4.車と靴の物語

意味深なこのタイトル・・・?

今朝出勤すると、私のメールボックスに1通のメールが届いていた。
「マリさんが今日の午後から予約している社有車のイプサムを、社長が10:00〜14:00の間使いたいそうです。
申し訳有りませんが、代替車としてレジアスを貸し出しますので、宜しくお願いします」
そのメールを読み終わるまでの数秒、私の頭の中では超音速で処理が開始されていた。
レジアスのサイズ・・・車高・・・インテリア・・・でかい・・・/マリの愛車のサイズ・・・ちんまり・・・
そして、私はすぐに総務に連絡をした。
「イプサムの件ですが、構いません。代わりにレジアスを貸し出して下さるそうですけど、ちょっと車が大きいので、怖いんです・・・だから私有車でいっていいですか?」
快く了承を頂いた私は、早速午後一番に総務へ向かった。
「失礼します、私有車利用票を貸して頂けませんか?」
担当の女性が電話中だったため、総務の女の子は「どこにあったかしら」と利用票を探していた。
そんな私を眺めていた企画部の世話好きなボス、I氏が唐突に言った。
「マリ、レジアスで行けよ。遠慮することないで、乗ってきゃぁ」
嗚呼!!
恐れていた事態になってしまった。
彼の発言は絶対的な威力がある。気の弱い私は一瞬たじろぎ、本音が出た。
「あっ、あの・・・レジアスは大きいですよね・・・私、運転できるかちょっと心配です・・・」
大丈夫だと私をいなす横で、総務の女の子が私に声を掛けた。
「ランクル、でどうでしょうか?」
私は真っ赤になりながら言った・・・
「あっ、あのぉ・・・いっ、一番小さくて・・・運転しやすそうな車がいいですぅ・・・」
とはいえ、残った車はやたらでかい車ばかりである。
ランクル・ノア・グランビア・レジアス・・・困った。どれも私の普段乗っている車より当然一回りも二周りもでかい。
「うーん・・・ノア・・・が一番運転しやすそうかも・・・」
私はさらに赤面しながら
「ハイッ、じゃ、じゃぁ、ノアをお願いします・・・」
私の顔は火照り、真っ赤だった。そんな私を眺めながらI氏や総務の女の子はただ笑っていた。
そして私は総務から出るときに、ゴミ箱につまずき、ゴミを倒してしまった。そして、私の顔はますますタコのように赤く火照ってしまい、皆不安そうに笑った・・・嗚呼、人の気も知らずに・・・
ああ、私に運転できるのかしらん・・・そんな一抹の不安を胸に、ノアのキーを差し込んだ。

思った通り、車高が高い。
シフトレバーの位置を確認し、おもむろに発車させた。
私は自信のない車を運転するときや、楽したいときは靴を脱いで運転するのが癖である。
もちろん、ノアも例外ではなかった。
どきどきしながら、私はただ無事に客先へ到着できるか気が気ではなかった。
嗚呼、お父様・お母様、先立つ不幸をお許し下さい・・・
もしぶつけてしまったらいくら取られるのかしら・・・ボーナス消えるかも・・・
そんな思いを胸に抱き、走り慣れた道を45km/hという超スロースピードで走ったのである。
しかし、何事もなく無事に客先に到着した。私の胸は安堵の気持ちでいっぱいになった。
車長があるので、バックに気をつけながらゆっくりと駐車場のラインの中へ向かって後退する。
左にあるナビの画像が、バックカメラに切り替わっている。すばらしい機能だ。しかし、慣れない者にとっては何が何だかわからない。だから、私はドアを少しあけながら後ろを見るという、実に原始的な方法で、ゆっくりと確認しながら無事いい位置に納めることができた。すばらしい。何事も恐れることなくチャレンジするすばらしさを私は改めて噛み締めた。
そしてパーキングブレーキを引き、窓を確認し、イグニッションキーを抜いた。

さて・・・と私は足元に寄せてあるはずの靴を探した。
左足は難なく見つかった。しかし・・・右足がない!!
きっとシートの下に落ちているのだろうと思い、しばし足元を探った跡、片足で車から降りた。
車高の高いシートはこういう時非常に探しやすい。
そしてシート下をのぞき込んだ・・・しかし、靴はなかった・・・
私は青ざめた。
先ほどは真っ赤になってしまったというのに、今や全身の血の気が引いてしまったような気分だ。
脳裏に浮かんだその光景・・・
車のなくなった、会社駐車場・・・
そこにはただ一足の靴が落ちている・・・これじゃ、どう見ても拉致事件になってしまうではないか。
しかも、ノアの駐車位置は、喫煙所からよく見える場所だ。今頃誰かに発見されているかも・・・
しかも総務に「落とし物です」と届けられたら、ただごとじゃない。靴は駐車場になければ意味がないのだ!!
そうなったら私は片足でまたあの恥をかいた総務に戻り、I氏に大笑いされるのだろうか・・・
さりげなく左足を確認した。傷の目立つ革靴である。しかし、右足には、実は溝の穴にはめてしまって、ヒールが少しめくれていてもっと情けないことを思い出して、なおさら恥ずかしくなった。
ただただ、考えれば考えるほど情けなくなってくる。
しかし、換えの靴はない。これが自分の車だったら、予備の革靴がいつも常備してあるのに・・・
片足で納品に行くことはできない。辺りを見ても、知り合いは通りがかりそうにない。万一通ったとしても靴なぞ持っているワケがない。
泣く泣く私は会社に戻ることを決意した。辛かった。

そして、再度イグニッションをONにして車を発車させた。
美しく駐車できたスペースが名残惜しく、さりげなくバックミラーで後方を確認すると・・・
黒い物体が落ちているではないか!!!!!
あ、あれはまさしく我が愛しの靴!!おお、なんと幸運な事よ!!
迅速に辺りを見回した。1台のワゴンが近づいてくる。
ここで後退せねば邪魔になってしまうと、ゆっくり車を後退させた。
何かを踏んだような感触があった・・・
まさしく、我が靴である。
動揺した私は、思わず後退しすぎた。
しかし・・・靴は逆に遠ざかってしまったのである!!
しかも、そのワゴン車は私の目の前に停車したのだ。男性が4人乗っていた。
うろたえながらじっと靴を見つめながら悩む私より先に、その中の1人が先にそれを見つけてしまった・・・
そして、彼は黒い物体を指さしながら大笑いした。
そして、そのワゴン全員が私を注目し、一斉に腹を抱えて笑い出したのだ。
通りゆく人々も、何事かとその黒い物体に気づき、笑っている・・・
穴があったら入りたかった。
そして、しばらく動揺したあと、意を決して片足で靴を拾いにいった。
そんな私をみつめるギャラリーは、ますます大笑いしていた。
引きつりながら、静かな微笑みで、何事もなかったようにその靴に足を通した・・・
しかし、実はその靴はほとんどつぶされて形が変形していたのだ。
ここで動揺しては、ますます笑われる。私はその靴に無理矢理足を突っ込んで形を誤魔化し、車に戻ったのであった。

玄関に向かうためにはそのワゴンの横を通らねばならない。
目があった私は、優しく微笑みながら会釈をした。
そして、黒いコートを翻し、颯爽とエレベータに向かったのである。

あなたも一度は見たことがあるかも知れません。
駐車場の脇にちょこんと揃えられた靴を・・・
そんなマヌケな人の気持ちが少しだけ分かった、冬の一日。
これもまた人生・・・。ひとつ、大人になりました。


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