秘本三国志読書記録 りょう99@笠原良太

下から書いてます


 

2006年4月23日
「秘本三国志」 六巻  陳舜臣著 文春文庫

孔明と司馬懿の戦いを楽しみにしていたのですが、それは政治的駆け引きの八百長でした。
劉備と曹操の秘密同盟の感じに似ています。
この本を読んで思ったことはやはり吉川英治さんの三国志はおもしろいっということでした。
吉川三国志を知らないでこの本を読んでも理解できないと思います。
吉川三国志をふまえてこの本を読めば、ああそういこともありかぁみたいに思うと思います。
いろんな人の三国志を読んでみたいと思いました。

  

2006年4月21日
「秘本三国志」 五巻  陳舜臣著 文春文庫

劉備は蜀の国をとり、孔明の打ち出した天下三分の計通り魏、呉、蜀がならびたちました。
関羽はもう死んでしまいました。董卓、呂布の愛した貂蝉が関羽の妻になっていたんですよね。
吉川英治さんの三国志は、劉備を善として曹操を悪として書いてあると思うんだけど、
やはり勧善懲悪な物語というのは、水戸黄門がいつみても誰がみてもおもしろいようにおもしろいんだと思います。
陳舜臣さんのこの三国志では劉備をやや悪く、曹操をやや良く書いてあるような気がします。
勧善懲悪な物語ではないのでややイマイチかなーと思ってしまいます。
でも人によって書き方がちがう物語を読むのも楽しいです。
北方謙三さんの三国志もあとで読んでみたいとおもいます。
宮城谷昌光さんの三国志はおもしろいのかなー?
さてこの三国志もあと一巻(全六巻)ですが孔明と司馬懿の対決はどう書いてあるでしょうか。楽しみです。

  

2006年4月20日
「秘本三国志」 四巻  陳舜臣著 文春文庫

曹操は袁術、呂布、袁紹と次々に滅ぼし大勢力を築いた。
劉備は三顧の礼で孔明をむかえ呉の孫権と結び曹操と対抗しようとする。
流れは吉川三国志と同じなんだけど書き方がちがいますね。
吉川三国志で劉備は行くところ行くところ曹操に滅ぼされ逃げていくんだけど、
この三国志はそれは劉備と曹操が秘密同盟で組んで中国を2人で分けようということでした。
しかし劉表の息子を降伏させた曹操はもう劉備はお役ご免ということでした。
私にとって吉川三国志がすべてだったんだけどこの三国志を読んで
原本、三国志演義などを読んでみたいと思いました。
できれば漢文の原本を読んでみたいですが、理系で漢文、古文をぜんぜん勉強しなかったので
漢文、古文は読めません。
歴史小説とか読んでると原本が読みたいと思うのだけど漢文、古文ができないのは致命的ですね。。

  

2006年4月18日
「秘本三国志」 三巻   陳舜臣著 文春文庫 

一、二巻はほとんど陳舜臣さん独特のような感じだったんだけど
三巻くらいから吉川三国志とストーリー的に同じような感じになっています。
劉備のことはほとんど書かれてなかったんだけど一躍徐州の太守となり脚光をあびるようになりました。
呂布と貂蝉はうまくいっていて吉川三国志とはちがうところ。
陳宮が曹操をうらぎり呂布のもとについたとことか、こっちの方がナルホドと思ったところ。
北方謙三さんの三国志とかも良いらしいですが秩父では売ってません。。

  

2006年4月17日
「秘本三国志」 二巻   陳舜臣著 文春文庫

二巻の主人公は呂布かな。
貂蝉をめぐり董卓を殺した呂布は権力をにぎることはできず放浪するはめになる。
呂布は一騎打ちでは敵なしだったが指揮力はあまりなかったのだろうか?
義父丁原につづき義父董卓も殺した不義者の呂布はどこにいってもいい顔はされなかった。
袁術のもとへいったり袁紹のもとにいったりする。
袁紹のもとも去った呂布はどこへいこうというのか。
貂蝉と洛陽で暮らしたいっという呂布だったが。。

  

2006年4月16日
「秘本三国志」 一巻(全六巻) 陳舜臣著 文春文庫

1989年に刷った本なので私が二十歳ころに買ったものだと思うのだけど、
劉備のことも悪者っぽく書いてあったり、つまらないなーっと当時おもって読まなかったのだけど、
つまらないと思ったのは当時の私の頭が低レベルだったからだと思いました。
当時は五斗米道の張魯(ちょうろ)なんて知らなかったし。
この本はその五斗米道の張魯の部下?の陳潜(ちんせん)を主人公にみたてて書いてあります。
なかなかおもしろい書き方です。
吉川三国志を読むと劉備は漢中の五斗米道の張魯を討伐するためと称して蜀の国に入って蜀を得るわけですが
その辺がクライマックスになるのでしょうか。
でも張魯を滅ぼしたのは曹操だったかな。。
一巻のストーリーは、黄巾賊の蜂起があってから、袁紹が宦官を一掃しようとして中央があれて、
そのすきに董卓が中央を牛耳ってしまい、董卓を倒そうと討伐軍が蜂起したが
董卓は洛陽を灰にして長安に遷都(せんと)してしまいました。
曹操のことはよく書いてあります。劉備のことは少し。
曹操、孫権、袁紹などにめをかけて書いてあるような気がします。