小説太平洋戦争読書記録2 りょう99@笠原良太
下から書いてます。
■2013年10月16日(水)
「小説太平洋戦争」 9巻(完) 山岡荘八 講談社 を読む
マッカーサー厚木に降り立つ。
戦犯がつかまるなかで昭和天皇はマッカーサーを訪れて言った。
「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行った
すべての決定と行動に対する全責任を負う者として、
私自身を、あなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねした。」
天皇は、戦争犯罪者として起訴されないよう、自分の立場を訴えにきたどころか、
日に日に逮捕者の数の増えてゆくのを見るに見かねて、すべての責任は私にある。
それゆえ、自分を裁判することで、みんなを許してほしいと云われたのだ。
これにはマッカーサーも感銘を受けたらしい。
東京裁判、それは勝者が敗者を一方的に裁く事後法であった。
第三国インドのパル判事はA級戦犯も全員無罪だといった。
しかし、勝てば官軍、負ければ賊軍であり、勝ったものが正義だった。
A級戦犯の東条英機はめのかたきにされ、
拳銃で心臓を撃ち自殺をはかったが死ねずに裁判で死罪になった。
■2013年10月14日(月)
「小説太平洋戦争」 8巻 山岡荘八 講談社 を読む
沖縄へ特攻した大和は沖縄につくことなく撃沈した。
沖縄への米軍の兵力は20万人、艦船千五百隻であった。
沖縄は3ヶ月も奮戦したが戦死者は6万5千人、県民の死者11万人の被害を出した。
日本本土(沖縄も本土かな?)では空爆で日本中のマチが焼かれていた。
広島、長崎には原爆が落とされソビエトも日ソ中立条約の非更新をつげてきた。
ソビエト軍は満州に殺到した。北海道もとられるかもと日本はあせった。
日本はポツダム宣言を受け入れて降伏することにした。
■2013年10月12日(土)
「小説太平洋戦争」 7巻 山岡荘八 講談社 を読む
硫黄島はサイパンより東京に空爆しやすいと米軍に目をつけられた。
硫黄島で激戦が始まった。
皆、天皇陛下バンザイ!、靖国で会おう、といって玉砕していったそうである。
それでも米軍でも2万人の死者をだし日本軍も頑張ったようである。
続いて沖縄でも激戦が始まっていた。
大和が沖縄にむけて出航した。
■2013年10月11日(金)
「小説太平洋戦争」 6巻 山岡荘八 講談社 を読む
次にアメリカはフィリピンをねらってきた。
レイテ島沖海戦だろうか、武蔵撃沈。
この頃から神風特別攻撃隊ができたようだ。自爆特攻航空部隊である。
アメリカのレイテ島上陸作戦では、
空母、戦艦、輸送船、総勢895隻、10万人にものぼった。
日本は、驕敵(きょうてき)撃滅の神機到来せり、と気勢をはいたが
もはや日本にはそれに対抗できる戦力はなかった。
■2013年10月8日(火)
「小説太平洋戦争」 5巻 山岡荘八 講談社 を読む
ガダルカナル、ニューギニア、インパール作戦と日本の失敗が続き敗戦がこくなった。
そして絶対国防圏のサイパン陥落。
これで米軍による日本本土の空襲が可能になった。
続いてサイパンからテニアン、グアム、パラオを奪われたようだ。
マリアナ沖海戦でも日本は3隻の空母を失い敗北した。
米軍の潜水艦による魚雷にやられたということもあったが
米軍にはなんと十数隻の空母をもつにいたっていた。
もう日本には米軍にたちむかえる空母はなかった。
サイパン陥落により東条英機は辞任となり小磯国昭内閣が出現した。
サイパン陥落が昭和19年(1944)7月7日。
飛行場の基地補修も日本がモッコで数百人で1日がかりでやるのに対し、
アメリカはブルトーザーで3人で2時間でできた。
日本の飛行場に爆弾をおとせばすぐ使い物にならなくなったが
アメリカでは2時間でなおせた。
日本は補給がとどこおり飢餓に苦しみ弾薬もなかった。
肉弾突撃しか闘い得なかった。
でもこれによってアメリカ側にもかなりの死者が出た。
日本人の底力を見た。
■2013年10月6日(日)
「小説太平洋戦争」 4巻 山岡荘八 講談社 を読む
ガダルカナルの悲劇に続きニューギニアでも同じ悲劇が待っていた。
日本の輸送船は皆撃沈され食料や弾薬や兵の補給もままならなかった。
日本兵は皆飢餓に苦しんだ。
無線もすべて傍受されていて暗号もみな解読されていた。
山本五十六長官がニューギニアの危機を知り飛行機で前線視察におもむいてきたが
無線を傍受されていたのでまちぶせされて撃沈されてしまった。
やはりアメリカとは戦ってはいけなかった。
アメリカの工業生産高は日本の十倍。
鉄鋼の年間生産量はアメリカが1億トン、日本が四百万トン。
戦闘機、戦艦の生産の差は半端じゃなかった。
武器、弾薬の差は日本はアメリカの千分の一か万分の一だった。
