編集日記/後記

「編集後記」と「自註集」)

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  • 27号編集後記(2004/06/15)
  • 26号編集後記(2004/02/15)
  • 25号編集後記(2003/11/01)
  • 24号編集後記(2003/11/01)

  • 23号編集後記(2003/11/01)
    ・発行人からの【23号のお知らせ・・鈍行編集日記パート1】(2001/11/17)
    ・発行人からの【23号のお知らせ・・鈍行編集日記パート2】(2002/01/13)
    ・発行人からの【23号のお知らせ・・鈍行編集日記パート3】(2002/02/21)

    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■★画像は「六本木ヒルズHP」から借用しました。
  • 22号編集後記
    ■■・22号:【現在からの自註】
  • 21号編集後記
    ■■・21号:【現在からの自註】
  • 20号編集後記
    ■■・20号:【現在からの自註】


    27号編集後記 「こういうヒトに ワタシはなりたい」(2004/06/15)


    ●予定よりもひと月ほど遅れてしまいましたが、今回の27号、さらにハードな号となりました。アメリカを中心とする国際情勢へ、現代の「知」のあり方へ、そして言語・身体という人間論的課題へ、戦後思想の再検討へ、文学へ、さらには発行人がいま最も力を注いでいる「障害」をめぐるさまざまな問題へ、というように、多くの問題を照射する27号となりました。すべての稿が力のこもったものばかりです。原稿を寄せてくださった方々ほか、デザイン、カット、印刷・製本など、かかわってくださったすべての方に心よりお礼を申し上げます。そして連載の終わった倉田さん、長きに渡ってありがとうございました。
    ●発行人は「このことだけ」に専念できますが、他の皆さんはそれぞれ生業でも活躍されている、とてつもなくお忙しい方ばかり。「まだですか?」と催促するのも心苦しかったのですが、そこは雑誌の辛いところ。読んでくださる方には鮮度の落ちないうちにお届けしなくてはなりません。ワクワクとヤキモキをくり返してきましたが、大いなる感謝とともに、胸を張ってこの27号をお届けします。
    ●ところで今回、急遽、特別にご登場いただいた副島洋明氏について紹介します。氏は知的障害者の刑事事件を中心に弁護活動をしておられる弁護士さんで、これまで福祉施設や作業所の構造的腐敗と闘ってきた方です。
    ●かつての「宇都宮病院事件」。患者への暴力と弾圧、家族への抑圧と搾取、院長一族をあげて張り巡らされた利権構造、政治家との癒着、そして日本の東大精神科をピラミッドとする精神科医療制度に潜んでいた権力構造との深いかかわりなどなど、あらゆる腐敗が詰まっていました。「事件」として明るみに出て裁判へと至るまでいかに膨大な時間を要したことか。これまで副島氏が取り組んできた福祉施設との闘いも同様のものでした。そしてまた新たに同じような疑惑の濃い「事件」に乗り出しています。
    ●「障害者の問題」について、あるいは多くの人が「鬱陶しい」「面倒だ」「かかわりたくない」と感じられるかもしれません。しかし世界一の安全と繁栄を誇っているこの国で、まだまだこうした度し難い苛酷な現実が一方ではまかり通っているのです。少しでも関心を寄せ、今後の展開をぜひ注目していただければと思います。発行人も、邪魔にならないよう副島氏の「追っかけ」をしながらさらに取材を進めます。
    ●と言うわけで次号は「自由・社会的逸脱・精神医療」というテーマで総特集を予定しています(従って連載はお休みです)。発行人がこれまで取り組んできた課題の「中締め」の号にしたいと準備を進めており、もし依頼に応じていただけるならば、エッ!と驚く方が登場するはずです。次もそうとうハードな号になりそうですが、ご期待下さい。九月下旬の発行を目指します。また次号で。(幹)


    26号編集後記 (2004/02/15)

    ●再び「ドトーの日々」のなかでの最終局面でした。ごらんの通り、「政治・戦争」「性・渋谷・少女」「言語」という三つが今回の主題ですが、この分裂ぶりは相変わらずのこととはいえ、発行人の「頭の中」がいかに雑多なあれこれでゴチャゴチャしているかを、はからずも語っています。自閉症の子どもたちの言語の問題についての論考をもう一篇書く予定でしたが、さすがにはたせませんでした。他日を期します。
    ●ご協力いただいたすべての方に、お礼を申し上げます。お忙しいなか、なんども催促をして原稿をいただいた方、時間がないなかでの突然の申し出に応じてくださった方、いつもおつき合いくださってる方、ほんとうにありがとうございました。前回の[吉本特集]の号はさすがに動きがよく、五点ほどの書店さんよりすぐに追加注文が入りましたし、京都の三月書房さんでは、昨年の売上ベストの二番目にランクされるほど「営業」していただきました。こちらも感謝です。
    ●ところで、今号より、定期刊行をはっきりと打ち出したいと思います。刊行月は、一月、五月、九月。そして九月は総特集の号としたいと考えています(急遽、大事件が勃発したときは、そのときどきの状況を見て対応します)。書店さんからの信頼をしっかりとしたものとしたい、そのことが雑誌の維持にとってたいへん重要である、という事情によります。そうとうのハードスケジュールになることは覚悟しています。今年の特集の内容はすでに決まっています。執筆してくださる方、そうした内情をご理解いただき、締め切りは「ほんとうの締め切り」になりますので、是非よろしくお願いいたします。
    ●ところで『ハンディキャップ論』を上梓したあと、何人かの方からたいへんに励まされる感想をいただきました。暗中模索とともに仕上げた直後だったので、ほんとうに力強く感じました。また未知の読者の方よりもメールをいただき、ハンディを持つ子の保護者の方、現場の方、と試金石になると感じていた方面からのもので、安堵した次第です。こんどの西研さんとの『哲学は何の役に立つのか』も、西さんが最後まで手綱を緩めることなく進めて下さり、そうとう気合の入った本になっています。こちらも、よろしくご賞味ください。
    ●ワタクシの新年の初仕事は、河出書房の『文藝』で吉本さんの特集号を出すこととなり、その一部、企画の協力要請があり、そちらのほうでヒートアップしていました。原稿執筆のほか、ある方二人にインタビュー、対談をお願いしました。この顔ぶれの選択は「絶妙」であり(自画自賛!)、二月刊行予定とのことですので、こちらも是非お楽しみに。ますます厳しくなる世情ですが、皆様もご健闘を。2004・1・5(幹)


