2004年10月6日
「義経」 1巻 (全2巻) 司馬遼太郎著 文春文庫
藤原氏がさかえていたが、平氏や源氏などの武士が台頭するようになってきた。
平治の乱で平氏、平清盛が勝ち、源氏の嫡男源頼朝は伊豆に流された。
源義経も鞍馬山の寺?にあずけられたが脱出して奥州藤原氏のもとで成長する。
平氏の全盛で、平氏でないものは人ではないっといわれるほどだった。
しかし、おごる平氏は久しからず。
源氏は兵をあげた。
関東で源頼朝が兵をあげ、義経も奥州からかけつけた。
頼朝軍は富士川の戦いで平氏を敗る。平氏は水鳥のはばたきに驚いて退却してしまった。
信州あたりでは源氏の木曾義仲が兵をあげた。
木曾義仲は平氏を京から駆逐した。平氏は西国に逃げた。
しかし木曾義仲は京で乱暴、狼藉をくりかえし公家の反発をうける。
木曾義仲を討ってくれと頼朝のもとへ勅命が下った。
平氏と戦っていたのに源氏が源氏を討つっというおかしな話しで。
平氏は西国で勢いを盛り返していた。
この「義経」は読んでいてなんか苦しいというか陰気な感じがします。
人間関係、兄弟、血族とかいろいろ考えさせられます。
頼朝と義経の仲がなんともビミョーで。。。
(義経が頼朝に合流したのは、富士川の戦いの後だったと思います)
2004年10月10日
「義経」 2巻 司馬遼太郎著 文春文庫
京では義経が木曾義仲を討伐した。
また西国にハバをきかせている平氏を義経が次々とうち破った。
一ノ谷に陣取る平氏を、義経は一ノ谷の裏の断崖から奇襲をかけ大勝した。鵯越(ひよどりごえ)
平氏といえば海軍であり、源氏といえば騎馬隊であっった。
平氏はまだ瀬戸内海を中心に莫大な海軍勢力をほこっている。
義経はまた四国の屋島の平氏海軍を奇襲して大勝した。
そして壇ノ浦で義経は平氏を滅ぼした。
義経の戦功は莫大であった。頼朝は鎌倉にいただけである。
義経には当然朝廷から位をもらった。
しかしそれが頼朝にはおもしろくなかった。
ついには頼朝は義経追悼令を出した。
義経は奥州から単騎でやってきて義経の兵はあまりいない。
義経は九州にのがれて巻き返そうとしたがあいにく暴風雨にあいちりじりになってしまう。
最後には奥州藤原氏のもとに逃げ延びたが追いつめられて自害した。
両雄並び立たずってことなんですかね。
義経は戦功をあげれば頼朝は喜んでくれるだろうと思っていて、
頼朝は義経が戦功をあげるほどに眼の上のタンコブのようになっていて。
弁慶はいちおう出てきたんだけど特におもしろいことは書いてないです。ちょっと残念。