| 「しょーと・ぴーすの会」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
第30回(7/4)は、レポートの後は、ただちにテキストから発展した、北朝鮮問
題や憲法改正についてなど、きわめて今日的な問題について、議論が展開されまし
た。その中でも、「最近保守派言論人から離れた」とおっしゃる櫻田氏の、国益を中
心にプログマティックに政治的な現象を捉えるまなざしが印象に残りました。
次回は小浜氏の本質的な思考がかっちりと記述された近作をとりあげます。本会の
常連にはおなじみのテーマではありますが、非常に抽象度の高い話題ですので、どの
ように個々人にひきつけて理解していくか、課題になると思います。なるべく新鮮な
視点が出てほしいので、新しい参加者にも期待しています。
人間の身体は、たんなる生体システムではない。人は身体という座において、世界と関係を結び、他者と出会い、そして触れあい、ついには「私」を立ち上がらせる。私たち人間は、「身体をもつ」のではない。むしろ、「身体として・いる」存在なのである。他者とのかけがえのないかかわり=「エロス」を軸に、身体の人間論的な意味を徹底して考え抜く。 ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 小浜逸郎『エロス身体論』(平凡社新書) 2 レポーター 古川徹朗 (司会)根本義明 コメンテーター 小浜逸郎 3 日 時 平成16年9月12日(日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アー ケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) ★行き方案内★
・JR四ツ谷駅 四ツ谷口を出て、目の前の外堀通りを渡ると「しんみち通り」というアーケードがあります。(右の地図参照) そのアーケードに入ってすぐ左手が「四ツ谷ルノアール(電話 03-3351-1052)」です。そこの「3階」が会場となります。 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
前回(9/12)は、出席者の相当数の方にお馴染みのテーマだったため、「身体の
あり方」をめぐる著者のアプローチをめぐって、率直な意見が多数出されました。私としては、若い頃の流行で、そのまま通り過ぎてしまった身体論が、新たに、説得力 豊かに展開された思いで、たいへん知的好奇心が刺激されました。 次回は、現在特に注目されている精神的な失調の問題に対して、学問と臨床の両面に わたる長年の経験から導かれた深い洞察を示したテキストを取り上げます。関心の深 い方は相当おられることと思いますので、ふるってご参加のうえ、さまざまの角度か らご議論ください。 マニュアル化された現代の精神医学は「こころ」を身体メカニズムの一種ととらえ、正常と異常の境界線をひいてゆく。これに対して本書は、「こころ」の病はけっして「異常」ではなく、人間の「こころ」の本質の、ある現われとして把握する。こうした立場から本書は、統合失調症、自閉症、不登校という三つの「ふしぎ」を取り上げ、「個的」でありながら「共同的」でもある「こころ」の本質に迫ってゆく。私たちの「こころ」を根本から考え直す上で示唆に富む、人間学的精神医学の試みである。 ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 滝川一廣『こころの本質とは何か』(ちくま新書) 2 レポーター 栗田篤志 (司会)村田一 3 日 時 平成16年11月21日(日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アー ケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第32回(11/21)は、本会始まって以来の出席者数となり、改めて精神病理につい
ての今日の関心の高さを知らされました。さまざまな議論を通じて改めて、個人と共
同性の関りの最深部から問題を捉えていこうとする著者のしなやかで強靭なまなざし
が浮かび上がり、人間理解に関する新たな地平が拓かれる思いがいたしました。
次回は、精神病理を社会の側がどう扱うか、その先端の問題が現れる刑法三九条につ
いて、まさに論争の形で、さまざまな立場からの考察を集めたオムニバス論集を取り
あげます。執筆者のうち二人は本会の常連メンバーで、あることからも、再び非常に