    25号編集後記 (2003/11/01)

    ●念願の吉本特集である。なぜ念願かは「リレー書簡」に書いたとおりなのでくり返さない。過去を振り返って懐かしむ趣味はあんまし持ち合わせていないのだけれど、17年かけて25号、50号の半分までなんとかたどりついたことになる。節目の号までにはなんとかして吉本特集のできる力を蓄えたいと考えていたが、強力な執筆陣と豪華表紙デザインで飾ることができた。ご協力をいただいた方すべてに、心よりお礼を申し述べたい。
    ●お読みいただければわかることではあるが、文字通りそれぞれの〈吉本隆明〉が刻まれており、改めて吉本氏の仕事の開かれた豊かさをおもう。執筆いただいた方々も、影響と共感の濃淡はさまざまであるけれども、知や思想の閉鎖性、党派性とは無縁な方ばかりである。双方の〈開かれ〉を強調したく、「開放区」とした。
    ●ところでいま、いろいろなことが連動しながら動き始めている。まず「樹が陣営」発の第二弾として村瀬学さんの『次の時代のための吉本隆明』(洋泉社)が刊行され(第一弾は小浜逸郎さんの『現代思想の困った人たち』‐王国社)、おかげで好評である。まもなく橋爪大三郎さんの吉本論も新書として刊行が予定されている。以後も三の矢、四の矢と放ち続けていきたいとひそかに企画を進行させている(おっと、ワタクシも単著を出さなくっちゃ)
    ●26号以降、こうしたプロデュース的側面を視野に入れた誌面構成をしていくつもりであるがその最初の試みとして「言語・身体・表象」という共通のテーマで小浜逸郎さん、滝川一廣さん、村瀬学さんほかに書下ろしで連載をしていただく予定。いわば「人間論」のコラボレーションの試みである。ほかにも時事的・現在的なテーマを設定し、あっと驚く方にご登場いただきたいと考えている。滅茶苦茶気合の入った新生「樹が陣営」となるはずで、これがふたつめ。ぜひとも予約購読を。
    ●みっつめ。人間学アカデミーもまもなく第三期。講師の方々も日程も決まり、募集がすでに始まっている。詳細をぜひともホームページでごらんになってご参加いただければと思う。
    ◆詳細はこちら(http//www.ittsy.net/academy)で見れます。(クリック)
    よっつめはこちらからも講義を元にした著作がちくま新書より刊行されていること。この秋には第二期の第一弾もPHP新書より刊行される予定である。
    ◆既に発刊された著書についての詳細はこちらで見れます。(クリック)
    ●これに加え、ポット出版から始まる〈絶版復刻シリーズ〉、「樹が陣営」や「人間学アカデミー」に馴染みの著者に登場していただくよう、どんどんプッシュしたいと考えている
    ●もうひとつが「編集工房樹が陣営」発のホームページも加わる。こちらにも多士済々の方々にご協力をいただいている。アカデミーのホームページと連携しながら、もっともっとにぎやかな場としていきたい。
    ●というわけでワクワクしています。次号は12月発行。きっちりと年2回のペースで行きます。ではまた次号で。
    2003.6.20(幹)


    24号編集後記 (2003/11/01)

