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WILD LIFE
by Wings

UK/US: Apple/December 7, 1971
Produced by Paul & Linda McCartney


Mumbo
Bip Bop
Love Is Strange
Wild Life

Some People Never Know
I Am Your Singer
Tomorrow
Dear Friend
WINGS名義の初アルバム。ビートルズ解散後に”マッカートニー”、”ラム”と個人名義のアルバムを出し、そろそろライブでステージに立ちたかったのか、まあ、ずっと一人でやっていると仲間と一緒にバンド組みたくなるのは、アマチュアもポールも同じってことか。

しかしながら、依然としてパーソナル。バンドってー感じじゃないね。ドラマーのデニー・シーウェルの存在もピンとこないし、元ムーディーブルースのデニーレインとの出会いは大きいがこのアルバムにはまだその効果が全然希薄。この後にヘンリー・マッカロウってリードギターも加入するんだけど、すぐやめちゃうんだよね。確か、WINGSのデビューライブはイギリスの大学かなんかでやったんだよね、なんかご謙遜だよねー。

正直、ポールのアルバムの中でもあまり好きではない部類の上位ランクに入る。せっせとビートルズ関係のアルバム(特にポール)を集めていた中学の頃、このアルバムには本当にがっかりしたんだな。子供心にも天下のロックンローラー、そして世界最高のソングメーカーがバンド組んで、「これかよー(泣)」ってさ。

まあ、最初に"Venus and Mars"や"Band on The Run"聞いちゃってるからしょうがないけどね。何かてきとーな感じがしてならなかった。そういう意味では前2作のソロ名義もプライベートっぽい意味では同様だが、あれはあれで良い雰囲気がある(笑)

録音も3日だか一週間だかで終わらせてお気軽モードだよな。パーマネントグループにするっても、やっぱリンダとの家庭栽培音楽集だよ。いいわるいは別として。曲のクレジットもちゃんとポール&リンダを主張してさ。ジョンもヨーコ無しでは音楽作れなかったようにポールもリンダが必要だったわけだね。まあ、リンダに音楽に参加してしてもらうよりも存在そのものが重要だったんだろうね。いつの時代も女は原動力なんだよ(笑)

素朴で荒削りでこれといった曲も無いわけだが、その中でも1曲目の”Mumbo"とか、チープなギターの妙なかっこ良さがあるな。興味のあったのは”Tomorrow”、”Dear Friend”での当時話題になったジョンとのケンカだよね。レコード使ってケンカするなんてさ、すげー贅沢。スーパースターは違うよなーって。でもこれらをやることは当時、ポールとジョンには意義のあることだったんだよね。
悲しいかなアルバム中、一番かっちょえーのは、曲と曲のあいだに入ってるアコギの遊びと、最後のベースとギターの遊びかなー、こりゃーロックだ(笑)
 
ブラック軍団2号




RED ROSE SPEEDWAY
by Paul McCartney & The Wings

US: Apple/April 30, 1973
UK: Apple/May 4, 1973
Produced by Paul McCartney


Big Barn Bed
My Love
Get On The Right Thing
One More Kiss
Little Lamb Dragonfly

Single Pigeon
When The Night
Loup (1st Indian On The Moon)
Medley: Hold Me Tight / Lazy Dynamite
/ Hands Of Love / Power Cut
本髄のポール節にはまだまだだが、ポールマッカートニーらしさをちょっと感じられるアルバム。

今後のポールを感じる何かのエネルギーがある。でも個人的な好き嫌いを言えば"マッカートニー"、"ラム"の方がましかな。でもWINGSとしてのバンドらしさも前作から比べると出てき始めてるね?メンバーでステージこなしたのは大きいんじゃない?バンドのギグはメンバー間の結束を強くするし、それは音やリズム感や、インスピレーション、フィーリングに大きく影響を及ぼすもんね。

前作があまりにも不評だったので、一応、危機感を持ったんだろうね。ソロ名義の2枚は別として、本気のWINGSの1作目が駄目であったら、こりゃシャレにならんでしょ。ポールのやる気は"Hi Hi Hi"や"007/死ぬのは奴らだ"、"アイルランドに平和を"あたりのシングルの出来で理解できる。これらはアルバム収録されてないんで、シングル買ったよねー。ジャケットがダサダサだったけど・・・。シングルのジャケってなんであーなんだろーね)ビートルズ解散後、いわゆるロックンロールがポールに無かったでしょ?"HiHiHi"とか"マギーズファーム"とかさ、8ビートのベースがブンブンブンブンってのがさー。この頃の彼のアルバムって、この手が入ってないのが、いまいち俺のターンテーブルに載らなかった理由だな。なにもバラードやおとなしい曲が嫌なわけじゃないが、でもやっぱちょっと飽きるよね。

