社会評論

『樹が陣営』とはどんな思想・批評誌なのかについて、皆さんに、具体的に知って頂くため、以下に各号の「社会評論」に関する記事(論考、インタビュー等)の中から、一部分を抜粋し、紹介致します。
この抜粋だけでも一応の意味が分かるようにしましたが、より詳細に見たい場合には、バックナンバーを取り寄せてご覧下さい。

  • 【記事の題名】『「弱者」とはだれか』座談会・【出席者】小浜逸郎、櫻田淳(ゲスト)他【掲載誌のNO】21
  • 【記事の題名】「思想以前」座談会・【出席者】由紀草一, 滝川一廣 添田馨、小浜逸郎 他【掲載誌のNO】21
  • 【記事の題名】『差別問題』とは何か・【著者】高野幸雄 【掲載誌のNO】18 (2002/02/08)
  • 【記事の題名】この国の安全保障と北朝鮮・【著者】櫻田淳【掲載誌のNO】24 (2003/08/20) 
  • 【記事の題名】自衛隊のイラク派遣をめぐって・【著者】佐伯啓思【掲載誌のNO】26 (2004/08/15)
  • 【記事の題名】イラク戦争1年後の世界・【著者】佐伯啓思【掲載誌のNO】27 (2004/09/05)  


    『「弱者」とはだれか』座談会【出席者】小浜逸郎、櫻田淳(ゲスト)、宗近真一郎(報告者) 山内修 中山勉 由紀草一 添田馨 黒岩久雄 滝川一廣 佐藤幹夫(司会)【掲載誌のNO】21(2001/9/19)

    ■司会(佐藤幹夫)  きょうは小浜逸郎さんの『「弱者」とはだれか』(PHP新書)を取り上げ、皆さんと議論を進めたいと思います。ゲストとして小浜さんとともに櫻田淳さんもお呼びしています。ご存じのように櫻田さんは代議士の政策スタッフとして活動されるかたわら、執筆活動もされ、『「福祉」の呪縛』(日本経済新聞社)という著作をお持ちです。
    …一部途中省略…
    ■櫻田淳 櫻田です。きょうは小浜さんのご本の勉強会にお招きいただき、ありがとうございます。この会は文学に関心を持たれている知識人の方々の会だということですが、私は知識人は苦手でございまして、きょうは、ちょっと困るんだけどな、というのが正直なところでございます(笑)。それで私は政治家の秘書ですが、政治というのは大変どろどろした世界でありまして、そこで私はいろいろなこと現実として見ているわけです。この問題に関してもあまりきれいなことを言われても困る。そういう私の立場からのこともお話しできればな、と考えています。よろしくお願いします。
    ■司会 よろしくお願いします。では小浜さん。
    ■小浜逸郎 きょうは拙著を取り上げていただいて光栄です。
    プロローグにも書いていますが、この本のモチーフは自分が被差別経験も特になく、露骨な差別をした経験もないという普通の人間が、民主主義社会の中で被差別者や弱者を囲い込む空気について、言えるとしたら何が言えるのか。そのことをできる範囲で書いてみたものです。存分にご批判いただけますと幸いです。
    ■司会 ではきょうのレポーターである宗近さんから基調報告を。

    ■差別を巡る社会状況

    ■宗近真一郎 宗近といいます。サラリーマンをするかたわら、佐藤さんの雑誌に評論を書かせてもらっています。
    ・ぼくは会社の広報部にいるのですが、去年の十二月にNPE法ができた。要するに福祉という概念が広がってきているなかで、貧困の撲滅ということから、街をどう起こしていくかというテーマについてまでの十二の項目からなっていまして、それに関わる集団は法人化できるという初めての議員立法です。企業もその福祉の多様化に対応していこう。つまり福祉的なものの広がりの中で、企業も公共的な広がりを持って関与して行こうということですね。けれども弱者をどう規定するかという肝心なところは触れられず、強引に整理されてしまっている。それが社会的な状況としてあります。
    ・次に「弱者」という問題が、日常的にどんな現われをするかということに触れてみます。「朝日新聞」の9月22日の「ひととき」という欄から拾ってきましたが、ある女性が妊娠五ヶ月のときに体験した投書です。彼女は体調が悪く、シルバーシートに座っていた。右には疲れたサラリーマン、左には初老の男性が座り、そこに六十代の女性が乗り込んできて、席を譲ってくれと意志表示をした。座っていた女性が妊娠していたということが分からなかったわけです。すると初老の男性に「ここはシルバーシートだ」と睨み付けられ、あわてて席を立ったところで妊娠していたことが分かり、みんなうつむいてしまった。そういう投書です。つまり外見では「弱者」かどうかわからないことがあるし、シルバーシートは、それをホントに必要としている人に行き渡らないこともある。そういう例ですね。シルバーシートが必要かどうかは、小浜さんが本のなかでも触れられています。
    ・大阪の阪急電車では、全部シルバーシートにしたということも聞きました(笑)。これは一種のファシズムなのか、「わてらみんな、キツイんや」という(爆笑)、大阪人特有の諧謔なのかは分かりませんが、つまり「弱者」を意味付けるベクトルが錯綜している。弱者から「」を取るということがいかに困難であるか。逆に「」付きの「弱者」を、「」がないように語るというようなねじれがいかに深く潜行しているか。それが小浜さんの本の大きなモチーフなのではないかということを、最初に述べておきたいと思います。

    ■『「弱者」とはだれか』の10のポイント

    ここから少しずつ本の内容に入っていきたいのですが、一応ぼくなりに十のポイントと いうことでまとめてみました。
    ・まずこの本は@「弱者」を契機とした認識論であるということです。小浜さんの初期の本から接してきたものの感想として率直にいうと、認識論として、つまり原理としての迫力を持ち得た著作として久々の手応えがあった。十年ほど前に書かれた『可能性としての家族』『方法としての子ども』は生活実感を手にしつつも、まさに原理論として展開されたものだという感想を持っているのですが、その二著に劣らない原理的強度を持ちつつも、こちらの方は新書としての広がりも持っている。もう一つ言えば、先の二著が原理に求心するという性格を持つものだったとすれば、こちらは原理や理念にしばられかねないものをいかに解消するか。生活という時間を、そこからどう取り戻すかという着想がよく示されている。
    ・二番目はA戦後社会イデオロギー(民主主義・人権主義)批判であるということ。戦後という歴史の厚みを押し隠しながら、ポスト・モダンに集約されるイデオロギーに対する批判も含まれている。この@Aが大きなポイントです。これが幅を広げるかたちで以下の点が指摘できるだろう。
    ・B「平等」「個性」を批判しつつ、「普通の生活意識」「多様性」「複雑さ」「厚み」「多義性」「 感性的な膨らみ」等々のことばをクリッピングしてみたのですが、手触り的な時空感覚に どう戻るか、ということですね。
    ・Cは現代の平準化や自己決定、自己責任という態度に要請されるコスト意識です。それが明確に出ている。その明確さというものは、一方に社会の重層化というものがあって、それを否定していないということを示している。
    ・Dは「文学」つまり「言葉の文化」とか「芸術」、つまりそれらは人間の複雑さや多様性をしっかりと受けとめているものだということだと思うのですが、文学のもつ営みがはっきりと肯定されている。例えば『五体不満足』に触れた部分で、ここには文学が見当たらないというかたちでそのことが指摘されます。おっしゃる通り生活の総体性を受けとめるのは文学ですが、ここは半分賛成、半分異論あり、という感じです。文学とは逆に両義的なものを一義的なものに置き換えてしまうという面もあるわけで、そこが異論の部分です。
    ・それで『五体不満足』ですが、もちろんこれは文学ではないですね。つまり固有性の掘り下げを無意識に排除している。それから四百万部も売れたことで、公共化し、大衆化している。けれどもその分、障害を持つ人々の現実が歪んでくる面がある。それには抵抗しなければ、という意識はあるのですが、基本的には放っておいてもいいなという気持ちも半分あります。彼なりの天真爛漫さやあの軽い文体は、ぎりぎりの表情なのかなということですね。
    ・それからEは「歴史の流動的変化」つまり過去と現在をめぐる認識の不確定性に着目されている、ということです。ある時代のある概念や尺度という差別構造の枠組が、時代が移って行くなかで変わって行く。差別という線がなかったところに線が見えてくる。その点の記述は画期的ではないかと思ったところです。相対化される中で「」も取れて行く契機がある。このような流動的な考え方で世界に臨んでいるという姿勢は@の認識論という点にもかかわってくるところだと思います。
    。Fは自由に語るというスタンスです。弱者に「」がついてしまうのは閉塞感や心理的な抑圧があるからなわけですが、それをどう解くかということ。そして自由に語る責任意識というものですね。
    ・Gそれから「弱者」聖化や「カミングアウト」に対して、きわめて懐疑的であるということです。あえてなぜ白紙のグラウンドに線を引くのか。そこに生じる対抗関係に対して抵抗している。
    ・Hそれから現状認識として、差別や「弱者」は解消の方向にある、ということ。このことに対しては私もそう思います。たとえばテクノロジーのもたらすものが、人間的機能を補完してゆく面がある。ファックスは聴覚障害者に対して電話に代わる利便性をもたらし、櫻田さんもワープロというものを使うことで『「福祉」の呪縛』を書かれた。それから経済的な面で言えば、貧困としての「弱者」という存在も減少して行くだろう。こうしたことでインテグレート(統括)されうるということですね。
    ・I「弱者」から「」を解くことは相対化することである、ということです。つまり現実的対応を説くというスタンスが貫かれている。
    ・以上が『「弱者」とはだれか』を読んでの私が捕まえた十のポイントです。
    ・ここには入れなかったのですが、もう一つ、同和問題についての言及があります。
    …一部途中省略…
    ・もう一つポイントかなと思った部分を引きます。「『差別』と『蔑視・忌避・排斥』は厳密には同じではない。『差別』は必ず何らかのかたちで『蔑視』等を伴うが、『蔑視』等の中には『差別』と言えないものが含まれている」。つまりハゲとかブスというような、エロス的関係の中での符牒ですね。ここから「現代の『弱者』問題が、相対的なかたちでしか成立しないという『状況の現在』を指摘され、「新しい『弱者』とは、現代社会の中で一人の人間が持たざるを得ない多様な生き方のうち、ある特定の弱点に特定のし方で光を当てた時に浮かび上がってくる『ある側面』のうちなのである」。「多様な『相対的 弱者』だらけである」という部分ですね。ここもかなり画期的な言及だと思います。そし てここがこの本の総括的な部分ではないかと感じました。以上で終わります。

    ■差別における二つの視点

    司会 ありがとうございました。では議論に移りますが、まず櫻田さん、お願いできますか。
    櫻田 小浜さんのこの本を読んで、これは書評でぜひとり上げるべきだと思って「産経新聞」に持っていったところ、じゃあ対談をやりなさいということで実現したのが「『弱者 』をまつり上げることなかれ」というものです(「正論」1999年十一月号―佐藤註)。
    …一部途中省略…


