第3回心を育てる会        チーズ はどこへ消えた ?     
単純な頭脳しかないネズミのスニッフとスカリーの2匹と、いろいろな考えが 
詰まった小人の「ヘムとホー」の二人は、毎日迷路になっている迷宮で、
チーズを求めて探し歩いています。そのチーズとは食料にもなり、見つけられれば幸せになり、
成功を味わうことが出来ます。ある日ステーションCという場所で、
とてもたくさんのチーズをネズミと小人たちは見つけます。それまで早起きして
チーズを探し歩いていた小人たちは、もうステーションCの場所も道順も覚えてしまい、
「いつ行ってもたくさんの チーズ があるから」ということで遅く起きるようになり、
いつしかチーズはいつまでも自分たちのためにずっとそこにあるもの・・・
と信じて疑わなくなってしまいます。

一方のネズミ2匹は、チーズの量が少しずつ減っていることにすぐに気づき、
いち早く次のチーズを求めて毎日毎日懸命に動き出していました。

そしてステーションCの チーズ がある日突然消えてしまいます。

その変化に対し、早くから気づいていたネズミたちは、単純な頭脳で
また迷路に冒険に出かけ、新しいチーズを次々見つけていきますが、
小人たちは今まであったチーズがなくなったことが、信じられず、
受けいれられず、「チーズ はどこに消えた?」と分析し始めます。
変化に対しての行動が遅く、なかなか次のチーズを探すまでにたどり着けません。

ちなみに小人の「へムとホー」は“ うろうろする ?という意味
「チーズ」とは私達が人生で求めるもの。つまり、仕事・家庭・財産・健康・精神的な安定・・・・
「迷路」とは「チーズ」を追い求める場所。つまり、会社、地域社会、家庭・・などの象徴です。

○ 最近、母子家庭のお母さんから娘が非行に走って困っていると相談を受けました。
そのお母さんは離婚後、彼氏が出来たとのこと。娘さんと彼氏の関係も良くないとの事。
離婚して寂しくて彼氏が欲しい気持ちも分かりますが子供が一人前になるまで母親は
母親として生きるべきではないだろうか。交際相手に気をとられると、
子供の変化にも気がつかず、その結果、子供が心の病になったり、
非行に走ったり、さまざまな問題がおきても不思議ではない。
私はお話を聞いた後、交際相手に気を取られてしまって、子供を思いやる心、
子供にあげなくてはいけない愛情が不足したことが原因だと思いました。
つまり「蒔いた種が咲いた」という事だということではないか、そう感じました。

○ 私は昔、バブルの時期に仕入れ先から招待で海外旅行に行った時のことなどを
思い出しました。仕事もたくさんあり、浮かれてしまって足元を見ずに
緊張感の無いぬるま湯につかっているような毎日を送っていました。
この時に「チーズ は何処に消えた?」この本に出合っていたら
もう少し充実した日々が過ごせたのではなかったかと今更、深く反省しました。
第3話に続く
第3話             カエルの話         第3回 心を育てる会
『二匹のカエルの話』・・・第一話 桶にはおいしいミルクが入っている そこに二匹のカエルがやってきて 「おいしそうなミルクがあるよ、一緒に飲もう」 と言って桶の中に飛び込んだカエル達は のんびりとミルクが飲めてご機嫌だ お腹も一杯になったし、そろそろ外に出ようと思い 桶の縁の方へ泳ぎ出したところが  どうしたのだろう 思うように 体が前へ進まない 一体どうしたんだろう 休んでいる間に  カエルの体一面にミルクの膜が張ってしまい 身動きが取れず 体力を消耗するばかりだ 「諦めたら死んじゃうよ 僕と一緒にもう少しだけ頑張ろうよ」と 根性ガエルが声をかけたが「くたくたに疲れて  手足が動かない僕はもうおしまいだ」 もう一匹の根性なしガエルは 泳ぐのを諦めて ミルクの中で溺れ死んだカエルのくせに 犬死してしまった 一方根性ガエルは 諦めずに必死に手足をバタバタさせた もがいて もがいて もがき通した すると、いつしかミルクがバターになって 根性ガエルはバターの上を歩いて 無事に縁までたどりついた・・・・・・・。 ○ 人生最後まで諦めてはならない「二匹のカエルの話」
『もう一つのカエルの話』・・・第二話 私が子供の頃のある日のこと 「カエルを捕まえてこい」と親父に言われ カエルを何匹か捕まえてきた 親父は机の上に水の入った鍋を置くと その中にカエルを入れた 水を得たカエルはのんびりと泳いでいる 「バーン」突然 親父が机を叩くと カエルは驚きあわてて鍋から飛び出してしまった 今度は用意していたお湯を鍋に入れ ちょうどいい湯加減にして 再びカエルを入れた カエルはゆったり手足を伸ばし いかにも気持ちよさそうにしている 次に親父はロウソクを持ってきて 鍋を下から温め始めた 徐々に水温は上昇し 沸点に達して熱湯になった するとカエルは熱湯でゆでられてそのまま死んでしまった  もし親父が最初のように机を「バーン」と叩いていたらどうだろう カエルも状況の変化に気付き 飛び退(の)いたかもしれない しかしぬくぬくと ぬるま湯につかっているうちに カエルはついつい油断をしてしまったのだ  そして 気付いた時は遅かったその時、カエルは死んでいた・・・。  ○ カエルも人間も同じ 人生も経営も同じだ 生ぬるい世界で危機感を失い、それが当たり前だと思っていると いずれ命まで失ってしまうことになる。これが「もう一つのカエルの話」