彼はこの頃30才くらいでしょ?やっぱもっと"ROCK”しないと。まあ、そういう気分じゃなかったのね。"カブトムシ症候群"や"親友不信症候群"や"日本人の女が嫌い"症候群と戦ってたんだもんね。信じられるのは愛する奥方と牧場の羊達ってのは、自閉症に近いわけよ。ジョンもまったく同様症状だったわけで、しかも彼は80年代死ぬまでそのビョーキは治らなかったわけだが、ジョンはあえて好んでそれを選んでいたのに対し、ポールはそれを打破できていないという感じかな。彼にはそんなの似合わないし、音楽で世の中を感動させなきゃさ。ジョンには音楽以外にも表現方法が多々あったわけで、器の違いと言いたくないが、ポールは音楽で世に出る人なんだよ。ジョンは音楽家でなくとも世に何かしらの形で世に出てきた人だと思うんだね。"ビートルズ"という巨大な物体からの呪縛からのがれるには、そしてポールマッカトニー個人が認められるには良い音楽、それもロックンロールが不可欠だったんだよ。みんなそれを望んでた。今でこそバラードのポールのイメージがらうが、やっぱ期待するのは、ジョンとは違った表現での"ROCK"だったんだよ。少なくとも俺はそうだった。

シングルに比べると、いまいちアルバム収録されてる曲はおとなしい曲ばかりなのだが、しゃがれシャウトが復活してきてて、今後ポール節が期待できるかなーという感じがあるよね。考えてみれば、このアルバムあたりのバラードポール節は、逆に90年代や2000年代の彼に近いものを感じるね。マスコミの評価もちょっと上がったらしいし、スタートラインに立ったポールマッカトニーがここにいる。

一般的には"My Love"があまりにも有名なので、他の曲のインパクトが薄いが、後半メドレーはたぶんアルバム中、一番良いのでは。皮肉ですが(笑)こういうの聞くとアビーロードを思い出すけど、"レイジーダイナマイト"から"ハンス・オブ・ラブ"に移るとこなんざちょっとカッチョエーね。

当時のレコードクレジットでは、メンバーが色々な楽器を担当している。ポールは言わずもがな、他のメンバーもマルチプレーヤーぶりを発揮している。アルバムに色を加えてると言えば、このアルバムでしか在籍していないヘンリーマックローのギターがなかなか良い。"My Love"の間奏は、70年代バラードの歴史に刻まれる名演フレーズだと思う。
 
ブラック軍団2号




BAND ON THE RUN
by Paul McCartney & The Wings

US: Apple/December 5, 1973
UK: Apple/December 7, 1973
Produced by Paul McCartney


Band On The Run
Jet
Bluebird
Mrs. Vandebilt
Let Me Roll It

Mamunia
No Words
Helen Wheels (only on US album)
Picasso's Last Words
(Drink To Me)
Nineteen Hundred
And Eighty Five
Carpenters の"Yesterday Once More"を初めて聴いた時「こんなに素晴らしい音楽が世の中に存在していたのか」と洋楽の世界に踏み込んだわけで、当然にロックなんて言葉も知らずに洋楽を聴く事ができる番組を一生懸命に探し、ラジオに噛り付く毎日で、それまで興味の対象だったあらゆる子供の娯楽が一瞬にして幼稚に感じて別れを告げ、間違いなく初めての人生の節目ってヤツを感じたりして、今現在もなお、あらゆる価値観の基準として俺の中に君臨する”WINGS / BAND ON THE RUN”に出会ったのは”BEATLES”の存在すら知らない歳の頃であった。

ある日なんの前触れも無くラジオから我が耳に流れ込んできたのが”JET”で、あのイントロを聴いた瞬間、一生忘れてはならないと我が脳は感じ取ったのか、曲が終ると共に我が指はラジオのスイッチを切り、放心したままに何度も繰り返し頭の中でイントロを流しつづけた。8ビートの快楽を知ってしまったと同時に俺の中に責任と義務が生じ、とにかく忘れないように何日もイントロを頭の中で鳴らしながら、きっといつか又、この音楽に出会えるように祈りながら、買ったばかりのガット・ギターで音を拾った。