    ■能力の問題と社会制度

    ■山内修 私立の中学高校の教員をしています。櫻田さんの本を読んでぼくが一番引っかかったのは、能力の問題ですね。櫻田さんは身体に障害があるから知的な部分でそれを補おうと、一生懸命やってこられたと言われていますね。大江光でも櫻田さんでもいいですが、能力のある人間はいいですよ。けれども能力のない人間というのは、障害者だろうが健常者だろうが、同じようにいるわけです。そのときにがんばれがんばれ、といっても、どうしようもないわけですね。
    私の甥はもう三十歳になりますが、普通高校に入れる学力ではなかったんです。そうす ると、障害者でも入れる私立高校に入って、そこを出た後、たまたま埼玉県の職員の障害者枠で採用された。櫻田さんの言うように、まさに制度に救われて社会生活を送ることができているわけです。けれども能力のない障害者はどうなるんだという問題を、ぼくは感じるわけです。
    ■櫻田 同じような質問をいつも受けるんですが、私が一番言いたかったことは、能力のあるなしに関わらず、障害者であるというだけで、お前はここから出ていけといわれてきたわけです。そういう風潮がまだまだあるもんですから、いや、出ていかなくていい、そう後ろから押してくれる理論がどこかにないとだめなんじゃないか、という気持ちがありました。
    ・それで能力の問題なんですが、能力のない人間はどうするんだと言われると確かにそうかも知れないのですが、問題なのは、能力があるかないかではないんです。障害を持つ人間の能力を開発するということが、これまでまじめにやってこられなかった。障害者を社会制度が支えるというのは最後の手段で、最後にはそうなるのかもしれませんが、こと個別の人に関しては、こいつは何がどこまでできるんだろうかということを考えつづけてほしいということですね。能力のない人はどうするの、と言ってくる人の中には、申し訳ないけれど、はじめから何も努力をしない人が多いもんですからね。
    …一部途中省略…


    ■「差別」はあってよいという思想と「ことば狩り」の問題について

    ■中山勉 中山と申します。小浜先生のご本を読ませていただいて、基本的に差別というものは善からぬもの、ネガティヴなものであるという認識に貫かれていると私には読めました。ところが、そもそも差別そのものがあっていいという思想もあり得るわけです。呉智英さんの引用が本の中にありましたけれども、あの方は日本の知識人の中で稀有な方で、差別そのものがあっていい、克服されるべきものでない、そういうスタンスです。そのことについて小浜先生がどのようにお考えかということが一点。
    ・もう一つは、この本のもう一つの軸として「言葉狩り」の問題があります。この問題を考えるときにいつも躓いてしまうのは、「言葉狩り」をよからぬものとして告発する論理は「表現の自由」です。そして「言葉狩り」によって救われている権利は「人権」なわけです。これは結局「近代」というたなこごろの上での闘いなんです。つまり「表現の自由」と「人権」という二つの原理の対抗ということになり、そのパラダイムからは抜けきることができないのではないか。この点についてはどうお考えか。これが二点目です。
    ■小浜 初めの問題ですが、呉智英さんは「差別もある明るい社会」だとか封建主義だとかいうようなひねりを加えた言い方で、近代のパラダイムを批判するというスタンスですね。ぼくは近代社会の一番の前提のようなもの、例えば平等とか自由ですね。その部分に対しては肯定しなければらないだろうという考え方です。そのことを前提としたときに、ぼくが言いたいのは差別を根絶するという発想ではなく、むしろ近代というパラダイムの中でこそ、差別が「差別」という重要な問題構成となったということです。
    ・従ってその受け止め方においては、ぼくと呉智英さんは同じだと思うのですが、それをひねりといいますか、搦め手でやるというようなやり方では、ぼくは限界があると思っているわけです。その論理は、差別をなくさなければいけないと考えている人たちにとって、多分届かないという気がするんです。ですから、ぼくが、差別は絶対になくさなければいけないと考えているかといえばそうではなくて、ことばを届かせるぼくなりの戦略なわけです。ただ、「近代」という原理の内部では、中山さんの指摘されるとおり、差別はいけません、そう言っていると思います。
    ・二つ目についてですが、二項原理の対立として抽象的に捉えているあいだは、出口というものは見つかりません。問題が立ちあがる個別の事情というものがあるわけです。例えば「言葉狩り」の問題にしても、筒井康隆の『断筆宣言』とてんかん協会の対立がありますし、柳美里の「石に泳ぐ魚」のプライバシー裁判の問題もありますね。つまり一つ一つに違いがあり、その違いというものをよく見て行くこが大事だとぼくは言いたいですね。
    …一部途中省略…


    ■「弱者聖化」の問題

    ■由紀草一 高校の教員をしています。評論も書いており、宣伝させていただきますけれど『思想以前』という本を出しました。それで、「弱者聖化」の問題をもう少し議論できないかなと思うんです。『五体不満足』のなかに、ここはどうかと思ったところがあるんです。それは身障者が世界の救世主になる、という件がありましたね。小学校のときの担任が、お前がいたからこのクラスはすばらしい。他人に対する思いやりに満ちたクラスになったという部分ですね。
    ・それを突き詰めていうと、世の中には弱者が必要なんだ、身障者がいなければ、人に思いやりは育たないんだ、ということを彼は言っているんですよね。意識していないとは思うのですが。それはまずくないですか。つまり、戦争犯罪を成り立たせるために、居もしなくなった戦争被害者を探し出して連れてくるという発想と同じになりませんか。
    ■小浜 でも、弱者がまったく居なくなったら、思いやりも必要なくなりませんか(笑)。
    ■由紀 そうか、そう言われれば、そうですね(笑)。
    …一部途中省略…


    ■差別的表現を巡って

    ■添田馨 宗近さん同様、佐藤さんの雑誌に批評を書かせてもらっている添田といいます。差別語の問題なのですが、私もテレビ新聞が自主規制することに憤懣を持っておりましたが、この本の「言語生活の貧困化」という部分で触れてくれたことに対して、たいへん痛快感をおぼえました。小浜さんも書かれているように、テレビや新聞の言語は「私たちの日常意識を窮屈なおびえに駈り立て」るわけです。じゃあどうしたらいいのかと。あることばを差別語として自主規制する。しかし自分がものを書く現場において、この表現は必要である。しかしそれは差別語であるが故に書けないと。そのときにどういう闘い方ができるのかということですね。表現行為のなかで闘うのがスジなのか、あるいは筒井康隆の『断筆宣言』のように、外で闘うべきなのか。そこにはさまざまな選択があるでしょうが、小浜さんのスタンスをお聞きしたいんですが。
    ■小浜 それは問題を限定をした方がいいと思うんですね。このことばは表現の必然上使う必要があると感じたのであれば、それは発表すべきだとぼくは思いますね。そのリアクションに対して、こういう必然性があったと明かにする。つまりそれは問題を投げ出すという意味でも重要なことであって、やる意味はあると思います。ただ、その必然性というのも、自分のなかでそれほど自信のあるものではないというのが、表現の現場のリアリティかもしれませんね。だからそこは思い切るしかないんですよ。
    ・それをやったのが、径書房の『ちび黒サンボ』の再版です。「黒人差別をなくす会」が当初あれほど訴えて阻止しようとしたにもかかわらず、今回はまったくなしのつぶてだということですね。ですから径書房の編集者は、てぐすね引いて待っていたのに、なんだと怒っていましたね(笑)。
    ■櫻田 私は、おおいにやれという方なものですから、けちなことを振りまわす人が多すぎると思うわけですよ。自分に波がかからないようにという前提でしかものを言っていませんからね。シェイクスピアの本なんて差別語のオンパレードでしょ(笑)。
    ■山内 そうした書き手の自己主張もあるでしょうが、でもそこには消費者との関係も大きなファくターとして入ってきませんか。商品なわけですから、売れなければしょうがないですよね。
    ■小浜 でも過剰に配慮していることがあって、投げ出してみたらそうでもなかったということもあり得る分けですよ。商品としても成り立ち、しかもクレームもつかなかったということが。
    ■黒岩久雄 佐藤さんと同じ仕事をしている黒岩といいます。差別語の自主規制についてですが、ぼくは「びっこ」ということばを聞くと、今でもビクっとするんですよ。生育史のなかで、そのことでいじめられたということはないんだけれども、ちょっとだめなんですね。小浜さんの言われるように、おおらかな受け止め方を期待していいということも分かりますし、櫻田さんの言われるように、おおいにやれということも分かります。そこには強い人弱い人という資質の差があるということなんでしょうが、現実の感覚としては不快感を覚えてしまう。自主規制の根っこには、そのへんへの配慮もあるのではないでしょうか。
    ■小浜 当事者にとってどうかと言うことですね。そこは微妙ですね。微妙な話ですけれども、そのビクっとくるというのは時代がここまで過敏になったから、当事者もその空気を感じてビクっと来るということになっているのかもしれない。そういう要素もあるかもしれないということは、指摘しておきたいわけです。三十年前だったらどうだったろうか。それはもしかしたら違うのかもしれない。
    …一部途中省略…


    ■差別語は消せるか

    ■滝川一廣 精神科医の滝川といいますが、いいですか。いま精神に障害のある人という言い方にしたらといわれたんですが、障害ということばを使わないでくれという精神障害者の方はたくさんいるんですよ。そうすると今度は障害ということばを消して行くことになりますね。
    ■司会 私の学校の運動会のプログラムからも、障害走ということばが保護者の要望でなくなりました。
    …一部途中省略…


    ■関係性への配慮性とことば

    ■司会 小浜さんの本のポイントの一つに、関係の配慮性という問題がありますね。ぼくは黒岩さんとは付き合いが長いですが、ときには関係が悪化して、険悪な雰囲気になったりしたこともあるけれども(笑)、バカ言ってんじゃないよ、みたいなことはお互いに言うけれど、びっこなどという言葉はまず使わないです。彼の方も、このハゲのくせに、とは言わない(笑)。そのことばを使ってよいかどうかではなく、関係の配慮性への感度をどう作って行くか、どう広げて行くか、そちらの方が大事なんでないかという気がするんですが。
    ■中山 その通りです。そのことが、表現の自由をときには制限しうることもある、ということですね。

    ■司会 …あまり時間もなくなったのですが、他にどなたか。


    ■囲い込まれる「弱者」と内なる「弱者」

    ■滝川 学生時代読んだ本なので記憶が違っているかもしれませんが、田川健三さんが遠藤周作に対して批判を書かれたこがあったのですが、それは弱者批判なのです。どういうものかといいますと、人間というものは主観的にはいくらでも弱者であり得る。けれども客観的にあるいは社会的にはいくらでも強者であることもできるわけです。それで社会的には強者でありながら、内面の弱者性にもたれかかるというのはずるいじゃないか、というのがその要点だった記憶があるんですね。そのことを、小浜さんの本のタイトルを見たときに思い出したんです。つまり田川さんの批判の延長にあるものではないかということですね。女性は弱者であるといいながら、客観的にはたしてそうなのか。弱者性を強調することによって何かを歪めてしまっているんではないか、というのがこの本の一つの軸ですね。
    ・もう一つは、当然「弱者」ということばがキーワードなわけですが、女性、知的障害者、身体障害者、被差別部落の人々、同じ弱者とはいってもそれぞれが違うわけですので、問題の克服のし方はそれぞれ個別にあるということがもう一つの軸かな、と読んだのですね。
    ・それで、さきほどことばの問題が出されていましたが、ことばに傷つくといったらそれは避けるべきだということは、そこでは傷つく人は自身を弱者だと感じている、だから周りがなんとかすべきだ、と考えるべきなのか、いやそういうけれちど、あなたは結構強いよと言っていくべきなのかということですね。
    ■小浜 まず本人が、自分は弱者であると声を上げるわけですね。そのことをそのまま聞いてしまうと、たた一人の人が傷ついたということで、検討されないままにそのことばを引っ込めてしまう、ということはあるわけですね。声を上げるということは大事なことなので、誰かが声を上げたら、本当にそうなの? ということをもう一度考えてもらう契機を周囲の人間が提出することは大事なことですね。それをしないと、おかしなことになるんですよ。例えば「片手落ち」の話が出ていましたが、あれは「片手・落ち」ではなく、「片、手落ち」つまり一方に手落ちがあるというのが本来の意味なんですね。それを代理糾弾的に、身体障害者への差別である、といってしまっているんですよ。ちゃんと検討すべきだ、と思いますね。
    ■櫻田 私は、体の一部を使ったことばを消してゆくと、使えることばというのはどんどん狭くなってしまいますね。日常的に使われてきたことばはそのまま踏襲すべきだと考えますね。
    ■司会 はい、だいぶ長時間に渡って議論を続けてきました。小浜さん、櫻田さん、最後に何か。
    ■小浜 いやとくに。きょうはありがとうございました。
    ■櫻田 もういいんだけど、じゃあ一言だけ(笑)。私はいま書いている次の本は福祉ネタなのですが、そこでアメリカのエリック・フォッファーのことばを引用しているんです。それは「強者は腐敗する、としばしば言われている。しかし弱者もまた腐敗する」というものなんですね。ここはきちんと考えないとダメなんで、弱者が弱者のままに甘んじ、そこで満足しているという構図は、私には健全なものだとは思えないんですね。たとえいまの立場が弱者であっても、やはり将来は強者であることを目指しなさい。そうしないと弱者もまた腐敗する。
    ・けれども、強い立場になったら、弱者がしっかりと生きてゆかれる社会を作って行く責任をもってほしい。そういうように社会が回って行けばいいんではないかと、私は思っています。
    ■司会 はい、櫻田さん、小浜さん、きょうは長時間ありがとうございました。
    (1999・10・24 第二回「しょ〜と・ぴ〜すの会」の討議に参加各位の加筆修正を経て掲載しました。櫻田さん小浜さん始め、各位のご協力に感謝します。)


