全8巻 山岡荘八著 講談社
下から書いてます
■2009年5月18日
「豊臣秀吉」 (8)完 山岡荘八著 講談社
秀吉は妹の朝日姫を家康のもとにおくったがそれでも家康が上洛してくれないので、
秀吉の母の大政所を家康のもとにおくりやっと上洛してもらう。
これで家康との仲がよくなったのですんなり日本を統一する。
日本を統一すると矛先は中国にむいた。
秀吉は朝鮮が中国へ道案内をしてくれて簡単に中国を征服できると思っていた。
大きな間違いだった。朝鮮の抵抗ははげしく中国からも援軍がきた。
日本の船団がたびたび全滅に近い打撃をうけるとまさに進退きわまった。
秀吉はひとたび和睦しようとするが中国から「汝を日本国王となす」という使者の口上に激怒し第二次征討をはじめる。
秀吉は「汝に明の王位をゆずる」っというものだと思いこんでいたのである。勘違いも甚だしい、まさに妄想。
後年の秀吉は精神に異常をきたしていたような感がある。
千利休を切腹させたり関白秀次(姉の子かな)を殺したりその妾30人を殺したり。
淀殿(茶々)が産んだ秀頼のことを心配しながら亡くなりました。
この戦国時代に老衰で死んだことはすごい。
■2009年5月14日
「豊臣秀吉」 (7) 山岡荘八著 講談社
柴田勝家を打ち破った秀吉はほぼ織田の領土をついだといっていい。天下人という言葉がよくみられるようになった。
秀吉は長年いくら攻めてもおちなかった本願寺の城の跡地に大阪城を築いた。
大阪城には金がふんだんにつかわれたようだが瓦や城壁にも金箔がはられていたようである。
「花の慶次」という漫画では黄金城として描いてあった気がします。
天下人になった秀吉だが徳川家康は秀吉に屈しようとはしなかった。
秀吉vs家康、小牧・長久手の戦い。家康の勝ちに終わる。秀吉、翻弄される。
秀吉は家康の戦上手に舌を巻き手をかえる。
秀吉はすでに結婚していた42歳の妹、朝日姫を離婚させて家康につかわせようとする。
朝日姫の夫は切腹してしまった。家康もうれしくはないだろう。
それでも秀吉は妹を家康につかわし義兄弟としたかったのである。
現代の道徳では理解できないが、当時の常識でも理解できなかったのではないだろうか。
家康に茶々をつかわすことも考えたが秀吉は茶々(淀殿)を自分のものとしてしまう。
好きだった市姫の娘の茶々を自分のものとして秀吉は歓喜したことであろう。
手をつけた女性は数しれないほどだが子供ができなかったのだから秀吉に子種がなかったのだろう。
秀吉は子供ができなかったので妹の朝日姫を家康につかわすことにもなっちゃったわけで、兄弟やその子を登用したり養子をもらったり秀吉も苦労したようである。
家康からも養子をもらう、後の秀康である。
■2009年5月13日
「豊臣秀吉」 (6) 山岡荘八著 講談社
秀吉vs柴田勝家、賤ヶ岳の戦いがはじまった。秀吉の勝利に終わる。
北の庄に退いた勝家は、茶々(淀殿)はじめ三人の娘を城から落とすと市姫とともに切腹してはてた。
茶々(淀殿)は浅井長政、柴田勝家と二人の父を秀吉に殺されたが、秀吉の正室となった茶々はどう思ったであろうか。
これに恨みをもっていた茶々は秀吉の子ではない子供を産んでうっぷんをはらしたのかとも思うのだが。秀吉には子種がなかったと思われるから。
市姫を柴田勝家にやることにした信長を恨んで、秀吉が信長を本能寺で殺させるように仕組んだとか書いた本があると書いてありました。
■2009年5月11日
「豊臣秀吉」 (5) 山岡荘八著 講談社
敵は本能寺にあり! 明智光秀は秀吉に救援にいこうとしていた部隊を本能寺にむかわせた。その数1万5千。
信長は本能寺で討たれた。本能寺は焼けたが首はみつかっていない。ここから面白い話が出てくるとまた面白い。信長が天海だったとか(嘘)。
