2.本能的メンデルの法則

生物学的本能の存続について

ふとしたきっかけで、異常性愛と人間の本能との相関を語る事があった。
この話について、色々な人の意見が聞いてみたいので、妖しい話とは判っているが、あえて自分の考えを語ってみようと思う。

異常性愛と聞いて何を連想するだろうか。
SM、ロリコン、ゲイ、レズビアン、スカトロ、露出狂、殺戮、そして、近親相姦などが思い当たるものである。
それらの異常性愛においては、単独のときも、複数が同時に顕現する事もあるという。
その中で、近親相姦は「強姦だったらいけないことだけど、和姦(相思相愛)だったら、他のものより大きな問題ではないのでは」という意見を聞いた。
私は近親相姦をはっきり言って否定している。
自分には姉妹はおらず、弟がおり、父がいる。
しかし、私の中では、そのような関係は想像することさえ憚られる高い壁がある。その壁は当たり前にそこにあり、まったく意識することなく過ごしている。
そもそも私は、人間の本能として近親者との情欲を抑えるものが備わっていると思うのだ。
実際に、つきあいの長くなったカップルにおいて、倦怠期というものが存在する。
結婚生活においてもそれは同様であると思う。
愛情は決して変わっていないのに、性的な欲望を感じなくなる時期が到来するという訳だ。
その先に行き着く関係を、世間では「セックスレス」と呼んでいる。
それは、今まで「相性の問題」と感じていたが、多かれ少なかれ、これは人間の本能からして、ごく自然なものではないかと考えるようになってきた。

そもそも、何故人は近親相姦をタブーとしているのか。
法律的には、遺伝の問題がある。それは、近親者間での交配を繰り返すことにより、遺伝子の優性・劣性が強く顕れるようになり、特に後者になると奇形や障害を引き起こしやすいと説明されている。
しかし、法律以前に、人は本能でそれを既に学習しているのだ。だからこそ倫理という脳味噌で論理的に筋道立ててそのタブーを考えるより先に、「それはいけない」と感じるのだ。
(大多数の人は、父親に父性を、母親に母性を感じることはあれ、性的感情を抱くことがない人が大多数であると思っている。というより、自分はそれが当たり前であると感じている主観的な考え方であるので、それは最初に断っておく)
異性の兄弟もまたしかりである。
これは、近親者に対する情欲が、倫理よりも先に、既に本能的に抑制されているのだ。
家族に対する愛情は、愛情であって情欲ではない。
恋人に対する愛情は、愛情であるが、時には情欲であることもある。
この違いをつきつめてみれば、これこそ「本能的メンデルの法則」ではないかと考える。
人間は本能的に、自分の身近な人間に対して情欲を感じないようにできている。
なぜならば自己の遺伝子が、本能でそのような感情を抱かないように精神をコントロールしているからだ。それはより良い種の保存のため。血縁の濃い子孫に劣性遺伝子が強く顕れるのを避けるため、それは本能によって制御されている。
それは血のつながった家系に限らず、つき合いが長くなると、恋人や配偶者に対しても家族のような感情を抱き、後天的にそのような近親者排除の本能が働く。セックスレスはその本能に従ったまでではないかとも思う。皆が皆そうでない理由は、まず、性的な本能もまた存在していること。そして人間には本能だけで語れない様々な感情が絡み合っているからこそ、その関係を維持する労を費やすことができるからである。と私は考える。
という仮説に基づいて考えると、近親に対して、強い情欲を抱く人種とは、そのような本能が先天的に欠如してしまっているのではないだろうか。

高い場所が怖い。スピードが怖い。
それは先天的に、自己を守るための自己防衛本能がそう自分の脳に働きかけているのだ。
ジェットコースターや高速道路は、慣れさえすれば、安全であるという自分の感覚的許容値が広がり、その許容値にそのスリルが収まってさえいれば、それは怖いという感覚ではなく、爽快な感覚と呼べるであろう。
それは感覚に許容値があるからこそである。その許容値を自分で認識しているから、楽しめるのである。
例えば「バンジージャンプから落ちる」のと「崖っぷちから落ちる」のでは、物理的なスピードは同じだ。
しかし、バンジージャンプには命綱があり、他の人間が無事飛び降りに成功しているのを見て学習すれば、人によりけりだが、間違いなく「自分の怖いという感覚に収まるから爽快だ」という人間がいるはずだ。
しかし、先天的にそれが備わっていないとしたら?
すごいスピードも、高い場所も、最初から何も怖くないなんて人間がいたら、それはそもそも最初から種の自己保存の原則に外れているのだ。
危険予知能力という本能的感覚が働いていないという事である。
人間は皆、生物としての自己保存欲が働いていなければならないはずだ。
心臓の鼓動だって、肺に流れ込む酸素だって、自己保存欲という本能がなければ存在意義がない。
それが働かなくなってしまったとき、それは、死を意味する。
それほど、人間の本能というのは重要なものである。
近親者に対する性的情欲が、論理的に説明できなくともタブーと感じている人は、少なくとも「本能的メンデルの法則」が作用していると思う。
すなわち、近親相姦という異常性愛に強い興味を持つ人間は、その本能に異常が生じているのではないだろうか。
これは、ある意味でアトピーやアレルギーなどと同じ現代病なのかもしれない。
人間の本能自体に異常な動きが出現していることは何を意味するのだろうか。
深い問題が根ざしている事は間違いない。

人間には様々な「本能」が存在している。
その本能をすべてすばらしいものと言い切るのは難しいが、しかとあるべきものもまた本能である。

メンデルの法則

親子、兄弟など通常血縁関係にある個体の間では身長、体重などの単純な量的形質から容貌、知能、気質などの複雑な量的形質に至るまで、多少とも類似している事実は厳密な測定をしなくても多くの人の知るところである。事実、子が親に似るということこそ大昔から人類が経験から知ったもっとも重要な遺伝現象なのである。

生物はすべて、それぞれの特徴(形質)を決定する遺伝要素をペアで持っている。そして交配のとき、オス親側の遺伝子ペアの1方とメス親側の遺伝子ペアの1方が伝えられる。つまり、本体は二倍体(1ペア)だが、精子や卵子の状態では半分になって、受精するとその半分ずつが組合わさってもとの二倍体にもどる。
この仮説のもとに実験結果を解析した結果、3つの法則ができあがった。
「優性の法則」「分離の法則」「独立の法則」
かの有名な「メンデルの法則」はこの3つから成り立っている。


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