    ● 12月も押し詰まってきたある日、「ウィーン美術館名品展〜ルネッサンスからバロックへ〜」という展覧会を観に出かけた。その前に開催されていた、白金台の東京庭園美術館の「カラバッジョ・光と影の巨匠」展を、つい不精して見逃してしまっていたので、こちらはなんとしてでも出かけるつもりだった。場所は東京芸大美術館である。平日にもかかわらず、そうとうな混みようだった。
    ●ちょっと参った。すごいのである。デューラー、ティツィアーノ、ベラスケス、カラバッジョなど、錚々たる巨匠ばかりがすごかったのではなく、初めて名を聞く画家たちの絵もすごかったのである。「圧倒された。どの絵も色調に深みがある。基調は光と陰のコントラストなのだが、その深みは言葉では言えないものだ。構図は比較的わかりやすいものだが、絵画の構成自体はけして単純ではない。画面のある部分を隠すと、とたんに全体のバランスが崩れ、その面白さを堪能した」。帰りのメモにそう記した。金もないのに、2300円も出して図版まで求めてしまった。
    ●西欧絵画の歴史のすごさ、ということなのだろうが、現代の美術家たちはたいへんだナーと他人事ながら思ってしまった。すべての仕事はすでにやり尽くされている。アンドリュー・ワイエスも真っ青だったろう。日本でも鴨居玲さんほどの技術を持った具象画の正統派はいまだ現れていないようであるし、八年前に物故した具象の雄・有元利夫さんなんかは西欧絵画のパロディだったし、わが親愛なる友人K君の仕事も(夏に個展があって観に行ったけれど)、現代美術の「王道」からはとうにオリているし、彼がイブ・クラインのように、無茶苦茶やりたくなるのもよくわかる(とうぜん抽象には抽象の良さはある。わたしはむしろそちらに惹かれるけれど)。などと言ったら、文学も思想も同じじゃないか。すべての仕事はやり尽くされている。そう返されるだろうな。まったくだ。
    ●今年は、すこし心して、美術に親しむことにしよう。二十年前には足繁く通っていた国立博物館、西洋美術館、近代美術館など、また出かけるぞと殊勝なことをかんがえた年の瀬であった。(映画も観にいきたいんだけど、映画館に一人でいくと痴漢みたいに見られ、不愉快になったことがあるから、こちらはしばらくビデオかテレビで我慢しよう。ケーブルも入れたことだし。)
    ● 今号は締め切りを厳守していただきたく、執筆者の皆さんには特にご無理を願った。リレー書簡も忙しい中にもかかわらず短期で仕上げていただいたし、倉田さんや阿久津さんには「催促」までしてしまった。滝川さん櫻田さんの論考は発表分のものを、こちらの編集意図で再構成させていただいた。心よりお礼申し述べます。
    ●次回は六月発行。「吉本隆明総特集」を予定しており、できるだけ独自の企画ものをと頭をひねっております。増々の激動の一年、皆さんもよい年でありますように。
    2002.12.30


    23号編集後記 (2003/11/01)

    ● フリーとなって一年が過ぎた。幸いにして「仕事」は途切れることがなく、まずは順調な滑り出しではなかったかと思っている。久方ぶりの友人、知人に会うと、最初に「仕事」の心配をしていただく。次に話題に出るのが、生活がさぞや不規則になってはおるまいか、夜更かし朝寝、深更になっての飲酒、そんな心配やら期待?やらが、決まって口に出る。確かにテレビを流しながら、ついダラダラと明け方まで過ごしてしまうことがなくはない。しかし真っ先に、これは気をつけないと、と感じたのはそのことであった。
    ●終日家にいて、ほとんど人と話すことなく過ごす生活である。睡眠のリズムの崩れはまずよい状態をもたらさない。私の場合には、と断った方がよいのかも知れないが。先行きの不安は常に背中あわせであるから、不安定になったとたん気分の落ち込みやロクでもない妄想状態に陥り、やもすれば頭のなかが呪詛だらけになる。それを防ぐには、やはりきっちりと生活のリズムを刻んでいった方がいいようなのだ。一冊の本をつくるという作業は長距離走みたいなもので、日々、こつこつと地道に続けていくのが近道であり、王道のようである。これまた私の場合は、と断った方がよいだろうか。
    ●そうやって、リズムの安定した生活を、と心がけていたら、面白いことが起こってきた。身体が、一週間の区切りというやつを求め始めたのである。早い話、日曜日は、どうしても仕事の態勢にならない。貧乏性ゆえ、それでも最初は机に縛りつけていたが、やがて開き直った。締め切り間近とか急ぎの場合は別として、ダラダラと日曜を過ごすことにした。どうもこの方が、精神衛生上、いいらしいのである。休息なしで二週間三週間を過ごしたら、必ずどこかでバテる。反動がくる。長期戦を闘うには、日々のリズムと週のリズムをいかに整えるかにある。それが一年を経ての自らへの戒めである。
    ●そして「樹が陣営」の発行も、私にあるリズムをもたらしている。これはこれでまた一区切りになっているらしいのである。このこともよく分かった。そのときどきのテーマをぶち込み、形になった雑誌を見て、なるほどと次のテーマに向かい始める。どうもそんな具合である。
    ●しかし、それ以外にもう一つ手放したくない理由がある。私は昔、書けども書けども発表のあてがない、という状態を五年ほど過ごした。そのときのキツサが身に沁みているのである。目下のところは「仕事」に恵まれているが、五年先十年先もこうした状態が続く保証は何もない。出版事情も、書店の存亡も、きわめて深刻であり、私の「物書き」としての生活など、まさに一寸先は闇である。最後はここで書いてくたばればよいではないか、と腹をくくる場所になっている。腹をくくれる場所があると感じられることで均衡が保てるのである。「樹が陣営」を手放したら、おそらく私は心身のバランスを崩す。
    ●むろんこのことは、「書き手」としてアマチュアでよいのだということを一つも意味しない。ここから「仕事」につながっていく場合もある。またそのように心がけてもいる。一〇〇〇円という代価に見合うものを作れなくなったと判断したときには、潔く幕を閉じる。というわけで、また次号で。皆さまもお元気で。
    2002.5.23


    発行人からの【23号のお知らせ・・鈍行編集日記】(2001/11/17)

    ★11月某日
    当Hp管理人moriさんより、次号の進行状況はどうか、早急に知らせてほしい旨のメ−ル。
    あれこれ迷いながらも、実は企画の目途がまったく立っておらず、つい、「まだです!」といきり立つ編集人。
    (moriさん、すんません)
    在野の哲学者、小阪修平さんからは寄稿の承諾をいただいているが、それ以外、原稿の宛てもない。



    ★11月某日
    滝川一廣さんより、村上春樹「スプートニクの恋人」論、届く。
    大変におもしろい。やや長いが、いける。ここで編集人、インスピレーションがひらめく。やっと、来てくれた。
    あとは動くだけ。早速あちこちに、電話やらメールやら。