二条城に泊まっていた嫡男の信忠も殺された。光秀も抜け目がない。
光秀はこれで天下を取ったと思ったことだろう。信長の武将は各地で戦っていて皆悪戦苦闘している。
しかし毛利の高松城を水攻めにしていた秀吉はたった一日で(たぶん)毛利と和睦し京にとって返した。
秀吉のあまりの要領の良さに秀吉黒幕説が出るゆえんである。
秀吉vs光秀。京にとって返した秀吉は山崎の合戦で光秀と戦う。天王山を先に制した秀吉が勝利をおさめる。
光秀は土民の手にかかって死んでしまったようである。しかしこの本では生きている。光秀天海説とかいろいろあるけど義経からはじまってこうゆうの多いよね。
織田家相続争い、信孝、信雄、秀吉が養子にもらっている秀勝、死んだ信忠の長男三法師。
筆頭家老の柴田勝家は信孝を推して皆それにならうかと思いきや秀吉は三法師をかついだ。
光秀を討ち取ったのは秀吉である。三法師に決まった。秀吉と柴田勝家の確執が深まる。
それでも信孝との約束で市姫をもらった柴田勝家はちょっとほくほく顔か。
■2009年5月8日
「豊臣秀吉」 (4) 山岡荘八著 講談社
浅井長政に市姫を嫁がせると信長は圧倒的早さで京を制圧。
次に朝倉を攻めるが浅井長政にそむかれ挟み撃ちに合い命からがら京にのがれる。秀吉はしんがりをして無事に引き上げる。
浅井朝倉連合軍との姉川の合戦のことはあまり書いてないのだけど朝倉などが比叡山に逃げ込み信長は比叡山を焼く。叡山を滅ぼすものは叡山なり。比叡山は仏教の聖地である。修学旅行で比叡山にいったときに比叡山で使っているろうそくの火は比叡山焼き討ちの時の火をたやすことなく使っているとお坊さんがいっていました。
浅井長政の城を落とすのは秀吉にまかされた。市姫と茶々はじめ3人の娘を城から落として浅井長政も自刃した。
市姫たちを助け出した秀吉は信長にほめられ浅井の領土をもらう。いままでの長浜とあわせて14万石である。
秀吉はこれで家老の一人に数えられるようになった。秀吉は褒美に市姫をもらいたかったようである。
このへんで武田信玄は死んだのかな。
次に驚異となったのは上杉謙信である。柴田勝家がそれにあたった。秀吉は柴田勝家の下について上杉にあたるようにいわれるが柴田勝家とケンカして帰ってきてしまう。
秀吉は人の下にはつきたくなかったようである。何かの本で秀吉は退却を進言して柴田勝家とあわなかったと読んだ気がするのだけど冬が来れば上杉は越後に退却するからそういったのかもしれない。そう読んだのは私の妄想だったかもしれないが。
信長は秀吉を怒ったがすぐ秀吉に毛利攻めを命じる。秀吉はいさんで毛利攻めにむかった。
このあたりで竹中半兵衛は死んだのかな。かわりに黒田官兵衛が軍師に加わっている。
信長は長篠合戦で鉄砲隊で武田軍をやぶり、甲州信州などを攻略していく。関東は滝川一益がまかされる。
秀吉は毛利の城を水攻めしていたが毛利の本軍5万が救援にくる。
秀吉も信長に救援を請う。明智光秀に秀吉の助太刀をするように命じた信長は後から救援にむかおうとして本能寺に泊まる。
上杉謙信も卒中で死にました。四面楚歌におちいっていた信長も各個撃破でがんばりましたね。本願寺なども降伏させました。
今度の日曜の天地人は本能寺かな。時は今、雨が下しる五月かな。。。
■2009年5月5日
「豊臣秀吉」 (3) 山岡荘八著 講談社
お城の石垣を8日でなおした秀吉はだんだん認められてきた。
そして秀吉は佐久間も柴田も誰も築けなかった美濃領の墨俣に城を築くことに成功。
美濃斉藤の武将を切り崩しにかかった秀吉は今孔明竹中半兵衛を見方につけることに成功。
秀吉のおかげか気のせいか稲葉山城を降し美濃を手に入れた信長。美濃を岐阜となずける。
一気に尾張岐阜120万石となった信長。戦国時代の主役におどりでる。
