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あんな時代も・・・
oni

2002/01/20 11:29

 新しい年が明けた。普通なら「さて今年も」と多少は意気込んで仕事始め(自分の場合はさしずめ,3学期の準備や始業式)に取りかかるところだが,日頃の不摂生がたたったのか,いきなり3日間の検査入院と相成った。思えばちょうど10年前の1月にも検査入院騒ぎがあった。
 現在アメリカ軍によってアフガンへの攻撃が行われているが,そのころは奇しくも湾岸戦争が始まっており,どうも体の組織のどこかがアメリカ嫌いで抗議活動でも行っているのだろうか,と思いたくなる。
 10年前の入院のときはいつまでという期限がなかったため,ひどく不安な気持ちでの入院だったが,今回は3日後には帰れるという気安さもあり心理的負担はそうなかった。
 で,目的である足に出たできものの組織摘出手術(生体検査のため)も終わって無事退院することが出来たが,下半身への麻酔の影響か,切開した影響か,頭痛と切開した方の足の膝が伸びなくて難儀しているところである。まあ,治るとは思うのですが・・・。

 入院関係の話ばかりで申し訳ないのだが,14年前のこの時期にも私たちは病院に寝泊まりしていた。「私たち」というのは当時のわが家の4人である。(現在は5人,どうでもいいが・・・)当時9ヶ月の次女が前年の年末に心臓付近の手術を余儀なくされ,それに伴いクリスマスも正月もない状態だった。そのうち,あまり構ってもらえずにいた長女も体調を崩し別の病院に入院することになり,妻と長女,私と次女がバラバラに暮らしたり,長女が治ってからは全員が一つの病室に寝泊まりしたりしていた。病室にはいろんな荷物であふれ,洗濯物が翻っていた。私は毎日そこから仕事に通っていたものである。正月が来るたびにそのころのことを思い出し家族全員で何事もなく新しい年を迎えられることにありがたさを感じることである。

 さてその正月,発足間もないわがOPEは何と3日に坂本先生宅で練習を予定していた。その前年2月に第1回演奏会を成功させていたものの,田中さん,日下さん,石黒さんといった主力メンバーが転勤等のやむを得ぬ事情で団の活動から離れ,加えて練習会場等の都合もあり,その時期どうも思うように活動できていなかった。
 次女は手術後間もなくて集中治療室にいた関係で面会時間にならないと会えない。その合間に坂本邸に行ってみると誰もまだ来ていなかった。確か,先生もお子さんの送り迎えか何かでおられず,奥さんと二人でこたつにあたりながら今後のことをお話ししたり,3日だったのでライスボウルのテレビ中継を見ていたりしたような気がする。
 結局誰も来なくて,面会時間も近づいたので失礼したのだが,病院に向かいながら「第2回の演奏会は当分先になりそうだな。」といったことを考えていたように思う。ひょっとして最悪のシナリオを考えていたかもしれない。そこがはっきりしないのは,団員のみなさんにははなはだ不謹慎なことと思われるかもしれないが,目の前にある娘の生命の危機の方に思考のエネルギーを奪われていたからだと思う。発足間もない団が練習が軌道に乗らない,その団長が自分の団のことを第1に考えられる状況にない−要するにOPEにとってかなり危ない時期だったのである。

 子どもたちの様子が安定し,わが家が妻の実家の手助けを受けずに,再び自分の家で生活できるようになったのは,この年の4月からである。それまで私も妻も当然ながらOPEの活動には参加していない。(と思う。)
 OPEが二回目の演奏会を開くのはその年の秋,11月。そのときのメンバーの数は10名と第1回の時より少ない。かなり細々とやったなという感じだが,考えようによっては,この第2回の持つ意味は大きかったのではないだろうか。その年の最初の練習が練習にならないような団体が,しかも団長が少なくともその年の前半の練習に力にならないような団体が,曲がりなりにも演奏会を開いたのである。
 私たち夫婦が参加できなかった間,坂本ご夫妻を中心に当時のメンバーが必死の思いで支えてくださったのである。また練習会場が外に取れず,坂本先生がお宅を使わせてくださっていた。わが家が練習に参加できるようになりまだ小さい子どもたちを連れて行っても,R子さんS子さん姉妹が面倒を見てくださっていた。まさに家族ぐるみで支えてくださっていたという印象が強い。
 また,当時は口には出さなかったものの,ここでやっておかなければ,という危機感と,2回目を開くことの重要性を団員一人一人が認識していたように思う。まさに団員の執念で開いた第2回の演奏会だったように思える。これ以降OPEの活動は軌道に乗ったと言ってよく,演奏会は11月または12月に欠かさず行われるようになった。

 今回のたった3日の検査入院(結果はどう出るかわからないが)騒ぎを通してこんなことを思った次第である。中島みゆきの「時代」という曲の「あんな時代もあったねと,いつか笑ってはなせるさ(ちょっと不確か)・・・」というフレーズを思い出してしまった。
 あるいはそのときは必死にがんばってるからあまり感じないけれど,後で振り返ると冷や汗が出たりすることがあるが,その方が当てはまるような気もする。それとも,案外突き詰めずに気楽にそのときそのときを楽しくやっていたのだろうか。
 何かはっきりしていないのは,14年の時の重みや,今のOPEとあまりにかけ離れた状態(そう,団長がなーんにもしなくても事が進むもんね・・・すみません団員のみなさん)が私の記憶を薄めているからかも知れない。


2002/01/20 11:29