熱く深い議論が展開されるのではないかと期待しております。
「心神喪失・心身耗弱」、そして凶悪殺人犯が野に放たれる?精神鑑定はうそ臭い!刑法はもはや時代遅れだ!こんな三九条があるから被害者は救われないのだ!よろしい、まちがいなく議論はタブーなしで、徹底的にやるべきだ。さてしかし、責任能力とはなにか、なぜ精神鑑定が「うそ臭い」のか。ほんとうに「精神病者=犯罪者=責任能力なし」なのか。いや、そもそも刑法とはなにか。なぜ三九条の条文があるのか。本書は、この厄介きわまりない主題に迫り、冷静に、多角的に、腰を据え、そして時代に先駆けてなされる問題提起の一書である。 ――――――――――記――――――――――― 1テキスト 呉智英・佐藤幹夫編『刑法三九条は削除せよ! 是か非か』(洋泉社新 書y) 2 レポーター 佐藤幹夫 (司会)小浜逸郎 3 日 時 平成17年1月23日(日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール4階会議室 (四谷駅より外堀通りを渡り、左手アーケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第33回(1/23)は、法律を専門になさっている方々にご参加いただきまして、個
人的にはとても勉強になりました。議論は予想通り、「狂気」を見る社会のまなざ
し、その条理と不条理をめぐって様々に展開されました。一定の結論に達することな
どできない相談ですが、濃密な思考の時間を過ごせたと思っております。
次回は、「自由」の問題を、哲学・国際政治・三面記事的な話題、など、広範な角
度から論じた著作を取り上げます。非常に入口の多いテーマとなりますので、多数の
方のご参加が期待されます。
イラク問題、経済構造改革論議、酒鬼薔薇事件…現代社会の病理に迫る!「個人の自由」は、本当に人間の本質なのか?現代の自由の問題をさまざまな視点から問い直す!●イラク人質事件と奇妙な「自己責任論」●アメリカのイラク攻撃が示した「自由」のディレンマ●バーリンの「自由論」の意味●ムーアの倫理学と相対主義●現代の「自由」と情緒主義●なぜリベラリズムは力を持たないのか●偶然性を排除して出てくる「個人」●「値する」ということ●「自由」というニヒリズム●「自由」の背後にある「義」というもの●「自由のパラドックス」を乗り越えるために ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 佐伯啓思『自由とは何か』(講談社現代新書) 2 レポーター 小浜逸郎 (司会)滝川一廣 3 日 時 平成17年3月6日(日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール4階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アー ケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第34回(3/6)は、私は所用のため出席できませんでしたが、佐藤幹夫氏による
と、著者の言う「義」の概念をいかに具体的に掴むかをめぐって議論が展開されたそ
うです。
次回は、その佐藤氏の近著で、いわゆるレッサーパンダ帽男の事件を題材に、知的障
害者と社会との関わりを、綿密な取材と共感力で描いた力作を取り上げます。福祉関
係に興味のある人だけでなく、広く現代日本を考えたい意欲のある方々の参加を期待
します。
自閉症裁判の初のリーディングケースとして位置づけられる浅草女子短大生(レッサーパンダ帽)殺人事件は、なぜ、単なる「凶悪な通り魔」殺人事件として処理されてしまったのか?被害者に向き合わない加害者支援運動が無効なように、検察と一体となった報道や「責任能力」論議を垂れ流すだけのマスコミと厳罰を処して事足れりとする司法は、本質的に同じ間違いを犯している。ほんとうの意味での再犯防止につながる「障害」への理解がなければ、再びこのような悲劇はくり返されるからである。―四年に及ぶ徹底取材を経て、司法・教育・福祉・司法精神医学が問わずにきた重要課題を明らかにする問題作。 ――――――――――記――――――――――― 1テキスト 佐藤幹夫『自閉症裁判』(洋泉社) 2 レポーター 中尾賢史 (司会)根本義明 3 日 時 平成17年4月29日(金、緑の日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室 (四谷駅より外堀通りを渡り、左手アーケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第35回(4/29)は、「自閉症」よりは「裁判」の問題、即ち人を裁くことの根本的な問題から現代日本の司法の実態までが主に議論されました。このような根源的な問題を具体的に、様々な角度から検証する機会を我々に与えてくれた著者の佐藤さんには、改めて感謝したいと思います。