そこへ信長に期待して仕官してきた明智光秀。室町幕府将軍足利義昭をつれてきた。濃姫のいとこでもある。
信長は京への道筋をつけるために北近江の浅井長政に妹の市姫をとつがせようとする。
秀吉が市姫のことを好きだった設定になっていておもしろい。浅井長政と市姫の子供の茶々(淀殿)と結婚?するからいいよね。淀殿との子が秀頼で。
■2009年5月4日
「豊臣秀吉」 (2) 山岡荘八著 講談社
日吉改め木下藤吉郎(秀吉)
尾張にもどって針売りをしていた秀吉は信長と知り合って仕官をはたす。前田犬千代(利家)とも知り合った。
馬屋番から草履取りになり台所奉行と秀吉はとんとん拍子に出世する。
そんな折りだった今川義元が上洛戦を起こしてきたのは。
何故そんな時に秀吉は信長に仕官したのか。ただ地元だったせいか。
今川4万に対し、織田は3千。籠城すると見せかけるため台所奉行の秀吉は味噌の買い占めに走る。
今日の今川義元の予定の宿泊先(確か大高城)を確かめた信長はいちもくさんに城を出た。くつわをとるのは秀吉である。
きらびやかなこしに乗っていた義元はさぞ目立ったころだろう。そして豪雨が信長に見方した。
勝った。
「織田信長」では桶狭間の様子が詳しく書いてあったけど「豊臣秀吉」ではほとんど書かれていない。
今川に勝つと秀吉と寧々(ねね)は前田利家に仲人になってもらい祝言をあげる。
秀吉は台所奉行と薪炭奉行と山林奉行の三つを命ぜられ忙しい。
またお城の石垣が崩れ3ヶ月かかっても直せなかった。
ここで秀吉が普請奉行をまかされることになった。なんでも10日で直すそうな。
■2009年5月3日
「豊臣秀吉」 (1) 全8巻 山岡荘八著 講談社
悪ガキ日吉(秀吉)のおさない頃からの出来事がおもしろおかしく書いてあります。
日吉は仕事が長く続かなかった。なんども奉公先を変えた。
でもそれは2ヶ月くらいで仕事を覚えてしまうとまた他の仕事に興味がうつってしまうからであった。
これは日吉(秀吉)の天下取りであった。天下のことを隅々まで覚えてしまおうと思ったのだ。
それに日吉は人の3倍は働いた。しかしそれがかえって他の奉公人から批判を受けることになった。
仕事というものは出来ないのもうまくないが、出来すぎても不満を受けることになる。
秀吉は野武士の蜂須賀小六と知り合って兄弟の杯をかわす。
野武士は南北朝時代に南朝に荷担した勤王家たちであった。足利幕府とは敵方である。
秀吉は天朝の世をとりもどそうと蜂須賀小六と大いに語り合った。竹ノ内波太郎なんて名前も出てきたけど。
秀吉の天下取りが始まる。
愛知で生まれた日吉は斉藤道三の美濃、今川義元の東海、武田信玄の甲斐などを見てまわる。針売りなどもしながら。
秀吉が色盲だったと書いてあるのだけど本当なんでしょうか。
2005年4月29日
「豊臣秀吉」 8巻 山岡荘八著 講談社
なかなか上洛してくれない家康に、秀吉は妹と母を家康の元におくりやっと家康に上洛してもらった。
そして秀吉は日本を統一した。
それから朝鮮出兵となっていく。
そんなおり淀殿(茶々)は秀吉の子供を産んだ。
淀殿の子供はホントに秀吉の子供だったのかっというのはこれまた永遠のテーマです。
秀吉は千利休を切腹させたり、秀頼が生まれて用済みになった秀次(関白をゆずった姉の子)を切腹させたりしている。
後年の秀吉はどうやら魔物にとりつかれていたような感じですね。
大陸制覇を夢見て亡くなりました。
2005年4月26日
「豊臣秀吉」 7巻 山岡荘八著 講談社
天下をにぎった秀吉は大阪城を築いた。
大阪城は金ぱくがはられていたようだ。黄金の国ジパングか。。
秀吉と家康は最初で最後の戦い、小牧・長久手の戦いをおこす。
これは家康の勝ちであった。
この戦いは関ヶ原よりも興味深いともいわれている。