    「思想以前」座談会【出席者】由紀草一(コメンテーター)滝川一廣(司会) 添田馨(報告者)小浜逸郎 夏木智 山内修 佐藤幹夫鳥居明久 黒岩久雄 小浜稔【掲載誌のNO】21 

    ■司会(滝川一廣) きょうは由紀草一さんの『思想以前』(洋泉社)を取り上げます。ではまず添田さんから。

    ■個人主義と倫理

    ■添田馨 由紀さんの本の報告を「思想以前の思想」とまとめてみましたが、『思想以前』というタイトルと「ちっぽけでつまらない自分」という帯のコピーは、私にはピンとくるところが多かったわけです。自分が何かになりたい、何かにならなくてはいけないという切迫した生き方があったとして、何らかの「正しさ」「真実」などにコミットすることが、特にオウム以降、とても難しくなっているという感じがあります。正しさは大きな過ちにつながるのではないか。誤らない保証はどこにあるのか。それが見えにくいわけです。
    ・思想がコミットできる対象をなくしたとき、一回思想以前という地点に立ちかえって、 思想とは何かを探っていく。この本のモチーフはそこにあるのではないかと感じたのですが、ところが、一方では、正しさへののめりこみ方は、極端なかたちでいまも進行している。じつは先日、「新しい歴史教科書を作る会」のシンポジウムを覗いてみました。どういう人たちが来ていて、どういう雰囲気になるのかを、是非見てみたかったのです。広い会場だったのですが、アリーナ席はいっぱいになるくらい人が集まっている。客層は三十代四十代の人は少なくて、五十代くらいの人と二十代の人とに極端に別れるのですね。帰りのバスのなかで若い人たちが話しているのを聞いていると、とても感動している。なんなんだろう、こののめりこみ方は? という感じだった。
    ・それで、本に戻りますが、この本はまさに倫理について語られたものです。そして繰り 返し語られていることが「このさい肝心なのは、安直な答えに飛びつかないことです」という一節です。特に若ければ若いほど性急ですから、それは大変難しいということになります。同じことを「一定の答えがないからこそ、私たちは、いつでも新たな体験ができるし、生きる意味を絶えず新たに産出することができる」。これが由紀さんの考える「倫理」の基本だとも書かれています。
    ・それで第一章「個人主義は正しい、が…」ですが、個人主義を巡る考察はこの本全体の 重要なポイントです。極端な理想主義の対極としての個人主義は正しい、つまりオウム真理教のようなものにコミットするよりも、個人主義の方がいい。ただし、個人主義からは他人との結びつきが出てこない。ここが大きな問題です。しかし自分を特権化するのも危ない。
    「倫理は個人に宿る」と由紀さんも書かれているわけですが、個人以外、倫理や公共性を担う器はないと私も最近強く感じています。公共的であることと倫理的であることが、日本の社会ではうまく実現されにくい。ロック歌手の忌野清志朗さんが「君が代」をCDにして発売しようとしたところ、レコード会社は販売を自主規制した。これは企業の論理としてはよく分かるわけです。突出したことをやることによって物議をかもし、批判されることを自主規制する。つまり公共的なものに反しているという企業の判断ですね。企業という営利団体に公共的なものを担えということが無理なのかもしれません。公共的であろうとすると、閉鎖的な共同性に足をすくわれてしまう、そういう例なわけです。
    ・実は由紀さんも、共同性こそ倫理の根源だと第五章で書かれている。この共同性という ことばですが、私は否定的なニュアンスを込めて使っているわけですが、由紀さんは少し違っている。 それならば、個人主義というものが、日本に成熟したかたちで定着しているか、という ことは小林秀雄以来論じられてきたことです。しかしそれはどうもあやしいというのが現状だと思うのですが、個人や自己というものは確立したものというより、どちらかというと「無」に近いのではないかというのが私の感想です。個人というものを掘り下げて行っても何も生まれてこない。それならどこに生きる意味を見出すかというと他者との関わりの中にしかない、というように由紀さんは論を進めていきます。「『他者』を完全に消去することによって『他者』の問題を完全に解決するとは、要するに自殺することなのです」というドキッとする一節もあります。論理的には飛躍しているですが、その意味するところはストレートに私に入ってきました。これはこの本の中で何度も反復される主題です。


    ■「ちっぽけな自分」と「ヒーロー」

    ・第二章は「『自分』はどこまで進化したか」とタイトルされていますが、個人主義を担 う主体である「自分」の問題へと入って行きます。ここでは「おたく」が批評の対象となっており、昭和三十五年生まれ以降の世代は、確実にそれ以前の人たちとは違ったベクトルを持っている、そういう感じを私も持っていました。簡単に言えば、社会に向わないんです。由紀さんは、消費が全面に出てきたがゆえの現象であると押さえているわけです。つまり、どこにでもいる人間の一人にならないための戦術がおたくであるということですね。それ以前の世代のキーワードが「反抗」であったとすれば、この世代は「逃走である」とまとめられている。
    ・三章はヒーロー、つまり個人に対して意味を供給する側についての論及です。ヒーロー が現在どんな存在となっているか。その時代背景として、自分の存在を意味のあるものとして実感したい。これは時代を越えて言い得ることです。ヒーローとはカリスマと言っても同じでしょうが、現代のカリスマは、メディアによって生み出されるところに特徴がある。宣伝戦略をカリスマたちは考えるわけですが、それに取り込まれる人間が必ず出てくることになる。そしてストーカーのような存在になる人間さえ出てくる。現代のヒーローは、そのような悲劇をみかねないことがジョン・レノンを例にして書かれています。 この章で私が一番惹かれたのが「平凡さを『よい』と言えるだけの根拠を、我々は持っ ているか? 神を持ち出さず、普通の人間の生を肯定する思想か価値か物語を、我々は見出す必要があるのではないか」という一節です。これはまさに究極の問いであり、それを求めて現在も思想的な営みが行われているわけです。
    ・そして第四章は環境問題になるのですが、ここで由紀さんは面白い書き方をしています 。ヒーローの物語を解体したとしても、最後の伏兵が残っていた、それが環境問題だというわけです。思想のポジションとしてエコロジーはどこに位置付けられるのか。それは非人間中心主義の思想だということです。つまり非人間中心主義が倫理と結びつくことによって、宗教のような道筋を示す。この章は権力の問題を扱っているのではないか、というような受け取り方を私はしたのですが、例えばこんな件があります。「全員が生き延びる ためには、何らかのルールを決めて、従わせるしかないのです。ときには個人の不平をむりやり押さえなければならないのですから、そこには何らかの力が必要となります」。こ の力とはまさに権力ということになります。
    ・ところで、非人間中心主義の思想は、いうまでもなく資本主義の原則に対立するもので すね。資本主義の原則とは、他人に迷惑をかけない限り、どんな営利でも追求することができる、何をしてもよいというものです。けれども、いまエコロジー自体が一つの大きなビジネス市場になっているわけです。
    ・四章が権力の問題だったのに対して、第五章は文化の問題になっています。つまり社会 に先んじて個人はないということです。これはこの本の最初のテーマだった個人主義はどこへ行くのかという問いに呼応しています。社会のどこに価値の中心や原理があるかというと、それは伝統であると提出されています。ここは難しいところです。しかしそれが伝統主義や保守主義というようにいったんイデオロギー化してしまうと、これもまた重大な矛盾を孕む。これが第五章の軸です。
    ・ではイデオロギーとは区別される伝統とは何か。「理屈以前に、日本で生まれ、日本で 育つうちに、知らず知らずのうちに身につけてしまうもの」であり、「私という人間を形づくっている最も重要な要素」であるが、「それ自体良くも悪くもない」ものだと書かれてい ます。この良くも悪くもないものだという点が重要だと思います。そしてこの後に「共同 性こそ倫理の根源」であり「共同性の危機は、保守主義より何より先に、個人主義の危機 であるはずなのに、そう実感できないのも、当の個人主義がまだ未熟だからです」と論を運ぶわけです。そして「守るべき価値は、個人に内在しているのではなく、いつも、かかわり合う他者との『間』にしかあり得ない」と結び、これは問いの始めでもあり、結論ともなっています。
    ・それで「ちっぽけでつまらない自分ではいけないのか」ということについてです。それで いいんだということなるのでしょうが、自分にはどんな価値があるかという問いを、価値があるのは自分にではなく、他者との関わりにおいて考えるというように言い換えていますが、そこは多分今日の議論の中心になるところだと思います。以上で終ります。

    ■倫理について

    ■司会 ありがとうございました。どなたか、質問があれば。
    ■夏木智 いいですか。倫理とは具体的にどういうものだと考えていますか。
    ■由紀草一 まあ道徳ですね。
    …一部途中省略…
    ■小浜逸郎 こういうふうに考えればいいんじゃないですか。倫理も道徳も英語でいうとモラルになるかもしれませんが、倫理学はエシックスですね。つまり倫理ということばは、古典化した道徳律と同義である部分と、なぜそのような道徳律を作ったのか、なぜこれに従わなければならないのか。そういう根拠を考えることも、倫理的な問題なんですよ。問題として倫理というものを対象化したときには、道徳そのものの根拠を考える志向性を持つので、道徳よりも内包するものが広いといっていいんではないでしょうか。
    …一部途中省略…

    ■若い世代に思想は届くか

    ■夏木 話の途中なんですが、由紀さんは高校生の頃から思想や文学に関心を持たれていたんですか。皆さんは、どの時期にお目ザメにられたんですか(笑)。
    ■小浜逸 高校生くらいの時期は、思想の世界を踏破してやろうというパーステクティヴヲもって読み始めるということはないと思うんですよ。自分の中にもやもや抱えていて、多様で多元的な動機から読み始めると思うんです。あるいは、おれはあいつとは違うんだというヘンなプライドを保つという不純な動機とかですね。そういうことで入って行くと思うんです。それが思想の問題として感じられるまでには時間の開きがあって、もし思想が本当に問題になるとすれば、二十五歳から三十歳の間、そうぼくは言い切ってしまいますね。
    ・もう一つ技術的なことを言いますとね、この語り口は一見読者へのサービスの現われのように見えますが、由紀さん独特のモノローグが喚起されてしようがないんですよ。です、ます調を使っていますが、それが本当に内容と形式ともに若者に届くようにするには、何かもう一工夫いる。自己循環するところを壊してもう一つ向こう側の立場に立つという文体の工夫が必要だったんじゃないかという気がするんですよ。
    ■佐藤 ぼくが言いたかったこともいま言われたことと近いんですが、小浜さんはサービス精神や技術と言われたけれども、それ自体が思想なんではないかということですね。例えば竹田青嗣さんの文体がありますね。特に哲学入門について書かれたものをイメージしているんですが、哲学の根っこをしっかりつかまれていて、しかもきわめて平明に語りかけてくる。そういう文体ですね。ぼくは哲学はまったくダメで、挫折体験がほとんどだったのですが、でも竹田さんや西研さんの文体は、哲学がダメなぼくでも、強くそこへ入って行くことを促してくる。そういう力を持っていると思うんですよ。その核心が何によってなされているかはうまくことばにできないのですが、単にサービス精神や技術の問題だけではないですよね。
    ■小浜逸 そうですね。違いますね。面倒なのでサービス精神と言ってしまっていますが、違います。本当はそれが思想それ自体なんですよ。
    …一部途中省略…