とにかく”Paul McCartney & Wings”なんて固有名詞にしろ長い英語を覚える事も出来なかった年頃だったので、再会を試みる手段も無く、ただもう一度自分の耳に入ってくる事を願っていた。そして運命と言うには大袈裟だが、しばらくして一本のカセットテープを手に入れることになった。

そうだ運命なんて大袈裟な事ではない。ただの流行歌だったので自然とカセットテープが手元に届いたのだ。そして、その中で”JET”と再会できたのだ。その時には既にビートルズもポールの名前も知っていたが、この時やっと偉大なビートルズのポール・マッカートニーと、運命のイントロが俺の中で合体した。"Yesterday"や"Let It Be"の意味は無くなり、俺の求めるものはROCKだと確信する!

このアルバムは、他のWINGSのアルバムとは決定的に作りが違う、感触が違う、臭いが違う。いわゆる"Yesterday"や"Let It Be"のような王道PAUL節バラードの存在が無いのだ。綺麗に上手にまとめ上げられたウンザリするほどに良質なバラードの姿はどこにも無い。

あるのは衝動的に自らの手で記録を残すかのように極めて初期的な段階のインスピレーションによって作り上げられたようなザラツキ感と、隙間を埋める努力をせずに少ないアイディアに集中された不均等感が、不思議な音の抑揚となって各楽曲にアルバムとしての統一感を感じさせるように作用している。

えてして芸術家は道具が不足している時こそ、自分では思っても見ないような創造が結果としてもたらされる場合が多い。手に入れられない物が無いとも思える状況のポールが、ビートルズ解散後から決して豪華でない作業を続けていたことは、飽和するほどに満ち足りた環境を体験した者にしか解らない原点回帰であり、ジョンも同じであったと思える。エルビスの音は太りつづけた。勲章の様に無意味な脂肪を削ぎ落とすのは考えるほど容易な事では無いだろう。

とは言っても部分的な音数は安易に踏み込めないほどに妥協無く豪華だ。しかしこのアルバムは耳に入った瞬間に豪華でありながらも、無駄な輝きや、これ見よがしの満腹感を与える事は決して無く、純粋に楽曲を聴かせる為だけにコーディネイトされた音の数々である。

とにかくポール・マッカートニーの長いキャリアの中でのアルバムとしては最高傑作と断言できる。特筆すべきは終曲の"Nineteen Hundred And Eighty Five"であろうか。異色を放つ。

やはり自身を最良の高度に保つ”羽根”は二枚で十分だって事だ。
 
ブラック軍団3号




VENUS AND MARS
by Wings

US: Capitol/May 27, 1975
UK: Capitol/May 30, 1975
Produced by Paul McCartney


Venus And Mars
Rock Show
Love In Song
You Gave Me The Answer
Magneto And Titanium Man
Letting Go

Venus And Mars - Reprise
Spirits Of Ancient Egypt
Medicine Jar
Call Me Back Again
Listen To What The Man Said
Treat Her Gently / Lonely Old People
Crossroads Theme'
WINGSの最高傑作といって誰もが挙げる作品であろうが、だいたい世間一般的にWINGSとして認知されているアルバムなんてLIVE盤を除くと、この"VENUS AND MARS"と"AT THE SPEED OF SOUND"しかない訳で、WINGS名義でアルバムセールスにしてもツアーにしても成功していた時期にメンバーが固定されていただけであって、決してWINGSと言うバンドの活動の歴史の中で良いアルバムが産まれたとか全盛期であったとか、そんな事とは全く違い、ワンマン野朗のポール・マッカートニーが、本当は自分ひとりで十分な活動も名声も得られるのに、カミさんと二人じゃチョットかっこ悪いし評判も今ひとつだったし、デニー・レインと三人でアメリカへ殴りこむには少々迫力不足と考えたのか、なんにしてもバンドサウンドの継続と奇跡を求めて尊重したバンド活動を続ける気が有ったとは思えず、ただただ自分の構想どおりに手足となるメンバーを補充して成功した時期のアルバムとも言える。