秀吉は家康に上洛してもらって和議をむすびたくて自分の妹を家康にめあわせようとした。
秀吉の妹は40過ぎで結婚していたが無理矢理離婚させられてしまった。夫は自害してしまった。
子供がいなかった秀吉はこんなことまでしたんですね。
2005年4月22日
「豊臣秀吉」 6巻 山岡荘八著 講談社
賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いで柴田勝家をやぶった秀吉。
籠城した柴田勝家は市姫とともに自害した。
市姫の娘、茶々(淀殿)をはじめ3人は助けられた。
市姫を自害させてしまった秀吉はどんな感じだったでしょうか。
市姫を柴田勝家の妻とさせたのを怒った秀吉は明智光秀をあおって本能寺をおこさせたっなんてこともジョーダンぽくちょっと書いてありました。
2005年4月17日
「豊臣秀吉」 5巻 山岡荘八著 講談社
明智光秀の謀反によって信長は本能寺に倒れた。
信長の嫡男、信忠も殺されてしまった。
秀吉は毛利と和睦し速攻京にとってかえし明智光秀を滅ぼした。
しかし明智光秀の首はみつかっていない。
織田家相続争い。柴田勝家と秀吉の戦いになっていく。
信忠の子、三法師をかついだ秀吉は権力をにぎっていく。
市姫を柴田勝家にとられてしまった秀吉だった。
何故明智光秀は信長に謀反したのかっというのも永遠のテーマですね。
明智光秀はホントに死んでいたのかっというのも。。
2005年4月13日
「豊臣秀吉」 4巻 山岡荘八著 講談社
秀吉は信長の妹、市姫に懸想してしまった。
しかし市姫は近江の浅井長政に妻としておくられてしまった。
そうして信長は京への道をつけて速攻京を占領してしまった。
しかし浅井長政は朝倉と組み、信長に謀反した。
浅井は滅ぼされたが市姫は秀吉の活躍もあって助けだすことができた。
市姫と浅井長政の子、茶々はのち淀殿とよばれ秀吉の妻となる。
市姫はというと柴田勝家の妻となる。
市姫はたいそうな美人だったらしい。
市姫とはむすばれなかったが、市姫の子を自分のものとした秀吉はどんな感じだったでしょうか。
秀吉は毛利と戦っていて高松城を水攻めしている。
毛利軍の援軍5万が来て秀吉も信長に援軍をもとめる。
そんなおりであった。本能寺は。。。
2005年4月10日
「豊臣秀吉」 3巻 山岡荘八著 講談社
美濃攻略。柴田勝家も誰も川向こうの墨俣へ出城を築くことはできなかった。
そこへ誰もできなかった墨俣に城を築いたのは秀吉であった。
美濃の麒麟児(きりんじ)っといわれた竹中半兵衛を軍師にした秀吉は着々と手柄をたてていく。
美濃を攻略して岐阜とあらためて岐阜を本城にした信長。
秀吉がいたから美濃がとれたのか?秀吉がいなかったら信長は天下統一できなかったのか?
結構考えさせられます。
明智光秀が仕官してきて秀吉のライバルとなる。
2005年4月2日
「豊臣秀吉」 2巻 山岡荘八著 講談社
信長にとりたれられた秀吉は、草履とりから馬屋番、台所奉行、薪炭奉行、お城修理の普請奉行っと着々とこなして出世していく。
信長は今川義元を敗って力をみせてきた。
ホントか嘘か、秀吉の進言を信長が採用していき勝ちにむすびついていく。
とんとん拍子に出世してきた秀吉は、ねねと結婚することができた。
2005年3月30日
「豊臣秀吉」 1巻 (全8巻) 山岡荘八著 講談社
小説「織田信長」で子供時代から「うつけ」とよばれた信長が成長していく様子もおもしろかったのですが、
この小説「豊臣秀吉」も子供時代から秀吉が成長していく様子もおもしろくかかれています。
これがまた実におもしろいんです。
まだ信長との接触はないんですけど信長の家来になって活躍していく様子もおもしろそうなのではやく読みたいです。