次回は、ナショナリズムの健全化を目指す問題提起の書を取り上げます。きわめて古く、かつまた今日的な課題ですから、さまざまな立場からのご意見をうかがいたちと思います。奮ってご参加ください。
ナショナリズムは世界中に目を覆う惨禍をもたらした。現在も偏狭な民族主義が血で血を洗う抗争を引き起こしている。だがナショナリズムはただ否定すべきものなのだろうか。その気になりさえすれば廃棄できるものなのだろうか。いま必要なのは、新しい開かれたナショナリズム、人権と多様な価値観を抑圧しないナショナリティを確立することだ。われわれのナショナルな心情の源流をさかのぼり、ナショナリズム転生への条件を提起する。 ――――――――――記――――――――――― 1テキスト 井崎正敏『ナショナリズムの練習問題』(洋泉社新書y) 2 レポーター 斉藤祐 (司会)佐藤幹夫 コメンテーター 井崎正敏 3 日 時 平成17年6月12日(日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アーケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第36回(6/12)は、天皇制の問題を私が最初に言い出しましたので、それでだいぶ時間がとられ、他の人々には申し訳なかったかと思います。ただ、現代日本でナショナリズムを語る難しさの一例だけは、端的に出ていたと思うのですが、どうでしょうか。次回は、中学校での授業の形で、最も身近なところから倫理の問題を展開した本をとりあげます。子どもにどうやって善悪を教えたらよいか、最近の難問の一つだと思いますので、いろいろなお立場の人の参加をお願いしたいと思います。奮ってご参加ください。 「よいこと」ってなんだろう…?なぜ「法」を守る必要があるんだろう…?なんのために「働く」んだろう…?どんな疑問も率直に答える、心のもやもやが晴れる本。 ――――――――――記――――――――――― 1テキスト 小浜逸郎『善悪ってなに?働くってどんなこと?』(草思社) 2 レポーター 村田一 (司会)本田哲也 コメンテーター 小浜逸郎 3 日 時 平成17年8月7日(日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アーケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第37回(8/7)には、私は所用で行けなかったのですが、出席なさった清水氏によると、倫理の必要性をわかりやすく説いた、たいへんよくできた本であることはまちがいないとした上で、様々な問題点が指摘されたそうです。とりあえず、活発に議論がなされたのは、けっこうなことであると考えます。次回は、古代から現代までの、主に文学者たちの苦心の跡をたどりつつ、日本語の創造と変化の歴史を概観した本を取り上げます。言語論は本会では初登場かと思います。とても楽しみです。 [要旨] 古代の太安万侶にはじまり、紀貫之、藤原定家、本居宣長、夏目漱石、そして現代の時枝誠記という巨人たちを主人公として、時代の変化のなかでのかれらの苦心のあとをたどりながら、日本語がどのように創造され、表現されてきたか、自覚されてきたのか、楽しくわかりやすく語る。 [目次] 1 日本語表記の創造―太安万侶;2 和文の創造―紀貫之;3 日本語の「仮名遣」の創始―藤原定家;4 日本語の音韻の発見―本居宣長;5 近代文体の創造―夏目漱石;6 日本語の文法の創造―時枝誠記 ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 小池清治『日本語はいかにつくられたか?』(ちくま学芸文庫) 2 レポーター 斎藤祐 (司会)小浜逸郎 コメンテーター 小浜逸郎 3 日 時 平成17年10月2日(日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アーケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第38回(10/2)は、私などには教えられるところの多いテキストで、感心するばかりで、議論になるか、と案じられたのですが、日本語の成立史や言葉一般をめぐって様々な話題が出て、思った以上に楽しい会になりました。