伊達政宗読書記録 りょう99@笠原良太

下から書いてます


 

2006年7月10日
「伊達政宗」 八巻 山岡荘八著 講談社

伊達政宗は天下の副将軍っといわれるほどになっていた。
ひとたび天下がみだれれば風雲にのって天下をとってやろうとたびたび考えていた伊達政宗だったが、
歳をとるごとに険が抜け将軍家を助けるために奔走(ほんそう)する。
1636年頃に亡くなったそうです。15人くらい殉死者が出ました。 

   

2006年7月8日
「伊達政宗」 七巻 山岡荘八著 講談社

大阪夏の陣が終わり豊臣秀頼、淀殿は亡くなりました。
そういえば前に秀頼は家康に似てた、なんてことも書いてありました。
秀頼は誰の子だったんでしょうか。
そうそう伊達政宗のことを書くのをすっかり忘れていました。
たいしてあまりめだったこともないんですよね。
伊達政宗は70万石ということで、50万石以上はあまりいなくて影響力はかなりあったようです。
まだまだ戦乱が続き、天下をねらおうとちょくちょく考えていたようです。
大阪夏の陣が終わり、まもなく家康は亡くなりました。
戦乱にはなりませんでしたね。

  

2006年7月6日
「伊達政宗」 六巻 山岡荘八著 講談社

天下は家康のものになったが大阪城には秀吉の子、秀頼とその母、淀殿がいた。
家康はキリスト教を禁止したのでキリシタンがこぞって大阪城に入った。
また関ヶ原で敗れた西軍について浪人していたものも大阪城に入っていった。
真田幸村や長曾我部など有力なものが大阪城に入る。
家康は秀頼に、秀忠の子で家康の孫の千姫を婚姻させてしたたかにやっていたんだけど、
家康は寿命で死ぬ前に秀頼を滅ぼさせようと思ったのかその点どうなんでしょう。
大阪冬の陣は和議となったけど大阪城の外堀、内堀は埋められてしまいました。
そしてまたすぐ大阪城には浪人が集まり出しました。
大阪夏の陣がはじまろうとしています。

  

2006年7月4日
「伊達政宗」 五巻 山岡荘八著 講談社

五巻は特別おもだったものはないんだけど、
キリシタンのこととか書かれています。
伊達政宗も外人の側室を作ったりキリシタンに近くなっています。
家康はキリスト教を禁止したようです。

関ヶ原後、家康は征夷大将軍となり、息子秀忠に征夷大将軍をゆずり静岡の駿府に住みました。

  

2006年7月2日
「伊達政宗」 四巻 山岡荘八著 講談社

秀吉が死んで関ヶ原の戦いが起きたわけですが、
福島で上杉が兵を上げ、家康が大阪か京から上杉征伐をしようと東に向かいました。
家康が東に向かったとこで、石田三成が大阪か京で兵を上げました。
これは上杉の直江兼続と石田三成がしくんだことで東西から家康をはさみうちにしようということでした。
ほぼ東日本の勢力は家康につき、ほぼ西日本の勢力は石田三成につきました。
東日本でも真田などは西軍につき、中山道を西に進む秀忠の軍と戦い秀忠を関ヶ原に遅参させました。
伊達政宗は北方から上杉をつき、上杉の江戸進出をはばみました。
伊達政宗がいなかったら江戸進出できたかはわかりません。。
伊達政宗は東北で戦っていたので関ヶ原の様子はかかれていません。
伊達政宗は関ヶ原の戦いですぐかたがつくとは思わず、
東北で勢力をのばそうとしていましたが無念でした。
九州では黒田如水(黒田官兵衛)が北九州を席巻しました。
これも関ヶ原がすぐ終わると思わず無念なことだったと思います。
関ヶ原の戦いはおもしろいですね。
あとで真田太平記を読んでみようかなっと思い立ちました。何回か読んでいるんだけど。

日本はその頃、キリシタンが多くなっていました。
しかし紅毛人と南蛮人が仲が悪く互いに悪魔と呼んでいるほどでした。
紅毛人がイギリスやオランダでプロテスタント、
南蛮人がエスパニアやポルトガルでカトリックのようです。
同じキリスト教でもプロテスタントとカトリックはすごい戦いをくり返していたんですよね。

  


2006年6月29日
「伊達政宗」 三巻 山岡荘八著 講談社

この小説は伊達政宗だから東北のことばかり書いてあるのかと思っていたんだけど、
1巻は東北のことばかりだったけど2巻から天下を統一した秀吉のことが多く書かれてきて、
この3巻では秀吉、家康、石田三成などがとりあげられるようになりました。
朝鮮出兵のこととか、秀吉が死んだこととか、家康のことなどくわしく書いてあり
なかなか興味深いです。
そして関ヶ原の戦いがはじまろうとしています。
秀吉が死んで関ヶ原の戦いあたりは、司馬遼太郎さんの小説「関ヶ原」とかあるのですが
他にあまり思いつきません。
そういうことで「伊達政宗」はなかなか興味深くおもしろい作品だと思います。
伊達政宗は家康よりかな。

 

2006年6月27日
「伊達政宗」 二巻 山岡荘八著 講談社

西日本を制圧した秀吉は東日本の制圧に乗り出した。
小田原の北条攻めになる。
小田原城に籠城する北条。
秀吉軍は何重にも小田原城を取り囲む。
東北の伊達政宗にも小田原攻めの参加の要請が来る。
遅参したが許される。
小田原城を落とした秀吉は福島まで北上して東日本制圧は終わる。
秀吉は日本を統一した。
家康は東海から北条のいた関東に国替えとなる。
正宗は山形の米沢、福島あたりから、たぶん宮城あたりに国替えとなった。
日本を統一した秀吉は朝鮮出兵をする。
秀吉は朝鮮は明まで道案内をしてくれると思っていたが反対だった。
はげしい抵抗にあうことになる。

    

2006年6月25日
「伊達政宗」 一巻(全8巻) 山岡荘八著 講談社

この間、単行本を友達からかりたのですが全巻そろっていませんでした。
それで最近でかけたおりに鴻巣ブックオフで文庫本を一冊100円で8巻買ってきました。
またはじめから読んでいます。

伊達政宗の出生から成人して父、輝宗が亡くなるくらいまで書いてあります。
中央では信長、秀吉、家康がしのぎを削り、
信長が死んで秀吉が近畿を統一したくらいまで書いてあります。
もはや中央では天下人が決まっていて伊達政宗は少し遅れた感じ。
伊達政宗があと20年はやく生まれていればっといったところ。
山岡荘八さんの本はおもしろいですね。
もう本屋ではあまりみかけなくなりました。。。