    ★11月某日
    村瀬学さんより、インタビュー承諾のメール入る。年明けの1月7日に、京都にてインタビューの予定。
    よし、柱ができた、と編集人。
    企画@ 国家・戦争・法をテーマとして。(題は未定)
     ・インタビュー  村瀬学さん
     ・論考 小阪修平さん
     ・往復書簡 小浜逸郎さん ⇔ 佐藤  (「アカデミー」Hpに掲載のものを編集し直して)。

    *「リレー書簡」 第一信の添田さんからは届いており、二信の由紀さんに、このテーマに関連させてほしい旨、伝える。これでメイン企画はOk。
    ページに余裕があれば、櫻田淳さんにもアタックしてみたいところではあるが、お忙しそうだし・・・。
    プランはある。(橋爪さんが『政治の教室』をphp新書より出されたが、櫻田さんと、ああいう「政治への招待=政治学入門」であるような、日本の風土、気質に即した政治の実態を語ってもらいながら、本格的な政治学入門であるような、そうした本を作ってみたい、とかねてより念願していた編集人なのであった。無論一人勝手に)。そのテストチャンスではあるが・・・。

    ★11月某日
    企画A 現代文学についてのコーナー。
     村上春樹(滝川さん)、田口ランディ(バリバリの若手Sさん)、村上龍(Yさん、しかし流動的)

    これがもう一本の柱。その他、吉本ばなな、柳美里、交渉中。編集人も松浦理英子の新作を思案中であるが、全体のバランスで変更も。

    ・何にこだわっていたか。
    アメリカの「テロ」以来、「テロ」に関連した@の企画は、頭にはあったのだ。が、時流追随ではなく、どう普遍性を持たせるか、広い視点が取れるか、なかなか思い描けなかった。
    そして、その企画だけでは、どーも、面白くないと、漠然と感じていたが、何がもう一つだと感じさせていたか。滝川さんの原稿を読んで湧いたインスピレーションが、そのことを明らかにした。
    こういう時勢であるからこそ、天下国家を語るもう一方で、悠々と文学を論じる、人情やしがらみや男と女のあれこれを論じる、これなのだ、この二枚腰が欲しかったのだ、と。

    ・・・と、いうように、やっと動き始めた「樹が陣営」23号でありました。まずは、第1報、ご報告まで。


    発行人からの【23号のお知らせ・・鈍行編集日記パート2】(2002/01/13)

    ●某月某日
    浦上慎二さんより原稿届く。今回は「三好十郎」の著作を取り上げている。浦上さんのマニアックな?蒐集にはいつも感心させられる。
    添田さんより「リレー書簡」。やはり「同時テロ」についての感想。


    ●某月某日
    倉田比羽子さんより、「あんかるわ断章」の2回目原稿が、メールにて届いている。 「あんかるわ」と出会い、菅谷規矩雄さんとの「交流」が始まる。菅谷さんの仕事は、いま、どのように「評価」されているのだろうか。添田さんが同人誌「GENIUS」にて菅谷論を書き続けているが、それ以外、何があるのだろうか。
    ●某月某日
    室伏志畔さんより、原稿。特集にあわせて「書き直し」してもらったもの。意外にも、原始キリスト教についての論。これは室伏さんの新展開?
    由紀草一さんより「リレー書簡」届く。添田さんへ「憲法九条」への反論。
    ●某月某日
    京都に行き、村瀬学さんにインタビュー。
    同志社女子大の、村瀬さんの研究室にて、5時間ほどお話を窺う。
    今回は、吉本さんの『共同幻想論』を中心とし、そこに『ハイ・イメージ論』を接ぎ木し、さらに同時テロについても論じてもらう、という離れ技。むろん離れ技はわたしではなく、村瀬さんの方。前回は「座標軸」というお話だったが、今回は・・・。お楽しみに。

    [村瀬学インタビュー2]レジュメ
    特別に『樹が陣営』HP読者のために、以下に「レジュメ」を加えておきます。ここから村瀬さんが、どうイメージを伸ばしていくか。わたしもびっくりでした。
    <1>
    ●アメリカ同時テロの感想。
    *「じゃのめ見聞録」12、「戦争のイメージは、いつから、どういうふうに変わってきたんだろう」を拝読しました。たいへん面白かったです。このお話と、「見聞録」5の、「武器としてのケータイについて」を、今回のインタビューにぜひ入れていただけたら、と思いました。(註―村瀬さんの最新エッセイは、【村瀬学ホームページ】で読むことができます)
     映像がくり返されることで「戦意」が喚起された、とは私も感じましたが、その先までは思い至りませんでした。
    さすが、村瀬さん! という感じでした。
    <2>『共同幻想論』について。

    ●吉本さんの語彙の確認。
    ・「幻想」について
    単なる「観念」や「意識」とはちがう。その抽象性を読み手がどう確定するか。
    ヘーゲルの「意識」との相違・・対象それ自体への意識であるとともに、その意識への意識。あるいはその運動。
    マルクスの「疎外」(労働疎外論)との関連、あるいは相違。・・・
    ・(私見)
    [私(自己)]とは、対象を認識し、その認識する[私]を認識するというかたちで疎外された観念領域を持つ(自己幻想)。
    [私]は、性愛を基盤とした観念領域(対幻想)と共に、国家・法・宗教という共同性において疎外された観念領域を持つ(共同幻想)。
     しかし、きれいに三分割されてあるわけではないし、そのように考える必要もない。
    ・しかし自己幻想と共同幻想が「逆立する」とは何か。
     フロイト批判・・性愛のリビドーは、社会の共同性に直接接続し、拡大できない。(『心的現象論』の要)。
     しかし、逆立しない場合もあるのではないか。(ヘーゲルの[絶対知]との比較?)。
     吉本さんは「同致」ともいっているが、つまり「逆立」に比重を置く吉本さんの論述は、やはり極めて[吉本的]である、と受け取ったほうがよいのではないか。

