クリスマス・モテット集

モテット(モテトゥス)は、13世紀の初め頃に成立したと考えられている音楽様式である。当初は、テノールパートに置かれたグレゴリオ聖歌に由来する長く引き延ばされた旋律に対して、それを様々に装飾するメリスマに歌詞をつけた旋律を上声部に加えた2声のものであった。その後、3声、4声といった多声のものが作曲されるようになるとともに、テノールに置かれた定旋律もグレゴリオ聖歌から離れた自由なものとなっていった。やがて、ルネサンス期にはいると、テノールに定旋律を持たない自由な形式の多声の教会音楽が作られるようになり、今日では特別の器楽パートを持たない自由な形式の音楽(場合によっては世俗的内容のものまでを含む)を、モテットと総称するようになっている。モテットが最も盛んに作曲されたのは、ルネサンス期である。音楽の上でのルネサンスの時期iついては諸説のあるところではあるが、ほぼギョーム・デュファイ(1400頃〜1474)からクラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)の間と考えられる。この時代は、我が国では室町時代の中期から安土桃山時代を経て江戸時代初期にいたる頃にあたり、当時のヨーロッパと同様に多くの戦乱の中にあって芸術・文化の花開いた時代であった。本日は、ルネサンス期の時代に活躍した作曲家によるクリスマスに関連したモテットを演奏する。

ピエール・ド・ラ・リュー<Pierre de La Rue>(1460頃〜1518)は、フェリペ端麗王(カスティリャ王、スペイン・ハプスブルグ家の祖)に仕え、生涯の大半をフランドルで過ごし、特にその晩年はフランドル総督オーストリアのマルガレーテの宮殿に仕えている。その作品は精緻な対位法手法を特徴とし、彼の活躍の範囲がほとんどフランドル作品の質は極めて高い。なかでも「レクイエム<Requiem>」は、深い悲痛な表現をもって知られ、彼の代表作と呼ばれるのにふさわしい名曲である。本日演奏する「めでたし、天の后<Ave Regina Caelorum>」は、聖務日課の最後におかれた終課用の聖母マリアに寄せるアンティフォーナをテキストとする通模倣手法によるモテットである。

トマス・ルイス・デ・ヴィクトリア<Tomas Luis de Victoria>(1548頃〜1611)は、スペイン・ルネサンス音楽最大の巨匠であり、またその終焉を飾った作曲家である。中央スペインのアピラに生まれ、1565年フェリペ2世の奨学金を受けてローマに留学した。1583年に帰国した後はマドリッドでマリア皇太后に仕え、デスガルサス・レアレス修道の司祭・合唱長として活躍した。現存する限り、彼の作品は宗教曲に限られ、世俗作品は一曲もなく徹底して教会音楽家の道を歩んだ作曲家である。本日演奏する「おそれるな マリアよ<Ne Timeas Maria>」は、聖書のルカによる福音書1・31−2をテキストとしたマリアへの受胎告知を歌ったモテットである。

ハインリヒ・イザーク<Heinrich Isaac>(1450頃〜1517)は、長年ドイツで活躍していたが、フランドル出身の作曲家である。若い頃からイタリアにでて活躍し、フィレンツェではメディチ家のロレンツォの知遇を得た。1484年チロルのインスブルックの宮殿に入り、さらに1497年には皇帝マクシミリアン1世のウィーンの宮廷作曲家となった。ミサ曲、モテット、シャンソン、リートなど非常に多くの作品が残されており、フランドル風のポリフォニー書法を基調としながらも、イタリア的要素やドイツ的表現などの多面的な要素を融合したコスモポリタンの作風を特徴としている。本日演奏する「見よ、おとめが身ごもって<Ecce Virgo Concipies>」は、聖書のイザヤ書7・14をテキストとしたマリアの受胎を歌ったモテットである。

ルカ・マレンツィオ<Luca Marenzio>(1553/4〜1599)は、北イタリアのブレシア付近コッカリオで生まれ、ブレシア大聖堂の合唱児童として活躍した。1579年以降はローマで枢機卿ルイジ・デステをはじめ歴代の枢機卿に仕えた。さらに、マントヴァのゴンザガ家、フィレンツェのメディチ家とも関係を持った。マレンツィオはイタリア・マドリガーレの最後の時代を担った代表的な作曲家であり、約420曲の世俗作品を残しているが、そのほかに宗教合唱曲も約80曲が知られている。本日演奏する「今日、キリストがお生まれになる<Hodie Christus Natus Est>」は、救い主の誕生の喜びを歌ったモテットである。

ジョパンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ<Giovannni Pierluigi da Palestrina>(1525頃〜1594)は、イタリア・ルネサンスの最後を飾り、イタリア教会音楽を代表するばかりでなく、もっとも親しまれている作曲家である。彼の作品はこれまでにも何度か演奏したが、対位法技法の完璧な流暢さ、おおらかでなめらかな旋律線の流れが最大の特徴である。本日演奏する「聖なる日<Dies Sanctificatus>」は、クリスマスを祝うモテットとして広く知られた名作である。パレストリーナ特有の透明なポリフォニー書法による典型的なモテットであり、後半の<この日こそ Haec dies>の部分の旋律は復活祭のためグレゴリオ聖歌グラドゥアーレ<この日こそ Haec dies>によっている。

ヨハンネス・オケゲム<Johannes Ockeghem>(1425頃〜1497)は初期ルネサンスを代表する作曲家で、ルネサンス音楽の創始者とされるギョーム・デュファイ(昨年の演奏会で、その同名のモテットを演奏した)のちょうど一世代後輩にあたる。ベルギーの東フランドル州オケゲム村の出身といわれ、1443年から44年にかけてアントワープの大聖堂で活躍、その後40年間にわたってシャルル7世、ルイ14世、シャルル8世の3代のフランス国王宮廷に仕え、王室カペルラ楽長の称号を授けられている。現存する作品は、およそミサ曲10曲、ミサ単独章4曲、レクイエム1曲、世俗シャンソン約20曲とされている。彼は、初期ルネサンス最大の作曲家といわれる偉大なポリフォニー音楽家であり、ミサ・プロラツィオーヌムは複雑なカノン技法を駆使したもので、15世紀版フーガの技法というべきものである。本日演奏する「救い主の聖なる御母<Alma Redemptoris Mater>」は、グレゴリオ聖歌の聖母のためのアンティファナを定旋律とし、装飾的に各声部に模倣されていく美しい作品である。


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2002/01/20 10:48