第二ステージ
中世の吟遊詩人、もっとも有名なものにフランスのトルヴェールやトルバドゥールがある。彼らは地方の領主たちで愛の歌を得意とし、騎士道の幕開けとも言われる。
1曲目の「森」はトルヴェールの曲で、ゲムスホルン(かもしかの角)で演奏する。
続いてルネサンス期のアントワープの出版業者ティルマン・スザートの曲集から「のぞみも消えて」。
J.ダウランドは、当時最高のリュート奏者とうたわれ、美しい旋律の歌曲、合奏の為の舞曲などを多く残した。ガイヤールドは、パヴァーヌと呼ばれるゆっくりと列になって進む踊りの後に踊られた。軽快な跳躍を含むサンク・パ(5歩)のステップに特徴がある。同じくルネサンス時代の宮廷で踊られたスパニョレッタであるが、これはオランダで始まったと、ミヒャエル・プレトリウスが、その著書「テルプシコーレ」に記していることは興味深い。
次に東洋的な響きのする演奏で、T.スザートの「パッサメディオ」。パッサ・メッツォはイタリアで踊られたやや軽快なパヴァーヌであるが、広く流行し、曲だけでも演奏されるようになった。ここではキャップ付きのリード楽器、クルムホルンが登場する。
続いて、ロビンに切なる愛の思いを告げる、ヘンリー8世時代(シェークスピアの少し前)のイギリスの作曲家、ウィリアム・コーニッシュの「ああロビン」。
おなじみの舞曲は、やはりスザートの曲集からブロークンコンソートの形でお届けする。また「ダフネ」はリコーダーのソロで、バロック期に入ったオランダのリコーダー奏者兼作曲家、ヴァン・アイクの作である。曲集「笛の楽園」の1曲で、ヴァン・アイクは当時流行っていた種々の曲に、このようにディヴィジョンと呼ばれる変奏を加えて装飾様式の手順を後世の人に残している。この曲は最古のオペラと言われるペーリ作曲の「ダフネ」と思われる。
さて、サラバンドという踊りは器楽曲の中に非常によくその名を聞くが、起源には諸説がある。16世紀末スペインからヨーロッパに広まった当時は民衆的で激しいものだったが、今日では3拍子の優雅な足取りのみがサラバンドの辿った道のりを想像させる。この時代、同じくフランスで、クラブサン(チェンバロ)音楽の頂点にいたのがF.クープランである。やはりオルガニストで、優れたクラブサン曲を残したL.C.ダカンと合わせてフランス音楽独特の詩情あふれる美の世界へと時代を下ってゆく。
器楽曲の最後は再び16世紀に戻り、フランソワ1世時代のフランスのシャンソンをお聞きいただく。セルトン、セルミジら若き作曲家たちは当時もてはやされたクレマン・マロらの詩に作曲していった。親しみやすい旋律、軽やかなリズムなどによって、中世以来の典型から全く離れて、新しい様式のシャンソンを生み出していった。新しいタイプの詩と音楽は、たちまちフランス宮廷の人々を魅了していった。
(大谷文彦・湯浅宣子)
2002/01/20 10:48