有益なテキストを紹介してくださり、また簡にして要を得たレポートを発表してくださった斉藤さんには改めてお礼申し上げます。さて次回はうってかわって、自民党の改正案も出て、今後戦後最も大きな政治課題の一つとなるはずの憲法をめぐって議論したいと思います。さまざまな立場からの関心も高いでしょうから、多くの人の参加と発言を期待しております。 [要旨] 現行憲法のここが問題だ。いたずらな“神格化”を排し21世紀日本にふさわしい新しい憲法像を提示する。 [目次] 日本国憲法、四つの“神話”;成立過程の「自己欺瞞」とは;『前文』―憲法の“顔”;「象徴天皇制」の意義;第九条と「特殊日本的平和観念」;内閣法制局の第九条解釈を検証する;人権概念の再構築―「共生の権理」をもとめて;欠陥品としての第四章『国会』;疑問視される内閣の危機管理能力;「司法権の独立」再考〔ほか〕 ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 西修『日本国憲法を考える』(文春新書) 2 レポーター 由紀草一 (司会)宇野雅子 3 日 時 平成17年12月4日(日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第40回(2/12)は、テキストの編集者にもご出席いただきまして、さまざまな情報を得て、その意味では有益でしたが、やっかいな隣国に関しては語るのもまたやっかいだという感慨が残りました。少なくとも私にとっては、韓国の現在より、日本とあまりに密接に関わった過去のほうが関心が強く、無理にそれを申し上げましたので、他の出席者の方には迷惑だったかも知れません。
次回は、個人的には最も興味を惹かれる、子どもの新たな「現実」を深く考究したテキストを取り上げます。直接子どもの問題にではなくても、現代という時代の底にあるものを見つめたい意欲のある人には必ず裨益するところがあると思いますので、ご出席ください。 [要旨] 子どもが引き起こす残酷な事件が報道されるたび、「子どもが変わった」と言われる。しかし、本当に子どもは変わったのか?二〇〇四年に起きた佐世保事件の背景をたどりつつ、子どもたちを取り巻く状況、とりわけ「学校」という場が子どもたちの生きるかたちに与えている影響を丹念に描き出す。子どもたちの世界を子どもたちの側に立って理解していくことで問題の本質が浮かび上がる。 [目次] 1 事件とその物語(学校のなかで起きた殺人;時間の錯誤;家裁決定要旨を読む(1)―女児の人格特性 ほか);2 学校と子どもたちのいま(学校のリアリティ;時代のなかの子ども;人々の生きるかたちとその歴史 ほか);3 学校という場の嘘(学校という場の小さな嘘;子どもと教師のきしみ;学校のなかのコミュニケーション ほか) ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト浜田寿美男『子どものリアリティ 学校のバーチャリティ』(岩波書店) 2 レポーター 栗田篤志 (司会)佐藤幹夫 3 日 時 平成18年4月16日(日) 午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール4階会議室 *今回由紀の不手際で、会場が1階高く、また狭いところになってしまいました。申し訳ありません。 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第42回(6/4)は、論旨より、著者の論争態度に違和感がもたれた人が多かったよう
です。「少子化と男女共同参画社会の遅れとは関係がない」のは首肯できても、その証明に頁数を使い過ぎではないか、「子供を作るかどうかは夫婦だけが決められる」という結論はいいが、だからと言って少子化対策はいっさい不要なのか、等等。
次回は、赤川学氏よりさらに若い社会学の俊英が、社会変動の視点から最近の日韓中の「ナショナリズム」に新たな光を当てたテキストを取り上げます。久しぶりに著者にもお出で願えますので、真夏の熱い議論ができそうです。