    ■個人主義はどこで社会とつながるか

    ■司会 それではこのへんで、また内容の方に話題を移しましょうか。
    ■山内 個人主義がどこで社会とつながるのか、という由紀さんの問いですね。加藤典洋と竹田青嗣も同じ問題を扱っていて、二人で往復書簡をやって『二つの戦後より』という文庫になったり、加藤典洋はそのテーマを『敗戦後論』から『戦後的思考』へ引継いでいますね。『戦後的思考』は西洋近代から問題を始めていますが、加藤自身、どうも出口を見つけていないという気がしてしようがないんですね。由紀さんの本にもやはりそれが言えて、答えは要らないけれども、このあとを考え進めるヒントくらいはあってもいいじゃないかと感じたわけです。その点いかがですか。
    …一部途中省略…
    ■小浜逸 他人に迷惑を掛けない限りは何をしてもよいというのは資本主義の原則ですね。それはエゴイズムの肯定ですね。それぞれのエゴイズムは肯定するけれども、人間は社会の中で関係を作るわけですから、エゴイズムが衝突したときに摩擦や葛藤が生じる。それを調節するために共同体の方や制度を政治議体を作り、国家として立ち上げる。近代はそうなっていますね。
    ・けれども日本の社会の中での生活感覚としては、倫理というものが最低限リアリティを持つのは他人に迷惑をかけない限りというところにしかないんですよ。そうすると大文字の共同体というものに対して、自分がそこにつながっているという現実感は持てないですね。じゃあそれだけでいいのかという問いが次に出てくるわけですが、社会秩序がおかしくなって、結局は自分を壊すことになってしまう。由紀さんの本が意味をもつとすれば、そこですね。
    ・西洋近代でも、ホッブスから始まってルソーもヘーゲルも、同じことを考えたと思うんです。問題は、私利私欲でもなんでもいいのですが、自分の感覚を大事にしつつ、ルソーのいう一般意志のようなものを想定できるとすれば、それはどういうものなのか。個人の自由の実現と共同体の秩序というものが矛盾しないような考え方を、つまり共同体の秩序があるからこそ、むしろ個人の自由が守られるという思想が、我々の時代に即したかたちで提出できればいいわけです。


    ■倫理とルール

    ■鳥居 いまの小浜さんのお話を、最初にぼくが言ったことにつなげるんですが、倫理が関係性の問題だと考えた場合、価値的なものをこめるから、理想主義のようなある絶対性を帯びてしまうことになるんじゃないか。それで、倫理の横に「ルール」ということばを置けないか。「他人に迷惑をかけない限り」といったときの「迷惑」をルール化する。そこから公共的なものが立ちあがっていかないだろうか。
    ・由紀さんは、個人主義は人と人とをつなぐことはできない、と言ったけれども、必ずしもそうではないだろうとは考えられないか。私利私欲と倫理とルールをどうつなぐかという問題ですね。倫理からルールだけを取り出すといいますか、もしそういうことが可能であれば、あるいはうまくつなげることができるような気もするんですが。 …一部途中省略…

    ■小浜逸 現在あるルールの体系が大多数の人間にとって、個人の自由を奪っているという感覚が普遍化するならば、それをさらに編み変えて行く。それが無限に続いて行くという運動こそ人間的な営みであり、それでいいんではないでしょうか。例えばヘーゲルはその究極の目標を「国家」と言ったわけです。
    ■夏木 基本的には小浜さんの言う通りだと思うんです。ただ、ルールというものに対して、全員が納得することは不可能ですね。
    ■小浜逸 それは不可能ですね。
    ■鳥居 もう一つ、ルールで人が生きていることの意味が与えられのか、という問題ですね。
    …一部途中省略…



    ■「ちっぽけな自分」という意識

    ■夏木 さっきルールで人間は救えるはずがないという由紀さんのお話があったんですが、「ちっぽけな自分」というものを強く意識する自意識は、社会状況によって生みだされたものですね。どうして今そういう意識を持つ人が多くなったのかという問い自体のほうが、この問題の解決には有効なのではないか。
    …一部途中省略…
    ■佐藤 「平凡さをよいといえるだけの根拠を我々は持っているか」という由紀さんの本の一節がありましたね。小浜さんの『正しく悩むための哲学』だったと思うのですが、その本の中で、身近な他者とうまくやって行けるかどうか。社会的な役割を担っているという実感を持っているかどうか。その二つがクリアできれば、なんとか人生は生きて行けるものである。熟慮の末にその結論にたどり着いたんだということが書かれていましたよね。由紀さんの本を読みながら、その二つのことがずっと反響していたのです。 つまりぼくもときに、「ちっぽけな自分」という圧倒的な実感に襲われて酒の量がやたら 増えたりするわけですが(笑)、でもそうではないですよね。
    …一部途中省略…

    ■「他人に迷惑」をかけることとは

    ■鳥居  それで話題を変えたいんですが、いいですか。
    ■司会 ええ、もう自由にお願いします(笑)。
    ■鳥居 「他人に迷惑をかけない限り何をしてもいい」という言い方が出てきましたね。「他人の迷惑」というものをもう少し考えたときに、例えば授業中に喋っているヤツはおれの迷惑なんだと。つまり「迷惑」というものが物理的な、狭いものとして受け取られているから、個人主義も厄介なものとして受け取られることになりますね。もっと広く受け取ってもいいんじゃないか。
    ■由紀 いや、それは危険ですよ。そんなことを言ったら、逆にそんなことをいわれることこそぼくの迷惑だと言われますよ。
    ■鳥居 そしたらお互いの迷惑なわけですから、ルール設定をしなければならなくなりますね。
    ■由紀 でも、ルールは絶対に共有しません、というでしょうね。そのルールをどうやって設定するんですか。
    ■鳥居 ルールとはある面で数量化できるところがあるから、それで決めてもいいんじゃないですか。例えば百人いて九十人が嫌だと感じている。そしたらその九十人に、なぜ利があってはいけないのか。
    …一部途中省略…
    ■小西一也 個人主義とは他人に迷惑をかけないかぎり何をしても自由であり、と書かれていますね。でも真の個人主義は、他人に迷惑をかけようと何をしようと自由であり、ということにはならないですか。個人ということばを使っていることは、そこですでに他者が存在するわけですし、そこから迷惑というものも他者と個人の間では共通なものだということになりますよね。
    ■鳥居 そうそう。ですから、この本では利己主義ということばは出てきませんね。個人主義は利己主義とは違うものとして考えられているわけですよね。 小浜逸 迷惑という言いまわしが、個と個の物理的な衝突ということだけでイメージされがちですが、人間関係を決めているのは、悲しむ人がいるということが大きいですよね。相手が悲しむとこちらも悲しくなってくるとか、荒れるとこっちも荒れてくるというような、情緒的なつながりを通して関係性を作っていますね。その部分をうまく表現できないから、迷惑をかけない限り、という言い方に違和感を覚えるんだと思うんですよ。逆に言えば「他人に迷惑をかけない限り」というのは、便利なことばなんですよ。熟している面もあれば、悪い面もあるんです。どの立場から使っても都合よく使えるわけですし、それに対して反論がしにくいという面もありますね。
    ■由紀 ただ、個人主義者としては、最初に「他人に迷惑をかけない限り」という前提を置くことは必要なんですよ。
    ■小浜逸 その通りだと思います。でも必要条件であっても十分条件ではないんですね。
    …一部途中省略…

    ■司会 ちょっとまとまらなくなっていますが(笑)、では時間ですので、そろそろこのへんで終りましょう。
    (2000年1月22日 しょ〜と・ぴ〜すの会の討議を掲載しました。由紀さんはじめ、掲載をご了承いただいた皆さんのご協力に感謝します。)


    『差別問題』とは何か・【著者】高野幸雄【掲載誌のNO】18 (2002/02/18)

    『樹が陣営』バックナンバーを読んで発見した「今でも役立つ論考」を紹介したいと考えていました。しかし、HPにその全文を掲載するのが難しいので、核心部分だけを、できるだけ短くダイジェスト化して紹介します。その第1回目が本論考です。この高野さんの書かれた「『差別問題』とは何か」を読んだ時、陳腐で使いすぎの言葉ですが、文字通り「目からウロコの落ちる」思いがしましたので、是非いつか紹介したいと考えていた論考です。紹介者の一存で、本文中のキーワードを<太字>にしておきました。以上 (mori)


    @はじめに:差別の歴史
    ・差別の歴史は長い。しかし注目すべきことは、それまでローカルな問題であった差別が「社会的潮流」にまでなったのは、わずか30年程前(60年代から70年代にかけて)からだということである。つまり、高度経済成長政策が成功して、先進国並みの「ゆたかな生活」が実現されるまでは、差別は社会総体の問題としては、殆ど注目されて来なかったのである。 ここで問題になるのは、『差別』という視点は、果たして歴史的に同一の事柄を指しているかどうかということである。

    A差別という日常的経験
    ・野間宏は『差別その根源を問う』の中で、被差別の自覚を‘反差別の意識(理念)’に求めている。しかし、苦痛や屈辱としての差別が、そういう理念以前に、日常的な生活体験として存在しなければ、社会問題となり得るはずもない。例えば、あの狭山事件の石川被告にとっては、部落民という差別も、当初は自覚が無く、決して、屈辱でも苦しみの経験でもなかったという事実である。
    ・こういう状況を前提として、山下恒男は『差別の心的世界』の中で、「差別であるかないかを決める客観的基準など存在しない。」と書いている。しかし、差別の定義などしなくても、少なくとも被差別者にとっては、どのような事態をさして『差別』と呼ぶかが経験的に承知されているのも事実であろう。
    ・では、どういう状況の中で被る苦痛や屈辱が『差別』として経験されるかは、明らかにされていない。

    B差別と差異
    ・実際には、差別に対しては、「奨励される差別」と「否定すべき差別」に分けられている。前者は「差異」と言い換えられ、学力や才能などを典型とする能力的差別をあてている。後者には、現に社会問題化している種々の差別が取り上げられている。そこには、「自然」に基づく差異は不当でないが、人為に基づく差別は不当である、という判断があるようだ。
    ・つまり、差別を認識する私たちの経験は、人権思想に育まれ、自由や平等の理念に照らして了解されてきた歴史をもっているということだ。そこでは、差別は、不当な不平等として理解されてきたと言えよう。

    C差別の不当性の由来
    ・では、何故、差別が不当なのか。ここに「差別の不当性は社会の側ではなく、人間の悪意によって生じる」という点を重視したA・メンミと竹田青嗣の説があるが、それによると、差別は「正当化された利己主義」であることになる。
    ・しかし、正に、そこにこそ「差別の心性それ自体をいかに殺していくか」という課題の困難がある。その困難さの理由は、「差別においては、明確な被害意識はあっても、たいていは、加害意識が欠落しているから」である。A・メンミも竹田青嗣もあくまで、加害の側(差別者)からのみ考察しているのが不備な点である。
    このように、差別者と被差別者を、加害と被害の因果関係で結合することは、差別問題への伝統的理解であるが、逆である。つまり、差別の体験とは、苦痛や屈辱を味わうことであって、それは差別者ではなく、あくまで被差別者の体験なのである。従って、差別の意味は、被差別者の存在からから導き出されなければならないはずである。
    ・竹田青嗣は自身の差別体験をもとに、『差別と言うことば』の中で、「朝鮮人だから部屋を借りられないというルールもない。無いにもかかわらず、なんとなくそれをするのに、こっちも抵抗があり、向こうにも何か白い目で見ているのではないだろうか、という感じがいつもある。そこに圧迫感があるんです。その圧迫感が被差別感の一番中心になっているものではないだろうか」と書いている。実際に差別があっても無くても、その背後にあって彼等を脅かし不安を掻き立てる‘他者のまなざし’が問題なのである。

