イギリス・マドリガルは小菊の花束
イギリスのマドリガルは、1500年代後半に咲いた花束である。
それまでのイギリスには、人々が歌う歌曲というものはあまりなかったのが、この時期になって、豊富なイタリア・マドリガルの影響を受け、まずバード(William Byrd)が曲づくりを始めた。そしてその弟子モーリー(Thomas Morley)、さらにファーマー(John Farmer)、ダウランド(John Dowland)、つづいてウィールクス(Thomas Weelkes)、ウィルビー(John Wilbye)、ギボンズ(Orland Gibbons)といった今日割合よく知られている人たちが皆、同時代人として一気にその才能を開き、花束を形づくる。
イギリス・マドリガルを歌うと心が解き放たれる。イタリア・マドリガルほどの重みや構成美はなく、フランス・シャンソンほどにウィットやニヤッとさせるような男女の機微が歌われているわけでもない。ただ明るい。そして軽い。音が美しい。生きていくことをこんな風に歌っていくこともできるのだ。
イギリス・マドリガルこそ庶民の音楽だ。一枚の紙に4つのパート譜が、それぞれ四方から読めるように印刷された楽譜がある。私の思いは中世のイギリスへ飛んで行く。ある貧しい農家の食卓。夕食のあと、感謝の祈りを捧げた後、この楽譜をテーブルのまん中におき、お父さんの合図で家族4人がマドリガルを歌っている。一日の労働の苦しさは、こうやって家族の暖かさの中で昇華していってしまう。テーブルの脇には小菊がそっと飾られているにちがいない。
そうだ、この響きはやはり小菊の花束なんだ・・・・・・。
(日下不二雄)
2002/01/20 10:48