1.カレーライスの思い出

今日はとっても寒い日で、何だか1日も冴えなくて。
仕事もノラない。
早く退社して、買い物にいった。
スーパーでは、ハウスのクリームシチューミクスが安くなってて、懐かしいなぁと思いながら買い物かごに入れた。
私が子どもの頃は、今ほどカレーやシチューのルウの種類が少なくて
隠し味に凝りましたとか、フォン・ド・ボーの深いコクとか、そんなグルメなルウは売ってなかった。
私は一人暮らしを始めて、もう7年が過ぎようとしている。
そんな中、選ぶのはいつもグルメなルウばかりで、ハウスのクリームシチューミクスは一度も手に取った事はなかった。
このシチューミクスはいつも買うルウの半額の値段だった。
でも、子どもの頃の私のご馳走だった。仲間とキャンプに行くときも、必ずハウスのクリームシチューミクスか、バーモント・カレーが飯ごう炊さんのちょっと焦げたご飯と一緒に食卓に並べられ、その味が未だに忘れられない美味しさだったことを思い出すと、これから作るシチューが少しだけ慕情的で懐かしくなってくる。

煮物料理を作るとき、一番面倒だなーと思うのは、じゃがいもの皮むき。
形がいびつで、でんぷんで手が滑りやすいうえ、小さくくぼんだ「芽」の部分を、根気強く包丁の角で取り除かなければいけない。
芽の部分をゴリゴリしながら、母が言ってた言葉を思い出した。
子どもの頃に、母親と一緒にカレーを作ってた時、私はまだ小さくて、たまねぎの皮むきくらいしかできなかった。
そんな中、母がじゃがいもの芽をゴリゴリ取りながら、いつも言ってたのを思い出す。
「じゃがいもの芽や緑色のところはね、もう、しつこいくらいにキレイに取り除かなきゃいけないの。ガンになるからね」
だから、じゃがいもは真っ白に、何も異物がみつからないくらいにキレイに皮をむかないといけない。
鶏肉も小さく切って、サラダ油を引いた鍋でじっくり材料を炒める。
切ったばかりの野菜はかさがあって、焦げないように、小さな鍋でまんべんなく炒めるのは結構コツがいる。
へたすると、野菜が暴れて飛び出してくる。
たまねぎの小さな破片がガスコンロにポトッとこぼれ、
あーあ、大きな鍋がほしいなぁ。
とため息をつきながら、母はいつも圧力鍋でシチューを作っていたことを思い出した。
圧力鍋は、こんな「野菜の大暴れ」とも無縁で、そして本当にあっという間に煮物が出来上がる魔法の鍋だった。
そして、普通の鍋で作ったものとは違う、独特の柔らかい味になった。
そんなことを考えながらアクとりをしているうち、祖母のことを思い出した。
シチューも、カレーも言えることだけど
「しゃびしゃびのカレー」って、わかる人にはわかると思う。
なんだか水っぽくて、味は決して水っぽくないのに、なんだかトロミのすくないあのカレー。
私の家では、時々そんなカレーが食卓に登った。
祖母の作ったカレーである。

中学1年の夏休みだったと思う。
部活のない日は、夏の自由研究のため、朝から学校の化学実験室に入り浸って、午後からプールで泳いで遊んで帰るというような毎日を送っていた。
その日は昼前に家を出た。その時台所では母がカレーを作っていた。
「お昼ご飯たべて行く?」
「ううん、今いらない。でも夕御飯に食べたい!残しといてね!!」
今日はカレーだ!と小躍りしながら夕暮れ時に家に帰ると、カレーの鍋は既にからっぽだった。
私は基本的に、食べ物の事に関しては特にウルサイ。
残しておいてね、と頼んで心待ちにしていた食べ物を食べてしまわれると、非常に悔しい。
自分ではあまり感情をむき出しにして怒ることは滅多にないと思っているが、食べ物のこととなると、怒り、わめき、しまいには泣き出す。そういう奴だ。