    ●「国家」の原理論として
    ・『共同幻想論』が、どう読み継がれていくのか、あるいは私たちが今、何をそこから得ればよいのか、非常に見えにくいところがあります。今回何度目かの再読をし、改めてそう感じました。この[見えにくさ]は、この著作の現代的意義は何か、今もって[力]をもっているとすれば、それはどこに求められるか、という問いになるでしょうか。『共同幻想論』の特異さは、国家の本質を「幻想」というタームで描こうとすることによる独特の「抽象性」にあり、それがこれまで読者を、あるいは「論者」を惑わせてきたのだと考えられます(歴史記述でもなければ、家族、倫理、法などの歴史的発生論でも、現象論でもないこと)。

    ・[難しさ]ということで
    ここで扱われているのは[古代的・時―空]です。古代の精神世界が抽象されており、そこをどう読み取るか(それが成功しているかどうかも含め)、この難問があると思われます。吉本さんは、[理]で(ある原理の元に)それを抽出せしめようとしましたが、折口―柳田であれば、[理]ではなく、無前提で[全身没入]ということになります。
     いずれにしても、『共同幻想論』における[古代]とは、吉本さんにとっては歴史的時間である以上に、きわめて抽象化された「幻想の時空間」であり、そのことがこの本を、独特な位置に置いているという印象をもつのです。論ずる側が[古代論]を持っていないと、本書の核心部分を取りこぼすことにならないか、という問いと言い換えてもいいのですが。→『アフリカ的段階について』

    ●[国家論=天皇制論]という側面から
    ・本書の主題の一つが、天皇制をどう相対化するか、というものであったことは多くの論者の指摘するところでしょうが、「禁制論」から始まっていることはある象徴的な意味を持っているのではないか。
    天皇制への言及の[禁制=タブー]の意識がどこから出てくるか、という問いを呼び出すからです。そしてこのことは天皇=神聖なものと表裏である「被差別民」へのタブーも想起させます。『共同幻想論』ではそこまで言及されてはいないのですが、このような問題意識が、吉本さんになかったとは考えられません。
     いま、天皇制の問題も[被差別]の問題も、ソフトになり、隠れていますが、この問題を現代の「支配―被支配」という問題の置き換えたときどのような位置づけが出来るのか。
    ・このことは「権力」の問題についてどのように考えるか、という問いになるでしょうか。

    ●「超自然現象」といわれるものについて
    『死の位相学』や宗教論のある部分(生まれ変わりや臨死体験について述べた部分)においてもそうなのですが、超自然現象に対する吉本さんの読みをどう受け取るか、という問題です。
    ・死後の世界をもつこと=<古代論>という軸の設定(85年)。→「アフリカ的段階について」(97年)
    ・(追加)『心的現象論』との関連で 「憑き物」− 個体の心的現象としてはパラノイアだが、共同幻想の中では「憑き物」。つまり、古代の「生まれ変わり」とか予知の体験は「心理学」や「精神病理学」には還元できない。
    このことを、私の疑義として、本書に即して具体的にいうなら、「入眠状態・閉じられた生活圏」で『遠野物語』を解読・展開されているのですが、[入眠状態]と言うキーワードがどこまで説得力を持つか。私の印象では、[窮屈]という感じがして仕方がないのですが。「入眠幻覚」は大きな要因の一つではあるでしょうが、本質要因と言えるかどうか。

    ●『共同幻想論』を読むために
    結論的には@(歴史的記述ではない、幻想領域としての)「古代論」、A禁制としての天皇制論=権力論、B超自然現象という、三つの視座を必要とするのではないか、と感じており、とくに@とBが困難とさせているのではないかという気がします。
    (追加)『共同幻想論』から『ハイ・イメージ論』へ。
    ★「視線」の問題について・・『共同幻想論』からの発展として(視線を複合的に重ね合わせる試み)
    ★「死の視線」=「生と死の境界の向こうから見ているもう一つの視線」→ 『ハイ・イメージ論』へ。
    (視線の重ね合わせ)
     世界視線・・自分の死を代償として、死につつある姿を上方から(臨死体験の視線)。
    普遍視線・・生活視線。・・異質な視線の重なる新しい都市空間。
    ★死を考えること=誕生を考えること。古代を考えること=未来を考えること

    ●吉本さんの最後の『問い』
    → 自然(史)と文明(史)は、どこで融合するのか。あるいは思想として、どのように「対立」を解いたらよいのか。(マルクスから三木茂夫へ。村瀬さんの「いのち論」との交差)。これは『ハイ・イメージ論』の主題。
    *この問題は、村瀬さんのケータイの「発信と防御」というお話にも敷衍できるのではないでしょうか。あるいは、吉本さんの「原生的疎外と純粋疎外」という『心的現象論』における概念のいき着いたところだ、という気もします。
    *『新・死の位相学』「(付)三木茂夫の方法と前古代言語論」、特にマルクスとの比較の部分、目を通しておいていただけたら、と思います。
    *『ハイ・イメージ論』「像としての文学」。
    ★共同幻想は「ハイ・イメージ」として捕まえられようとし、『ハイ・イメージ論』は未来への希望、可能性を語ったもの、と読めないか。
     しかし問題は、「国家」という枠組が「消されて」いる。吉本隆明の未来像(思想の「射程」)のなかには「国家」が入っていない。このことを『ハイ・イメージ論』からどう受け取るか。
    ★『哲学の木』の読後感と『ハイ・イメージ論』

