「移り変わりゆくもの」と「時を経ても変わらないもの」
-モンテヴェルディとその時代-

 クラウディオ・モンテヴェルディCloudio Monteverdi(1567〜1643)は、本日の第3ステージで演奏いたしますパッハJohann Sebastian Bach(1685〜1750)と、西洋音楽史上ならび称される二大巨峰です。この二人は生まれで比べると120年近い開きがあり、またモンテヴェルディの死後40年以上たってバッハが生まれているので、お互いに出会うことはありませんでした。それでもなおこの二人が、ルネサンスからバロックへと西洋芸術史が大きく塗り替えられる転換の時代における二つの偉大な才能と、現在なお賞賛の声がやまないのは、お互いを取り巻く環境の急速な変化にも関わらず自らの音楽をその才能のままに追求し続けた一途さの所為なのだろうと考えるよりほかにありません。今回の演奏会のために一年間モンテヴェルディを聞き続け、歌い続けてきてこの思いを新たにしたのは私だけではなかったと思うのです。

 西洋音楽史年表は17世紀の始まりを以てそれまでのルネサンス時代からバロック時代へと呼び換えられます。ルネサンス音楽の代表であった多声音楽(ポリフォニー)を完成させた二大音楽家、ラッソ
Orlando di LassoとパレストリーナJiovannni Pierluigi da Palestrinaは、奇しくも同年1594年にこの世を去ります。この二人が音楽史の舞台を去ったときにルネサンス音楽の時代は終焉を迎えたのです。

 ルネサンス芸術の特徴は「静」「均質」「調和」といわれています。それに対し、バロック芸術は「動」「異質」「対照」です。ご存じのように「バロック」とは「歪んで珍奇な形をした真珠」を意味するといわれ複雑・華麗で大胆な作風が中心となり、絵画でいえばルネサンスの水平・垂直の構図に対して、対角線の構図へ、またすべてが明るく照らされただけの世界に対して明暗の対照の世界へと変化しています。音楽の世界では、ポリフォニー音楽の持つ各声部均質化された作りから言葉の内容を直接的に表現するように変化しました。合唱が音楽の中心だった時代に、ポリフォニー音楽に必ず見られる歌詞の反復が、詩の本来持っている形式美を損ねているという批判を生み、詩を中心に音楽が作られる和声的手法が中心になっていく基ができあがっていったのです。モンテヴェルディは1587年を始めとしてマドリガーレ集を八つ出版していますが、1603年の第4巻まではルネサンススタイルで作曲されているのに対し、1605年の第5集からはだんだんとバロックスタイルに変わってきています。今日演奏する「愛する女の墓に流す恋人の涙」は1614年の第6集に含まれているものです。

 「愛する女の墓に流す恋人の涙」は、そうはいっても第6集中では割合にルネサンス風の曲でポリフォニックな作りが基本ですが、その中にも和声的な部分が所々に突如登場し、まさにこうした移り変わりゆく時代背景が色濃く見える特徴的な曲であるといえましょう。もちろんそうした二つの特徴を持つ作りが曲想を損ねることなく、全体として大胆にしかも無理なく一つの世界に収束させていく力は、まさにモンテヴェルディの世界そのものであると言っていいでしょう。この曲は6曲の組曲となっていますが、今回は1、2、3および6番を演奏します。

 ルスサンス期のパレストリーナ、過渡期のモンテヴェルディ、そしてバロック期のバッハと、今日の演奏会は「ルネサンス・バロック音楽の演奏を広める」という私たち岡山ポリフォニーアンサンブルの目標とする音楽を、時代を追って演奏するという構成になっています。このような時代の移り変わりを、今まさに二十世紀から二十一世紀へと移り変わるこの時に聞き、「移り変わりゆくもの」と「時を経ても変わらないもの」に思いを寄せるというのも、今日の演奏会の一つの楽しみ方かもしれません。

<日下不二雄>


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2002/01/20 10:48