「私の分は・・・?」
「あら、ごめんな・・・みんな、食べちゃったわ・・・」
「えええっ!ひどい!私食べるっていってたのに!楽しみにしてたのに!」
「でも、とんかつがあるから、食べなさい」
「イヤ!私カレーでなきゃ食べん!もうお母さんの料理なんか食べん!」
そして私は、カレーが食べたかったとわめいて泣き出した。
母は「勝手にしなさい」と、一言も私の訴えには耳を貸さず、無視して私以外の家族の食事の支度をした。
私の分の食事の支度だけされてなかった。くやしくて部屋に閉じこもって、ベッドの上でバタバタしながら泣いた。
食事が終わる時間になっても、階下へは降りなかった。泣きながら、実は反省してたけど、気まずくて今日は母の顔を見たくなかった。お腹がクゥーっと鳴った。
つまんない意地はらなければ良かった。
でも、カレー食べたかった。
お母さんにひどいこといっちゃった。
でも今更謝れない。
おなかすいた。。。
色々な感情が頭の中をグルグル廻って。
でも、後味が悪くて、私はずっとベッドの上に横になって、腫れた目がしみるなぁと思いながらずっと天井を見つめていた。
トコトコと階段を登る音がして、部屋の入り口から顔を出したのは祖母だった。
「マリちゃん、ごはんまだ食べんの?おなかすいとるでしょう?」
「イヤッ。食べん。私カレーが食べたかったんやもん」
「・・・そう・・・ちょっと、なんか食べるもん持ってきてやろか?」
「いい!いらない!もうおばあちゃん帰って!」

本当に私は今でもそうだけど意地っぱりで。
素直に思ったことを言えず我を通してしまう、イヤな女の子だった。
真夜中にこっそりカップラーメンを食べてお腹をふくらまし、翌朝はやっぱり謝りたい気持ちよりも我が先走って、いつもより遅くまで部屋の中でゴロゴロし、ふくれっ面で階下に降りていった。
台所から、カレーの匂いがした。
私の祖母は、本当に子どもの頃からお嬢様育ちで、家事ができない。
というか、人並みの炊事、洗濯、掃除は当然できるが、完璧な母に比べるとまだまだという意味だ。
彼女の作る料理は、母や父は滅多に食べなくて、ただ祖父だけが彼女の作った朝御飯で朝を迎える。
そんな彼女が悩みながらカレーを作ってくれていた。
「マリちゃん、昨日カレー食べたいって言ってたやろ。おばあちゃん作ったで、たべないね。」

母や他の家族はいなかった。
私は何も言えずに、ただ涙がボロボロこぼれた。
アーモンド形の、懐かしいカレー皿によそわれたごはんにたっぷりかかったカレーは、私の嫌いな「しゃびしゃびのカレー」だった。
祖母は何も言わずにただにこにこと私を眺めて食卓に座っていた。
ほとんど言葉にならない声で
「ありがとう・・・」
と言いながらスプーンでカレーをすくった。
涙と鼻水でカレーを十分にかむこともできず、ただ口へ運んだ。
でも、何故かそのカレーには、私の大嫌いな茄子とトマトが入っており、しかも肉が入っていなかった。
まずかった。
でも、最後まで食べた。
「おいしかったか?」
「うん、おばあちゃん、ありがとう。おいしかったよ。でも、、、私、茄子キライ・・・それに、カレーにトマトなんて初めてや。肉はいっとらんし」
最後まで憎まれ口しか言えなかったけど、祖母は嬉しそうに、「今晩はお母さんのご飯、たべないね」と言ってくれた。
その夜、タイミングを伺い、伺いつつ、母に昨日の我が侭を謝った。
祖母は最後までにこにこと静かに笑ってた。

私の今までたべた中で、あれほどまずいカレーは初めてだった。
誰が作ってもそれなりにおいしくなるはずのカレーが、何故あんな風になるのか、未だに謎である。
でも、あれほど心の中が幸せになったカレーも初めてだった。

私はしゃびしゃびのカレーが嫌いだから絶対に作らない。
でも、祖母がいなくなった今、時々あの味を思い出しては、心が切なくなる。

今日作った ハウス・クリームシチューは、あの頃の味がした。
決して、いつもの私が作ってる贅沢な味じゃない、素朴な味。

「ありがとう」
「ごめんなさい」
そんな気持ちを素直に自分の言葉で伝えることが
私には欠けている。

言わなきゃ伝わらない気持ちもある。


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