    <3>
    ●『なぜ大人になれないのか』
    ・「親子」の問題。(p58、p60〜63)・・親子から「同居人」=「支援者としての関係」へ。
    ・「異質性」とに共存・・現代感覚(対人関係)の底にありながら、しっかりと意識されず、同質性に囚われていること。

    ●斎藤環氏との対談(「論座」2001・3)の要点(・・この全文は未見です)
    ・「共同性」あるいは「共同体」について。
    *同居人としての家族と共同体の再生、という問題はセットになっている。
    *「武器としてのケータイ」のお話を、ここにしていただきながら、『共同幻想論』とつなげていただければと・・
    *(追加)ケータイによる発信を一つの「視線」と置き換えれば、こちらからの視線は必ず相手からの視線を受けることになり、そこにはもう一つ、「操作=コントロール」しようとする視線もある。このことは、吉本さんの、「ハイ・イメージ」論の視線に比べられます。
    ・国家という共同幻想から、その[共同性=宗教性]が解体されていく、弱まっていく、というのは時代の趨勢であり(国民国家へ)、たぶんそこが、村瀬さんと斎藤さんの対談の、隠れていたもう一つの争点だったのではないかと推測しているのですが。言い換えるなら、村瀬さんの[共同体]のイメージから、次代の国家像が、どう取り出されるか、という問いになります。


    発行人からの【23号のお知らせ・・鈍行編集日記パート3】(2002/02/21)

    ★某月某日
    ・[現代文学]を斬るのコーナーの原稿、お一人未着だが、ほぼそろう。
    ・滝川一廣・村上春樹論、山内修・村上龍[共生虫]論、柏木大安・村上龍『希望の国の エクソダス』論、
    さいとうゆう『田口ランディ』論。もう一篇、吉本ばなな論が届けば、完了。
    (そして誌面の余裕があれば、佐藤が「川上弘美論」を書こうかと思っている。)


    ★某月某日
    ・『リレー書簡』脱稿。最終走者、宗近真一郎さんの原稿が届けば、こちらも完了。
    ・もうひとつ、『アカデミー』hpに掲載してある、小浜逸郎さんとの『往復書簡』、 樹が陣営用に改稿す。
    小浜さんに見ていただき、小浜さんの返信に、加筆の必要がなければ、こちらも終了。
    ★某月某日
    ・確定申告のため、領収書と格闘する日々もやっと終わり(1週間ほど、このために取 られてしまった)
    ・樹が陣営編集、最終局面へやっと入ることができる。
    『ボロよい日記』を『ボロ酔い雑記』とし、新聞を整理しながら、雑記帖のようなものを書き始める。その他目次など。
    ・村瀬さん、宗近さんから原稿が届けば、ほぼ完了。


    22号編集後記
    ●「勝ち組み・負け組み」という言い方を最近よく目にする。人生、競争社会であるのだから、そのこと自体は否定しない。そんじょそこらの論壇誌、商業誌には負けないものを、という意気込みだけで「樹が陣営」を作ってきた当方も、やはり「勝ち負け」の世界にある。教師業を続けていたら、大勝ちとはならないまでも、世間的にはまあそこそこの勝ち組みにはなれたかもしれない。しかしそれができなかった。
    ●ここ一、二年、このまま続けていたら身がもたない、と心底感じていたし、リストラが言われるいまの社会にあってどれほど無謀なことかは知っていたが、どうせ勝ち組みから降りるなら、まだ「血の気」の残っているうちに、と考えた末の決断だった。教員という存在自体、ますます厳しさの中に置かれて行くはずであり(特殊教育の場合、特にそうだろうと思う。)、そのことも決断させた理由のひとつであった。愚考ここに極まれり、というところか。
    ●ところで、退職後すぐにいただいた佐藤通雅さんの書簡を無断で引かせていただくが、「とうとう決断しましたか。当方はあと三年、心身ともボロボロですが、こうなれば人体実験です」とあった。私は息を呑んだ。教職のただなかにあって、教育言説を三十数年闘わせてきた人の責任の取り方なのだろうと思った。言いたいことを言ってきて、中途で放り出すわけにはいかない、というような。私も職場のなかにあっては言いたいことを言い、したいようにさせてもらってきた。しかし佐藤通雅さんのような壮絶な「気概」は、ついに持てずに終わった。通雅さんにあっては「勝ち・負け」の次元などとうに超えている。辞めたことを悔いてはいないし、誇るつもりもない。しかし、負け組みの教員にはなりたくないというおかしなプライドがあったことを、改めて思い知らされた。これから十数年、通雅さんのように、「勝ち負け」の尺度など消し飛ぶように生きていきたいものだと思うばかりである。
    ●一年ぶりの発行となり、大幅に遅れたことをお詫びします。いささか忸怩たる物言いになりますが、「樹が陣営」は右の事情でスポンサーをなくし、一号一号、存続の危機に立ちながらの発行となります。ここ数号、書店売り上げ、予約購読者ともに漸減しており、今回は緊急特集のため増ページとなりましたが、以降、ページ、部数の削減をはかりながらの誌面構成となります。したがって寄贈はますます制限され、みなさんの書店購読、定期購読を切に願います。値上げも止む無しと、断腸の思いで、今号より定価1000円とさせていただきますことをご理解ください。また寄稿される方々は次回は、十一月末までに原稿をお送りください。
    ●ではまた次号で。2001・7・15 (幹)


