4.今を生きる

実家に帰って、久しぶりに下の弟と遊んだ。
この弟は、99年春に高校3年生になる。
しかし、やつはどう見ても高校生には見えない。
身長180cm、足のサイズは28cmという巨体もさることながら、今時の高校生っぽく髪にパーマを当てて色を染め、最近流行りだという”ミリタリーファッション”に身を包む。愛読書はメンズノンノにFine Boys、ホットドックプレス。
趣味は、バス・フィッシングとスノーボード、ボディビル、香水収集(私と同じ)、そして音楽だ。
はっきり言ってマニアだが、オシャレで非常にいい男だと思う。

彼の部屋は、昔私が使っていた部屋だ。
薄いピンクの花柄の壁紙に、これもピンクのブラインド。そしてフローリングの床の上に木目のピアノが据え付けてある。
そんな瀟洒な部屋を、山男のような彼が使いはじめて、もう6年になる。
彼の部屋のドアには「第6サティアン・立入禁止」という札がかかっており、部屋の中には、町中でぱくってきた警視庁のポスターや、コムサやサイババのピンナップやプリクラなど、妖しいものがたくさん飾ってある。
壁には、親と喧嘩したときに、怒りにまかせて握り拳を打ち付けたという凹みが・・・。恐ろしい。
そして、今回はピアノまでなくなっていた。傷だらけの廊下を辿っていくと、上の弟の部屋に、そのピアノは移動されていた。
ピンクの壁紙とブラインドは顕在だが、それらも既に煙草のヤニで変色している。
はっきりいって、あの乙女チックな部屋の面影はどこにもない。ああ、嘆かわしい。
そんな部屋の隅に、小さなスポットライトに照らされて、そのターンテーブルはあった。
バイトしたお金で買ったという、DJ御用達のターンテーブル。
そして、たくさんのハウス系のレコードに、これも私のお下がりの巨大コンポ。

部屋ではずっとハウス系の音楽がかかっていた。
ふと、懐かしいような音楽が流れた。小気味よく弾むテンポに響くバス。ハウス系の音楽。初めて聞くはずなのに何だかすごく気になった。
「これって、誰のCD?」
「ジョン・ロビンソンだよ」
「その人の、どっかで聞いたことあるわ。何だっけ・・・」
「お姉ちゃんしってるよ。ジュリアナ東京でDJやっとった人やん」
「おお!ジュリアナのジョン・ロビンソンねっ!わかった。納得!!」
私は、高校時代はビートパンク少女。
そしてバブル絶頂期にはハウス系、特にジュリアナの音楽が凄く気に入ってて、ジュリアナのCDは全部持っていた。特にvol.3が一番好き。
通ってたわけでなく、たまに行く程度だったが、ディスコも大好きだった。
ああ、あの頃の雰囲気だなぁと、ちょっとだけ懐かしく気持ちが良かった。
イヤなことあっても、ハウスのあのビートを聞いていると、何でもそのリズムに乗って気持ちよくこなせた。
ココロの起爆剤だったかな。
「ま、ちょっと見てなって」
彼は浮かれた足取りで椅子を立ち、部屋の隅に設置してあるビール瓶の空きケースの上に積み上げられたターンテーブルの前に立ち、ヘッドフォンをかける。
LPを手にとり、ゆっくりと2枚、左右のターンテーブルに置き、スイッチを入れる。
フンフンとリズムをとりながら、左側のレコードをクルクルと指で回転させ、音を合わせる。
ボーカルとバックグラウンドのリズムが一致したところで、満足げに「お姉ちゃん、ヘッドフォンつけてみ」と、ヘッドフォンを渡す。
小気味よいリズムがテンポよくズンズン響いてくる。
左右のレコードの出力やバランスを小刻みに動かしながら、さらに臨場感を盛り上げる。
何とも気分がいい。なるほど、高いお金を出して買っただけのおもしろさがある。

「俺、高校卒業したらDJになりたいんや」
「ふーん、、、おもしろそうだけど、生活してけんよ。年収260万の世界やん。一人暮らしして、やってけるの?」
「貧乏くらい平気。やりたいことをやりたい。だから、バイトするんや」
「家、継ぐ?」
「うーん、、、いつかは・・・。でも、ホントは東京出てって、DJやりたい。大垣いったら、週末はクラブ通いするんや。で、バイトでもいいでDJやりたい」
彼は既に家の跡継ぎと決まっており、大垣の老舗の酒屋に修行に入ることも決まっている。
頭は悪いけど、一番商売上手で人付き合いのうまいのは彼だった。
祖母の実家が経営している、地元でもかなり大規模なホテルの跡継ぎをやってくれと言われたこともある。
でも、一番夢にあふれてるのも彼だ。
そして、夢に向かって着実に実行に移せる行動力があるのも、また彼。