当初は文字通り自分の羽はデニーとリンダの二枚で十分と考えていたのだろう。しかし、隣の芝生と同じように、セルフプロデュースに近い活動をしていると無性にバンドサウンドが羨ましく聞こえる事だろう。しかし、天下のポール・マッカートニーと対当の立場で創作活動が出来る者などこの世には存在しないのだ。そのことはポール本人が十分に判っているのであろう。もはや自分がバンドの一員として活動する事など仮に本気で望んだとしても不可能な事なのだ。それでも、もう一度頂点を極める為にはメンバーをアゴで使う絶対的な存在で居ながらも、体外的にはファミリー志向を打ち出した完全なるバンドの音を出す事が必要だった。

SHOWの始まりを待つ"VENUS AND MARS"から一気に照明は弾け飛び"ROCK SHOW"のアクセルは踏み込まれる。さすがに前作"BAND ON THE RUN"とは明らかに違うド級のバンドサウンドと共にロックショウの始まりを告げる。とにかく"ROCK SHOW"一曲にロックバンドらしさが凝縮されており、R&Rの喜びが確実に伝り、WINGSというバンドを理解させるに十分な役割を果たしている。そうだ、この一曲で全てのイメージが決定してしまうのだ。

そして、このROCK SHOWのコンセプトは現実のものなり、"VENUS AND MARS"以前に発表された曲までもが、このメンバーによって創られたかのような錯覚に陥るほど、キャリアを確立したバンドのツアーの様な大成功を収め、思惑通りにポール・マッカートニーは再び世界の頂点に立つことになる。

ジャケットデザインは"ヒプノシス"。ただそれだけでも嬉しい。ラジオのヒットチャートを振るわせたシングル"あの娘におせっかい"では"デイブ・メイスン"がギターを弾いている。その"あの娘におせっかい"を聴くために毎週土曜日、FM東京の"シリアポール・ポップス・ベストテン"を楽しみに学校から走って家に帰ったものだ。
 
ブラック軍団3号




WINGS
AT THE SPEED OF SOUND

by Wings

US: Capitol/March 25, 1976
UK: Capitol/March 26, 1976
Produced by Paul McCartney

Let 'Em In
The Note You Never Wrote
She's My Baby
Beware My Love
Wino Junko

Silly Love Songs
Cook Of The House
Time To Hide
Must Do Something About It
San Ferry Anne
Warm And Beautiful
俺のWINGSのリアル体験アルバムの1号。

この頃に俺はラジカセ生活から、なんとレコードを聞けるシステムを手に入れた。といってもコンポーネントステレオを揃えたのではなく、取りあえずラジオは聞けてたし、カセットで録音も出来てたので、あとはレコードプレーヤーを手に入れないことにはアルバムを聞けなかったのだ。(安いポータブルモノラルプレーヤーはあったのだがLPかけると、すげーはみ出ててさ)それゆえ、アルバムをカセットと買ったものもあったりしてさ(でもカセットだとさ、ありがたみが無いんだよね)

で、お年玉とか小遣い貯めて、プレーヤー(当時、べルトドライブが主流だったのだが、ダイレクトドライブ方式という高級品)とアンプを手に入れた。スピーカーシステムはしばらく買えなくて、ヘッドホンで聞いてたな。のちに小型ラジオについてたスピーカーを二個はずして(左右別のスピーカーでさ)日曜大工でシェル組んで自作小型スピーカーを作ってようやくシステムが完成した(笑)あのころは、なんでもやったなー、今じゃ考えられないよ。スピーカー作りなんて。とにかく”音”に飢えてたんだよねー。

”幸せのノック”と”心のラブソング”、この2曲が大ヒットしてて、でやっぱ全部聞いてみようと。と言うかビートルズ、その後のソロ系、すべてを聞かないと気がすまなかったんだよね。

買って「なーんだ」と言うか、まあ聞き流すのには問題ないくらいの心地良さはあるんだけど。
他の曲の印象が薄いのはしょうがないのかな。

”心のラブソング”を始めてラジオで聞いたときにはビックリしたねー、「なんだよ、ベースの音だけじゃん」って。スタンリークラークやジャコパスじゃないんだからさー(笑)、でも画期的だよ。こりゃ、いい練習素材だなーってコピーして。(何を隠そう俺はギターよりも先にベースを持っていたのだ!)ポールってリッケンバッカー使ってる割には、ファットな音だすよね。たぶんフロントピックアップなんだろうけど。ロジャーグローバーやクリススクワイヤ、レミーとは全然違う音だもんね。