    D圧迫感の正体
    ・一つの結論を言えば「丁度物体がそこにあるように、差別的関係が社会的事実として、存在している。」ということである。
    差別的関係は、人間と人間の間に、不可避の関係として存在している。他者と関係する以上、だれもこの関係から逃れられない。この関係の客観性は、ルールの様に自己の外部に対象化されているのではなく、内面化された「社会的自己」として作用している。社会と関係するということは他者を媒介として、この内面化された「社会的自己」と関係することになる。それゆえに、被差別者は社会の中で生きようとすれば、不断に、自分の内面から響いてくる「圧迫」を感じざるを得ないのである。差別・被差別の関係を生み出す「関係」がここに存在するのである。
    ・従って、差別ではなく、それを単なる差異として認識するためにこそ特別な注意や努力や親密さ(慣れ)が必要となるのである。差異が差別に転化するのではない。人権思想によって差別を差異へと転化する努力が要請されてきたのである。

    E価値の秩序としての差別
    ・差別が価値の秩序に基づくものであるから、この「圧迫感」は、下層階級としての「劣等意識」から来ると考えられる。良い例とは言えないが、たとえば、土方や用務員や清掃業者などに、この「圧迫感」は無いであろう。それは、土方や用務員や清掃業者という職業が彼の一属性にすぎず、嫌なら仕事を変われば良いだけの話であり、在日や部落民のような運命的な「負い目」はないからである。あるのは、ただの劣等感だけである。運命としての「決定的な価値付け」がなされている訳ではないのである。
    ・学歴が無い者は、社会的には低く評価されていて、就職先も給料もそれに対応している。彼等はその社会的能力で選別され、現実社会を構成する価値の秩序の中に組込まれている。
    ・翻って在日に対する就職差別があるとすればそれは何を意味するのか。あるいは部屋を貸さない大家がいることは、何を意味するのか。結論を言えば、それは「価値の秩序」から除外されていることである。
    ・学力や職業適性による能力差別は、自由と平等を実現する社会過程として、また各自の生を肯定する自然過程としての理解がある。だが在日や部落民は、「価値の秩序」から除外されているということで、欲望を禁じられているのと同じである。存在そのものが否定されているのと同じである。そこでは「運命」という言葉を使わざるを得ない様な自覚が生じるのである。

    F生の欲望としての差別
    ・さて、差別の根本現象が、元々人間の自己中心性に基づく生の自然過程にすぎない。なぜなら、私達の世界に寄せる関心は、食物の好き嫌いからして、すでに差別的なのである。差別は生の欲望に基づいているのである。

    G差別と高度経済成長社会
    ・はじめに述べたように、差別が大きな社会問題として広がったのは、高度経済成長期である。この時期、人口の都市集中化が始まり、生活形態は均質化し、共通の価値に貫かれた「ゆたかな社会」の出現を見たのである。この均質で合理化された社会では、例えば、女性は非力な存在であり、障害者はたんに欠損を抱えた者にすぎなくなり、歴史的/文化的に意味付けられた支えが崩壊することによって、彼等自身の存在に意味を見出せなくなったということである。

    H標準タイプと規格外れ
    ・E/ゴフマンは『スティグマの社会学』の中で、「社会生活の不可欠の条件の一つは、参加者全員が一組の基準的期待を分有する。その基準は理想という形をとり、それに照合すると、殆ど全てに人が、いずれかの場面で不足していることになる標準をなしている。」と述べている。この文章の意義は重大である。何故なら、これまで、部落民、在日、障害者等のすでに「社会問題」として取り上げられた項目だけが差別の実態を表しているのではないからである。問題は、世の標準という「視覚」に対して自己を提示しなければならなくなったために、吃音、方言、ハゲ、ブス、老醜など、そうした標準タイプからのわずかな規格外れが。極めて大きな「圧迫感」をもたらすようになったということである。
    ・この規格外れは、家庭内では問題にならないが、他者に対して自分を常に「ある記号」として提示しなければならなくなった、この近代高度経済成長社会においては「圧迫」となる。この「社会」に存在するとは、他者の関心をひくような欲望の対象とならざるを得ないということである。一人一人がどこかで共通価値としてのこの標準タイプに照合して、自らをひとつの記号として提示する普遍的社会こそ、近代高度経済成長社会があ達成したものであったのだ。
    ・あらゆるものが交換価値を持つものとして共通化されることとは、部落民はもとより、ハゲ、ブス、老醜といった交換不可能なものは非存在となる他はない社会である。現代社会の抑圧は、このように一人一人に内面化している。
    標準タイプという不可能な求心点に対して、皆が不足している社会とは、全ての人間は、この社会に対して「他者(よそ者)」として存在するようになった社会のことである。

    I「差別問題」の役割
    ・そこで「差別問題」が果たして来た役割とは、標準タイプから外れた非差別者を、いかにして交換可能な存在として意味付けるか、つまり反差別運動は、在日を「民族」へと、部落を「市民的権利」へと、不具者を「障害者」へと普遍化し、この「社会」の価値の秩序の中に組込むことを目指してきたと言える。
    ・このように「差別問題」は、高度経済成長政策がもたらした社会的矛盾を補完し、社会発展をより完全なものとする運動であった。だが、そこでは社会問題化できるアイテムだけが、差別であるかの様に取り扱われてきた。それがもたらしたものは標準の組替えであって、標準そのものが無くなった訳ではない。むしろ標準そのものは、最新のトレンドとして、その求心力を一層高めて、存在に対する「圧迫」を強いているといえよう。

    Jおわりに:存在問題としての差別
    ・このように差別の由来は、私達が自らのうちで強いられている「圧迫感」と向き合わない限り了解されることはない。差別の根本義は社会問題としてではなく、存在問題として理解されるべきなのである。そこでは差別そのものの意味は、負のアイデンティティとしてのみ見出されるであろう。つまり、この「社会の他者(よそ者)」として生きた者のみが、差別体験を相対化し自己自身を回復することができるのである。(文責 mori)


    この国の安全保障と北朝鮮・【著者】櫻田淳【掲載誌のNO】24 (2003/08/20) 

    第一章 小泉総理の北朝鮮訪問を前にして 二〇〇二年九月九日
     小泉純一郎総理の北朝鮮訪問は、間近に迫っている。去る八月三十日の訪朝決定の発表が、唐突なものであったために、訪朝の意図や展望に関しては、既に様々な論評が示されている。当然のことながら、この訪朝を機に、邦人拉致問題に象徴される懸案が解決に向けて進展するであろうと期待する向きもある。しかし、私は、小泉総理の訪朝の意味に関しては、もう少し広い視点で観察することが大事であると考える。
     周知の通り、北朝鮮は、ジョージ・ブッシュ米国大統領から「悪の枢軸」と呼ばれた国である。無論、「悪の枢軸」というブッシュ大統領の言葉遣いそれ自体は、誠に粗っぽいものであるけれども、現下の北朝鮮が、国際社会での振る舞いにおいて「相当に問題の多い存在」であるのは、否定すべくもない。我が国が対朝二国間問題として抱える諸々の問題は別としても、北朝鮮は、従来、国際場裡に様々な「騒動の種」を撒き散らしてきた。
     小泉総理は、そのような国に自ら乗り込むのであるから、日本国の宰相としての顔も然ることながら、「自由世界」諸国の意向を体した使者としての顔を明示すべきであろう、その点、私は、総理訪朝に際して我が国が北朝鮮に過剰に「宥和」的な態度を取るのは、「自由世界」諸国の意向を伝える意味からは具合の悪いものになるであろうと考えている。
     アドルフ・ヒトラーの増長を許した一九三八年の「ミュンヘン会談」の帰結は、しばしば外交の失敗の事例として言及される。価値観や世界観などを異にする国々への「宥和」は、実際のところは「宥和」の用を成さないことがある、我が国が対朝二国間に絡む懸案の落着を焦る余りに、過剰な対朝「宥和」を行えば、それは、「自由世界」諸国の当惑を招くことになるであろう。  従って、私は、平壌に赴くことになる小泉総理には、金正日総書記を前にして次の二つのことを手掛けることを期待したいと思う。
     第一は、「北朝鮮が『悪の枢軸』と呼ばれる現状が続くことは、決して歓迎されるべきことではない」と表明することである。
     小泉総理は、従来から、「邦人拉致問題の落着がなければ国交正常化交渉の始動もない」と言明しているけれども、北朝鮮が「悪の枢軸」と位置づけられている限りは、我が国がどのような対朝支援を行おうとしても、本来は限界がある。総ては北朝鮮の振る舞い次第であるということは明確にされるべきであろう。
     第二は、「北朝鮮は、『悪の枢軸』と呼ばれる立場を脱する前提として、その評が不当であるという『証し』を立てなければならない」と表明することである。
     その際、北朝鮮が示すべき「証し」とは、具体的には、「よど号テロリスト・グループの送還」、「日本人拉致問題への誠意ある対応」、「核査察の受け入れ」、「大量破壊兵器の拡散の防止」である。
     この四つを北朝鮮政府が自らの責任において手掛けなければ、北朝鮮は、イランやイラクと並んで、「悪の枢軸」として様々な国際圧力に曝され続けることになる。しかも、去る九月七日の米英首脳会談では、両国首脳は、イラクの大量破壊兵器の査察と解体を強制的に実施する旨の新たな国連安保理決議を求めるとともに、決議採択が叶わぬ場合でも、米英両軍だけで対イラク軍事作戦を発動させる方針で合意した。「イラクが片付いたら次は北朝鮮だ」という展望は、一定の説得力を保っている。そのような現実は、北朝鮮に絶えず提起されて然るべきなのである。
     私は、以上の点を小泉総理が金総書記に明確に伝えられれば、この度の訪朝で目立った成果が挙がらなくとも構わないのではないかと考えている。大体、対外交渉の場では、世の人々が瞠目するような劇的な成果が挙がることなどといったことは、滅多にある話ではない。
     ただし、この度の訪朝は、世界中が注視しているはずであるから、我が国の「意志」だけは、北朝鮮のみならず世界中に伝わるようにしなければならない。今までは、我が国は、国際場理では、確固とした「意志」に基づき動いているのではなく、状況の変化に右往左往しているかのような印象を振り撒いてきた。その意味では、小泉総理の訪朝は、「物語の序章」でしかないのであろう。
    (産経新聞「正論」掲載)

    第二章 当面の安全保障政策の課題 二〇〇二年九月一七日
    ◆ここの文章は長い上に、他章と重複する部分が多いので、ポイントとなる以下の文章以外は省略する。

       具体的には、北朝鮮が「悪の枢軸」と呼ばれる立場を脱しなければ、(日本が)どのような対朝支援を行うにしても限界があるということは、明確にすることが大事である。
    @よど号テロリスト・グループの送還、A日本人拉致問題への誠意ある対応、B核査察の受け入れ、C大量破壊兵器の拡散の防止 の4点が、北朝鮮の責任において進められなければ、北朝鮮が「悪の枢軸」として様々な国際圧力に曝される状態は、今後も継続されることになる。
     我が国の世論の大勢は、「日本人拉致問題への誠意ある対応」が北朝鮮の為すべき第一の事柄と位置付けている節があるけれども、この四つが一括して処理されなければ、北朝鮮が震源地となってきた北東アジア地域の「不安要因」は除去されない。
     我が国は、北朝鮮に対する政策を、二国間関係の枠組の中だけに留めるのではなく、広く国際社会全体の利益に合致するように展開しなければならない。
    (「ディフェンス」掲載)