[要旨] ネット世代の日韓中の対立関係は、いまや千年一日の紋切り型のナショナリズム論では捉えきれない事態に直面している。「反日感情の増幅」や「若者の右傾化」を憂えたり、批判したりすることよりもいま問題にすべきは、各国における「社会流動化」の進行が「不安」を増幅させ、ナショナリズムがその逃げ場となっている事態だ。旧来の「左右対立」とはまったく異なる形で進行するベクトルを掴むには、雇用不安や階層分化といった国内問題と結びつけて分析されるべきだ。若年層問題がその最大の争点になるだろう。若き社会学者がグローバル資本主義下の三国に共通する課題を浮かび上がらせる。 [目次] 序章 高度成長の再検討とナショナリズムの結びつき;第1章 日本的脱工業化と世代間対立の浮上―日本1;第2章 趣味化したナショナリズムと目標の喪失感―日本2;第3章 ポスト民主化の若者たちのゆくえ―韓国;第4章 社会主義から過剰流動社会へ―中国;結び 社会流動化の中の東アジア・ナショナリズム ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 高原基彰『不安型ナショナリズムの時代』(洋泉社新書y) 2 レポーター 村田一 (司会)佐藤幹夫 コメンテーター 高原基彰 3 日 時 平成18年8月6日(日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第43回(8/6)は、現在の日韓中の「ナショナリズム」の底流にある社会意識につい
て分析したテキストでしたが、私など2、3の参加者が、ナショナリズムの意味など、入口の言葉の問題につまずき、せっかく著者においでいただいたのに、十分な議論が尽くせなかったように思えます。著者の高原氏には申し訳ないことでした。
次回は、最近盛んな、大脳生理学から人間を理解しようとするテキストのうち、比較的
早い時期に出た本を取り上げます。私などは全く無知な領域ですので、多くの人から学べることが、今からとても楽しみです。
[要旨] 「記憶を失う」とはどういう事なのだろうか? 脳が記憶するもの消し去るもの、その分岐となる準拠、無意識の世界で選別される微量な差とは? 人は自分自身に起こった事もほとんどを覚えているわけではない。あらかたは忘れてしまうものだ。記憶になければ、それがたとえ事実であろうと無かったと同じこと、現実に存った事も人生から消えてしまう。 脳が言語によって意味付けするもの、物を見る事、知覚する事、それらを形づくり意識として形成されるもの、 脳に関する機能、一つ一つの現象が非常に分かり易く明らかにされる。 山村氏は書く、 「いろいろな現象に別の現象の徴候を見るのは人間の変ることのない本性である。人を見るときもそうである。相手を等身大の、そのままの存在として見ることはわれわれのもっとも苦手なことである。逆に相手を分類し、ラベルを貼るのはわれわれの得意なことの一つである。つまり自分の尺度に合わせて、相手を解釈し、記号化してしまう。」 何を選び何を切り捨てて来たのか、無意識に脳内に刻み込んだ「記憶」もまた、その人の人生の背景・心象世界の存り方を端的に示す。 「私」という極めて狭義な尺度、それがかたち造る言語世界。 ★この文章は【千年の悦楽 一夜の彷徨(http://saturniens.air-nifty.com/sennen/2005/05/_____1e03.html)】というブログから無断借用しました。 [目次] 不明 ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 山鳥重『脳からみた心』(NHKブックス) 2 レポーター 古川徹朗 (司会)由紀草一 3 日 時 平成18年10月1日(日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール3階会議室 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第44回(10/1)は、神経心理学の立場から、しかし難解な専門用語の使用は避けて、平易に言葉や理解、記憶のメカニズムに迫った名著を、古川さんの詳細なレポートで読むことが出来て、たいへん勉強になりました。「人間」の全体像を知るための手がかりの一つがここにあるとは、参加者の多くが共有した感想だったと思います。
次回は、ポスト経済成長社会としての「定常型社会」の中で広い意味での福祉とはどうあるべきか提言した話題作を取り上げます。現代を生きるすべて人に密接に関わる問題だと思いますので、皆様ふるってご参加ください。
