パレストリーナ「ミサ・ブレヴィス」

パロック音楽の時代よりもさらに前、ルネサンス音楽の時代は、ヨーロッパ各国の音楽様式は様々に個性をもって作られていた。

その中でもイタリアのルネサンス期の音楽は、実に不振をきわめていた。この時代、ブランドル地方の作曲家はたいへんな隆盛を誇っており、イタリア人の作曲家たちは作品数も少なく、名高い作曲家もあまり出ていない。事実1501年から1525年の25年間の間、イタリアで出版された宗教曲集に収録された約360曲のうち、イタリア人作曲家による作品はわずか50曲ほどにすぎないという。

こういった状況の中でパレストリーナは誕生した。1525年頃の誕生といわれる。そもそもローマの近郊パレストリーナの町に生まれた人でジョヴァンニ・ピエルルイジが本名なのだが、現在は生地の地名で呼ばれている。わが国で言うと室町時代末期、奇しくも種子島への鉄砲伝来、フランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来などがほぼ同じ時期に当たる。

パレストリーナは児童合唱団員・オルガニスト・教会の音楽長と職業を変えながらも多くの作品を発表し続け、ヨーロッパ中に名声の鳴り響く作曲家になった。ミサ105曲、モテット約250曲、オフェルトリウム(奉納唱)68曲を含めて約900曲の作品を残している。まさにイタリア・ルネサンスを代表する名作曲家といえよう。

私たちのグループの名にもなっている「ポリフォニー」とは多声音楽のことであることは周知のことだが、当時の音楽の中心であり、ポリフォニーの代表でもあったフランドル楽派の作品よりもパレストリーナの作品の方が、よりポリフォニックな要素が多いことは興味深い。最先端として時代の最高の作品を作り続けていた姿が感じられる。

さて今回演奏する「ミサ・ブレヴィス」(小ミサ曲)を見てみると、パレストリーナらしい流麗な旋律の動きと、その中にも歌詞の内容やイントネーション・アクセントを生かし、それがポリフォニックな流れの中に収束していく美しさを感じることができる。

第一曲「キリエ」はミサの中では初めの祈りの言葉である。「キリエ−クリステ−キリエ」と続く三部作が、はじめはアルトによって主題が提示され、次は女声合唱で、最後はバスによって示されていく。それが最後の、コラール旋律を思わせるソプラノに合わせて下のパートの美しい動きが収束してdurの響きを持つ和音に収まっていく。

第二曲「グローリア」は神の栄光をたたえる部分であり、もっとも華やかな旋律を与えられていることが多い。男声による先唱が続き、ホモフォニックな導入部から堂々としたおおらかな旋律が流れていき、いかにも信仰に対する自身をうかがわせる安定感を感じる曲になっている。

第三曲「クレド」は信者が自分の信仰を口に出して唱える箇所である。キリストを信じるということはキリストが神であることを信じることなので、キリストの生涯が簡潔に歌の中でたどられる。これも先唱がつき、女声合唱で信仰宣言が語られはじめると、男声が加わりポリフォニックな展開を見せる。途中、Et in carnatus estの部分はキリストの誕生が語られる部分であり、静かにゆっくり歌われる。さらに十字架上での死の場面があって、Et resurrexitからは復活の場面となる。復活信仰は信仰宣言の中でも頂点なので、再び速めに高らかに歌われる。そして神の栄光をたたえるアーメン・コーラスが鳴り響き、壮大なクレドの終焉となる。

第四曲「サンクトゥス」第五曲「ベネディクトゥス」は、教会でのミサの中では連続して演奏されるものである。「サンクトゥス」とは「サンキュー」と語源を同じくする感謝の言葉。この曲も神の栄光をたたえ感謝を捧げるもので、終わりの部分にホザンナ・コーラスが華やかに歌われる。「ベネディクトゥス」はバスを除く三部合唱で歌われ、静かな祈りである。再び同じホザンナ・コーラスで締めくくられる。

ミサ曲の最後に位置することの多い「アニュス・デイ」は、この作品では二つに分かれており、第六曲「アニュス・デイ1」は四声、第七曲「アニュス・デイ2」はソプラノが二つに分かれた五声で書かれている。「平和の賛歌」と題されるこの歌は上昇旋律中心の第一部で神の世界が盛り上がっていき、下降旋律中心の第二部で平和な世界が地上にあふれて終わっていく。まさに神の国が世界に満ち満ちていく姿をもって、このミサが終わる。最後の歌詞がpacem(平和)であることも象徴的である。

私たちのグループも、今までにたくさんのパレストリーナ作品を演奏してきたが、練習の度にパレストリーナの曲になると、安心して歌えるのが印象的である。というのも曲想に無理がなく、旋律も流れるように動いていくので気持ちを乗せやすいからなのだろう。歌いやすい作曲家の一人である。そのかわりに、流れるにまかせてメリハリの利かない、主張の感じられない演奏になりがちな点は注意しなければならない。

ミサ曲というのは、カトリック教会で行われる「ミサ」と呼ばれる礼拝で唱えられる言葉「ミサ通常文」に曲を付けたものである。ミサ曲といってもいろいろな作曲家の作品があり、ふだんあまりお聞きにならない方には区別がつきにくいかもしれないが、後の時代のもっと有名な作曲家たちのミサ曲に比べて、このパレストリーナ「ミサ・ブレヴィス」は、ミサ曲の中に本当の祈りを込められた時代の中でも、もっとも代表的で美しいものであり、しかも深い宗教性と気品を兼ね備えたものであると言ってよいだろう。


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2002/01/20 10:44