    第三章 日朝関係の「凪」は何を意味するか 二〇〇二年九月一八日
     小泉純一郎総理の訪朝は、私には誠に複雑な想いを抱かせる結果に終わった。国民的な関心の焦点であった邦人拉致問題に関しては、「拉致被害者四名の生存、八名の死亡、一名の行方不明」という安否情報が伝えられた。死亡したとされる八名の拉致被害者の人々は、生存していれば軒並み三十歳代後半から四十歳代であり、よど号事件に関与して北朝鮮に渡ったテロリストの面々に比べても若い人々である。 私は、北朝鮮が伝えた「死亡通知」には、不自然にして俄かには信じ難い印象を抱いている。私は、「情」においては、小泉総理訪朝の結果には憤激を覚える。
     ただし、私は、「理」においては、小泉総理訪朝は一定の成果を挙げたのだと評価したい。就中、小泉総理の訪朝の具体的な成果として発表された「日朝平壌宣言」には「(日朝)双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を順守することを確認した。…朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを二〇〇三年以降も更に延長していく意向を表明した」という文言がある。
     小泉総理は、邦人拉致問題に象徴される対朝二国間問題に縛られることなく、核査察の実施やミサイル発射の凍結といった国際社会共通の問題に関して、北朝鮮の譲歩を引き出した。日朝国交正常化交渉の再開に伴って訪れた「凪」は、現時点では確かに必要なことであったのであろう。
     また、日朝関係に訪れた「凪」は、対イラク作戦の準備に入っている米国に対して、我が国が同盟国として提供する実質的な支援を意味したのではなかろうか。目下、米国が懸念したのは、対イラク作戦の最中に北朝鮮が「騒動」を起こすことであったに違いない。日朝関係の「凪」は、そのような懸念を一応は払拭したのである。米国政府は、日朝関係の「凪」を終始、期待していたけれども、その「凪」に乗じながら対イラク作戦の準備に専念しようという計算も、米国には働いていたのであろう。逆にいえば、米国は、対イラク作戦を首尾良く片付けた後、北朝鮮が「悪の枢軸」と呼ばれる現状が続く限りは、躊躇なく北朝鮮を標的にした動きを始めるのであろう。とすれば、日朝関係の「凪」は、北朝鮮にとっては決して「得点」や「好機」を意味しない。日朝関係の「凪」には、このような効果もあるわけである。
     ところで、小泉総理の訪朝は、確かに日朝国交正常化交渉の再開を画した。しかし、拉致被害者八名の死亡が伝えられた今、四名の生存者の早期帰国が成った後では、対朝交渉を推し進めようとする国民的な気運は、決定的に減退するであろう。対朝交渉は、我が国の幾多の人々にとっては何ら「切迫した必要性」を感じさせない交渉になる。我が国には、何ら交渉の妥結を焦る必要はない。我が国は、拉致被害者の死亡という現実を前にして、謝罪と補償を求める大義を手にしたのであるから、それを対朝交渉の場で堂々と提起すればよい。
     加えて、「日朝平壌宣言」に盛り込まれた核査察の受け入れやミサイル発射の凍結が、画餅に終わらないかは、厳しく注視される必要がある、国際場裡に諸々の「騒動の種」を撒き散らした歳月の後で、北朝鮮は、国際社会に対する「恭順」を示すためには、様々なことを手掛けなければならない。もし、そのような「恭順」を北朝鮮が示せなければ、我が国からの経済支援は一切、提供されないし、北朝鮮は、米国による「悪の枢軸」認定の下、軍事を含む様々な国際圧力に曝され続けることになる。金正日総書記麾下の北朝鮮政府は、今後、経済破綻と国際孤立の狭間で呻吟することになるのであろう。  無論、我が国の人々が、そのことに同情を差し挟まなければならない理由はない。我が国は、対朝交渉を通じて、そのような冷厳な現実を北朝鮮に対して絶えず知らしめればよいだけのことである。対朝交渉の再開は、対朝説得の場を確保したという点でも意義のあることであった。結局のところ、今後の我が国が行うべきは、冷厳にして悠然とした態度で、国家としての「自滅」か国際社会への「恭順」かを巡る北朝鮮の選択を見守ることである。
     私は、去る九月十三日付本欄において、小泉総理訪朝を「物語の序章」と評した。それは、確かに北朝鮮にとっても「自滅」か「恭順」かを巡る「物語の序章」なのであろう。
    (産経新聞「正論」)

    第四章 小泉総理訪朝の後に 二〇〇二年九月二九日
     去る九月十七日、小泉純一郎総理は、北朝鮮を訪問した。この訪朝の結果として伝えられた「邦人拉致被害者八名の死亡」の報は、誠に衝撃的なものであり、幾多の国民に憤激を覚えさせた。北朝鮮に対する国民的な感情は、誠に厳しいものになっており、小泉総理訪朝の成果として目されている「日朝平壌宣言」の発表や日朝国交正常化交渉の始動にも、疑義の眼差しが投げ掛けられている。
     しかし、現下の国民的な憤激に後押しされた「対朝強硬論」が、どのような効果を生むのかということは、予測が付かない。
     今後の金正日体制が辿るであろう道筋として考えられるのは、次の三つである。即ち、第一に、国際社会の圧力を乗り切り「騒動の種」を撒き散らしながらも存続する「体制の現状維持」であり、第二に、国際社会の諸々の流儀に恭順した存在として存続する「体制の変容」であり、第三に、国際社会の圧力に曝され続けた結果としての「体制の瓦解」である。この内、「体制の瓦解」には、保持する軍事力を背景にして死中に活を求めた結果としての「暴発」、あるいは万策尽きた後で金正日が政権を追われる「自滅」かの何れかが、考えられる。
     小泉総理の訪朝を評価する国際社会の声は、北朝鮮が「体制の変容」の道筋を辿ることを期待している。我が国政府もまた、国交正常化交渉を通じて、その途に北朝鮮を誘導しようとしているのであろう。ジョージ・ブッシュの「悪の枢軸」発言に織り込まれた米国の対朝恫喝、あるいは小泉総理訪朝以後の我が国で沸騰した「対朝強硬論」は、北朝鮮が「体制の現状維持」に走るのを防ぐための仕掛としては、意義のあるものであるけれども、それが余りにも硬直した態度で示されれば、北朝鮮を「体制の瓦解」の途に追い込むことになる。
     振り返れば、十余年前の東欧動乱の際には、多くの東側諸国において「体制の瓦解」が起こった。中でも、ニコラエ・チャウシェスクが銃殺されるという末路を辿ったルーマニアの「体制の瓦解」は、誠に衝撃的なものであった。
     ただし、東欧諸国における「体制の瓦解」が然程の混乱を周囲に及ぼすこともなく、その後の新たな欧州秩序に概ね平和裡に移行したのは、これらの国々が、ワルシャワ条約の下で実質上「牙を抜かれた」存在であったからである。もし、たとえば、チャウシェスクがワルシャワ条約の枠内でも相応の大量破壊兵器を保持し、東欧動乱に際して自らの体制の護持のために、それに頼る構えを示していたならば、事態は明らかに深刻なものになっていたであろう。  この点、金正日がチャウシェスクと決定的に異なるのは、金正日が核兵器や化学兵器の保有を疑われているのに加え、明らかに莫大な規模の通常兵力と運搬手段としてのミサイルを保持していることにある。我が国は、そのような「危険な隣国」に相対しているのである。従って、目下、北朝鮮の「体制の瓦解」を殊更に期待するような言論が、「対朝強硬論」の派生形として漏れているけれども、その種の言論は、北朝鮮の「体制の瓦解」に伴う混乱の程度が予測の付かないものであり、その混乱に対処する手立てを依然として準備出来ていない我が国の現状を前にすれば、誠に無責任なものである。  北朝鮮の「体制の瓦解」に伴う混乱の影響を被るのは、他ならぬ我が国自身なのである。北朝鮮に対する施策は、喩えていえば、頂上に大量破壊兵器や大量の難民が載った積木を組み直すような微妙な作業である。帰結が読めない手を打つことが如何なる意味でも愚策であるということは、この際、幾度も強調されるに価しよう。
     おそらくは、我が国にとっては、北朝鮮に対する今後の対応は、強靭にして繊細な外交を展開できるかどうかの一つの試金石になるのであろう。昨年以来の省内不祥事の続発、在瀋陽総領事館事件の際の対応、さらには小泉総理訪朝前後の拉致被害者家族への対応を巡って、外務省に対する国民的な不信は、極まったかに見える。しかし、我が国にとっては、今は、「外交の可能性」を信じなければならない時機でもある。
    (「月刊自由民主」掲載)

    第五章 「稽古不足を幕は待たない」 ――外交の風景 二〇〇二年十一月五日
     稽古不足を幕は待たない 恋は何時でも初舞台
     小椋桂の作詞・作曲による佳品「夢芝居」には、このような一節がある。外交交渉とは、常に変転する現実を前にして行う営みであれば、それに携わる人々には、どれだけ周到な準備の下で臨んだとしても、「稽古不足を幕は待たない」という心理に追い込まれる局面は、何時であっても訪れることになる。
     去る九月十七日、小泉純一郎総理の訪朝の帰結として再開された日朝国交正常化交渉は、一ヵ月後の北朝鮮の核開発続行が明るみに出たことによって、交渉再開決定時点とは異なった性格を帯びるようになった。冷静に観察すれば、一九九四年二月の北朝鮮核開発疑惑の浮上、同年十月の「米朝枠組合意」(ジュネーブ核合意)の調印以降、我が国は、北朝鮮の「米朝枠組合意」破約を見越した上で、北朝鮮の核開発を断念に追い込む芝居の稽古を充分に行ったわけでもないであろう。
     紛れもなく、北朝鮮の核が開いた局面は、我が国にとっては、「稽古不足を幕は待たない」状態のまま、重大な外交舞台に上がるのを余儀なくさせるものであったのであろう。
     十月二十七日午後、メキシコ・ロスカボスで開かれていたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議では、北朝鮮に核開発計画の放棄を求めることを中身とする「北朝鮮に関する首脳声明」などが採択された。北朝鮮の核開発という個別の安全保障案件に関して声明を出したAPECの対応は、極めて異例なものであり、そのことでは、現下の北朝鮮の振る舞いが国際社会における明々白々な「騒擾要因」と認識されるに至ったことを示している。目下、対朝関係に絡む議論は、対朝二国間に絡む点に視野を限定するわけにはいかない域に既に入っているのであろう。
     無論、北朝鮮政府は、核に絡む交渉に際しては、我が国を交渉相手と位置付けていないようである。十月二十九、三十両日、クアラルンプールで開かれた日朝国交正常化交渉では、北朝鮮の鄭泰和(日朝交渉担当北朝鮮大使)は、核兵器開発問題の解決が、「米国との協議によってのみ解決可能だ」と述べている。また、十月一日、崔鎮洙(中国駐在北朝鮮大使)は、記者会見の席で、「米国が北朝鮮と不可侵条約を締結し、北朝鮮の生存権を保証してくれれば、われわれも米国の憂慮を取り除く」旨、言明した。そして、十一月二日付『ニューヨーク・タイムズ』紙は、韓成烈(国連担当北朝鮮次席大使)が同紙の取材に対し、濃縮ウラン開発施設の査察や廃棄を受け入れる用意があると表明したと伝えた。
     去る一月の「悪の枢軸」発言や「先制攻撃」発言に織り込まれた対朝恫喝の効果は、誠に顕著なものがあったと解するべきであり、現下の北朝鮮は、「米国の影」を必死になって振り払おうとしている。そのような北朝鮮の立場からすれば、我が国との交渉は、自らの「体制の存続」を何ら保証するものではないのであれば、我が国との交渉を核に絡む議論に費やしている暇はない。北朝鮮が我が国との交渉に抱く関心は、「どれだけ早期に具体的な経済協力が提供されるか」ということなのであろう。
     そうであるならば、我が国が今後の対朝交渉を進める上で大事なことは、我が国が広く国際社会の「利害」や「意志」を代弁するという姿勢で臨むことである。目下、我が国では、邦人拉致問題の解決が対朝交渉上の最優先課題として位置付けられているけれども、邦人拉致問題のような本質的に対朝二国間に関わる問題に過剰に精力を費やせば、対朝経済協力に絡む議論もまた、「過去の清算」といった対朝二国間にしか通用しない論理に引っ張られる懸念がある。対朝経済協力は、北朝鮮が国際社会の諸々の流儀に恭順した結果として提供されるのだという点を明確にしておかなければ、対朝交渉それ自体は、誠に歪んだものになるであろう。今後の対朝交渉の行方は、従来の対外交渉とは比較にならないほどの広範な国民的な関心を集めている。しかし、国際社会もまた、この交渉の行方を注視している。我が国にとって、今は、自らの「外交」の何たるかを内外に示す時節なのであろう。
    (「月刊自由民主」掲載)