アメリカが数千発の弾薬をうてるのに日本は1日10発とかだった。
それでもアメリカの掃射が終わると日本は肉弾突撃を繰り返した。
はじめの頃はそれも有効だったがアメリカには戦闘機や戦車や大砲がどんどん装備されていった。
その頃ビルマに進出していた日本軍はインドのイギリスの拠点インパールをたたく作戦を決行した。
インパール作戦である。言うに及ばず無謀な作戦であった。
日本の作戦は太平洋にアミを広げ、そこにひっかかってきたアメリカ軍をたたくというものだったが
あまりに自信過剰だったようだ。
日本は防御線を守るのが精一杯になっていた。しかし守れなかった。
■2013年10月4日(金)
「小説太平洋戦争」 3巻 山岡荘八 講談社 を読む
日本快進撃のさなか衝撃が走った。
東京がアメリカの爆撃機によって空襲をうけたのである。
米機は中国やソビエトの方に飛んでいってしまった。
太平洋の米軍空母から飛んできたものらしい。
これには山本五十六長官もたぶんびっくりした。
山本長官はミッドウェーにむけ無敵艦隊とまでよばれるようになっていた日本艦隊を出航させた。
ところがミッドウェー海戦により日本は4隻の空母を失った。大敗北であった。
形勢ははやくも逆転した。
アメリカとオーストラリアを結ぶ要所ガダルカナルでも悲劇は始まろうとしていた。
日本はガダルカナルに米軍の基地、飛行場ができていると聞くとそこへ兵を出した。
ところが小出しに兵を繰り返しだしたせいかことごとく米軍に殲滅された。
ジャングルにのがれた日本兵たちは飢餓に苦しんだ。
制空権も米軍に握られ食料の補給もままならなかった。
2万人もの日本兵が餓死しようとしていた。
3万もの日本兵が繰り出されたが1万人が戦闘で死んで
1万人が餓死してやっと1万人が助け出された。
日本はガダルカナルから撤退した。
その頃はそれを転進と呼んだ。
■2013年10月2日(水)
「小説太平洋戦争」 2巻 山岡荘八 講談社 を読む
日本は真珠湾を急襲したばかりではなく東南アジアにも侵攻していた。
英領シンガポール、米領フィリピン、オランダ領ジャワに侵攻。
ジャングルで苦しんだり、どこも拠点は要塞と化していたが見事落としてみせた。
もう日本にたちむかえる艦隊も太平洋にはなかった。
日本の快進撃はどこまで続くのか?
■2013年9月29日(日)
「小説太平洋戦争」 1巻(全9巻) 山岡荘八 講談社 を読む
昭和63年6月13日第7刷発行なので
その頃買った本だと思うのですが何回読んだかはわかりません。
前はよくわからないまま読んでいましたが大分理解できるようになりました。
冒頭出てくるのは外相松岡洋右で、国際連盟脱退、日ソ不可侵条約締結、
ドイツ、イタリア、日本三国同盟締結などをした。
その頃、ヒトラーのドイツは絶好調でフランスを降伏させて4百万人でソ連に攻め込んだ。
くしくもその日はナポレオンがソ連に攻め込んだ日だが
ナポレオンは失敗したがヒトラーは余裕でソ連を屈服させる気でいた。
日本の総理は近衛文麿だがアメリカ、イギリスと険悪な空気が流れてきていた。
英米は世界は白人が支配するべきだと思いこんでいて日本が満州国、中国に拡大するのは面白くなかった。
日中戦争で日本が泥沼にはまったのも英米が蒋介石の後押しをしていたからであった。
日本が中国から手をひけば中国は赤化してしまうであろう。日本はそれは避けたかった。
英米白人たちは有色人種を数百年にわたり支配してそれがあたりまえだと思っていた。
日本は国際連盟で人種差別をやめるよう議決にもっていったが
多数決では決まるはずが全会一致ではないからと否決されてしまった。
日露戦争で仲介役を務めたアメリカ(ルーズベルト)だが
その後アメリカはハワイやフィリピンを併合していった。
次は日本の番かもしれなかった。
日本が満州を手に入れ満州国をうちたて日中戦争をはじめると
アメリカは日本への石油輸出を禁止してくず鉄も供給しなくなった。
アメリカから日本へ満州、中国、日独伊三国同盟を放棄しろというハルノートがつきつけられると日本はアメリカと戦争するしか道はなくなった。
ABCD包囲網というのもあった。アメリカ、イギリス、中国、オランダである。
日本の総理は近衛文麿から東条英機となっていた。
東条英機もアメリカとの戦争は回避しようとしたが石油禁止、ハルノートとやむにやまれず戦争の決意をした。
連合艦隊司令長官山本五十六は真珠湾を奇襲してアメリカに宣戦布告した。
山本五十六も日米開戦となれば、海軍は半年や1年は大いに暴れてお目にかけるが、それから後は自信がありませんっといっていた。
石油をストップされ1年間くらいしか石油がもたないのである。
日本は石油を確保するために東南アジアに活路をもとめることになるのかな。
日本は大東亜共栄圏をつくることができるのか。。。