼の横を逃げていた。
気持ちはわからないでないのだ。私も同じだったから・・・。
中学3年の頃、我が家に泥棒が入ったことがある。
それをきっかけに、泥棒よけという名目で飼い始めたジョン1世だが、これほどまでに人なつこいと、泥棒にもなついてしまうと、家族は皆嘆いていた。
また、彼を散歩に連れていくとまったく手に負えない。
鎖をはずしている最中、ずっと彼は喜びいさんで、暴れまくって飛びかかってくるのである。
必ず服は泥だらけになる。やつには晴れた日も雨の日も関係ないらしい。
歩いて数分のところに、中学校のグラウンドがある。
そこへ向かう最中、彼はいつも恐ろしい力で私を引きずり回す。
車が来ようと、私が疲れていようとお構いなしに、やつは全身全霊で走りたがるのである。
そしてグラウンドへ到着すると、私はやつの鎖をはずす。
待ちかねたようにやつは全速力で人気のないグラウンドを狂ったようにかけずり廻るのだ。
数秒で、彼はグラウンドの反対側まで一気に走り抜け、勝ち誇ったように昇旗台から私を見つめている。相変わらず舌を出し、マヌケな顔でじっと私の動向をうかがっているのだ。
カール・ルイスも真っ青だよ。
しかも、私が自分の方に向かっていくまで、やつはそこからずっと見つめているのだ。あるいは私が他の方向に歩き出すと、またやつは暴れるようにグラウンドを走り回り、時々獲物を探しながらうろうろする。
30分も走らせれば彼は満足するはずだ。もう帰ろうと思い私は大声を張り上げる。
「ジョン!!ジョン!!帰るよー!!」
やつはすぐに私の近くに戻ってくる。
早速鎖をつないで帰れると思いきや、それは甘い幻想である。
「ジョン!おいで!」
私の3m先までにじり寄ってきたジョンは、そこで一旦停止し、私をじっとビー玉のようなけがれなき瞳で見つめてくるのだ。
そして私は鎖を片手にジョンに近づく。しかし、彼は逃げるのである!
追いかけては逃げ、逃げてはまた近づき、はっきりいって人を馬鹿にした態度である。
しばし私はやつと格闘するのだ。そして、私の体力が尽きてしゃがみ込み、「ジョン・・・お願いだからもどってきて・・・」と泣きそうな声で呼ぶと、彼はやっと満足したように私の横に寄り添い、ちょこんとお座りしながら鎖につながれるのを待っているのである。
まったくふざけた犬だ。
実は、彼をお風呂に入れるのも至難の技なのだ。
体がでかいこともさることながら、エネルギーが有り余っており、風呂場でとにかく暴れるのである。
ひっかき傷だらけになりながら、満足に洗い終えられないジョン1世を見て、とうとう私は”犬洗い”を放棄した。
そして、その役は父にとって変わられた。
しかし、父はやつよりも遙かに上手だった。
父は川沿いの遊歩道までやつを散歩に連れていく。
この川沿いにも広いグラウンドがあり、川にも降りることができた。建設の翌年に発生した洪水のため、敷地は荒れてしまい、それ以後復旧の目処のない、荒れた何もないグラウンドである。
父はそこでやつを存分に遊ばせる。
そして、最後に川に放り込んだのだ・・・(--;
最初はやつもびっくりしたらしい。暴れ、そして恨むような目つきで父をにらんでいたそうだ。
しかしさすがは犬。本能で犬かきができるのである。
2回もそんな荒療治を繰り返すと、やつはそれ以後進んで自分から川に飛び込み、悠々と泳い満足そうに水から上がり、身震いをするようになったのである。
そして、やつは父のいうことだけは良く聞く犬となった。そして父の次に私の言うことを聞いた。
上下関係がこれではっきりした。嗚呼、偉大なる我が父。
私はやつに芸を仕込ませようと必死だった。
夏休みはバイトの合間に、毎日根気強く「お手」「おかわり」「お座り」「まて」「ふせ」を調教した。
そこそこできるようにはなった・・・しかし私の前でだけ・・・。
しかもあきっぽく、すぐに腹を出してごろごろと足元に転がる、はしたない犬だった。
そして、やつの一番好きなごほうびは「アイスクリーム」だった。
スプーンですくったアイスを、芸ができたごほうびにひとさじ落とすと、やつはキレイにそれをなめとり、「僕、もうちょっとほしいでちゅ」というような切ない純朴な瞳で私のアイスをじっと見つめてくる。手に負えない犬だ。
彼の食事は、夕食のあまりものと相場がきまっていた。
犬に「たまねぎ」「香辛料」のたぐいは与えてはいけないと言うが、私や家族はそれを知らず、その事実を知るまで1年間以上、ずっとタマネギ入りのみそ汁かけご飯や、骨のあるさかなの残りを与えていた。しかし、彼はいたって元気そのものであった。
哀れな犬である。
でも、やつはただ1つ、誰にも負けない特技があった。
それは、遠くの足音でも、家族や職場など身内の人間か、知らない人間の足音かを判別する能力である。
人なつこすぎて泥棒よけにはなれないと誰もがおもっていたジョン1世だが、その的確さはすばらしい。
年に数度訪れる従兄弟の足音さえも判別する能力には、ただ感心した。
やつはただバカでマヌケなだけの犬ではなかったようだ。
そんな彼は、5歳の秋、フィラリアにかかってこの世を去った。
家族は皆、少しだけ泣いた。そして私も・・・。
みんなにあれほど嫌われていた犬、ジョン1世。
でも、彼がいなくなってあれほど空虚に感じたのも、誰の心にも偽りのない事実だ。
そして、ジョン2世が我が家にやって来た。
この犬は賢く、愛嬌のある、ジョン1世よりはるかにできのいい犬だが、私のパスケースには、ジョン1世の写真だけが残っている。
見るからにバカそうな犬だった。
でもホントはいい奴だったということを私は知っている。
誰にも言えない事や、寂しいとき、悲しいとき、嬉しいとき、
私は奴にそれを語ってきた。
いい奴だった。 |