@ 「幸せを感じて生きる」・・・須藤元気著「幸福論」より引用
A 「苦しいままで、苦しみから救われる」・・・公方俊良著 「心に響く般若心経」より引用
以上
4月21日に四国88箇所お遍路の旅に行きました。
本来は歩いてお参りしたいのですが、まずは車で行こうということで
今回1番札所(着9時58分)から7番札所 (着午後1時) までをお参りしてきました。
朝8時に出発して帰宅は、16時25分でした。走行296Km。

5番札所をお参りした時、ふと感じました。
お参りするのに、カメラ・ラジカセなど、なくてもいいものを背負って歩くと
重くて、歩くのが苦しいが、最低限のものだけを持って歩けば体も楽で、
楽しい旅になるのではないか ? 人生も同じだ。我々はあれも欲しい これも欲しい、
もっと欲しいと、物やお金を求めてしまう。この 欲の世界 が自分を苦しめている。

そして、こだわる、許せない、とらわれる、執着する、うらむ、こんな 負の心 が自分の心を
重苦しくしている。このことが分かっていても、この負の心を捨ててしまうことが出来ない。

● 人生も お遍路の旅も  ─ 捨てて歩け ─  ということなのだろうか。
人生の散歩は手ぶらが楽しい。人生の旅も、インドの旅もリュック一つが楽でいい。

5番札所でそんなことを考えていたら、ふと目についた言葉がありました。
5番札所 地蔵寺のご本尊さまは 勝軍地蔵菩薩様 です。
この方の台座に「行運流水(こううんりゅうすい)」という言葉が書かれてありました。

雲のように、水のように、
「物事にとらわれず、こだわらず、人生の流れに身を任せて生きろ」
ということなのか
どこで生きようとも、害心ある事なく、何でも得たもので満足し、
さまざまな苦難に耐えて、恐れる事なく、犀(さい)の角のようにただひたすら歩め
世間のすべてに背く事無く、犀の角のようにただ一人歩め・・・・・・釈迦



                      平成20年5月3日


幸せを感じて生きる   第4回心を育てる会
迷うが故に三界は城    悟るが故に十方は空
         本来東西は無く    何処にか 南北あらん

迷いがあるから壁に囲まれ自分のものに執着するが、悟りを開けばすべて十方は 空 (くう)だ。
もともと東も西もない。どこに南や北があるというのか、自分が変われば世界が変わる。
その安らぎを感じられれば、自分自身はもちろん、周りにいる人だって幸せな気持ちになれる。安らぎは自分の中にこそ見つかるものであるし、「青い鳥」も「悟り」も
外側には無く、自分自身の内側にある。幸せも不幸もすべては、「心の受け止め方」ひとつだ。

--- 人生何を手に入れるかではなく 何を手放すか。 ---

今この瞬間を生きる、人は過去にも未来にも生きることは出来ず、リアリティーとは
この瞬間だけである。過去は変えられないけれども、そのとらえかたはいくらでも
変えることが出来る。そのとらえ方によっては、過去の経験が豊かなものにも辛いものにも
変わる。そして、どんな時も「幸せを感じて生きていく」ことが出来れば、幸せな人生になる。だからこそ、今、与えられた この瞬間を「幸せを感じて」生きることが大切です。
・・・・・・須藤元気「幸福論」より

上記は格闘家であった須藤元気さんの著書「幸福論」から抜粋しました。
この本は彼が四国八十八箇所を参りながら感じたものを書かれたものです。
常日頃から「ありがとう」を言う事の大切さなど書かれています。実際にお遍路の旅で
カウンターをカチカチ鳴らし「ありがとう」を210,090回言いつづけたそうです・・・・・・。

★ 小林正観さんの著書でも「ありがとう」を25,000回言うと、何故か涙が出てくる。
その涙が2〜3時間出た後で再び「ありがとう」を言おうとすると、本当に心から感謝の念が
湧いてきて「ありがとう」の言葉が出てくる。その気持ちを込めて「ありがとう」を
あと25,000回ほど言うと、突然に自分にとって嬉しく楽しく、
幸せな奇蹟がおき始めるということが書かれています。

★ 江木勝さんの著書「水からの伝言」の中でも、正しい思念を持ち・正しい言葉を使うことが、
自分の身体にも周りの人達にとっても大切だということを書かれています。

◎アランの幸福論より 「成功したから満足しているのではなく、満足していたから成功したのだ」 成功を幸福に置き換えると 「幸せだから楽しいのでなく、楽しんでいるから幸せなのだ」 ・・・・・想いと言葉が人生を創る・・・・・
「苦しいままで、苦しみから救われる」に続く
苦しいままで、苦しみから救われる
「● 苦しみ」● をタマネギの皮をむいていくように除く法
愚痴に覆われ、快楽を追い求めると、人生は苦になります。
「論語」に自分には厳しく、他人に寛大であれば、怨みごとから離れられる。とあります。
あの人がこうした、この人がこうだと、他の人を怨みに思っている限り、
自分の心は辛く苦しい状況が続きます。その時、他の人に寛大な心を持ち、
許していけば、いつの間にか自己の苦しみは除かれているものです。
苦しい時、一つひとつその苦しみにとらわれるから、苦しみはさらに増していくのです。
そのとらわれの思いを、ちょうどタマネギの皮をむいていくように取り除いていくと、
芯がないのと同じように、苦しみの障(さわ)りはなくなるのです。

苦しい中にあって、とらわれを除くことによって、苦しいままで苦しみから救われる方法です。

◎ 戦国時代の武将、上杉謙信公(1530年〜1578)の訓言に次のものがあります。

1 心に何も思わないときは、体はのびやかである

2 心に慢心があるときは、人を愛し敬う心を失う
3 心に欲なきときは、正しい道理を行う
4 心に私心なきときは、疑うことがない
5 心に怒りなきときは、言葉はやわらかである
6 心に勇あるときは、クヨクヨしない
7 心に忍耐あるときは、物事がうまくいく
8 心に貪(むさぼ)りなきときは、人に諂(へつら)わず
9 心に迷いなきときは、人を非難しない
10 心に誤りなきときは、人を畏(おそ)れない
11 心に曇りなきときは、心静かである
12 心に驕(おご)りなきときは、人を敬う

心にこのような知恵を生じた時、まさに「一切の苦を除く」ことが出来るのです。

私達は肉体を持っています。肉体だけならどうもないのでしょうが、 心に思いを生じることによって、のっぴきならない状況に陥(おちい)るのです。むし暑い夜、床に入りますと、肉体が汗ばんできます。すると、心が むし暑いなぁ と感受し、 さらにこれでは眠れそうもない。明日、睡眠不足では仕事に支障がありそうだと 想念をめぐらせていきます・・・・・。暑さ寒さがないところとは 「寒いときは徹底して寒さになりきり、暑いときは徹底して暑さになりきることだ」 つまり、寒さ暑さから逃げるのではなく、寒さ暑さを そのまま受け止めていく ことです。 夏の暑さとはこんなものだと 雑念を打ち消していけば暑いままでいいのです。

公方俊良著 「心に響く般若心経」より引用