スペイン・ルネサンス音楽とビクトリア

スペインの音楽にルネサンス的な傾向が刻み込まれたのは15世紀の末近くなってからであり、本格的に発展していくようになるのは16世紀に入ってしばらく経ってからのことであった。16世紀スペイン音楽は、器楽音楽と世俗音楽の分野では独自のものを開拓していった。しかし、宗教音楽の分野ではフランドル・イタリアなど外国の音楽の影響が著しくみられる。しかし、スペインの作曲家も活躍しており、その中ではモラーレス、ビクトリアなどが代表者である。

トマス・ルイス・デ・ビクトリア(1584頃〜1611)は、スペイン・ルネサンス音楽最大の巨匠であり、同時にその終末を飾った作曲家である。その作品は、現存する限りミサ18曲、レクイエム2曲、モテット52曲などであり、世俗作品は一曲もなく、徹底して教会音楽家の道を歩んだ作曲家であった。

ビクトリアのミサ曲は、そのほとんどが彼自身のモテットやグレゴリオ聖歌によるパロディー・ミサである。パロディー・ミサは、その主題となる旋律に他の曲の素材を借用するもので、パレストリーナをはじめこの時代の多くの作曲家に広く取り入れられていたものである。特に、世俗曲によるパロディー・ミサが流行し、先に述べたように、トレントの公会議で批判されている。今回取り上げる、四声のミサ<Missa,O quam gloriosum eat regnum>も、ビクトリア自身の同名のモテット(前回の演奏会のアンコールで演奏)に基づくパロディー・ミサの典型的な作品であり、キリエやクレードのなかにモテットの旋律が現れている。

ビクトリアは、教会音楽という限られた領域の内部のみで活躍した音楽家である。その作風はパレストリーナふうのポリフォニー技法が中心となっており、フランドル派の作品のように技法におぼれることがない。むしろ全体的な見通しのよい構成のなかに、歌詞の内容を表出させ、言葉のアクセントやデクラメーションを生かして流れていく。しかも、歌詞に応じてそれぞれ適切なモチーフが用意され、半音階法や劇的表現やリズムを避けながら、不協和音程が効果的に用いられ、独特の雰囲気を醸し出している。パレストリーナなどのイタリア・ルネサンス音楽に比べ、線の太さと、熱い感情の高まりを感じさせるスペイン特有の宗教的熱情を聞き取ることができる。日本人好みの作品であるとも言えるのではないだろうか。

(坂本尚史)
(多くの部分で皆川達夫著「西洋音楽史 中世・ルネサンス」を参考にした。)


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2002/01/20 10:44