2001年秋田冬紀行
2月に秋田を旅してきました。そのときの旅日記と、写真を紹介します
=その1=
2月14日(水)
カレンダーを見ると、2月14日。毎年恒例の冬の秋田へ出発の日だ!今回で冬の秋田は8回目になる。今年はどんな旅になるだろう?そう思いながら大阪駅へと向かった。
大阪駅で今回一緒に旅するのは3度目であるKちゃんと待ち合わせをしていた。
17:30に到着し、Kちゃんはもう来ていた。17:33に「EF81機関車」に牽引された寝台特急「日本海1号」はホームに入ってきた。この寝台特急「日本海」に乗るのも何回目だろうか?そう思いながら乗り込んだ。列車は定刻の17:47に発車した。
早速ビールを飲み始めた。京都でもそんなに乗ってこなかったので、満席になることはないだろうと思った。
19:30に敦賀に到着。7分停車する。売店で予約しておいた駅弁「鯖街道 さばずし」と「えちぜんかにずし」を受け取り、名物の「かまぼこ」と「ちくわ」とビールを買った。
敦賀を発車して早速食べ始めた。どちらもボリュームがあり、とてもうまかった。また「かまぼこ」と「ちくわ」もビールのあてに最高だった。敦賀を過ぎたあたりから積雪が見られた。ここでこれだけ積もっていると、東北はかなりの雪だろうと思った。しばらくおしゃべりをしていたが、金沢を過ぎたあたりで寝た。
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| 寝台特急「日本海」のEF81機関車 | 駅弁「鯖街道 さばずし」と 「えちぜんかにずし」 |
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| 敦賀名物の「かまぼこ」と「ちくわ」 | 秋田市の「新政酒造」 |
2月15日(木)
5時に目覚ましで覚めた。ちょうど車掌さんが通ったので聞いてみると、雪のため1時間程遅れて運転してるということだ。秋田まであと1時間半あるので、6時まで寝ることにした。
6時に起きて、顔を洗ったあと、下りる支度をして待った。
秋田に約1時間遅れの6:35に到着。まず駅の中の喫茶店で朝食をとった。8時にレンタカーの営業所が開いたので、車を借りて出発した。
まず秋田市内にある「新政」という酒蔵へ行き、今夜飲む酒を買った。
出発すると、雪が強く降ってきた。市内は車が混んでいたが、国道7号線の追分を過ぎると車は空いていた。天王町を過ぎ、国道101号線に入り、男鹿市内に入った。
少し休憩して、時計を見ると12時前だった。男鹿半島の西海岸を北上して、入道崎へ向かうことにした。
途中桜島荘の近くにある「ふじた」という食堂で昼食をとった。「いくら丼」がうまそうだったので食べた。とてもうまかった。
そして再び入道崎へ向かって出発した。道はアップダウンが激しいが、思ったより雪は少なかった。強風のため雪が吹き飛ぶのだと、食堂の奥さんが教えてくれたとおりだ。今日はどちらかというと天気もよく、風も弱いほうだ。また景色もすごくよかった。
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| 「ふじた」のいくら丼 | 入道崎1 |
入道崎に14時に着いた。さすがにここは岬なので、風が強かったが、雪が降ってなかったので、結構いい写真がとれた。冬の日本海も結構きれいだった。
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| 入道崎2 | 男鹿名物の「石焼料理」 |
そして今日の宿泊地である男鹿温泉の「雄山閣」に15時に着いた。1時間程ゆっくりして、祭りに行くため、16時に少し早めの夕食をとった。男鹿名物の「石焼料理」が出てきた。「石焼料理」とは、男鹿の漁師の料理で、木桶の中に魚や野菜を入れ、その中に入道崎付近でしか採れない特別な石を赤くなるまで焼いて、木桶の中に入れ、一瞬のうちに温めてしまうという料理だ。石を入れると、ジューという音とともに一瞬のうちに沸騰し、あっという間に出来上がった。早速頂いた。とてもうまくて体が温まった。一瞬のうちに温まるので、魚の生臭さも飛んでしまうので、魚は苦手な人にもお勧めだ。また味噌仕立てのだしがうまかった。本当はここで酒があれば最高なのだが、「なははげ柴灯(せと)まつり」見物に行くので、帰って来るまで我慢しよう。
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| 真山神社 社殿 | 真山神社 柴灯火 |
17時前に「なははげ柴灯まつり」の会場である「真山(しんざん)神社」に出発した。車で10分程で着いた。まつりは18:30開始なので、まだ観光客は少なかった。
「なまはげ」とは、男鹿の方言で「なもみはぎ」が変化したものだと言われている。「なもみ」とは手足につく火形のことで、冬のいろり端で暖まってばかりいて仕事をしないと「なもみ」がつくことから、その「なもみ」をはぐ物のことから「なもみはぎ」、これが変化して「なまはげ」となったと言われている。この「なまはげ」は神社からやって来るので、神鬼「なまはげ」とされている。男鹿では大晦日の晩に「なまはげ」が各集落の家をまわり、「泣く子はいねえか」「怠け者はいねえか」と言って家をまわり、厄を払うのだ。
「なまはげ柴灯まつり」は昭和30年代から行われてきたもので、旧暦の小正月に合わせて続けられている。境内では柴灯火がたかれ、この火で焼かれた「なまはげ」に献じた護摩(ごま)の餅は、無病息災のお護符(ごふ)として、参加者にもくばられる。
なんと今回友達のKちゃんは、この「なまはげ柴灯まつり」に特別に参加するのだ。18:30になったので、地元の主催者の方と一緒に準備するため、別の場所へ移動した。
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| 真山神社 神楽殿 | 「なまはげ」入魂前 |
まず「なまはげ」になるための入魂の儀式があり、Kちゃんもここで「なまはげ」になった。そのあと神楽殿で先程説明した大晦日に行われる「なまはげ」の再現があり、そのあとKちゃんも参加して「なまはげ」の乱入が始まった。子供に「ぅお〜泣く子はいねえか〜」と言って厄を払うのだ。「なまはげ」に厄を払ってもらうと、病気をせず丈夫に育つと言われている。Kちゃんは「なまはげ」の面をかぶっていたので、どこにいるかわからなかったが、あとで聞くと1人の子供が泣いたと言った。「なまはげ」が着ているわらをゲテと言う。この乱入のときに「なまはげ」が落とすゲテを拾い、病気やけがの患部にさすったりすると治ったり、また持っていると無病息災に過ごせると言われている。
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| 入魂後の「なまはげ」 | なまはげ太鼓 | 下山してきた「なまはげ」 |
そして「なまはげ」の乱入が終わり、次の「なまはげ太鼓」が披露されているときに、Kちゃんが戻ってきた。結構楽しかったと言った。
「なまはげ太鼓」が終わり、今度は地元の方だけで「なまはげ」の下山があり、そして最後に護摩餅くばりがあり、まつりは終了した。最後にKちゃんが地元の方にお礼を言って、会場をあとにした。
宿へ戻り、まず冷えた体を温めるために風呂へ行った。やはり温泉は気持ちいい。体の芯まで温まった。部屋に戻り、朝買った「新政」の地酒と、夕食の少し残してあった分を肴にして飲んだ。あ〜うまい!温泉のあとにうまい地酒!たまりまへんな〜。これぞ秋田の冬の醍醐味!やめられませ〜ん。じっくりと味わい、0時頃寝た。
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