    第六章 二〇〇二年・日本の風景  二〇〇二年十一月二九日
     西暦二〇〇二年も師走に入り、この一年を総括する時期になった。
     去る一月二十九日、ジョージ・ブッシュ(米国大統領)は、一般教書演説の中で、イラク、イラン、北朝鮮の三ヵ国を「悪の枢軸」(axis of evil)と名指しした上で、テロリズムの撲滅、さらには核兵器、生物兵器、化学兵器などの拡散の阻止に取り組む決意を示した。ブッシュの一般教書演説の際、米国連邦議会議場には、ハミド・カルザイ(アフガニスタン暫定統治機構議長)の姿もあった。
     このことは、一般教書演説が、「アフガニスタンの後に、米国が何を手掛けるか」を示唆するものであった。「九・一一」以降、米国は、「テロリズム撲滅」という新たな「フロンティア」を設定し、イラクや北朝鮮は、そのような「フロンティア」の具体的な到達点と位置付けられた。今年の国際情勢を規定したのは、良くも悪くも、このブッシュ演説であったのである。
     従って、少なくともジョージ・ブッシュ麾下の政権が続く限りは、イラクや北朝鮮は、国際政治の焦点であり続けるのであろう。この点、北朝鮮の昨今の対応が愚かであるのは、自らの核開発の継続を表明することによって、米国の「悪の枢軸」認定を補強する材料を与えてしまったことである。北朝鮮は、核開発という「弱者の恫喝」に打って出ることによって、対米妥協を図り現下の苦境から脱しようとしているのであろう。
     しかし、北朝鮮の米国に対する「弱者の恫喝」は、相手を間違えた振る舞いであった。というのも、米国外交の文脈で伝統的に大事にされてきたのは、「自由と民主主義」の理念に相反する体制との妥協を是としない「道義性」や「潔癖性」であったからである。しかも、大方の米国国民は、人々を平然と飢えに追い込んでいる指導者には、生理的な嫌悪感を禁じ得ないであろう。
     第二次世界大戦中の「バターン半島・死の行進」と呼ばれる出来事は、米国の視点からは旧日本軍の野蛮を象徴するものとして位置付けられているけれども、そのことの背景には、幾多の米軍捕虜が飢えに追い込まれたという事実がある。総ての条件を同じにした上で、サダム・フセインと金正日と比較すれば、米国にとって受け付けられない存在が金正日であると断じるのは、決して難しくない。北朝鮮にとっては、現下の金正日体制の実態を前にする限りは、米国と真正面から交渉に乗り出し、然るべき妥協に到達するのは、相当な困難を伴うものであろう。
     目下の北朝鮮に関して最も懸念されるべきは、金正日以下の北朝鮮指導層が、この米国外交における「道義性」と「潔癖性」の側面に然るべき関心を払っていないのではないかということである。北朝鮮は、おそらくは米国から真っ当な交渉相手として扱われることはない。米国に対して何らかの妥協が実現できるという北朝鮮の算段は、明らかに甘い見通しの下のものなのではなかろうか。
     このような北朝鮮の現状を前にする限りは、早晩、北朝鮮は、米国に対する「絶望」に直面することになるのであろう。無論、現下の北朝鮮の金正日体制に関しては、その崩壊を早々に誘うべきであるという意見は、確かに影響力を保っている。しかし、私は、現在の時点では、そのような北朝鮮の「体制の瓦解」を殊更に誘導しようという議論は、危険であると思っている。現在の時点で、北朝鮮の「体制の瓦解」が起こった場合には、核を含む大量破壊兵器の管理、大量の難民の発生への対応といったことを手掛けなければならないであろうけれども、それに対する我が国の準備は、余り出来上がっていない。我が国は、北朝鮮の「体制の瓦解」のような事態を前にして、明々白々な「弱さ」を抱えているのである。
     我が国が自らの「弱さ」を乗り越える仕組の整備に目処を付ければ、そして一定の程度まで北朝鮮の現体制の「無害化」が進んだ後ならば、北朝鮮の「体制の瓦解」が起こったとしても、我が国が直面する危険は、相当な程度まで軽減されるのであろう。しかし、北朝鮮の「体制の瓦解」を誘うのは、我が国が現時点で採り得る選択肢ではないのである。
     来年には、朝鮮半島動乱という「狼」は、やってくるのであろうか。少なくとも断言できることは、その瞬間が遠のいてはいないということである。一九九四年以降、絶えず噂されてきた「狼」の到来は、もはや噂として扱われるべき段階を過ぎているのである。
    (「自由民主」掲載)


    自衛隊のイラク派遣をめぐって・【著者】佐伯啓思【掲載誌のNO】26 (2004/08/15)

    ・政府は自衛隊のイラク派遣を決定し、この2月にも陸上自衛隊が派遣される見通しがでてきた。この問題をどのように考えればよいのだろうか。一方には、対米協力という観点から派遣を無条件に支持する立場があり、他方には、憲法と平和主義の立場からの無条件の反対がある。国内世論はおおまかにこの両極に分かれており両者の間には埋めようもない溝が開いている。
     現在の状況において何をすべきかとなれば、政府は断固として派遣する以外にない。すべては、小泉首相がアメリカのイラク戦争に対して全面的な支持を表明した時にはじまる。同時にまた、小泉氏は、米英とともに「テロと断固戦う」と述べた。そして、その小泉政権が11月の総選挙においてそれなりに信任されたとなれば、派遣をひるむ理由はない。
     しかも問題は、いうまでもなく、イラクの現状が戦闘終了とはみなしがたい、という点にある。さらに、戦闘地域と非戦闘地域を線引きすることもまず不可能であり、その上、自衛隊派遣が新たなテロの標的を意味することになりかねないとすれば、この派遣を、憲法、自衛隊法はもちろん、イラク特別措置法の枠内でおこなうことさえ難しいであろう。
     もしも文字通り、人道支援・復興支援に限定するならば、派遣を急ぐ理由はない。他国との協調、国連の動きと連携しつつ行なうべきであって、なかば戦闘状態に置かれた状況に派遣することは明らかに国内法に抵触するであろう。テログループの攻撃に対する正当防衛は認められているものの、テロの脅威に対する予防的な攻撃は認められていないというのでは、犠牲者がでるまでは一切の戦闘行為を禁じるというのに等しいであろう。
     しかし、小泉首相が意図しているものは、テロ組織によるゲリラ活動がほぼ終息してそれなりの安全が確認された上での派遣という「消極的派遣」ではなく、危険を承知の上での対米協力としての「積極的派遣」というべきものであろう。派遣の意図の中心にあるものは、あくまで対米協力である。むろん、このことは従来のせいぜいがPKO活動に限定されていた国連中心的国際貢献という日本の方針を大きく修正するものである。国連中心的な人道支援、平和維持活動から、場合によっては米軍と協力してテロ組織との戦闘もありうるという意味では、事実上、集団的自衛権の発動にまでいたる可能性をもったものである。
     とすれば、自衛隊員の命を危険にさらす限り、それなりの条件の整備が必要であろう。憲法、自衛隊法、イラク特別措置法、そして集団的自衛権は保有はするが行使をしないという奇矯な政府解釈、こうした法的条件に縛られたままで派遣することはあまりにリスクが高すぎる。

     もともとの問題は、日米安保体制という「同盟」関係と、戦後日本の平和憲法の間に矛盾が存在するという点にあった。日米安保体制は、本来、平和憲法によって自国の防衛を剥ぎ取られた日本に対してアメリカが防衛を肩代わりするという補完的なものであった。そして、冷戦体制の間は、西側に属した日本の利益とアメリカの利益はおおむね合致し、日米安保体制と平和憲法という補完的構造は両国にとってそれなりに便利なものであった。
     しかし、九〇年代以降、状況は大きく変った。冷戦終結によって、世界の分かりやすいイデオロギー対立や二極構造は崩壊し、それぞれの国がそれぞれの国益の再定義を余儀なくされるようになった。この流れの中で、「同盟重視」の立場と「国連重視」の立場の間に、時によっては亀裂が走る事態がでてきたわけである。
     そして9.11が新たな次元を付け加えた。つまり、「テロとの戦争」という新たな次元である。テロ活動が従来の主権国家の枠組みを超えたものであるために「対テロ戦争」も従来の主権国家の枠組みの中ではなし得ないというのがアメリカの認識であった。その結果、当然ながら、主権国家の連合体である国連ももはや適切には機能しない、という認識が出てくる。
     アメリカのイラク攻撃はおおむねこうした状況認識のもとでなされた。小泉首相の全面的な対米協力という決定はこの条件のもとでなされたのである。
     そうだとすれば、この新しい事態、「テロとの戦争」という新しい事態に対処する新たな枠組みを作ることが必要となる。イラク攻撃が、アメリカが述べるように「テロとの戦い」の一貫であり、「文明をまもる戦い」であるとするなら、憲法の枠内で消極的に自衛権を発動するというだけでは話がすまないことは明らかである。テログループは日本をテロの標的とするといっているが、もし仮に本当に東京の中心部がテロ攻撃にあって大きな犠牲が出れば、日本は、ただ平和憲法の枠内で消極的に自衛権を行使するというだけでは収まらない。この場合には、アメリカと共同行為をとって、テロ組織やテロ支援国家を先制攻撃する必要にも迫られるのである。少なくとも、そのような状況を検討せざるをえなくなる。
     これはいうまでもなく集団的自衛権の行使を含むし、それ以上の軍事行動を意味する。こうした事態にまで立ち至って、なおかつ自衛隊を軍隊とは認知せずに、人道・復興活動に限定するなどということはもはや欺瞞以外のなにものでもないし、それより以上に、自衛隊の軍事行動にこの種の縛りをかけることは無意味というほかないだろう。
     要するに、現在、政府は、テロとの戦争という新たな事態を前にして、日米同盟という本質的に集団的自衛権の行使を前提とした枠組みと、憲法、自衛隊法にもとづく国内の法的枠組みの間の矛盾に直面しているといわねばならない。実際には、政府は全くの手づまりの状態に置かれているのである。小泉首相は、苦渋の末に派遣を決断し、威勢良く「日本人の精神が試されている」といった。しかし、この決意に満ちた記者会見にもかかわらず、問題の本質は決して語られもしないし、論議の場面にまでも持ち上がられることはなかった。
     もしも、テロとの戦争において対米協力をするというなら、自衛隊は状況によってはテロ組織との戦闘にはいることを明言しなければならないはずである。その状況の中で自衛隊員の命を危険にさらす可能性が高いとすれば、それは憲法、自衛隊法の縛りがあるからである。したがって、日米「同盟」と憲法の間の矛盾を解消すべく、近いうちに憲法改正を日程に載せるという「決断」をすべきであった。そこまでやらなければ、この決断は整合性がとれないのである。