前作”ビーナス&マース”がすごくロックぽかったんで、今回はちょっとファミリーバンド的な音でアレンジされてて、まあ、これはこれでいいんだけど。リラックスしてさ。意識的に全員にリードボーカルとらせてるしご愛嬌。

そうそうギターオタクという観点からは"Wino Junko”でジミーがオクターバー使ってアバンギャルドなギター聞かせてくれる。彼ってクリームの頃のクラプトンが大好きなんだろーな。

”Beware My Love"がポール流ハードロックを貫いており、なかなかの佳作なのと、"Time To Hide"でデニー節が相変わらず聞けるのが嬉しい。(ポールのハモリコーラスがまたカッチョエー)"Cook of the House"の効果音で腹がグーって鳴った記憶もあったなー。

良い意味でメンバー間の笑顔と余裕が感じれる。こういうアットホームな”ROCK”があってもいーじゃんか?
 
ブラック軍団2号




WINGS OVER AMERICA
by Wings


UK/US: Capitol/December 10, 1976
Produced by Paul McCartney

Venus And Mars
Rock Show
Jet
Let Me Roll It
Spirits Of Ancient Egypt
Medicine Jar

Maybe I'm Amazed
Call Me Back Again
Lady Madonna
The Long And Winding Road
Live And Let Die

Picasso's Last Words
Richard Corey
Bluebird
I've Just Seen A Face
Blackbird
Yesterday

You Gave Me The Answer
Magneto And Titanium Man
Go Now
My Love
Listen To What The Man Said

Let 'Em In
Time To Hide
Silly Love Songs
Beware My Love

Letting Go
Band On The Run
Hi Hi Hi
Soily
”THE ROCK SHOW”、まさにその言葉どおり。

老若男女、嫌いな人を探すのが難しいくらいのWINGSの、しかも最高時期メンバーでのライブ盤だ。まあ、しかし一般受けしてたと言っても、俺にとっては、かなりROCKな捉え方だったけど。ポールマッカートニー率いるWINGSというよりも、ホントにロックバンドらしい演奏とパフォーマンスを魅せるこの時期のライブは歴史にも大きく刻まれていて、数年後に映画”ROCK SHOW”として一般公開もされた。高3の当時予備校塾でひっかけた彼女をつれて、千葉駅の京成ローザって映画館(たしかここだったはず)に見に行ったよ。となりでグーグー寝られた記憶があるが、俺は涙涙で目を見開いてたなー。もともとNHKのヤングミュージックショーでもワールドツアーが放映されてたので、この映画に対する免疫はできてたが。

アルバムの方は、出たのは中1の終わりころだったかな。ビートルズから始まりKISSやQUEEN、はたまた"CREAM"や"ZEP"や"Purple"に突入しハードロックギター小僧に染まり初めても、ポールはROCK'N ROLLの大師匠であったわけで、とにかく3枚組(!)LPは凄く欲しかったのだが、発売すぐには買うの躊躇したんだよねー、たしか5、800円じゃなかった?とりあえずシングル盤の”ハートのささやき(メイビーアイム・アメイズド)/B面はSOILY”を買った。

日本のレコード会社って邦題を勝手につけるよなー(笑)なんと良い曲なんだーと感動してたど、あとからポールの1stに入ってるの知ったんだよね。”SOILY”なんてめちゃくちゃハードロックでさ、何回も聞いたよ。ベースもコピーしたし。

長いライブだけど、だらだらせず、曲をランダムに演ってる訳ではなく、ちゃんとテーマ決めて2、3曲続けるんだよね。全部ぶっ通しで聞いても飽きなかった。当時のZEPの”永久の詩/狂熱のライブ”とは大違いだよ(笑)ビートルズの曲も解散後に公でやるのは、このツアーからだったと思う。この頃のWINGSのメンバーってすごくバンドを支えてると思う。

まあ、曲作りやステージングで大きい貢献度はデニー・レインなのだが、ジョー・イングリッシュのドラムとジミー・マックローのリードギターはすごくハードロックバンドっぽく仕上げてたよね。

ジミーってこのころえらく若くて(確か18、9才くらい)、無名のやつが、ポールのWINGSに参加できて、しかもワールドツアーに出れるなんてさ、幸運なやつだよね。しかもプレーなんか、フレーズや音的に所謂ブルースロックのお手本的ないい音だった。SGとマーシャルでさ。フィードバックそれすれの音量で。(たまにストラトのオールド使ってたね)初期のクラプトンとかすごくコピーしてるのがうかがわれる。亡くなったのが惜しまれるよ。

