バッハ:ミサ曲 ト長調 BWV236

バッハは、その後半生をライプツィヒのトマス教会のカントルとして活躍した。トマス教会のプロテスタントのルター派に属していたため、200曲を超える教会カンタータをはじめとするバッハの残した教会音楽はルター派の礼拝で用いられるために作曲されたものである。従って、バッハのミサ曲というのは奇異に感じられるかも知れないが、当時のルター派の礼拝式ではカンタータの演奏に先立ってミサ曲が演奏されるのが常であった。ただし、その際に演奏されるのはカトリックの礼拝におけるミサ曲と異なり、<キリエ>と<グローリア>の2章のみである。このため、バッハも5曲のミサ曲を残しており、そのうち4曲までが<キリエ>と<グローリア>のみからなる、いわゆるルター・ミサ曲<Lutherische Messen>である(唯一の例外が有名なロ短調ミサ曲であり、実際に演奏されたのかどうかについて疑問が呈されている)。これらのミサ曲は、いずれもすでに作曲されていた教会カンタータからの改作(パロディー)である。現代の感覚からすれば、パロディーによる改作はいかにも安易で不誠実のような印象を与えるが、せっかく作曲したカンタータが5、6年に一度しか(世俗カンタータであればその式典の時にしか)演奏されなかったことを考えると、気に入った曲を再度演奏したいと思うのも当然の成りゆきといえるかも知れない。

本日演奏するミサ曲ト長調(BWV236)は、1738年ないし39年頃に、既存の4曲の教会カンタータをもとに改作されたものである。第1曲の「キリエ」は1723年8月8日に初演されたカンタータ179番「心せよ、何時の敬神いつわりならざるや」の冒頭合唱、第2曲「グローリア」は1725年の宗教改革記念日(10月31日)に初演されたカンタータ79番「主なる神は太陽にして楯なり」の冒頭合唱、第3曲「グラディアス」は1723年9月5日に初演されたカンタータ138番「なにゆえに悲しむや、わが心よ」の第5曲、第4曲「ドミネ・デウス」は「グローリア」と同じくカンタータ79番の第5曲、第5曲「クオニアム」は「キリエ」と同じくカンタータ179番の第3曲、そして第6曲「クム・サンクト・スピリトゥ」は1726年9月22日に初演されたカンタータ17番「感謝を捧げる者、われを讃えん」の冒頭合唱、をそれぞれ原曲としている。


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2002/01/20 10:44