     だが、ここのもう一つ、どうしても考えておかねばならないことがある。そのためには再び今回の事態のすべての始まりに戻らなければならない。問題は果たして、アメリカのイラク攻撃に十分な正当性があったのか、という点にある。 いまここで改めて、アメリカのイラク攻撃の是非を論じようとは思わない。しかし、やはり次の点は確認しておいてよいであろう。
     アメリカのイラク攻撃は確かに9.11テロに触発されたものであった。しかし、アメリカの戦争理由は必ずしも明瞭な形で一貫性をもって示されたわけではない。それどころか、戦争理由の重要な一項目であったイラクの大量破壊兵器の破棄についてはなにひとつ決定的な証拠は示されず、その後も発見されなかった。さらにアメリカ自身が最後まで国連決議にこだわりながらも、最終的にそれを放棄したことは、アメリカの政策的一貫性という点で信用の失墜をもたらしたし、この戦争の性格を、国際的制裁ではなく、米英によるイラク戦争に変えてしまった。
     イラクのフセイン政権が非難されるべき独裁であり、大量破壊兵器を開発する恐れがたぶんにあるとしても、明らかに、アメリカのイラク攻撃には十分な正当性はなかった。少々、断定的にいえば、他の主権国家への不当な攻撃、すなわち侵略戦争を禁じた国際法に違反する疑いが濃厚だといわざるをえない。他国への正当な理由なき一方的な武力行使を「侵略」と呼ぶなら、アメリカはイラクを侵略したことになる。
     もしこのような認識に立つなら、日米同盟という口実のもとにアメリカの戦争に協力することは、この意味での「侵略戦争」を支持し、それに加担することとなる。そして、日本の「侵略戦争」をいっさい禁じた日本の憲法が、同盟国の「侵略戦争」を支持するとすれば、これはあまりに奇妙なことである。国際法に規定されたいっさいの「侵略」に抗するのが憲法の精神だとすれば、かりに「同盟国」であったとしても、日本がアメリカの国際法の侵犯(の疑いの濃厚な攻撃)を許容することは許されない。
     私は、いわゆる「護憲論者」ではない。憲法改正は必要だと考えている。とりわけ九条の平和主義は現実には機能しないと考えている。自衛のための軍隊をもつことは当然である。しかし、それでも、十分な正当性なき他国への武力行使という意味での「侵略」を禁じることは、いかに憲法を改正しようと不可欠な条項だと考える。同時に、それは、ただ日本が「侵略」のための武力行使に軍事力を使用しないというだけではなく、いかなる他国の「侵略」にも加担しない、という条項を含むものでなければならない。
     もしそうした認識があるならば、日本政府は、アメリカのイラク攻撃に異を唱え、自衛隊の活動もあくまで国連中心の復興支援に限定するのが、本来の憲法に見合った姿勢であった。
     にもかかわらず、アメリカと協調して「対テロ戦争」を戦うというのなら、憲法を改正して自衛隊を軍隊と認知し「対テロ戦争」に活用する準備作業に入るべきである。そして、現状では、日本政府はどちらの立場も明確に示していない。小泉首相の威勢のよい言葉とともに事態はなし崩し的に進展してゆくのである。この推移の中で確かなことは、アメリカの「大義なき戦争」への協力の結果としてもしも自衛隊員に犠牲が出れば、少なくとも、小泉首相は責任をとって首相の職を辞さねばならない、ということである。


    イラク戦争一年後の世界・【著者】佐伯啓思【掲載誌のNO】27 (2004/09/05)

     アメリカのイラク攻撃から一年が経過した。この一年を振り返って、今われわれは何を考えるべきであろうか。
     昨年5月に出された戦闘終結宣言は明らかにむなしく響く。イラク国内におけるゲリラ的反米行動はいっこうに収まる気配はなく、また、スペインの列車爆破テロやアメリカの同盟国の民間人人質の拘束などを見ると、戦線は、対アメリカからいっそう拡大しつつあるようにもみえる。しかも、イラク国内においても、バース党の残党のみならず、フセイン政権に弾圧されていたとされるシーア派までが反米行動をくりひろげているとなれば、イラクの「ベトナム化」もあるいは現実性を持ってくるのかもしれない。〈BR〉  アメリカはイラクに対する攻撃理由として、大量破壊兵器の存在とイラクの民主化をあげた。しかし、大量破壊兵器は依然として発見されず、イラク民主化は一向に進展する気配がない。となると、そもそものアメリカの行動そのものが決して確かな情報やプログラムに基づくものではなく、ほとんど場当たり的なものであったことは疑い得ないであろう。
     こうした状況の中でわれわれがえた教訓は何だったのだろうか。
     第一に、日本は自衛隊を派遣したものの、その意味づけにおいて袋小路に陥っている。自衛隊の派遣は日本からするとイラクの復興援助、人道支援であり、イラクのためである、という。しかし同時にこの派遣は、日米「同盟」に基づく対米協力であるともされる。ところが、イラク国内の反米感情が高まってくるにつれ、イラクの側からすると自衛隊は敵国軍にみえてくるわけである。
     むろん、このディレンマを作り出したものは、平和憲法と日米安保条約の間に存在するある種の矛盾にほかならない。平和憲法の政府解釈によると集団的自衛権の行使は事実上不可能だとされている。一方で、日米安保条約を同盟関係の形成だと解するならば集団的自衛権は当然行使されるべきだということになろう。
     この二つの考え方の間の矛盾は冷戦体制下においては顕現しなかった。冷戦体制下では、日本の安全保障をアメリカが肩代わりするという片務的な状態が、日本国内の米軍基地を冷戦の前線基地にするというアメリカの戦略によって相殺されてきたからである。
     この状況の中では、アメリカがテロによって攻撃され、その結果としてアメリカが他国を攻撃するという事態は全く想定されていなかったのである。実際、昨年のアメリカのイラク攻撃は十分な正当性をもたないものであった。予防的先制攻撃という理由付けが困難だとすれば、これは侵略的先制攻撃といわざるをえないのである。予防的先制攻撃が許容されうるのは、現実的な差し迫った脅威がほぼ確証をもって確認でき、かつ多くの他国がその行動を支持したときに限定されるべきであろう。だからこそ、大量破壊兵器の存在は重要な論点となるのである。
     いうまでもなく日本がアメリカの行動を支持したのは日米安保関係に基づいてのことでった。日米安保条約が存在するために日本はアメリカの侵略的先制攻撃を支持せざるをえなかった。自衛隊の派遣はそのほとんど自動的な帰結であった。そして、その結果として、自衛隊の派遣理由の不明瞭さと、イラクにおけるその位置の不確かさも、その必然的な帰結というほかないだろう。その派遣理由は、アメリカとの同盟関係から導き出されているにもかかわらず、その意味づけは、国際協調のもとでの復興支援・人道援助という変則的なものなのである。
     ではこのディレンマを抜け出す方向はいかなるものなのであろうか。それは基本的にひとつしかない。まずは、自立的な防衛体制を整え、外交・軍事における日本独自の戦略、構想を模索する方向である。自立的な防衛体制とは、決して他国との協力なしに防衛を行なうことではない。他国とのできるだけ対等な協力を可能ならしめる防衛体制にほかならない。したがって、いわゆる「自主防衛」は、そのまま日米安保条約の破棄を意味するものではない。そうではなく、日米関係を可能な限り対等なものに近づけるための条件なのである。
     むろん、「自主防衛」への道は、基本的に憲法改正を伴うであろうから、これはすぐに実現できるものではない。しかし、今回のイラク問題のひとつの教訓は、もはや対米追従では事態はうまく処理できない、ということであった。戦後の日本の安全保障という国家の根底を支えてきた憲法と日米体制という二つの機軸のもたらす矛盾をこれ以上引きずるわけにはいかないからである。将来の「自主防衛」への道筋を早急に検討すべきであろう。イラク攻撃から一年をへたこの混沌は、そのためのまたとないきっかけである。
     第二に、この一年の混沌のなかで明らかになったことは、イラクの自由・民主化というアメリカのプログラムがいかにも杜撰であり、また、現実にアラブ・イスラム国家の占領統治や民主化がいかに困難かということであった。これはいいかえれば、イラク戦争を主導したいわゆるネオコンの思想的構図がほぼ破綻したことを示している。
     「ネオコン」と総称されるブッシュ政権のアドバイザーの基本的な発想は次のようなものだった。イラクを民主化することがテロの脅威を取り除くことであり、それは世界の秩序形成にとっては不可欠である。そして、その世界秩序を形成する使命はアメリカにある。こうしてアメリカ帝国という発想がきわめて肯定的に語られる。しかもここには、ネオコンを支えるもうひとつの歴史観があり、それは、世界史は自由や民主主義の世界化へ向かって方向づけられており、アメリカは世界を自由化や民主化する使命を帯びている、という考えだ。この二つが組み合わされれば、自由と民主主義の理念を掲げる「理念の共和国」であるアメリカが「帝国」として世界秩序の形成者となることが望ましい、という結論が導き出される。
     この種の歴史観、世界観は、どうみてもアメリカ中心的であり、いささか独我的で強引に響く。にもかかわらず、全面的に間違っているともいいがたいのは、今日、非西欧世界においても、西欧発の自由や民主主義の理念の普遍性という意識が浸透しているからである。もしも、自由や民主主義の理念の普遍性を信じるならば、ネオコンのいささか強引な論理に抵抗することは難しい。
     にもかかわらず、現実のイラクの混乱が指し示しているものは、アメリカの唱える自由や民主主義の理念は決して普遍的ではありえない、あるいは、仮に普遍化可能だとしてもそれはいくつかの歴史的条件や限定のものにおいてであるほかない、ということであった。アルカーイダのテロからイラクの混乱にいたる一連の流れが示しているものは、西欧の近代主義の産物である、自由や民主主義の普遍性という理念の限界であった。この限界はまた、世界秩序の形成者としてのアメリカ「帝国」というネオコンの世界観の破綻でもある。
     このなかで、世界秩序の構想は一種の空白状態に陥っている。イラクの混乱に対して、いかなる当事者も有効な手を打つことができず、有効な見取り図を示すことができない。アメリカ自身が「同盟関係」と「国際協調」の間で揺れ動いており、6月末の国連主体の統治機構への主権委譲などほとんどイラク問題から手を引きたいという意思のあらわれといってよいだろう。
     また同時に、国連も事態を前にしていっさいの有効な手立てを与えることができない。国連中心の国際協調もうまく機能していないのである。また、戦争に反対したフランス、ドイツ、ロシアなどもただ事態を静観しているだけで、イラク問題には関わりたくないというのが本音であろう。
     こうした状況の中で、今日、世界で生じつつあることは、決してアメリカ一極支配ではありえない。たとえアメリカが圧倒的な軍事力をもっていても、それをアメリカは全く意のままに行使できるわけではなく、強力な経済力をもっていても、それはあくまでグローバル経済のなかで、他国との相互依存によって支えられたものなのである。
     今日、生じつつあることは、むしろ、いくつかの大国の間での勢力の拮抗だと思われる。アメリカ、EU、ロシア、中国という大国、そして、イスラム圏、アジア圏、といった複数の大国・地域の緩やかなブロック化であると思われる。むろん、このブロック化においてもさえ、アメリカが決定的に重要なアクターであることは間違いないとしても、それは決してアメリカ帝国といったようなものではありえないだろう。
     もし事態がこの方向で推移するとすれば、困難なのは日本の立場である。これら大国に囲まれ、しかもEUに匹敵するような有効なアジア圏をうまく主導できないとすれば、ハンチントンが述べるように日本は「孤立文明」となる可能性は決して小さくはない。
     しかし、もし世界が複数の圏域に緩やかに分かれてくるとすれば、日本の長期的な国益はただアメリカとの同盟強化というだけではすまないだろう。多角的で多面的な外交戦略が要求されることとなるだろう。そしてそのためにも、早急に「自主防衛」「自主外交」への道筋を準備することが急務になると思われるのだ。


    最終更新日:2004年9月05日