    22号:【現在からの自註】
    まだ進行形の渦中にあるこの「後記」には、どんな自註を付けたらよいでしょうか。
    今回の号は、言うまでもなく竹田青嗣さんの特集が「柱」です。西さんと竹田さんのアンサンブルが、やはり見ものでしょうか。moriさんはお二人を「兄弟」に喩えていますが、わたしはひそかに、平成Japanの「マル・エン」と呼んでいます。決してお二人の前では口にしませんが。どちらが「マル」でどちらが「エン」かは、各自ご推量ください。
    ところで、この号には、ひとつ仕掛けがしてあります。竹田さんの特集を挟んではいますが、じつは「滝川一廣への招待」も、もくろんでいます。竹田さん、滝川さん、お二人の二大特集としてもよかったのですが、あえてこんな仕掛けをつくってみました。こうしたことも、編集の楽しみのひとつでもあるのです。
    それにしても、みなさん、ノーギャラで付き合ってくださっているのですよ。信じられますか。
    以前から念願だったのですが、次は橋爪大三郎さんに、何とかご登場願えないかと、ひそかに思っているのですが・・・(これはオフレコ)。 (幹)


    21号編集後記
    ●通勤の途中、あるオッサンとひそかにカーチョイスをしている。というとオーバーだけれど、ある日、後ろにピッタリと付かれるので、さすがにムッとして信号の手前で急ブレーキを踏んだところ、怒ったオッサン、さらに挑発的になった。こちらもロクでもない顔をしているが、あちらもサングラスをかけ、小バカにしたような薄笑いを浮かべて運転している。挑発をしっかりと受けとめたワタクシ、追い越しできる道路で蛇行させ、カーブでふいにスピードを落とし、三日もそんな運転を続けていると、さすがに知合いになった(といっても話したわけではなく、来たな、と気がついて手を振ると、向こうもそれに応えたということなのだけれど)。市街の渋滞を抜け、スピードの出せる農道に入ると、なぜかそのオッサン、ときどき後ろにいる。よしっ、とワタクシも戦闘モードに入ることになる。
    ●それがここしばらく見なかった。どうしたのかと思っていると、先日久し振りに小ばかにしたおっさんの顔をバックミラーに見つけた。RV車からセダンの中古車に変わっている(自慢するわけではないが、ワタクシの車も十二年目に入り、11万キロを走破した筋金入りの愛車である)。「どうしたんだろう、何か不如意でもあったのだろうか」などと余計なことを考えながら、ちょっと危ないとは思ったが、トロトロ走っていた前の車を追い越し、引き離しにかかった。さすがオッサン、もっと無理な追い越しをかけ、付いて来る。ちょうど信号地点、赤になったところで、止まると見せかけてそのまま突っ切った。「今日はワタクシの勝ちね」と思っていたら、次の信号待ちのところで、すごい勢いで追い越しながらやってくるオッサンの車が見えた。うーん、しようがないと、二台ほど前の車を追い抜いたところで、やっと諦めたらしかった。なかなかシブトイオッサンである。
    ●時々そんなふうにして、朝の通勤時間を過ごしている。こんなことを続けていたら、そのうち事故ってしまうかもしれない。「樹が陣営」がもし終刊するとしたら、そんなロクでもない理由によるだろうナ、きっと。でも、それでいい。
    ●というようなことを今回の発行にあたって考えた。六ヶ月の発行間隔を目指しているのですが、なかなか…。次回締めきりは十一月末日。是非ご協力を。次回は竹田青嗣さんの特集を予定しています。
    ●取り扱ってもらえる書店が河津聖恵さんのご尽力で、京都に三店ほど増えました。とてもありがたいです。
    ●精神科医の滝川一廣さんとの対談本の仕事をいただき、秋の発行を目指しています。(大丈夫かナ、書いちゃって)。夏はその準備にチョトツモーシンする予定です。では皆さん、よい夏を。  2000・7・8 (幹) 


    21号:【現在からの自註】
    わたしには、やや被害妄想?のところがあります。あるつまずききっかけとなって、被害的な考えが、どんどん頭のなかでふくらんでいくのです。この号を作っているときも、ちょうどそんな状態でした。滝川さんとのインタビュー集『「こころ」はどこで壊れるか』(洋泉社・新書y)でも、少しそのことに触れています。
    また一方では、小浜さんとの『中年男に恋はできるか』の書評が、新聞雑誌に、次々と出てきます。そしてさらにもう一方では、教師を続けるのは、もう無理だな、と感じていました。当然、最後の踏ん切りをつけるには至っていなかったのですが。
    いずれにしても、書評を目にしては、一気にテンションを上げ、いくらもしないうちに妄想状態に戻り、職場に行ってはもう無理だと感じている。そんな支離滅裂な状態でした。通勤の「戦闘モード」は、その賜物でしょう。
    この号は、やや悔いが残ります。小浜さんの『「弱者」とはだれか』(PHP新書)の読書会に、せっかく櫻田淳さんをお呼びし、その記事の掲載を承諾していただいたのに、このテーマへの突っ込みが十分でないままの誌面になってしまったからです。由紀草一さんの『思想以前』(洋泉社)もなかなかの力作ですが、ふたつを強引にくっつけてしまった感は、否めないようです。思い切って、「乙武現象」への批判を、もっと徹底すべきだったかな、という気がしていますが、わたしに余力がなかった、というところでしょうか。しかし、この読書会がご縁となって、 小浜・櫻田対談『「弱者」という呪縛』(PHP)の仕事につながっていくことになります。
    ところでこの号から、由紀さん、添田馨さん、宗近真一郎さん、そしてわたしの四人で「リレー書簡」を始めています。「往復書簡」はありますが、四人でリレーするのは初めての試みではないでしょうか。暇があれば、なんか面白い企画はないかと考えているのですが、あるとき思いついて、「思考のリレー」の試みに、お三方をお招きしたわけです。
    もうひとつ、勢古浩爾さんの『石原吉郎』も始まっています。現在、新書を舞台に活躍している勢古さんですが、これはもっとも初期の作品です。「文体」の違いは歴然としており、読み比べていただくのも、興味深いことでしょう。 (幹)