お荷物(失礼)のリンダもこの頃は、キーボードを少しくらいなら触れるようになってたし、かなりポールに怒られながら練習したんだろーね。彼女の存在はWINGSをただのROCKバンドとしてではなく、ファミリー的な雰囲気も醸し出し、高感度を増大させてたね。サザンオールスターズもそこらへん狙ったんだろーな。(原由子は才女だけど)リンダも天国へ行ってしまったわけで、合掌。

ベスト盤みたいなもんで全編通して、悪い曲などあるわけもないし、どれもが有名曲だが、俺としての邪道隠れお気に入りは、デニーレイン唄う、”TIME TO HIDE”なんだよね。彼ってなんかいいよ。歌へたなんだけど。

そして”SOILY”でしょ!ありゃーヘビーだ。オープニングの音なんか不気味で怖いよね。LINDAが「キャオー、キャオー」って奇声を発しててさ、映画見ると、レーザー光線発射しててさ。曲中、ベースのグリッサンドの嵐で、テケテケテケテケもやっちゃうもんなー(笑)

そして最後のエンディングでポールが吼える!
「おーいぇーっ、おーいぇーっ、おーいぇーっ、おーいぇーっ、
おーーー、いぇーーーーーーーーっ!!!」
昇天。なんてカッチョエーんだ、あんたは。やっぱ俺の最高のロックスターだよ(涙)
 
(ブラック軍団2号)




LONDON TOWN
by Wings

UK: Parlophone/March 31, 1978
US: Capitol/March 31, 1978
Produced by Paul McCartney


London Town
Cafe On The Left Bank
I'm Carrying
Backwards Traveller / Cuff Link
Children Children
Girlfriend
I've Had Enough

With A Little Luck
Famous Groupies
Deliver Your Children
Name And Address
Don't Let It Bring You Down
Morse Moose And The Grey Goose
大規模なアメリカツアーを終了後、ゆっくりと時間をかけてのんびりと作った曲が満載のアルバム。

船(でかいボート?)の上で合宿しながらのレコーディングしたんだよね。船に楽器や録音機材積むなんて・・・・!中ジャケには、そのレコーディング風景写真がたくさん印刷されていて、相変わらずファミリーな雰囲気を醸し出してた。ロンドンって雨が多いんでしょ?ジャケットがグレーで、たぶんロンドンってきっとカラッと晴れてなく、こんな空の色なんだろうなと思ってた。全体的にキーボードの音が前面にでており、トーンもホンワカなマイルドな音質。優しい音の録音で統一されてる。なんか中学の頃の恋愛とかを思い出してくる不思議なアルバム。

考えてみると、このアルバムが出た中学校の頃は、ほんとにスポンジが水吸う様にジャンルにこだわらずに何でも聞きまくってて、すごいことなんだよね。だってこのアルバムとディープパープルと高中正義とスティーブミラーを同時に同じ日に聞いてたりするからねー。でも、ビートルズのメンバーのソロというのは、なんかちょっと義務感みたいなのもあったかな。その中ではポールマッカトニーは自分にとって肩肘はらずに純粋な”音楽”として捉えられたんだよね。ジョンレノンは”音楽”云々ではなく、存在そのものだからさ。

事件としてはこのアルバムを最後に、ジョーイングリッシュとジミーマックローが脱退するのだが、理由は詳しくわからんが、俺に言わせてみれば、なんてもったいないことを・・・。ツアーでたんまり稼いだらオサラバかよー。

アメリカンツアーの成功は、あのポールですら大成功を感じたはず。ビートルズを解散した後、常に十字架を背負っての辛い評価を跳ね除け、ロックミュージシャン”ポールマッカートニー”を再び世に知らしめた、そしてライブバンド”WINGS”をアピール出来たわけだ。他のメンバーにしてみれば、今までのミュージシャン人生の中で有り得なかった達成感と自信、そしてお金も手にしてしまった。それはそれで一つのくぎりなのか。

有名曲はないし、いわゆる”ロック”な曲は少ないが、特筆は最後の曲”Morese Moose And Grey Goose"。このアルバムのイメージではないが、ニューウェイブ・プログレ・ハードロック(こんな表現がぴったり)に仕上がっててビックリ。