学生時代の私も、彼のように夢でいっぱいだった。
「実現可能な夢ばっか見てたって、成長しないじゃない。1つや2つの、手に届く夢を描くより、私は千の見果てぬ夢をみる。人間は夢や目標があるから、前向きに進んでいけるんや。実現できる夢なんて、努力して、タイミングさえ見切れば、叶うのがあたりまえなんや。実現でるかどうかも判らない千の夢の中でさ、1つでも叶ったら奇跡なんだよ。私は夢を忘れないオトナになる。絶対。」
毎日のようにそうつぶやき、自分の夢を数えてたあの頃。
純粋でいたい自分と、割り切りを覚えなくちゃいけない葛藤に板挟みになって。
気づいたら、すべての事から逃げ続けていた、私がいる。
気づいたら、25歳になってた。

考えてみれば。
無茶をやっても許される。そんな特権は若いうちだけ。
冒険をして、失敗しても踏ん張れる底力があるのも、若いうちだけ。
具体的に。
私が考える、「失敗の許される年齢」は、女性として27歳が、限界だと思う。
私はその時代を、ずっと「守り」で通してきていた。
自分の好きなコト、したい職業。
忘れてたわけじゃない。それらすべてから、逃げていた。
私が選択したのは、「自分に向いている職業」。
キライではない。でも好きでもない。・・・でも、きっと、私には向いてる。それが、SEだった。
この職業を選んで。
それなりに仕事をこなせるようになって。
それなりのお給料をもらえるようになって。
でも、好きな職業かと言われると、向いてるみたい。としか、私は答えられない。
好きじゃないのだ。
自分が喰って生活するために一番効率がいい手段だったから、この職業に就いている。
「守り」とはいえ、私はとりあえず、今までそれなりに真剣に仕事に対して努力してきたと思う。
自分の仕事に誇りとプライドを、持っている。
この姿は、ある一面でいえば、「まっとうな道」なのだろう。
毎朝会社にいって、まっとうな仕事をして、それなりの給料をもらって。
その上、仕事に職人としてのプライドを持てる。
普通の生き方。いや、私としては、自分の描いたシナリオ、私の周囲の描いたシナリオ通りに、物事がすべて運んでいる訳だから、むしろ神様に感謝すべきと思う。

気づいたら
それはすべて自分の夢という若い頃の目標から、ただ逃げていただけなのかも。
そう、今の私は、あの頃つまらないと言い切っていた「実現可能な夢」だけを収集し、確保する人間になっていた。
これが、いいことなのか悪いことなのかは別にして。
でも、きっとこれは、薄っぺらい、人生経験。

あの頃描いていた、千の夢。
歳を数えるごとに、覚えていく「妥協」という名の産物。
あれほど、絶対に失いたくなかったものを私は失っている。
高校生のとき、なりたかった女性像。
今、私はその通りになった。
でも、抱いていた心の純粋さは、失われていったのかもしれない。

何をすべきかわからず、ただ、目の前のコトに対して、頑張るしかできない自分がここにいる。

弟の夢が、ばかげたものでも
彼には、後悔しないで、追い求めてもらいたいな。
今しかできないこともあるのだから。
そんな私自身にも、25歳である今しかできないことが、たくさんあるはず。
それらを、1つ1つ、思い出さなきゃね。
次に30歳になったとき、後悔しないような。

1960's GUN

ぼくたちがうまれてきたのが1966
みんなおんなじ声をあげうまれてきたんだ
いつものくさりかけた街 ぼくは待ってる
今夜 何から始めよう 1960's GUN

まるで目隠しされた綱渡りのようさ
足元でうずまいているよ ぼくらの涙が
かなしみがおもすぎて 歩けないこともある
だいじょうぶさ そんなこと よくある話さ

陽の光に手をかざして 何を見よう
きっと 僕らが望んでいたことが起こりはじめる

すべてを変えることは危険すぎることだろ
つづけるばかりが安全とはいえない
君の泣き顔だけは今夜見たくないから
ぼくたちは うたってる 叫んでる わめいている

ぼくたちがうまれてきたのが1966
みんなおんなじ声をあげうまれてきたんだ
いちばん高いビルの上 ぼくは駆け上がり
あの星をつかむんだ 両手に持てるだけ

陽の光に手をかざして 何を見よう
きっと 僕らが望んでいたことが起こりはじめる

- By "The Wells" 1989 -


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