[要旨] かつての日本社会には、終身雇用の会社と強固で安定した家族という「見えない社会保障」があり、それは限りない経済成長と不可分のものだった。経済成長という前提が崩れ、「定常型社会」となりつつある今、再分配のシステムである「福祉」を根底から考え直す必要がある。本書は、「人生前半の社会保障」という新たなコンセプトとともに社会保障・教育改革の具体的道筋を示し、環境制約との調和、コミュニティの再生を含みこんだ、「持続可能な福祉社会」像をトータルかつ大胆に提示する。 [目次] プロローグ 「人生前半の社会保障」とは;第1章 ライフサイクル論;第2章 社会保障論/雇用論;第3章 教育論/「若者基礎年金」論;第4章 福祉国家論/再分配論;第5章 定常型社会論/資本主義論;第6章 環境論/総合政策論;第7章 コミュニティ論;エピローグ グローバル定常型社会へ ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 広井良典『持続可能な福祉社会』(ちくま新書) 2 レポーター 佐藤幹夫 (司会)小浜逸郎 3 日 時 平成18年11月26日(日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール4階会議室 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第45回(11/26)は、全体としての経済成長が期待できなくなった今後の社会で人間が生き生きできる政策を総合的に探ったテキストでしたが、著者の問題意識は正当であるとしても、具体的な施策案としては不満が多く出て、改めて今後の社会像を構築するのは至難であるとの思いが共有されたと思います。
次回は、拙著を叩き台として、憲法九条問題、即ち日本の平和主義を、根本的に考えてみたいと思います。どんな意見が聞けるか、今からとても楽しみです。
[要旨] 「日本国憲法は戦争を禁じているから善い」←→「善い憲法が禁じているのだから日本は戦争ができない」。戦後の日本人が陥っているこの循環論法に、あなたはなんの違和感も覚えませんか?憲法九条をめぐる長年の論争は、否定を許さない「平和主義」の理想にからめとられ、大切なことに目をつぶっている。風雲急を告げる国際情勢下で、日本が歩むべき真の平和を模索したい。戦場なんか行きたくないはずの「軟弱者」が、戦争に巻き込まれないために考えるべきこととは。今こそ私たちにとっての憲法を問い直す。 [目次] 第1章 戦争は絶対悪なのか(回路の外から眺めると;「正しい戦争」も捨てられた ほか);第2章 1990年代前半に見えてきたこと(自衛隊出動せず;非軍事物資とはどういう意味だ? ほか);第3章 それでも戦争に反対する人びとの言い分(悪者はだれだ;弱い者を悪から守ろうとすると ほか);第4章 憲法を支える/憲法によって支えられる真理(よい憲法なら改めて選ぼうとする姿勢;憲法は内容さえよければいいか ほか);第5章 正義をめぐる螺旋階段をもうひとめぐり(古だぬきの正義批判;立場をとらないのはどんな立場か ほか) ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 由紀草一『軟弱者の戦争論』(PHP新書) 2 レポーター 小西一也 (司会)村田一 3 日 時 平成19年2月12日(月・振替休日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール4階会議室 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第46回(2/12)は、拙著から憲法九条の問題を論じましたが、この戦後日本を特徴づける独特の条文に関して一度できあがった観念は容易に変えることはできないと思い知ると同時に、それとは別次元の、若い世代からの新鮮な感想も聞けて、非常に刺激的だったと思います。
次回は、小浜人間学の中核がコンパクトにまとめられた新著を取り上げます。年配者も若者も、それぞれの立場で思うことが多いテーマだと思いますので、皆様奮ってご参加ください。
