ウィリアム・バード:3声のミサ

イギリスの作曲家といえばどんな人物を想像するだろうか。わが国の標準的な音楽の教育を受けた人なら、(しかも真面目に受けて、記憶力のいい人)近くはビートルズに始まり、エルガー、ブリテン、大分遡ってせいぜいパーセルくらいまでなら列挙することができるかもしれない。しかし、それ以前は、となると自信のない人が多くなるのではないだろうか。

イギリスの音楽を本当に知りたいという方には、まさにこの「それ以前」の音楽を知って頂きたいのである。というのも、イギリスには中世以来合唱音楽の伝統があり、16世紀(つまりバロックの一つ前の時期)のチューダー王朝期になると数多くのすぐれた音楽家を輩出することになるからである。とくに、16世紀後半のエリザベス女王の統治時代になるとモーリー、ギボンズ、ダウランドのような音楽家たちがまさに「エリザベス期ルネッサンス」とも言うべき未曾有の合唱音楽の黄金期を形成することになる。

ウィリアム・バード(William Byrd 1543〜1623)は上記の時代に活躍した音楽家のうちで筆頭に挙げられる人物である。その肌目の細かい作風から、イギリスのパレストリーナと呼ばれるほどであるが、彼自身はカトリック信者でありながら、国教を推し進めるイギリス国王に仕えたという実に矛盾に満ちた一生を送っている。

バードは、3声部、4声部、5声部、合計3曲のミサを残したが、全てポリフォニーによるキリエ、クレド全文が作曲されている点でバード以前のミサ曲と異なり、グローリア、クレドの小区分の箇所が、イギリス、大陸両方の伝統と異なる。

3声部のミサは、アルト、テナー、バスの3声部のために作曲されたもので、他のミサ曲に比べ簡素な美しさを持つ。ことにベネディクトゥス、アニュスデイに共通するモチーフは透明感と祈りに満ちたもので、我々の心にしみいるようである。


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2002/01/20 10:44