シャンソン

中世からルネサンス期には、教会音楽と並んで、各種の世俗音楽が宮廷や民衆の中で盛んに演奏されていた。それらは、中世の吟遊詩人や騎士団(トルバドゥール、トルヴェール、ミンネゼンガーなどと呼ばれた)などに起源をもち、各地方で民衆に親しまれながら独自の様式をもつようになっていった。これらの世俗曲のうちで、フランス語圏で歌われたものをシャンソンと呼んでいる。内容的には、騎士道的な愛の雅びを歌ったものが多く、宮廷的な抒情性に富んだ優雅なものが多かった。

15世紀中頃からルネサンス音楽の一つの頂点を築いた、ジョスカン・デ・プレを中心とするフランドル楽派の作曲家たちも、教会音楽とともに多数の世俗音楽を残したが、その中で最も重要なのがシャンソンであった。15世紀のシャンソンが三声が普通であったのに対して四声の作品が増し、内容的にもブルゴーニュ風の抒情性が失われ、羊飼いの娘や市井の男女の会話を扱ったものが多くなり、市民的な性格が濃くなっている。ジョスカン・デ・プレの<千々の悲しみ>は当時広く愛唱され、また器楽にも編曲された名シャンソンであり、本日も3通りの編曲で演奏する。

16世紀のフランスは、百年戦争の疲弊から回復し「フランス文芸復興の父」と自称したフランソア1世のもとに市民階級の台頭があり、独自のフランス・ルネサンス音楽を形成していった。そして、この世紀前半のフランス音楽は、徹底して世俗シャンソンを中心に展開したのである。その歌詞の内容は、新興フランス市民の生活感情を反映したものが多く、軽妙洒脱であり、粋であり、またときには卑猥でさえある。美しい五月の野に踊り、とびはね、羊飼いの娘を捕まえては「すてきな遊びは楽しい」と鼻の下を伸ばす若者。亭主のお人好しを幸い、「コッ、コッ、コキュー、コキュー」と鳴くニワトリの世話をおしつけ、こっそり楽しみごとにふける横町の女房。さながら、当時の庶民生活を垣間見る思いがするものが多い。

このフランス・シャンソンの代表的作曲家がクレマン・ジャヌカンである。教会音楽家として活躍したといわれているが、現存するミサ曲などは極めて少なく、宗教的シャンソン約120曲、世俗シャンソン約250曲が残されている。彼のシャンソンとしては、標題シャンソンが特に有名である。鳥のさえずりを歌った<鳥の歌><ひばり>、フランソア1世がミラノ公軍を破った戦闘の勝利を歌った<戦争>、市場の雑踏を歌った<パリの雑踏>など、鳴き声、擬音などが巧みに取り入れられている。また、独特の旋律美と輝きをもった魅力的な小品も数多く残されている。本日は、これらの中から2曲を演奏する。

16世紀後半に入ってもシャンソンはさらに繁栄の道をたどっていく。特に人文主義的立場から、古代詩を範とし音楽的なリズムを含んだ韻律をもつ新しい詩が作られるようになり、フランス詩の音律をリズムの長短に置き換えることにより、言語と音楽が密接に結びついた独特の世界を形成してゆくことになる。

なお、これらの時代、各国で独自の世俗音楽が花開いていった。そのひとつがイギリスを中心に盛んに歌われたリュート伴奏により歌曲とマドリガルである。フランス・シャンソンの抒情性・軽妙さとは趣を異にした、軽快で、清々しい世界を形成している。詳細は別の機会にゆずるが、本日はリュート歌曲数曲を種々の編曲で演奏する。

(坂本尚史)


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2002/01/20 10:44