[要旨] 人生の意味や目的は何であるのか?哲学や思想の営みとふつうの生活者の意識はなぜ乖離するのか?人間にとって死とはなぜ不条理で恐ろしく、また悲しいのか?そして、人はなぜ死ななければならないのか?このような問いは、人生の青春期において、そして中高年期においてしばしば訪れる。しかし、この実存的なテーマは老若を問わず、人生全体を視野に入れれば必然的に自らにふりかかってくるテーマである。最も今日的な生=死とは何かを生物学的還元主義と宗教的=超越的観点を排し、日常におけるふつうの人々の生き方を肯定する哲学的考察。シリーズ三部作遂に完結。 [目次] 第1章 「人は何のために生きるのか」と問われたら(絶えず喚起される問い;人間の意識の現象学的特性について ほか);第2章 哲学・思想はほんとうに役に立つのか(哲学者と一般人との不幸なギャップ;あるべき哲学の必要性とその存立根拠 ほか);第3章 死はなぜ不条理で恐ろしく、また悲しいのか(個体の生殖と死はメダルの裏表である;人間は自己の身体の有限性から逃れられない ほか);第4章 人はなぜ死ななければならないのか(あらかじめ退けておかねばならぬ二つの立場;魂の不滅を説く教説が陥る問題点 ほか) ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 小浜逸郎『人はなぜ死ななければならないのか』(洋泉社新書y) 2 レポーター 瀬野ゆめか (司会)根本義明 コメンテーター 小浜逸郎 3 日 時 平成19年4月8日(日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール4階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アーケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。
第48回(7/22)は、本会としては初めて、「善悪」を抽象概念として可能な限りつめ
ようと試みる分析哲学の本を使いました。簡潔なレポートはよかったのですが、それにもかかわらず、このようなテキストから発展してどのように議論したらいいのか、参加者には最後まで戸惑いが残ったように感じます。それはそれで、一つの読書体験として意味を持つのかな、とも思いますが。
次回は、非常に具体的な問題に関して、最近編著書をまとめられたお二人にご出席願っ
て、熱い議論をくりひろげようと考えております。広く「子ども」や「日本の現在」の問題に関わりや興味のある方はどうぞご参加ください。
[要旨] 厳罰化は少年犯罪を本当に抑止できるのか?犯罪被害者や遺族に対し、十分なケアを保障することにまったく異論はない。ただしそのことと、少年事件の「全体」を冷静に論じることとは別である。本書は、矯正や司法、教育、医療、福祉など、現場の第一線での豊富な実践の経験をもつ書き手が、昨今推し進められる厳罰化の是非にとどまらず、広い見地からの議論を提出しようとしたものである。加害少年は十年後、あるいは二十年後、必ず社会復帰する。そして私たちの隣人となる。どんな隣人となってくれることを私たちは願うか。それが本書の出発点である。 [目次] 第1章 「審判」―少年を裁くということ(少年司法の戻るところ 寝屋川事件と「改正」少年法 「中途半端に理性的」な人間と犯罪抑止力 逆送少年の刑事裁判について) 第2章 「処遇」―少年院と少年刑務所はどう違うのか(少年司法厳罰化の現実と矛盾 刑務所内処遇に、少年の更生・再犯防止効果はあるのか) 第3章 「更生」―立ち直るために必要なこと(どうすれば「非」を認めることができるのか 少年犯罪という鏡) 第4章 「教育と社会」―「少年」の変容、社会の変容(子どもと学校はどう変わったかUniversal Designed Educationとの両輪ではじめて意味のある少年法厳罰化,近代の終わり―少年法への遺制の混淆と新自由主義) ――――――――――記――――――――――― 1 テキスト 佐藤幹夫・山本譲司編著『少年法厳罰化 私はこう考える』(洋泉社新書y) 2 レポーター 酒井祐伸 (司会)村田一 コメンテーター 佐藤幹夫・山本譲司 3 日 時 平成19年10月14日(日)午後2時〜6時 4 場 所 四谷ルノアール4階会議室(四谷駅より外堀通りを渡り、左手アーケード「しんみち通り」をくぐってすぐ左手) ★行き方案内★
・JR四ツ谷駅 四ツ谷口を出て、目の前の外堀通りを渡ると「しんみち通り」というアーケードがあります。(右の地図参照) そのアーケードに入ってすぐ左手が「四ツ谷ルノアール(電話 03-3351-1052)」です。そこの「4階」が会場となります。 5 会 費 1,000円(飲食費別) 6 連絡先 千葉県我孫子市緑1-4-19 由紀草一 090ー8027ー5987 ★参加はまったく自由です。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||