加えて、発売当時はアルバム収録ではないが、同時期に録音されシングル発売された”Mull Of Kintyre”(邦題なんだっけ?夢の旅人?)は爆発的に売れたね。バグパイプのスコットランド民謡みたいなやつ。当時、俺らは”モロ金た○”と呼んでたが(笑)。だって歌が絶対そー聞こえたもん。これのB面も”Girls Scholl”ってゆう、お気に入りのポップンハードロックなカッチョエー曲が入ってる。シングルなのに相当聞いたな。
 
ブラック軍団2号




BACK TO THE EGG
by Wings
**Rockestra

UK: Parlophone/June 8, 1979
US: Columbia/June 11, 1979
Produced by Paul McCartney
& Chris Thomas


Reception
Getting Closer
We're Open Tonight
Spin It On
Again And Again And Again
Old Siam, Sir
Arrow Through Me

Rockestra Theme**
To You
After The Ball / Million Miles
Winter Rose / Love Awake
The Broadcast: The Sport Of Kings
/ The Little Man
So Glad To See You Here**
Baby's Request
もはやWINGSでは無くなってしまったと言うか、タイトルの”BACK TO THE EGG”が示すように、文字通りの原点回帰と言うのか、結局はバンド名義になった初期の頃のような頭数を揃えただけのバンドとなってしまった。それでもバンド名義でリリースする意味は何処に有ったのだろう。いや前作どおりにWING名義なのは問題無いが、ここでメンバーを補充する必要は本当に有ったのだろうか?

ましてや”ROCKESTRA”なんて遊び半分な企画物をバンド名義の作品の中に混在させるなんて、全く持って理解できず、新規加入のメンバーに失礼極まりない行為だとも思える。結果、イギリス・ツアーやカンボジア難民救済コンサート等の精力的な活動が目立ち、自身はゴールドディスク最多獲得ミュージシャンとしてギネスの登録も果たし、充実していたように見えたにも関わらず、WINGSの名は本作を最後に自然消滅してしまう。

時代はPUNKが注目されてから様々な新しいスタイルの音楽が登場してヒットチャートやシーンを振るわせている頃であり、完全に過去の物と化していた旧態ロックの姿は、たかが2.3年前の音楽と言えども極端に色あせ、懐かしいなんて感じまでしてきたもので、”ROCKESTRA”なんてビックリするくらいのビックネームが連なって演奏している大変な事件であるのに、当時の私は対して興味が湧かなかった以上に「なんて退屈で無意味な事をしているのだろう」と、時代に反比例する無駄な人数と音数に少なからず批判的であった。

それでも悲しい性。身体に染み付き脳を支配していたビートルズ信仰から、当然の様に本作”BACK TO THE EGG”を手にとってしまう。特別に悪い作品ではない。往年のポール節も随所で聞くことが出来るし、時代を意識したようなビートのナンバーまで感じる事が出来る。このプライベート感覚な多様さが「果してバンドメンバーの補充は必要だったのか?」と感じさせてしまうのだ。それはビートルズ解散後セルフプロデュースを続けてきたポールが、クリス・トーマスを共同プロデューサーに迎えている事に対しても同様に思う事だ。考えられる事は、過去のワンマンを反省し、一歩下がった所で自分の曲を他人に託したかったのかもしれない。時代の変化に対して、それなりに迷いが有ったのだろうか。

好き嫌いは別として、各トラックの完成度は今までに無く高く、曲も粒揃いで特別なヒット曲を産まないにしろ良いのである。でも何かがしっくり来ない。正直言って一曲目のイントロも理解できないし・・・・・・

ただ、二曲目の”Getting Closer”は私を救ってくれる。”ROCK SHOW”によって必然的に決定付けられたWINGSにしか出せないR&Rスタイルが感じられる唯一の曲だ。そうだよ、コレがWINGSの音なんじゃないか!なんて思うと他の曲も響いてくるもんで、しっくり来ないけど、好きな曲は多いってー不思議なアルバムなんだな。

しかし”デニー・レイン”って人はどんな考えでWINGSを続けてきたんだろう?何か特別な技術を感じさせる訳でもなく、当然に不可は無く、目立ちすぎる事無く・・・でもコノ人が居たから、メンバーの定着が無くてもポールはWINGSを続けて来れたわけだしね。もしかしたらWINGSの音は、ポールの音じゃなくて、デニー・レインの音なのかも。
 
ブラック軍団3号

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