SUPERIOR ROCK ALBUM DEPARTMENT
FOREIGN SUPERIOR ROCK ALBUM SECTION
Paul McCartney & Wings / Band On The Run
パーロフォン TOCP-65504
ブラック軍団3号 |
Carpenters の"Yesterday Once More"を初めて聴いた時「こんなに素晴らしい音楽が世の中に存在していたのか」と洋楽の世界に踏み込んだわけで、当然にロックなんて言葉も知らずに洋楽を聴く事ができる番組を一生懸命に探し、ラジオに噛り付く毎日で、それまで興味の対象だったあらゆる子供の娯楽が一瞬にして幼稚に感じて別れを告げ、間違いなく初めての人生の節目ってヤツを感じたりして、今現在もなお、あらゆる価値観の基準として俺の中に君臨する”WINGS / BAND ON THE RUN”に出会ったのは”BEATLES”の存在すら知らない歳の頃であった。
なんの前触れも無くラジオから流れてきたのは”JET”だった。あのイントロを聴いた瞬間、一生忘れてはならないと我が脳は感じ取ったのか、曲が終ると共に我が指はラジオのスイッチを切り、放心したままに何度も繰り返し頭の中でイントロを流しつづけた。8ビートの快楽を知ってしまったと同時に俺の中に責任と義務が生じ、とにかく忘れないように何日もイントロを頭の中で鳴らしながら、きっといつか又、この音楽に出会えるように祈りながら、買ったばかりのガット・ギターで音を拾った。
とにかく”Paul McCartney & Wings”なんて長い英語なんて覚える事も出来なかったので、再会を試みる手段も無く、ただもう一度自分の耳に入ってくる事を願っていた。そして運命と言うには大袈裟だが、しばらくして一本のカセットテープを手に入れることになった。
そうだ運命なんて大袈裟な事ではない。ただの流行歌だったので自然とカセットテープが手元に届いたのだ。そして、その中で”JET”と再会できたのだ。その時には既にビートルズもポールの名前も知っていたが、この時やっと偉大なビートルズのポール・マッカートニーと、運命のイントロが俺の中で合体した。"Yesterday"や"Let It Be"の意味は無くなり、俺の求めるものはROCKだと確信する!
このアルバムは、他のWINGSのアルバムとは決定的に作りが違う、感触が違う、臭いが違う。いわゆる"Yesterday"や"Let It Be"のような王道PAUL節バラードの存在が無いのだ。綺麗に上手にまとめ上げられたウンザリするほどに良質なバラードの姿はどこにも無い。
あるのは衝動的に自らの手で記録を残すかのように極めて初期的な段階のインスピレーションによって作り上げられたようなザラツキ感と、隙間を埋める努力をせずに少ないアイディアに集中された不均等感が、不思議な音の抑揚となって各楽曲にアルバムとしての統一感を感じさせるように作用している。
えてして芸術家は道具が不足している時こそ、自分では思っても見ないような創造が結果としてもたらされる場合が多い。手に入れられない物が無いとも思える状況のポールが、ビートルズ解散後から決して豪華でない作業を続けていたことは、飽和するほどに満ち足りた環境を体験した者にしか解らない原点回帰であり、ジョンも同じであったと思える。エルビスの音は太りつづけた。勲章の様に無意味な脂肪を削ぎ落とすのは考えるほど容易な事では無いだろう。
とは言っても部分的な音数は安易に踏み込めないほどに妥協無く豪華だ。しかしこのアルバムは耳に入った瞬間に豪華でありながらも、無駄な輝きや、これ見よがしの満腹感を与える事は決して無く、純粋に楽曲を聴かせる為だけにコーディネイトされた音の数々である。
とにかくポール・マッカートニーの長いキャリアの中でのアルバムとしては最高傑作と断言できる。特筆すべきは終曲の"Nineteen Hundred And Eighty Five"であろうか。異色を放つ。
やはり自身を最良の高度に保つ”羽根”は二枚で十分だって事だ。
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