指揮者のつぶやき… 〜指揮者の寺子屋〜


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昨年の演奏会 その4
TAKAちゃん

2002/01/21 21:48

 昨年出演した演奏会、その4 〜ドイツ演奏旅行〜

 昨年の8月中旬のある晩、ボクは岡山バッハカンタータ協会の一員としてライプツィヒの聖トマス教会の、バッハもかつて演奏したであろう聖歌隊席にいた。教会の内陣にあるバッハの墓(周知のように、バッハは当初は聖ヨハネ教会に埋葬されたが、19世紀になってここに移された)を見おろすその聖歌隊席で、奇しくもこのOPEの演奏会で演奏したミサ曲ト短調の原曲の一つであるカンタータ102番などを歌った。この地を「バッハの聖地」と呼び、今回の演奏旅行を「巡礼の旅」と呼ぶものもいるが、ボクはあまり好きな言葉ではない。因みに、本来ボクは海外演奏旅行や東京公演はほとんど興味がない。憧れる気持ちも判らなくはないが、地方でも良いから、地道な活動を続けていくことに意義を感じている。しかし、ライプツィヒだけは特別である。1週間前にアルゼンチンでの粘土の国際会議から帰ったばかりで時差ぼけに悩まされている最中という厳しい日程ではあったが、楽しみにして、出かけたのである。

 ライプツィヒについて真っ先に感じたのは、町の暗さであった(決して照明のせいではない)。もっとも、あとで知ったことであるが、現在は郊外に見本市会場なども整備されていてこの町の活力も感じたが、フランクフルトやケルンのような旧西ドイツの各都市に比べると、演奏会後に観光で訪れたドレスデンやマイセンも含めて旧東ドイツの諸都市の発展の遅れをひしひしと感じた。しかし、その落ち着いた佇まいを見たとき、開発とか発展とは人間にとって本当に必要なものなのだろうかという疑問を感じたのも事実である。

 これらのことはさておき、バッハに戻って見ると、ボクがまず感じたのはバッハが活躍した頃の街の狭さであった。物の本を読むと当時のライピツィヒはチューリンゲン地方の最大の商業都市として栄えていたらしいが、旧市街地は10分も歩くと通り過ぎてしまうほどの狭さであった。確かに、都市の成り立ちがアメリカなどとかなり違うヨーロッパの各都市の旧市街は、あまり広くないところが多いのは事実であるが、日本で言えば田舎の城下町といったものであった。あのバッハが活躍した都市であるからそれなりに華やかな大都会を漠然と予想していたボクにとっては、ちょっとした驚きであった。バッハが、ライプツィヒとは比べものにならない絢爛豪華な城下町ドレスデンの宮廷音楽家となることを望んだり、華やかな自由都市ハンブルクの聖ヤコビ教会のオルガニストを志願したことも、ボクには判るような気がした。いずれにしても、バッハはおそらく古い因習にとらわれたこの商業都市で、それもどちらかといえば小さな教会のカントルとして、後半生をすごしたのである。

 さて、聖トマス教会での演奏会は、まだ30代前半の若い指揮者のもとでの初めての古楽器との演奏であり、ボクにとって格別の感慨があった。宿泊していたホテルから、バッハも歩いたであろう石畳の道を歩いて教会へ行き、聖歌隊席で歌った。見つめる指揮者の向こうにバッハの影を感じたのはボクだけではなかっただろうと思う。この演奏旅行については、いずれFUJIsanの紀行文も掲載されるだろうから、重複は避けることにして、別の話題に移ろう。紀行文をとくとご覧いただければ幸いである。

 もうひとつ、今度の旅行でボクが感じたものは、ドイツ音楽の、特にバッハ演奏の伝統である。アーノンクールとレオンハルトによる古楽器によるカンタータ全集の録音という画期的な出来事以来、バッハ演奏の主流は古楽器によるものに傾いている(とボクは思っている)。しかし、ドイツの古楽器による演奏(もちろんいくつかは知っているが)は、決して主流とは言えない。世に知られた古楽器によるバッハ演奏のほとんどは、ドイツ以外の、周辺の国々で行なわれている。レオンハルト、クイケン、ガーディナー、ヘレヴェッヘ、リフキン、BCJなどなど、すべてドイツ以外の演奏家によるものである。伝統の重みは、ある意味ではその呪縛から離れられずに、世の流れから取り残されて行きかねない要素を持っている。最近のバロック音楽ブームからドイツが取り残されているのは、そのためではないかとボクは思っていた。

 この10年間ほど、ボクは岡山バッハカンタータ協会の一員として、岩手大学教授でわが国におけるバッハ演奏の第一人者である佐々木正利先生の指導のもとで活動を行なってきた。そして、あのヴィンシャーマン先生とも共演を重ねている。ヴィンシャーマン先生のバッハは、古楽器に近い奏法を用いているものの、楽器はすべてモダンのものである。そのバッハは、佐々木先生も同様であるが、ボクにとっては全く意外なほど言い意味で今風なものではあったが、人間味にあふれた、流麗で、やや重厚な感じのする感動的なものである。特に、コラールの取り扱いにその典型が見られるとボクは感じている。最近の主流である古楽器によるものの多くが、ややもするとリズム感主体で生き生きしてはいるものの、悪くするとややもすると感動に乏しく渇いた、素っ気ないものに思われがちである(それはそれでたまらない魅力があり、ボクは大好きなのだが)のと好対照である。ドイツでの演奏が、それもライプツィヒでの演奏が古楽器だとは意外な気がして、これまでの演奏と違い、きっと今風の演奏になるのではないかと、ボクは予想していた。しかし、実際の演奏は、ボク達がこれまでにやってきたものと同列のものであった。ただ違うのは、古楽器による響きがモダン楽器に比べてしっとりとしていて、ややくすんだものだっただけであった。ここに、ボクはバッハ以来(あるいは、きっとそれ以前から)脈々として続く、ドイツのバッハ演奏の良き伝統を感じた。そして、新進気鋭の溌剌としたバッハ演奏がドイツの根付かなかったことも判るような気がした。

 ボクの目指すバッハを見つけたような気がして、本当に収穫の多い演奏旅行だった。


2002/01/21 21:48