ルネサンス舞曲集

   私たちはこれまでに数多くのルネサンス舞曲を取り上げてきましたが、今回は「原点」に立ち戻り、ルネサンス舞曲のスタンダードとも言うべきティールマン・スザート(TIELMAN SUSATO)の「ダンスリー(Danserye) 1551年」から、全ての曲を選びました。

  スザート(1550?〜1562?)はフランドル地方のアントワープを中心に活動した作・編曲家です。しかしながら彼自身の作曲した代表作といったものはなく、むしろ活版印刷機を用いて器楽編曲と自作曲を出版した、いわゆる楽譜出版者としての方が有名です。1551年に出版された「ダンスリー」と呼ばれる曲集は、当時のヨーロッパで親しまれていた作者不明のシャンソン、ポピュラー・ソングおよびポピュラー・ダンスなどのメロディをもとに編曲・編集し印刷出版されたものです。なおこの曲集は、スザートが出版した唯一の舞曲集であると考えられていますが、その素晴らしさから現在に至るまで多くの人々に親しまれ、彼の名を不動のものとしています。

  今回「ダンスリー」を演奏するにあたって、できるだけ「原典」に近い楽譜をということで、ショット社から1936年に出版されたF.J.ギースベルト(Giesbert)校訂の楽譜を使用しました。また当時は、2拍子系のゆっくりとした曲に続けて一般に「ナーハタンツ(nachtanz)」と呼ばれる3拍子系の軽快な曲(Reprise, Recoupe, Reprinseなど)がセットで演奏されることが多かったため、今回もこれにしたがいました。ナーハタンツとは、タンツ(Tanz)あるいはフォアタンツ(Vartanz)に対する「後踊」を意味します。偶数拍子の舞曲のあとに急速な3拍子系の舞曲を続ける習慣は16世紀頃に広く行なわれ、フランスではバス・ダンスのあとにトゥルディオン、イギリスではパヴァーヌのあとにガリヤルドを、イタリアではパッサメッゾのあとにガリアルダまたはサンタレッロを続ける形が好まれましたが、ドイツではこれをタンツとプロポルツ、フォアタンツとナーハタンツというように呼びました。続けて奏される2つの舞曲の間には、しばしば主題的な関連がみられ、これらの形式が後の組曲および変奏組曲の先駆をなしたと考えられます。

 なお、曲集の表紙には「様々な楽器のための」と書かれてありますが、今回はリコーダーと打楽器をメインに、クルムホルンなども加えながら演奏します。

石を持たない羊飼い(Bergeret sans roch)  - ナーハタンツ (Reprise)
  「バス・ダンス集」の中に入っているこの曲は、譜割では2拍子であるにもかかわらず、曲は明らかに3拍子にしか聞こえないというものです。なぜ楽譜がこのように書かれているのかはわかりませんが、校訂者の「穏やかなバス・ダンスは偶数拍子で書かれているにもかかわらず、3拍子で踊られた」という言葉に従い、小節線にとらわれず3拍子で演奏します。

王様の踊り(Danse du roy)  -  ナーハタンツ (nachtanz)
  いかにも「王様」が登場してくるような、ゆったりとした2拍子の曲に続けて、軽快な3拍子のナーハタンツが演奏されたあと、再び2拍子に戻り曲を終えます。

モール人の踊り(La mourisque)
  モール人(ムーア人)とは、北アフリカ(現在のモロッコからアルジェリアにかけて)に住んでいた濃い褐色の肌をしたイスラム教徒の人々のことです。8世紀頃にはスペインを征服したことで知られており、ヨーロッパの人々に多くの影響を与えました。

4拍子のブランル(Quatre branles)
  ブランル(Branle)とは「多くの男女が手をつなぎ、時には輪になって、皆で一緒に動きながら踊る」という軽快な民衆の踊りのことで、やがて貴族の社交の場などにとり入れられて洗練され、優雅な踊りの「メヌエット」へと発展していきました。

パヴァーヌ「1,000ドゥカーテン金貨(Mille ducas)」 - ロンド - ガリヤルド
  リズムの異なる3つの曲を続けて演奏します。これらの曲はいずれも同一の主題に基づいて書かれていますので、主題の変化を楽しみつつ聴いてみて下さい。

パッサ・メディオ (Pass et medio)  -  ナーハタンツ 「吹奏」  (Reprinse le pringe)
  「パッサ・メディオ(パッサ・メッツォ)」とは、ルネサンス〜パロック期にしばしば用いられた一種のハーモニックパターンのことで、イタリアのゆったりとした踊りがその起源であると考えられています。パッサ・メッツォにはアンティコとモデルノの2つの形がありますが、今回の曲は前者に基づいて書かれています。なお、パッサメッツォ・アンティコの例として最もよく知られているのは「グリーン・スリーブス」ですが、このほかにもルネサンス期の舞曲にはこのハーモニックパターンをベースとするものが数多くあります。

戦いのパヴァーヌ(La bataille)
  軍隊が行進しているような堂々とした部分に続いて、まるで進軍ラッパ(角笛?)がこだまするような部分が現れたあと、ついに戦いに突入するといったような、いかにも「戦争」をイメージさせる曲です。

<葛谷光隆>


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2003/09/11 13:00