    20号編集後記
    ●週二回走るよう心がけてから今年で四年目になっているが、10キロを、キロ7分ペースで刻めるようになった。きっかけは、冬場になると、腰が痛くて走れない、生徒の伴走ができない、これでは飯の食い上げだというきわめて現実的な要請からだった。キロ7分はたいした速さではないが、10km走破が習慣化するなど、自分でも信じがたい。どちらかといえば短距離タイプであり、四年前は2kmがやっとだったのだ。
    ●ジョギングなどする奴は、「健康強迫」という病を病んだ人間だと、実はひそかにバカにしていた。健康への関心が以前よりも増したわけではない。煙草も酒も、身体のことを考えて、飲み(吸い)たいときに飲み(吸い)たいだけ飲む(吸う)ようにしている。しかしいま、週に一度は走らないと、なんか変だなという身体になっていることは事実である。四十五を過ぎてからのこうした変化は、我ながらになかなかのみものである。頭のほうもこんなふうに変るものだろうか。いや、変えてみたい。そう考えて始めたことがあるのだが、それがなんであるかを開陳するには、まだ尚早というものだろう。
    ●というようなことを今回の発行にあたって考えた。九月発行の予定がここまで延びてしまったわけですが、広告にも掲載した通り、小浜逸郎さんとの「対話集」が来春早々、洋泉社から刊行の運びとなり、その準備に時間を費やしたこと、それが遅れの最大の理由です(決して飲んだくればかりていたわけではありません)。期待は裏切らない対話集のはずですので、そちらの方も手にしていただけると嬉しい次第です。もしさらにチャンスがあるならば、これからも雑誌だけではなく、単行本の仕掛け人としての仕事やその他諸々、本という厳然たる「商品」へのチャレンジも続けていきたいと念願している。その実現に向けて、いまいくつかの企画をもっていますが、まだ公表の段階ではないので伏せておきましょう。仕事量はこれまで以上に増えるわけですが、そのことが、雑誌の発行遅延のもととならないよう、心積もりはしています。むしろもっとスピードアップしたく、年二回の発行を厳守するためにも次回六月発行を旨とし、四月末日を締めきりとします。ぜひご協力を。
    ●取り扱ってもらえる書店は相変わらず限られていますが、こちらの方へのアプローチもできる限りしていきたい。本当に時間がほしい。思い切って生業をやめようかなどと、夢のようなこともついつい・・・。行き着く先は?                 1999・11・24 (幹)


    20号:【現在からの自註】
    この号の「柱」は、村瀬学さんのインタビューです。吉本隆明さんの仕事に触れていただきながら、村瀬さんの最新の関心ごとを語ってもらう。それがわたしの目論んだことでした。テキストには、『心的現象論序説』を選びました。わたしには荷が重かったのですが、村瀬さんは、なんと言っても『初期心的現象の世界』の印象が圧倒的です。まったく未知の著者であった村瀬さんのこの著作を、偶然、本屋で手にしたのですが、タイトル、装丁を見て、なにごとかを「直感」しました。わたしが21年間、養護学校の教員を続けることができたのは、この著作のおかげです。「直感」は外れていなかったわけです。マルクスの疎外論への傾斜の有無が、このふたつの著作の肌合いをやや異なったものにしていますが、村瀬さんの発想のもっとも根っこのところには、『心的現象論序説』に通じるものがある。それを確かめるのが、目的のひとつでした。
    夏の暑い日、京都に出かけ、大学の研究室において村瀬さんと半日をいっしょに過ごすことになるのですが、わたしは5時間ほどのあいだ、終始、圧倒され続けていました。村瀬さんが、吉本さんから受け取ったもののまさに核心の部分が、このインタビューで語られています。それは村瀬さんがその後展開する、子ども論、「いのち」論を読み解くうえでの、重要なヒントともなっています。
    ところでこの号には、小浜逸郎さんはもとより、竹田青嗣さん、西研さん、滝川一廣さんといった、「人間学アカデミー」(トップページ参照)の講師を引き受けてくださる方々が、すでに出そろっていて、なかなか圧巻です。自分でも、編集意欲を、かなり鼓舞させられた号でした。
    「後記」に書いてある小浜さんとの「対話集」については、当ホームページ、管理人moriさんの「関連書籍紹介」をご覧ください。よ〜く読むと、けっこう辛口の「感想」になっていますよ。 ジョギングのことも書いていますが、自分を教職につなぎとめておくための、無意識の方策だったのかもしれません。(幹)


    最終更新日:2003年11月01日